魚群探知機やレーダーで“見えないものを見る”!世界の船を支える「古野電気」:読んで分かる「カンブリア宮殿」


1月29日(木)に放送した「カンブリア宮殿」のテーマは、「世界の船を支える”古野電気”」。

【動画】人々を驚かす!「見えないものを見る」技術

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世界の漁を変えた~漁師が「自分の命」と言う機器


巻き網漁が行われている鹿児島・枕崎市。漁師の髙須隆太郎さんは「今日はサバを狙いに行きます。(狙うのは)簡単です」と言う。サバを簡単に狙える秘密が、超音波を使って船の下に魚がいるかを調べる魚群探知機だ。

出港から4時間、サバの群れを捉えた。大量に獲れたのは食卓の定番・ゴマサバ。特に冬場は身が締まってうまいという。

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この日の収穫は25トン。安定した漁ができるのは魚群探知機のおかげだという。

「魚群探知機がなかったら何も獲れないし、みんなも養えない。自分たちの命みたいなものです」(髙須さん)

この魚群探知機を作っているのが兵庫・西宮市に本社がある古野電気だ。従業員約3300人、年間売り上げは1269億円(2025年2月期)。

作っているのは魚群探知機をはじめ、他の船や障害物から船を守るレーダー、座標を確認するためのGPSなど、海を走る船を手助けする機器。漁業向けの電子機器で世界シェア49%を誇る。

西宮市の新西宮ヨットハーバー。古野電気は機器の開発のための実験艇を持っている。

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この日、船内では2人の若手が新型の魚群探知機のテストを行っていた。従来品よりも魚を鮮明に表示できるようセンサーの感度を調整し、その結果を実際の海底を映しながら確認する。

「机上の計算や作業場での実験だと見えないケースが海の中では多いので、そういったことを検証するために開発中にはよく海に出ています」(開発部・川乱遼)

そんな若手の説明に熱心に耳を傾ける社長・古野幸男(77)は、「世の中の最新技術をできるだけ船の分野で取り入れて、お客様の役に立つ商品を提供する。そのために世の中の動きはきちんとフォローしていると思います」と言う。

見えないものを見る技術1~魚の数・種類まで分かる


古野電気の主力商品の一つ、魚群探知機。その仕組みは、船の底から超音波を発射し、それが魚や海底に当たると反射して返ってくる。赤い部分は硬い「海底」、青い点々が「魚」というように、反射の強弱で色分けされる。

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魚群探知機を使うのは漁師だけではない。

早朝、神奈川・三浦市の間口漁港を出るのは一般客向けの釣り船だ。埼玉県からやってきた森田茂之さんの釣りの相棒はコンパクトサイズの魚群探知機「探見丸」。古野電気と「シマノ」が一般向けに共同開発した。

その仕組みは、釣り船の魚群探知機が親機となり、無線で情報を発信。それを「探見丸」がキャッチして表示するというもの。コンパクトでも、釣り船と同じ精度の情報を釣り客も共有できる。

「水深も分かるし、魚の群れが表示されるから、『もしかしたら今来るぞ』とアタリがあるかもしれない。やはり便利です」(森田さん)

魚群探知機の最新版ともなれば、ただ魚群を映すだけではなく、魚の数や体長まで分かる。さらに、とらえた魚群が「サバの可能性が30%、ニシンの可能性が88%」というように、種類の判別までできるのだ。

「周波数の違う超音波を同時に出して、浮袋がある魚と浮袋がない魚では、その反射の特性が違うんです。そういう知見に基づき機械の開発に至りました」(開発部・西山義浩)

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見えないものを見る技術2~海洋冒険家も頼りにする装置


2022年、海洋冒険家の堀江謙一さんは世界最高齢の83歳でヨットによる単独無寄港の太平洋横断を達成した。この挑戦に欠かせなかった古野電気の装置があるという。今回、太平洋を横断したときのヨットに乗せてもらえることになった。

