世界をにらみ沖縄の活性化も!~オリオンビールの野望:読んで分かる「カンブリア宮殿」
11月27日(木)に放送した「カンブリア宮殿」のテーマは、「オリオンビールの野望」。
【動画】世界をにらみ沖縄の活性化も担う オリオンビールの野望
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沖縄生まれのオリオンビール。その人気は今やビールだけにとどまらない。那覇市の中心部、観光客が集まる国際通りは、オリオンビールのロゴが入ったTシャツを着た人やバッグを持つ人でいっぱいだ。関連グッズの売り上げも増加、沖縄土産の定番となった。
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ビールも今や全国に展開中。東京都内でもオリオンビールを飲める店が増えている。
港区六本木で人気のピザ専門店「PST Roppongi」で扱っているビールはオリオンだけ。
「ピザの濃厚なオリーブオイルとさっぱりとしたオリオンビールは相性がバッチリです」(玉城翼オーナー)
オリオンビールの創業はアメリカの統治下にあった1957年。創業者の具志堅宗精が、「沖縄の若者に夢と希望を与えたい」と、新しい産業を興したのが始まりだ。沖縄生まれのビールは県民の心をつかみ、瞬く間に広まっていった。
しかし、近年は若者のアルコール離れなどで市場は縮小。さらにコロナ禍により業務用ビールの売り上げが大きく減少、業績が落ち込んでしまう。
だが、そこからV字回復し、2024年度の売り上げは288億円と過去最高を記録した。
その本社「オリオン美らSUNオフィス」は沖縄本島の豊見城市にある。従業員は約400人で、その8割が県内出身者だという。
その社内で社員から「ジミーさん」と呼ばれているのが復活の立役者、12代目社長・村野一(63)だ。
村野はこれまで「デアゴスティーニ」や「シック」など、外資系企業の日本法人の代表を務めてきたいわゆるプロの経営者。「ジミー」は海外時代に名前の「はじめ」からついたニックネームだ。
「社長就任の初日にまずは『社長と呼ばないで、ジミーと呼んでください』と。そこら辺のおっさんくらいに思ってもらい、オープンな環境をいかにつくれるかが大切です」(村野)
経営管理部・島袋典子は「ジミーさんはすごくフレンドリーに話してくれるので、非常に話しやすいです」と言う。
村野が社長に就任したのはコロナ禍の2021年。業績の回復を求められ、白羽の矢が立った。立て直しに当たって、村野には目指したものがあるという。
「まず沖縄の県民に愛されるブランドになりましょう、観光客に愛されるブランドになりましょうと。より深い良い体験をしていただいて、消費者一人一人に共有、拡散していただこうと」(村野)
県民はもちろん観光客にも愛されるブランド。村野が目指すオリオンビールの姿だ。
〇村野流改革1~沖縄県民を巻き込み看板商品を一新
1959年の発売以来、オリオンビールの顔として沖縄の人に親しまれてきた看板商品「オリオン・ザ・ドラフト」。だが村野はそんな県民のビールの味を変える決断をする。
その際、行ったのが「県民アンケート」だ。沖縄県民の1%以上にあたる約1万5000人からアンケートを募った。
「県民を大きく巻き込んで、商品作りの過程に入っていただいて、一緒に作っていく。それを県民に愛される一つの手法だと考えた」(村野)
それは、県民とともに「新たな沖縄のビールを作る」という宣言だった。
アンケートをもとに、雑味を取り除きスッキリした味わいに変更した。リニューアルしたオリオンビールの味は「飲みやすくなっておいしい」「喉ごしがいい」「どんな料理とも相性がいい」と好評だ。
「オリオン・ザ・ドラフト」の売り上げはリニューアル後1年で約10億円増加した。
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〇村野流改革2~沖縄県外に攻勢をかける
2025年10月、東京・中野区で行われた「アシバ祭」。東京の沖縄県人会が、県民の親睦と沖縄の文化を知ってもらうために毎年、開催している。会場の一角にはオリオンビールが。こうしたイベントでオリオンビールを初めて口にする人も多い。
オリオンビールはこうした全国のイベントに年間60回ほど参加。沖縄以外のファン拡大に努めている。
