園芸の総合商社 小売りから空間プロデュースまで手がける!“植物のスペシャリスト”「ユニバーサル園芸社」:読んで分かる「カンブリア宮殿」

12月18日(木)に放送した「カンブリア宮殿」のテーマは、「植物のスペシャリスト」。

【動画】園芸ビジネスの可能性を追求 植物のプロ集団に迫る!

記事画像

植物のプロ集団が手掛ける!~造園業に空間プロデュースも


あるアンケート(2021年、データ提供/B&G財団)によると、コロナ禍を機に新たに始めた趣味で「ガーデニング」が3位に入った。さらに総務省家計調査でも、園芸関連の年間支出平均額は2019年の7756円から2022年の8985円へと1000円以上も増えている。ガーデニングがひそかなブームだ。

東京・町田市の「グランベリーパーク」の一角にある植物の専門店「ザ ファーム ユニバーサル」。銀座や千葉などにも店を構えているが、本店の「ザ ファーム ユニバーサル茨木」は大阪・茨木市の山あいにある。

記事画像
店内には多種多様な植物が並んでおり、品ぞろえは実に3000種以上。種類によって色彩が違う観葉植物「カラテア」や、ミニ盆栽コーナーには鑑賞用の柿の盆栽「ロウヤガキ」、正月用の縁起物「寿松」などがある。

園芸ショップには本格ピザが人気のカフェが併設されている。12月下旬からはいちご狩りも楽しめる。この年間40万人以上が訪れる施設を運営するのがユニバーサル園芸社だ。

ユニバーサル園芸社の主な事業は、企業や施設に様々な植物を貸し出すレンタル業。ひと鉢単位で貸し出し、メンテナンスも担当する。レンタル料は1鉢(観葉植物、特殊大鉢)3850円~(1カ月/メンテナンス料を含む)。東京や大阪など都市部に拠点を持っている。

強みは観葉植物にとりわけ強い専門性を有すること。その特徴を生かし、オフィスの空間プロデュースまで手掛けている。

東京・港区の「麻布台ヒルズ 森JPタワー」にオフィスがある人材サービスの「パーソルキャリア」は2025年、オフィスをリニューアルした際、ユニバーサル園芸社に植物のレイアウトを依頼したという。

記事画像
社員からは「緑があると良い息抜きになる」「取引先の会社の人とのアイスブレイクになる。来ていただくと皆さん驚かれる」と好評だ。社員が働きやすい環境を作ることは今や一般的になり、オフィスに植物を取り入れる企業は増えている。

社員に人気なのは目の前に東京タワーが広がるスペースだ。

「隠れ家っぽいところもあって、上司にちょっと込み入った相談をしたり、1on1の時に使うこともできます」(コーポレート本部・横山映子さん)

大阪の本店の隣にあるユニバーサル園芸社の本社は、建物全体を植物が覆っており、よく見るとレモンやポンカンなどカラフルな果物がなっている。

「壁面緑化というビルの壁面の緑化がはやっている。これから提案しようというのがこういう果物の実です。新しいから『うわー』とみんなが見るような提案をこれから仕掛けます」と語るのは会長・森坂拓実(77)だ。

記事画像
創業は1968年。植物のレンタル会社として森坂が一人で立ち上げた。今では、店舗やネットでの小売りから空間プロデュースまで、植物に関する幅広い事業を手掛けている。

グループ全体で1500人近くの従業員がおり、売り上げは205億円(2025年6月期)。2012年にはジャスダック(現スタンダード市場)に上場を果たしている。

「上場したということで商売を広げないといけない。我々は園芸総合センターになる」(森坂)

目指すのは植物のあらゆることを扱う緑の総合商社だ。

「緑の総合商社」を目指して~右肩上がりを可能にした三つの拡大戦略


〇ユニバーサル流拡大戦略1~市場に出回らない珍しい植物を仕入れる

一般的に商品となる植物は全国各地にある市場で仕入れるが、ユニバーサル園芸社は、それ以外にも珍しい植物を見つけると、直接、生産者から仕入れている。

バイヤーの一人、大津宙が買い付けに足を運んだのは八丈島。気候が温暖な八丈島は、江戸時代から園芸が盛んな日本でも有数の生産地だ。

訪ねたのは、鉢ごとに形が全く違う「シェフレラ」という品種を栽培している農園「石井園」。このような希少な植物は「1本もの」と呼ばれて価値が高く、めったに流通しない。

「シェフレラ」は八丈島では防風林として使われているが、台風などで倒れてしまったもので、強風にさらされ、独特に曲がった幹の部分を切り出していく。これをさらに枝ごとに鉢に植えて、「1本もの」にしているのだ。

記事画像
大津は生産者の感性にほれ込み、何年もかけて取引を頼み込んだという。

「(大津は)『お金、お金』じゃなくて誠実な人。そこまでして『欲しい』という気持ちが伝わったから付き合うようになった」(「石井園」石井敏一さん)