船内は一人がやっと入れるほど。必要最低限の設備で69日間、海上で生活する。そんな挑戦を支えた製品が、カーナビのように人工衛星の信号で船の位置を確認できるGPSだ。

「最初の航海は太陽と六分儀で測る伝統的なやり方だったんですが、GPSは24時間いつでも現在地がわかります。賢いです」(堀江さん)

GPSでヨットの位置をリアルタイムで確認し、サンフランシスコから日本までの航海をサポートしたのだ。

「古野電気さんの製品は常に最先端というだけではなくて信頼性がある。絶対壊れないですし、安心して使えます」(堀江さん)

船の安全を守る古野電気の機器は他にもある。

「(船舶の)免許を取りたての頃から古野電気の製品を40年近く使っている」と言う東京湾でフィッシングガイドをしている宇田川昭彦さんが最近、新たに買ったのが、最新型のレーダー。マイクロ波を360度飛ばして他の船や岩礁などの障害物を捉える。

最新版はGPSとの組み合わせで自分の船と障害物を同じ地図上で表示できる。さらに、進行方向に他の船がいると赤く表示したり、アラームが鳴って衝突の危険性を教えてくれたりするのだ。

「どうしても釣りをやっていると夢中になって周りを見落としてしまう。レーダーを回しておくとアラームで教えてくれるので、安全面でこれ以上のものはないと思います」(宇田川さん)

見えないものを見る技術3~船の無人運航をリード


船舶業界でも人手不足が問題となっている。その解決に古野電気が一役買っていた。

「MEGURI2040」は日本財団を中心に進めている無人運航の実証実験。無人運航で海に関わるさまざまな問題を解決しようというプロジェクトだが、その機器の開発を古野電気が担っている。

「人間の頭脳にあたるところに古野電気さんの技術を投入していただき、無人運航船を成り立たせる。(古野電気の)高い技術力に我々も期待をしています」(「日本海洋科学」桑原悟さん)

本社の一角では無人運航船の陸上支援センターも開設。

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運航中の船の位置や速力、気象データを衛星通信でキャッチし、安全なルートや燃費の良いルートを伝えるためのシステムを開発中だ。

「船というのは資産価値が高い。無人にして万が一、事故が起こった時の損失は桁違いになります。我々の持っている技術力を十分発揮して、このプロジェクトに貢献をしていきたいと」(古野)

戦艦大和の発見にも一役~海の魚を「見る」技術


石川・能登町で定置網漁を営む中田洋助さんが見せてくれたのは、古野電気が開発した「漁視ネット」という商品。ブイに超音波センサーや通信デバイスなどを搭載しており、地上にいながら、ネット回線を通じて定置網の中にどんな魚がどれだけ入っているかが分かるというものだ。

開発には中田さんも一役買っていた。もともとパソコンでしか見られなかった網の情報を、スマホでも確認できるよう提案した。

古野電気はこうした現場の声をくみ上げ、商品開発につなげている。

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古野電気は1948年、世界で初めて魚群探知機を実用化。古野の義理の父とその弟が長崎・口之津町、現在の南島原市で作った。また1985年、日本中が沸いた「戦艦大和」発見のニュースの陰には古野電気の海底探索装置の存在があった。

古野幸男は1948年の生まれ。一橋大学卒業後、繊維メーカーの「帝人」に入社し、営業職についた。1978年、古野電気の創業者の次女と結婚。1984年、古野電気に入社した。

異業種から来た古野にすぐにできる仕事はなかったという。そこで資料室に赴き、電子機器の参考書から魚の料理本まで、あらゆる本を読みあさっていった。

一番役に立ったのが「有価証券報告書。会社全体を知るのには、一番分かりやすいのかなって思って読んでいた」と言う。

過去20年分を読み込み、3年がかりで仕事の全体像を把握していった。

だが1990年代になると、国内の漁獲量が大幅に減少する事態に。漁師が船舶機器を買い控えたことから、当時、漁業用がメインだった古野電気の経営はひっ迫。1993年、上場以来、初めて赤字に転落した。

