日航機墜落事故から40年 乗客が知らないJAL航空機整備の最前線:ガイアの夜明け


8月8日(金)に放送した「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、「“空の安全”40年目の誓い~JAL 航空整備の舞台裏~」。

【動画】日航機墜落事故から40年 乗客が知らないJAL航空整備の最前線

再上場後、グループで過去最高益となる1兆3700億円を達成した「JAL」。旺盛なインバウンド需要を取り込み、好調ぶりが続いている。
そんなJALにとって「忘れてはならない日」が、8月12日。乗客乗員520人が犠牲となった、日航ジャンボ機の墜落事故から今年で40年を迎える。

今回、取材班は知られざる航空機整備の最前線に密着。様々な最新システムの導入が進む中、欠かせないのが現場の整備士の技術と経験だ。華やかな航空業界の舞台裏で、「空の安全を守る」決意を新たにし、奮闘する整備士たちを追った。

親友が乗った123便 40年の時を経て初めて語られる真実


ガイアの夜明け
アメリカ・サンフランシスコ。ジェイソン・マイヤーズさん(63)は、40年前、日本で心に深い傷を負った。
「私の友人ワード・ワーリックは、日航123便の墜落事故で亡くなった。人生で一度もあんな光景は見たことがない。まるで戦場にいるような光景だった」。

1985年8月12日。日本の航空史上最悪の事故が起きた。
「日航123便墜落事故」…乗客乗員524人を乗せた123便は、伊丹に向け羽田空港を離陸。その12分後、爆発音とともに垂直尾翼の大半を失い、機体は操縦不能に…異常発生から32分後、群馬県、御巣鷹山に墜落した。
生存者はわずか4人…520人もの尊い命が失われ、うち22人は外国人だった。

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アメリカ人のワード・ワーリックさんは、当時26歳。JALで英会話の講師をしていたワードさんは、大阪出張のため123便に乗った。
墜落事故の3年前、ワードさんとジェイソンさんは、カリフォルニア州立大学の交換留学生として来日し、共に早稲田大学で日本語を学んだ。

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墜落事故が起きた時、ジェイソンさんは京都の高校で英語教師として働いていたが、ワードさんが大阪に来ると聞き、久しぶりに酒を酌み交わす約束をしていた。
「新聞を見て、ひどい航空機事故があったと知った。でもその時は、彼が123便に乗っていたとは知らなかった」(ジェイソンさん)。

事故の数日後、ジェイソンさんはワードさんの遺体を確認するため、群馬県藤岡市の体育館に向かう。「あれは絶対に忘れられない出来事。地獄のような光景で、真夏で死の匂いが立ち込めていた」。

実は、ジェイソンさんがカメラの前で日航機墜落事故のことを語るのは、今回が初めて。
日航123便に乗っていた故・坂本九さんの曲「上を向いて歩こう」を聞くと、あの時のことを思い出すという。

事故を起こした機体は、1978年に滑走路に接触する「しりもち事故」を起こしており、
機体後部にある圧力隔壁を損傷していた。ボーイングのエンジニアによる修理が不適切だったことが事故の原因だとされているが、修理ミスに気づかなかったJALも批判された。

事故から40年、初の慰霊登山へ


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7月12日、ジェイソンさんが来日。群馬県上野村の御巣鷹山へ向かった。
40年前、ジェイソンさんはワードさんの遺体確認のため群馬に来たが、御巣鷹山に登るのは今回が初めて。当時は薮に覆われた道なき道だったが、慰霊に訪れる遺族のために、上野村とJALが登山道として整備した。

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しばらく登ると、墓標があちこちに…愛する肉親の遺体が見つかった場所に、遺族が墓標を建てている。あの事故から40年…御巣鷹の尾根の事故現場は、深い緑に覆われていた。

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1時間以上かけて御巣鷹の尾根に到着したジェイソンさん。ワードさんの墓標がないことを知り、遺体が見つかったあたりの木の下に、墓標代わりにワードさんの写真を置くことにした。ビールを注ぎ、「40年後になってしまったが、やっと一緒に飲むことができた」(ジェイソンさん)。

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今ここは、愛する人の魂と再会する山、そして航空業界の関係者が“安全を誓う”場所になっている。

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東京・下北沢。ジェイソンさんは、ワードさんとよく飲みに来ていたロックバーを訪ねた。懐かしい人たちと40年ぶりの再会…そこでジェイソンさんが初めて耳にした、ワードさんの事故前日のエピソードとは…。

航空機整備の舞台裏に密着!