〇ユニバーサル流拡大戦略2~景観を生み出す植物のスペシャリスト

夜9時、横浜・西区のみなとみらいのオフィスビル「OCEAN GATE MINATO MIRAI」でユニバーサル園芸社のスタッフたちが行うのはクリスマスツリーの設置作業だ。クリスマスや正月の飾りつけの依頼が重なる12月は年間で最も忙しい書き入れ時だという。今回の作業のポイントは重さ600キロもある本物のもみの木を使うことだ。

ユニバーサル園芸社では、レイアウトのデザインから実際の設置や飾り付けまで、一手に引き受けている。そのため、国家資格の「園芸装飾技能士1級」を持つ社員は58人。土木関係の知識や経験が必要な「造園施工管理技士1級」を持つ社員が26人もいる。

さらに社内で独自の検定制度も設け、日々、植物のスペシャリストを育成している。

京都・舞鶴市にあるアパレルや土産物などのショップが集う複合施設「アティック」(2024年オープン)。数年前までは、荒れ果てていた日本庭園が見事に洋風に生まれ変わった。さらに、ウッドデッキを設けるなど土木工事も行い、鑑賞しやすいようにした。

「(木を)切って更地にして新しく作り直す方が簡単ですが、昔から慣れ親しんだものをちゃんと残していくことも大事です」(ファームガーデン部門統括・坪根諒平)

例えば池にあった灯籠の石は、バラバラにして飛び石として再利用した。

「想像以上。新しい要素も加えて良いものが出来上がった」(依頼した「ウッディーハウス」志摩幹一郎社長)

〇ユニバーサル流拡大戦略3~M&Aで問題を解決&ウィンウィンに

近年、ユニバーサル園芸社が力をいれているのが積極的なM&Aだ。

埼玉・川口市で園芸業を営む「小林ナーセリー」は「アジサイ」をはじめ数多くの植物を生産している。3代目の常務・小林隆行さんには長年、頭を悩ませていた問題があった。

「後継者がいない。きつい仕事なのでやりたくない人も多いと思います」(小林さん)

後継者不足もあり、観賞用の植物を販売する農家の数は減少の一途をたどっている。(2020年農林業センサスより)そこで2020年、小林さんはM&Aでユニバーサル園芸社の傘下に入った。

「グループ会社の中でやってくれる人がいて、若い人も育っているので安心です」(小林さん)

自分が引退してもグループ内の人材に後を任せられると、事業承継への道筋が見えた。

一方、東京・大田区の園芸業者「ビバ工芸」は2009年にユニバーサル園芸社のM&Aを受け、長年苦しんでいた赤字が解消されたという。

「森坂会長と出会って大きく人生が変わったと思っています」(田中頼親会長)

ユニバーサル園芸社にとっても質の良い商品を安定的に仕入れられるメリットがある。

こうした拡大戦略で売り上げは右肩上がり。200億円を超えるまでに成長した(2025年6月期)。

記事画像

“死への恐怖”が生きる原動力~「人生 2度なし」の歩みで創業


森坂には大切にしている日課がある。店を訪れるお客に声をかけ、感想を聞き、改善点を洗い出すのだ。ビジネスへの貪欲さは未だに衰えていない。

1948年、福井県で生まれた森坂は、小学生の時、父の仕事の都合で千葉の船橋市へ。この頃から、森坂少年の心にある恐怖心が芽生えたという。

「非常に長い悠久の歴史の中で、あっという間の人生しか自分は生きられない。『どうしよう』と、10日間ぐらい、夜、怖くて眠れなかった。死に神が追いかけてきますから、非常に行動的になりました」(森坂)

この想いは大人になっても消えることなく、森坂の原動力となっていく。

高校を卒業すると、知人から紹介された園芸会社に就職するが、1年も経たずに退職。その後すぐ、友人のつてを頼りに大阪へ向かい、別の園芸会社に入社した。ところがそこも1年経たずに辞めてしまう。

記事画像
「1つ目は経営者が10時にしか来ない。2つ目は時計を見て(夕方の)5時になると待っていたのかと思えるぐらいに帰っていく。自分たちは仕事しているのに、経営者がやらないのが納得できなかった。経営者は先頭に立ってやるものだと思ったから」(森坂)

どうしても納得いかなかった森坂が社長に「会社のためにも、一緒に朝8時から働いてください」と訴えると、「お前に言われる筋合いはない」と突っ返されてしまった。

「人生を毎日削ってなくなっていくわけです。私は『人生 2度なし』で人生を歩んでいる。頑張れる環境がなかったら、何をやっても無駄になるじゃないですか」(森坂)

