手軽に描けるクレパスから大人も欲しがる高級文具に工業用製品まで作る“サクラクレパス” :読んで分かる「カンブリア宮殿」
10月23日(木)に放送した「カンブリア宮殿」のテーマは、「老舗文具メーカーの挑戦」。
【動画】伝統を革新に変える老舗文具メーカーの挑戦

100年続く超ロングセラー~縮小する市場で過去最高の売上高
大阪市北区の絵画教室では、子どもの頃、使ったことがある人も多いクレパスに大人たちが夢中になっている。
クレパスは他の道具が要らず、いろいろな表現ができるのが魅力。例えばクレヨンは他の色とは混ざりにくいが、クレパスなら重ねて塗ることで表現の幅を広げられる。
クレパスは100年続く超ロングセラー商品で、世界60以上の国と地域で愛用されている。そのクレパスを世界で初めて作った会社が桜のマークでおなじみのサクラクレパス。1921年創業の大阪市に本社を置く文具メーカーだ。

冒頭の絵画教室はサクラクレパスの主催で東京と大阪で開講。大人にもクレパスの楽しさを知ってもらおうと開いている。
クレパスの名前の由来はクレヨンと画材のパステルを足した造語。固くて線が描きやすいクレヨンと、美しい発色が特徴のパステル。この二つの「いいとこどり」をすべく共通して使われている材料から作りだしたのがクレパスだ。
サクラクレパスでは唯一無二の技術を駆使し年間2000万本ものクレパスを製造している。
サクラクレパスが世界で初めて作ったものは他にもある。「クーピーペンシル」はフランスのメーカーと共同開発した世界初の芯だけで作った色鉛筆だ。

普通の色鉛筆は消しゴムでは消せないが、クーピーは消せる。一番多いセットには60色も入っている。
今は多くのボールペンで使われるようになったゲルインキもサクラクレパスが開発した。
ボールペンに使われる水性インキは滑らかな書き味で支持されていたが、時ににじんでしまう欠点があった。そこで、ペンの中ではインクが固まっているが、ペン先のボールが回って刺激が加わるとサラサラの液体になって出てくる、という仕組みにした。インクは紙の上で再びゲル状になって定着するので、にじみにくい。
近年は少子化やデジタル化が進み、文房具の市場規模は縮小の一途。2013年度の4671億円が2023年度には3965億円と約15%減少した(矢野経済研究所「文具・事務用品市場に関する調査」)。だが、サクラクレパスはそんな逆風の中でも業績を伸ばし続けている。
その戦略を指揮する社長・西村彦四郎(69)は、「少子化だから文具マーケットが小さくなるとは思っていない。筆記具は誰もがすでに5本や10本は持っていると思います。必要だから買うわけではない。欲しいから買う。欲しいものを作れば需要はいくらでもあると思っています」と言う。
西村の社長就任後、サクラクレパスは売り上げを伸ばし続け、2024年は過去最高の約470億円に。キーワードは「顧客の拡大」だ。
サクラクレパスの顧客拡大戦略~大人の高級文具、工業用製品…
〇顧客拡大戦略1~大人も欲しがる文具
サクラクレパスが2017年から販売している高級ボールペン「サクラクラフトラボ」は「文房具屋さん大賞2018」を受賞した注目の人気シリーズだ。ペン先やクリップ・ボディーなど、色や素材を自由に選ぶことができる。
例えば真鍮(ちゅう)の軸は時間とともにくすみが増し味わい深く変化する。相棒とも呼ぶべきペンになっていくという。
「サクラクラフトラボ」シリーズはこだわりの文房具が並ぶ東京・銀座の「伊東屋」でも取り扱われている。
中には子どもの憧れ、「クーピーペンシル」をスタイリッシュなボールペンにしたものも。バイヤーの平石康一さんが「皆さんが子どもの時から慣れ親しんでいるのは『クーピーペンシル』だと思いますが、『大人のクーピー』がテーマ」と言うのは「サクラクラフトラボ002」(2420円)だ。

「サクラクレパスというと子ども用の画材のイメージがすごく強い。筆記具をやっているメーカーとして認知されていないので、筆記具でもしっかりしたサクラクレパスのブランドをつくりたくて始めました」(西村)
〇顧客拡大戦略2~特殊分野にも進出
千葉・浦安市の鉄工所「梶哲商店」では鉄やアルミなどさまざまな金属を加工して販売している。分厚い鉄を、ガスを使って切断。切り出した鉄板にそれぞれの発注元の番号を書き込んでいく。
「通常のマーカーだとペン先が熱で焼けてインクが出なくなります」(「梶哲商店」津田和郎工場長)
そこでこの鉄工所が使っているのがサクラクレパスの「ソリッドマーカー(中字)」(440円)。ざっくり言うと、ペンキを固めて作ったマーカーだという。
こうした現場では以前はクレパスが使われていたが、もっと使いやすい専用の商品を開発した。
「ソリッドマーカー」は水の中でも書けるので、屋根のない、雨風の吹き込む現場でも大丈夫。工業向けの商品は他にも各種開発され、重宝されている。