2024年12月、JALのパイロットが乗務する前日に過度な飲酒をして問題に。事態を重く見た国土交通省は、JALに「業務改善勧告」を出した。
空の安全は守れるのか…。取材班は、JAL航空機整備の最前線に密着した。

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1日500便もの航空機が行き交う羽田空港。「JALエンジリアリング」整備士の林麻未さんは、航空整備で最上位の国家資格「一等航空整備士」を取得している。JALが抱える4000人の整備士の中で、この資格を持つ女性は70人。
「安全は一朝一夕で出来上がるものではなく、常にそこに当たり前にあるべきもので、私が何をすべきなのか、何を果たすべきなのかを考えながら仕事をしている」(林さん)。

林さんの仕事は、到着した機体を次の出発までに点検・整備すること。そこにかけられる時間は、多くの場合1時間ほど。林さんが全ての安全を確認し、初めてその航空機を飛ばすことができる。
林さんの点検は、足回りはもちろん機内にもおよび、時間がかかりそうだと判断すると、無線で応援を呼び、チームで対応する。
最終的に林さんが作業の完了と機体の安全を確認し、全ての責任を負ってサインをする。これは、一等航空整備士にしかできないことだ。

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7月の羽田空港。夏休みに入り、空港は一層にぎわっていた。JALは今夏の予約が順調で、インバウンド需要の高まりもあり、昨年度の純利益は1000億円台の大台に乗った。
先々の需要を見据えて最新鋭機を約90機導入。現在運行している230機を、順次入れ替えていく予定だ。さらなる成長を目指す中、安全対策の徹底が一層求められている。

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羽田にある「JALラインセンター」では、林さんを始め、当日の離発着便を担当する約100人が勤務している。オフィスの壁に書かれているのが、御巣鷹山の事故から17年後、2002年にできた「安全憲章」だ。中でも林さんが一番大事にしているのが、「安全に懸念を感じた時は迷わず立ち止まります」。常に忘れず意識し続けることが大切、と話す。

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整備士は、機種ごとに国家資格が必要で、林さんはA350やボーイング787などを担当。「羽田の駐機スポットは、結構ギチギチ。機体の到着が遅れようものなら、次がすぐに入ってくる。結構スポットに空きがない状態で飛んでいる」と話す。

この日、林さんは福岡から9時5分に到着するA350を待っていたが、機体がやって来たのは午前9時16分。すでに11分の遅れだ。
さらに機長から突発的なトラブルの報告が入り、機内チェックの後、林さんが向かったのはコックピットだ。不具合が出ていたのは、GPS信号や気象条件などのデータから最適な進路を計算する「RNP-AR」というシステム。飛行機が着陸する際にパイロットの判断を補助してくれるものだが、その解析精度が一部低下しているというメッセージが出た。

林さんはシステムの一部を再起動するが、メッセージが消えない…。もし解決しなければ、出発をさらに遅らせるか、他の機体への変更も想定しなければならない。
出発予定時刻まで残り25分しかないが、問題は解決するのか――。

航空機の“人間ドック”「重整備」の現場


羽田空港には、大がかりな整備のための格納庫がある。この日は、ボーイング787型機の「重整備」と呼ばれる定期点検が行われていた。エンジンや翼はもちろん、客室のシートやトイレまで、あらゆる部分を徹底的に整備する。
今回の作業は、6000回のフライト、または36カ月ごとに実施されるものだが、1カ月もの長期にわたるオーバーホールに近い整備もある。

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そこできびきびと作業にあたっていたのが、格納庫での整備を担当する「JALエンジリアリング」整備士・山口直裕さん。入社21年で、整備グループの指導的な役割も果たすベテランだ。
一等航空整備士の資格を持つ山口さんは、A350をはじめ、5機種もの資格を有するJALでも数名しかいない精鋭だが、「日々機種ごとに進化しているので、それを勉強していくのが楽しい」と話す。

ヨーロッパの航空産業の中心地、フランス・トゥールーズ。この日、山口さんは、世界的な巨大航空機メーカー「エアバス社」を訪れた。JALが発注した最新鋭機に問題がないか、最終検査のために派遣されたのだ。

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機種は、JAL国際線の主力機「A350-1000」。この検査は山口さんが初めて任された大役で、400億円ともいわれる機体の最終チェックは、なんと一発勝負だ。
山口さんは機体に一礼後、作業に取り掛かる。取材班は許可を得て、山口さんの実機点検に密着した。

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