ならば自分でやってやろうと、1968年、20歳の時に一人で園芸会社を立ち上げる。六畳一間のアパートで植物を管理し、スナックやバーなどに飛び込みで営業したという。

次第に取引先は増え、造園の仕事なども請け負うようになり、事業は順調に拡大。15年ほど経ったころには、従業員数100人以上、売り上げは15億円に達し、大阪で有数の園芸会社になっていた。

だがその後、バブルが崩壊。創業以来、初めて売り上げを落としてしまう。何とかしようと東京へ進出するが、なかなかうまく行かず、苦しい日々を過ごしていたという。

大きな転機となったのが経営塾「盛和塾」への参加だった。「盛和塾」を立ち上げたのは「京セラ」創業者の故・稲盛和夫氏。その経営哲学を学ぶため、当時、名だたる経営者の多くが足を運んでいた。

「感動して『えらいところに来た。良かった』と思った。立ち上がれませんでした」(森坂)

そこでは塾生たちが自身の経営人生を発表していた。

「急に売り上げが増えてお金が入り舞い上がっていた。高級車に乗り、都心にマンションを買い、家にはほとんど帰らない。そんな自分の姿が醜いと気づいたのです」

塾生のこうした発言に、森坂は大きな衝撃を受ける。

「日本の園芸会社の中で一番つつましく、ちゃんとやっていると思っていたんです。でもその人の話を聞いたら、18歳、19歳の時に社長を見て『けしからん』と散々言っていたくせに、自分もそっちに入りかけていたんじゃないかなと」(森坂)

専用の社長室で仕事をし、高級車を乗り回していた自分が、若いころ許せなかった社長の姿に重なった。森坂はそれらを手放し、より誠実に仕事と向き合うようになっていった。

何より取り組んだのが従業員たちのスキルアップ。研修や検定制度を充実させ、プロ集団としての技術向上に力を注いだ。

毎年行っているのは「笑顔コンテスト」。国内外合わせて23のグループ会社を持つユニバーサル園芸社では1500人近くが働いている。その全ての従業員の笑顔を、森坂がチェック。3位までランキングをつけ、上位の者は表彰されるという。

「うまくいっているようでも、会社にはいろいろな問題がある。でも笑顔写真だから不満な顔がない。全部笑顔だから楽しいよね、見ていると」(森坂)

初の社内ベンチャーに挑む~若きスタッフの気概と奮闘


千葉・大多喜町にある休園中の「大多喜ハーブガーデン」。ここでユニバーサル園芸社にとっては初の試みとなる既存施設の再生事業が行われている。

記事画像
再生事業の責任者に抜てきされたのがユニバーサル園芸社のスタッフだった森田紗都姫だ。

ユニバーサル園芸社では若手が新たな事業に挑戦できるよう社内ベンチャー制度を立ち上げ、森田はその代表に就任した。その際、森坂からはこんな言葉を送られたという。

「『もし会社がうまくいかなかったとしても、責任を取るというのは辞めることじゃないから』と言われました。『その経験とか過程をちゃんと還元することが責任を取るということだからね』と言われて、すごくズシっと」(森田)

この再生事業に自ら手を挙げた森田は、運営や経営に関するすべてを担当している。

まず取りかかったのが植物の変更。以前は西洋ハーブを中心に栽培していたが、ヨモギやシソ、ドクダミといった日本に昔からあるハーブを中心に栽培することにした。

さらに、育てたハーブを使った商品をレストランやショップで売り出す予定だという。

この日は「クソニンジン」というヨモギを使ったクッキーの試作品が完成。早速、施設のスタッフに試食してもらった。

2026年3月の正式オープンに向けて奮闘中だ。

「森坂会長が現場を見ずに任せてくださるのは、今までの事業の中ではそこまで多くないこと。ものすごく責任を感じていますし、自分の人生もかかっています」(森田)

※価格は放送時の金額です。

~村上龍の編集後記~
小学生のとき「死への恐怖」にとらわれた。しかし、人生は限られた時間しかないと、行動的になった。20歳で創業するが、その延長だ。住んでいた6畳一間の畳を5枚上げて、植木の温室にした。自分のスペース以外、すべて植木だった。園芸社は、そうやって始まった。山奥に小さな土地を借りて、ビニールハウスを自作し、受注を重ねた。高度成長期にオフィスビルの建築ラッシュに乗り、事業は拡大し、上場も果たした。最後に聞いた。「今でも死ぬのは怖いか」森坂さんは「残っている、だが他にやることがある」というような答だった。

<出演者略歴>
森坂拓実(もりさか・たくみ)1948年、福井県生まれ。高校卒業後、千葉の園芸会社に就職。1年後に退社し、大阪の園芸会社へ就職。1968年、ユニバース園芸(現ユニバーサル園芸社)を創業。2021年、代表取締役会長就任。

見逃した方は、テレ東BIZへ!
※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。
x
x