「沖縄フェアやフェスを推して大きなお金をかけなくても、オリオンというブランドがほぼ沖縄と同義語なので、『今週末は沖縄を楽しもう』とオリオンビールを手に取っていただけるように」(村野)
さらにオリオンビールを全国に広げようと活動しているのが「広域営業部」。8人が北海道から鹿児島まで、日々、営業に飛び回っている。
その一人、名嘉(なか)太一がやってきたのは東京・中央区の居酒屋「カミヤ酒場」。現在、沖縄料理店以外への売り込みを強化している。名嘉は飲食店を中心に一人で800店ほどを担当している。
「試飲した感想をお聞きしながら採用につながる営業活動ができたらと思います」(名嘉)
こうした地道な活動で、県外での売り上げは2020年からの4年で2.5倍に拡大した。
〇村野流改革3~関連グッズでブランド名を拡散
オリオンビールが力を入れているのが関連グッズの開発だ。川崎市の「ラゾーナ川崎プラザ」で期間限定のイベントが開かれていた。主なターゲットはオリオンビールと接点が少ない若者。購入したグッズをSNSで拡散してもらうのが狙いだ。
「今の時代は一人一人がメディアなので、消費者がブワーッと発信してくれる。拡散のスピードが早い時代です」(村野)
今ではシャツだけでも数十種類のデザインに。ほかにもキャップやタンブラーなどさまざまなアイテムに拡大し、現在は1000を超える関連グッズを展開。沖縄土産の定番となっている。
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さらに、有名パティシエ・辻󠄀口博啓さん直々のオファーで、オリオンビールの酵母を使ったスイーツ「オリオン ザ・ブリゼ」を作り、販売を開始した。
こうした取り組みの結果、関連グッズの売り上げは2023年から2年間で3倍に拡大。本業のビール自体の知名度も上昇し、2024年度の売り上げは過去最高を記録した。
【動画】世界をにらみ沖縄の活性化も担う オリオンビールの野望

今やビールだけじゃない!~関連グッズも人気を後押し
沖縄生まれのオリオンビール。その人気は今やビールだけにとどまらない。那覇市の中心部、観光客が集まる国際通りは、オリオンビールのロゴが入ったTシャツを着た人やバッグを持つ人でいっぱいだ。関連グッズの売り上げも増加、沖縄土産の定番となった。

ビールも今や全国に展開中。東京都内でもオリオンビールを飲める店が増えている。
港区六本木で人気のピザ専門店「PST Roppongi」で扱っているビールはオリオンだけ。
「ピザの濃厚なオリーブオイルとさっぱりとしたオリオンビールは相性がバッチリです」(玉城翼オーナー)
オリオンビールの創業はアメリカの統治下にあった1957年。創業者の具志堅宗精が、「沖縄の若者に夢と希望を与えたい」と、新しい産業を興したのが始まりだ。沖縄生まれのビールは県民の心をつかみ、瞬く間に広まっていった。
しかし、近年は若者のアルコール離れなどで市場は縮小。さらにコロナ禍により業務用ビールの売り上げが大きく減少、業績が落ち込んでしまう。
だが、そこからV字回復し、2024年度の売り上げは288億円と過去最高を記録した。
その本社「オリオン美らSUNオフィス」は沖縄本島の豊見城市にある。従業員は約400人で、その8割が県内出身者だという。
その社内で社員から「ジミーさん」と呼ばれているのが復活の立役者、12代目社長・村野一(63)だ。
村野はこれまで「デアゴスティーニ」や「シック」など、外資系企業の日本法人の代表を務めてきたいわゆるプロの経営者。「ジミー」は海外時代に名前の「はじめ」からついたニックネームだ。
「社長就任の初日にまずは『社長と呼ばないで、ジミーと呼んでください』と。そこら辺のおっさんくらいに思ってもらい、オープンな環境をいかにつくれるかが大切です」(村野)
経営管理部・島袋典子は「ジミーさんはすごくフレンドリーに話してくれるので、非常に話しやすいです」と言う。
村野が社長に就任したのはコロナ禍の2021年。業績の回復を求められ、白羽の矢が立った。立て直しに当たって、村野には目指したものがあるという。
「まず沖縄の県民に愛されるブランドになりましょう、観光客に愛されるブランドになりましょうと。より深い良い体験をしていただいて、消費者一人一人に共有、拡散していただこうと」(村野)
県民はもちろん観光客にも愛されるブランド。村野が目指すオリオンビールの姿だ。
V字回復を実現~村野流オリオン改革とは?