「最初は疑いましたが、今はないと困ります」(津田工場長)
〇顧客拡大戦略3~家族で使える便利グッズも
2024年4月に発売されたサクラクレパスの収納ファイル「こまごまファイル」(847円~)。
開くとジャバラ状になっていて、シールや塗り絵、ペンなどを入れるだけで整理できる。マチが広いからかなりの量が入り、自立するので出し入れもスムーズ。マジックテープなのでファイルを留めるのも簡単で、持ち手があり子どもでも楽々、持ち運びできる。
アルバムの整理や救急箱代わり、推し活グッズ入れ……と大人にも便利。「こまごまファイル」はSNSでさまざまな使い方が話題になって大ヒットし、「文房具総選挙2025」収納部門で堂々1位に輝いた。

クレパスやクーピーといった子ども向け商品で生きてきた文具メーカーは新たな分野で存在感を高めている。
「世の中にないサービスをつくってお客様の欲しいものを売る。社会に対する貢献ではトヨタ自動車に負けていない。そういう考えでやらないと絶対に伸びません」(西村)
自由画運動を広めたい~絵画文化を築いた老舗企業
明治から大正に変わる1900年代前半、当時の子どもの美術教育は手本を同じように描き写すことが中心だった。
そこに「目で見て感じたものを自由に描くべきだ」という自由画運動が起こり、当時アメリカから入ってきたクレヨンが使われ始める。
しかし、輸入品であるクレヨンは高価で一部の私立小学校にしか導入されなかった。
そこで創業者の一人、佐武林蔵は1921年、国産クレヨンを作ろうと、サクラクレパスの前身「日本クレィヨン商会」を設立。

2年間の試行錯誤の末、低価格でなおかつ質のいい画材、クレパスを作ることに成功した。
1925年、販売開始。営業マンは全国の小学校を訪ねては使い方を教えて回ったという。
「当時、サクラクレパスに『営業部』はなく『美術部』という名前だった。クレパスを売りに行くのではなく、自由画運動を広めに行く。いわば“お絵描き”の文化をつくったんです」(西村)
そんな活動の甲斐(かい)あって、クレパスは「棒状絵の具の大革命」と絶賛され、瞬く間に全国へ普及していった。
その後もサクラクレパスは名前書き専用マーカーの「マイネーム」(1969年)や「クーピーペンシル」(1973年)など、発明文房具を次々と世に送り出す。
西村はクレパス誕生から30年後の1955年、2代目社長の孫として兵庫県で生まれる。
「祖父が社長になって、その長男が私の伯父で次の社長になる。直系ではないので(後を継ぐという気持ちは)ありませんでした」(西村)
それでも商品への親近感もあって1980年に入社。最初は営業部へ配属された。そしてサラリーマン人生の中で一つの転機を迎える。商品企画部に移った時のことだ。
西村は新商品として、レーシングカーデザイナーの由良拓也さんがデザインしたシャープペンシルを提案する。由良さんは優勝チームのマシンを数多くデザインしたこのジャンルの巨匠だ。
「オークションサイトで今では高額で取引されている」(西村)というデザイン性に優れた逸品だったが、当時は全く売れず、在庫の山となった。
このシャープペンをきっかけに西村は考え方を改める。
「『いい物を作れば売れる』と思っていたのですが、そうではなく、社内の営業担当に売る気になってもらうところから始まり、次に販売店さんに売る気になってもらう。そういうことが全て重なって商品が売れていく。すごく勉強になりました」(西村)
学校向け通販事業に挑む~販売店や社内で猛反発
「商品力だけでは物は売れない」を肝に銘じた西村は、時代にあった販売方法を模索するようになる。それが学校向け通販カタログ事業「エデュース」にたどり着く。