〇村野流改革1~沖縄県民を巻き込み看板商品を一新
1959年の発売以来、オリオンビールの顔として沖縄の人に親しまれてきた看板商品「オリオン・ザ・ドラフト」。だが村野はそんな県民のビールの味を変える決断をする。
その際、行ったのが「県民アンケート」だ。沖縄県民の1%以上にあたる約1万5000人からアンケートを募った。
「県民を大きく巻き込んで、商品作りの過程に入っていただいて、一緒に作っていく。それを県民に愛される一つの手法だと考えた」(村野)
それは、県民とともに「新たな沖縄のビールを作る」という宣言だった。
アンケートをもとに、雑味を取り除きスッキリした味わいに変更した。リニューアルしたオリオンビールの味は「飲みやすくなっておいしい」「喉ごしがいい」「どんな料理とも相性がいい」と好評だ。
「オリオン・ザ・ドラフト」の売り上げはリニューアル後1年で約10億円増加した。

〇村野流改革2~沖縄県外に攻勢をかける
2025年10月、東京・中野区で行われた「アシバ祭」。東京の沖縄県人会が、県民の親睦と沖縄の文化を知ってもらうために毎年、開催している。会場の一角にはオリオンビールが。こうしたイベントでオリオンビールを初めて口にする人も多い。
オリオンビールはこうした全国のイベントに年間60回ほど参加。沖縄以外のファン拡大に努めている。
「沖縄フェアやフェスを推して大きなお金をかけなくても、オリオンというブランドがほぼ沖縄と同義語なので、『今週末は沖縄を楽しもう』とオリオンビールを手に取っていただけるように」(村野)
さらにオリオンビールを全国に広げようと活動しているのが「広域営業部」。8人が北海道から鹿児島まで、日々、営業に飛び回っている。
その一人、名嘉(なか)太一がやってきたのは東京・中央区の居酒屋「カミヤ酒場」。現在、沖縄料理店以外への売り込みを強化している。名嘉は飲食店を中心に一人で800店ほどを担当している。
「試飲した感想をお聞きしながら採用につながる営業活動ができたらと思います」(名嘉)
こうした地道な活動で、県外での売り上げは2020年からの4年で2.5倍に拡大した。
〇村野流改革3~関連グッズでブランド名を拡散
オリオンビールが力を入れているのが関連グッズの開発だ。川崎市の「ラゾーナ川崎プラザ」で期間限定のイベントが開かれていた。主なターゲットはオリオンビールと接点が少ない若者。購入したグッズをSNSで拡散してもらうのが狙いだ。
「今の時代は一人一人がメディアなので、消費者がブワーッと発信してくれる。拡散のスピードが早い時代です」(村野)
今ではシャツだけでも数十種類のデザインに。ほかにもキャップやタンブラーなどさまざまなアイテムに拡大し、現在は1000を超える関連グッズを展開。沖縄土産の定番となっている。

さらに、有名パティシエ・辻󠄀口博啓さん直々のオファーで、オリオンビールの酵母を使ったスイーツ「オリオン ザ・ブリゼ」を作り、販売を開始した。
こうした取り組みの結果、関連グッズの売り上げは2023年から2年間で3倍に拡大。本業のビール自体の知名度も上昇し、2024年度の売り上げは過去最高を記録した。
ソニー出身の経営のプロ~「失敗こそが次への糧になる」
村野には社長就任以来、ずっと続けていることがある。オフィスを歩きながら社員と対話しているのだ。社員の声に耳を傾ける裏には、大きな失敗があった。
村野は1962年、東京生まれ。横浜国立大学卒業後、「ソニー」に入社した。1980年代の「ソニー」は「ウォークマン」などヒットを連発、海外での販売も急拡大していた。村野も海外に赴任し、営業の最前線で戦った。

「スーツケース1個持って見知らぬ土地に行って、『ソニー』のビジネスを開拓するステージが多かったんです。誰も『ソニー』のことを知らないわけです。生意気だけど日本を背負っているぐらいの勢いで、ホテルの一室で、電話帳で調べながら営業していました」(村野)
村野は海外で大きな成果を上げていく。それは、自らに厳しい営業目標を設定し、それをクリアすることに全力を注いできた結果だった。
そんな実績が買われ、31歳の若さで「ソニーハンガリー」の社長に就任。社長になった村野はすべて自分で指揮を執り、社員に従わせた。村野の細かい指示により、瞬く間に業績は上っていった。
その実績をひっさげて新たな赴任地へ向かった村野だったが、そこでヨーロッパ担当の同僚から「ハンガリーの売り上げが落ちているらしい」「村野が雇った幹部社員も辞めたみたい」と、思いもよらぬ話を聞かされた。
「気合が入り過ぎたというか、若くして社長になった喜びと、なんとしても結果を出したいという気持ちで……」(村野)
村野の細かい指示で業績は上がったが、自ら考えない社員をつくってしまっていた。社員に失敗させまいと思ってしたことが裏目に出てしまったのだ。
「社員に失敗させてあげなかったっていうのはトラウマになっています。もう二度とそういうマネジメントはしないと心に誓いました」(村野)
村野はこの時、社員の自主性を育てることの大切さに気づいたのだ。
「子会社の社長になりたての頃は、自分が行きたいところに社員を連れていこうとしたんです。その後いくつかの経験をしていく中で、みんなが行きたいところに連れていこうという考え方に変わりました」(村野)
その後、さまざまな会社で代表を務めてきた村野は、その手腕を買われて2021年、オリオンビールの社長に就任した。
やりたいことを自分で決める~復活の足がかりは意識改革
村野はまず社員の声を聞くため、一人一人と面談を行うことにする。だがそこで、ある違和感を覚えたという。
「沖縄は結構奥ゆかしい人が多いので、手を挙げて意見を言う人は少ないんです。意見を言ってもらうことに苦労しました」(村野)
村野が気になったのは沖縄県民の控えめでシャイなところ。それが業績にも影響しているのではないかと感じた。
「コロナ前も含めると、実は26年間、オリオンビールは営業目標が未達だったんです。どこか『自分の数字(目標)ではない』という最後のところの言い訳があったと思います」(村野)
そこで村野が始めたのは、社員自らに「目標設定」をさせること。上からの指示ではなく、やりたいことを自分で決めさせたのだ。
「やはり人というのは、誰かに言われてやるよりは、自分で言ってやった方が、成長していると感じやすいんです」(村野)
最初は戸惑った社員たちだが、村野が説き続けることで意識が変わっていったという。
「社長は『目標必達』とずっと言っていて、最初はそれを厳しいなと感じる社員も多かったと思いますが、必ず結果がついてくるんです。それでみんなが自信を持って、『もっと頑張っちゃおうかな』みたいに」(人事総務本部・時永聡子)
「『私がやりたいことって何だろう』とか、『私が目指したいものって何だろう』と、未来を一人一人が見るようになりました」(人事総務本部・山城香織)
村野に背中を押された一人が、商品開発担当のビール商品開発部・大城敬一郎だ。沖縄由来の素材を使ったビールの開発を目標にした。
「何かしら沖縄の素材を入れていかないといけない。僕らが沖縄でビールを造る意味はそこにあるんじゃないかと思っています」(大城)
まず始めたのがビールに欠かせない酵母を探すこと。沖縄に自生する植物から得ようと約3000種類もの酵母を採取した。