「ボンド、とび箱、なわとび……ウェブやファックスで注文されたら翌日にお届けします」(西村)
当時、「アスクル」をはじめとする企業向けカタログ販売が少しずつ広がりを見せていた。それを太いパイプを持つ学校向けに展開できないかと考えたのだ。
カタログには自社の商品に限らず学校で使うあらゆるもの約6000点を載せることにした。さらに西村は、サクラクレパスが続けてきた販売の仕組みも変えようとした。
以前は販売店を通して学校に商品を販売していたが、通販カタログ事業では学校と直接やりとりを行った。これまで間に入っていた販売店には代金の請求業務などを委託し、売り上げに応じた手数料を支払う形に変えようとしたのだ。
これに反発したのが販売店の人たちだ。東京・世田谷区の「氏田教材」社長・氏田安弘さんは「とても不安でした。エデュースが広がることで販売店は商売が脅かされると思っていました。『絶対にエデュースに協力しない』という販売店もありました」と言う。
社内からも、取引先である販売店との関係を考え、反対する声が上がった。当時、売り上げの3割を学校ビジネスが占めていて、販売店は重要なビジネスパートナーだったのだ。
西村の部下で、「エデュース」の立ち上げに呼ばれた教育ビジネスソリューション事業本部・藤野英樹本部長は「私もメーカー志向でサクラクレパスに入り、営業を経験して、商品企画部で商品を任されていた人間。『エデュース』チームへの配属は『片道切符』と言われ、当時は正直、社長には恨み、つらみがありました」と振り返った。
しかし、西村は「この事業は会社の未来を左右する」と、一歩も引かなかった。
「やはり時代の流れで『アスクル』も伸びているし、市場が通販にどんどん流れていく。同業他社と同じことをやっていたら少子化の影響をもろに受ける。やらなかったら他社にやられてしまう」(西村)
西村は「『エデュース』が伸びれば、収益も上がる」と販売店を説得。5年がかりで納得させ、通販カタログ事業のスタートにこぎつけたのだ。
現在、「エデュース」を利用しているという東京・目黒区立菅刈小学校。事務長の橿山光博さんは、2018年から「エデュース」を活用している。
「学芸会や運動会で急に『これが欲しい』ということがよくあります。『エデュース』であれば翌日に届くので安心です」(橿山さん)
今では全国の教育現場の約9割が「エデュース」に登録。商品ラインナップは2万5000点にまで拡大した。
当初、難色を示した販売店だったが、「『エデュ―ス』が浸透していくにつれ取引量が上がっています。二人三脚でやることでお互いウィンウィンになる。学校市場に通販のカタログを出そうと考えたことは西村社長の眼力だと思います」(前出・氏田さん)と言う。
既存の文具にとらわれない柔軟な発想で業績を上げた西村は2014年、社長に就任。今や「エデュース」は売り上げの4割を占める柱の事業となった。
保育士も保護者も大喜び~便利な写真選別機能を開発
大阪市城東区の「すまいる保育園」では、サクラクレパスが始めたサービスを導入した。
園内では子どもたちがクレパスで自由にお絵描き中。その様子を保育士がスマホで撮影していた。
子どもの写真を撮って保護者に送るサービスは今や一般的になっているが、実は保育士にとって大きな負担となっている。写真を撮った後、画像データをパソコンに取り込んでアップロード。保護者たちが閲覧できるようにするのだが、ここで大変なのが、「不平等にならないように」園児全員を同じ枚数にすることだった。
そこでサクラクレパスはその負担を減らすシステムを開発。「イロドキ」と名付け、2025年4月からサービスを開始した。
「イロドキ」ではAIに子どもの顔を認識させ、それぞれの子どものページに自動的に振り分けられるようにした。保護者は自分の子どもが写っている写真だけを閲覧できる。

料金は、保育園サイドは使用料無料。保護者はダウンロードしたい人だけ有料(月額990円~)となる。
「これまでは月1回か、2カ月に1回しか手が回らなかったのが、今は自動でAIが作業してくれるので、すごく助かっています」(保育士)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
明治のころ、海外から美術教育が入ってきた。大正時代になり、デモクラシーの中で、欧州で勉強した人が、自分が感じたことを自由に表現することを勧め、クレヨンが必要になった。当時、クレヨンは輸入品のみで非常に高価だった。品質がよく、低価格の画材が求められた。クレパスが生まれる。クレヨン+パステルの造語で、サクラという語感と合う。筆記具でも、世界で初めて実用化した水性ゲルインキボールペンを作った。紙に「書く」「描く」という行為では最先端を行き、売上高に占める海外比率は44%だ。
<出演者略歴>
西村彦四郎(にしむら・ひこしろう)1955年、兵庫県生まれ。1979年、成蹊大学法学部卒業。1980年、サクラクレパス入社。1996年、営業企画本部長就任。2014年、代表取締役社長就任。
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