そして、最終的にうるま市に自生していた「シロツメクサ」からとった酵母を採用。その酵母を使って2022年に誕生したのが「オリオン・ザ・プレミアム」。これまでより風味が豊かでフルーティーな味わいを生むことに成功した。
これをヒットさせることを目標にしたのがマーケティング本部・呉屋頼樺。呉屋は、関心を集めるため、プレミアムのパッケージデザインを県民投票で決めることにした。
「(県民投票を)実現したいと上申した時に、村野をはじめ上司たちが後押ししてくれました」(呉屋)
こうして決定したデザインでは、夕日に染まる沖縄の海辺の風景をモチーフにした。
社員が県民とともにつくったプレミアムは沖縄でヒット商品に。県外でも営業をかけ、少しずつ広まっている。

これを皮切りに開発ペースがアップ。かつては年間3つほどだった新商品が10種類前後に増加。オリオンビール復活の足がかりとなった。
沖縄本島の北部が変貌!~オリオン流地域活性術
2025年、沖縄本島の北部に話題のスポットが誕生した。7月、今帰仁村にオープンした「ジャングリア沖縄」だ。連日、県内外から観光客が押し寄せている。
「ジャングリア沖縄」から西に車で30分ほどの本部町には「美ら海水族館」がある。北部エリアには沖縄観光の人気スポットが点在している。
このエリアをさらに盛り上げるため、村野は新たな挑戦を始めている。
2014年にオリオンビールのグループ企業が「美ら海水族館」のすぐ近くにリゾートホテルを建設していた。

2024年、すべての客室からエメラルドグリーンに輝く海が見渡せるこの「オリオンホテル モトブ リゾート&スパ」をリニューアル。「ジャングリア沖縄」のオフィシャルホテルとしてシャトルバスも運行し、宿泊客を増やしている。
村野はこのホテルを拠点にして北部エリアを盛り上げようと考えているのだ。
「北部でより多くの時間を過ごしていただく。北部に滞在しようという人が増えることで宿泊、消費が増えるので経済が循環していくと思います」(村野)
北部を盛り上げたいもう一つの理由は、オリオンビール発祥の地で唯一の工場があるからだ。

一方、農業や畜産が主な産業の北部エリアには、就職などで地元を離れてしまう若者が多いという課題があった。
そこでオリオンビールは、名護市内の中学校で社員が定期的に講演を行っている。
この日は経営管理本部・松田美乃が東江中学校へ。そこにはオリオンビールのことを知ってもらい、将来社員となって、地元に残ってほしいという想いもある。
話を聞いた子どもたちからは「オリオンビールについて理解が深まった」「世界に挑戦するオリオンビールのような会社に就職したい」といった声が聞かれた。
~村上龍の編集後記~
オリオンは、英語だと「Orion」となり、ギリシャ神話で、「巨人の猟師で、死後星座になった」という意味だ。ビールの創業は、1957年となるが、沖縄県民に長く愛され続けている。村野さんは、「人を、場を、世界を、笑顔に。」というミッションを掲げ、それに、「沖縄から、」を加えた。Tシャツも人気がある。いろいろな会社とコラボしていて、見ているだけで楽しくなる。「I LOVE BEER!」というそのままのタイトル、シンボルであるスリースター、「昭和三十二年創業」というのも、絵になる。
<出演者略歴>
村野一(むらの・はじめ)1962年、東京生まれ。1985年、ソニー入社。ソニーハンガリー社長などを務める。2012年、リコー入社。2015年、デアゴスティーニ・ジャパン社長就任。2018年、シック・ジャパン社長就任。2021年、オリオンビール社長就任。
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