古野は、もっと顧客の幅を広げなければ生き残れないと痛感する。

「国内漁業に主軸を置いていたら、将来、魚がどんどん減っていくし、これは大変厳しいなと。覚悟を持ってやらないといけないという気持ちになりました」(古野)

そこで目をつけたのが、当時、造船ラッシュで沸いていたタンカーや貨物船などの商船市場だった。商船の航行やレーダー機器などを一括管理できるシステムを開発し、売り込みをかけると、これが当たり業績は回復した。

こうした実績を積んで2007年、古野は社長に就任。その翌年には当時の過去最高売り上げを達成してみせた。

「浜営業」で新商品を生み出す~受け継がれる「現場種技」


古野電気には、創業時から大切にしている言葉があるという。それが「現場種技(げんばしゅぎ)」だ。

「創業者の一人が考えた言葉で、現場にいろいろな技術や商品のアイデアの種がある。お客さんのところに行って初めていい商品が生まれてくる。常に現場のことを大事にして仕事をしなくちゃいけないと」(古野)

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千葉・銚子漁港のそばにある古野電気の銚子営業所。朝8時45分、営業担当の杉本将隆に電話がかかる。相手は漁師の鈴木彪雅さんだ。

「新しく設置した機械の設定をやりに来てほしいという連絡があったので、今から行こうかなと思います」(杉本)

古野電気は全国に200以上にのぼる営業拠点(代理店を含む)を持ち、商品の販売から購入後のアフターサービスまで各営業所が担当している。

杉本が向かったのは房総半島南部の船形漁港。ソナーの画面の海底の表示が強く出すぎているので、少し和らげてほしいという。画面の表示の好みは人それぞれ。こうした細かい依頼にも2時間かけて駆けつける。これが古野電気の「浜営業」だ。

「夜中に操業しているので、翌朝すぐ来て対応してくれたり、アフターケアの方もすごく助かります」(鈴木さん)

メンテナンス担当が調整する横で杉本が漁師と話し込んでいる。何気ない会話から、商品開発のアイデアや改良点を拾い上げていく。

約30分で調整は完了。車に戻った杉本はさっそくパソコンに向かう。浜営業で漁師から聞いた話を社内で共有し、商品開発の種にする。これが古野電気の「現場種技」だ。

「『どういう営業活動をしています』と書いている人もいて、自分が同じような状況になってお客さんに話す時も自信になるので、こういう情報共有は大事だなと思います」(杉本)

海だけじゃない陸にも進出~「車関係」で新サービス


古野電気の製品は海以外でも活躍している。

東京・墨田区のカー用品店「イエローハット」すみだ八広店にあったのは古野電気のETC車載器。船のレーダーなどの電波技術がETCに応用されている。こうした技術を駆使して、古野電気では2003年からETC車載器を販売している。

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一方、茨城・坂東市にある「レンゴー」利根川紙器工場では、製紙工場の規模を拡大したことにより、ある問題が発生。そこで導入したのが古野電気の「フロービス」。ETC車載器とカメラを組み合わせて車両を検知、識別する装置だ。

この工場では、増設と共にトラックの待機場所を作ったが、作業場所と離れたところにあり、不便になってしまったという。

現在は、燃料を積んだトラックが待機場所に着くと、「フロービス」がトラックの情報をキャッチ。先に作業場所にいたトラックが出ていくと、待機場所に設置された電光掲示板にトラックのナンバーと行く先の作業場所が表示される。ドライバーはそれを確認し、作業場所へ。作業場所に到着すると、ここでも「フロービス」が車両を確認。ゲートが開き、敷地に入ることができる。

「必要最低限の人数で運転ができるようになったことがメリットだと感じています。このシステムが非常に有効に活用されています」(「レンゴー」利根川事業所・西本竜也さん)

~村上龍の編集後記~
1938年、長崎県口之津町に、ラジオ好きの青年たちによって誕生した。48年に会社設立。魚群探知機の実用化に世界で初めて成功する。古野さんは、一橋大学の社会学部を出て、帝人に入社、日本やイギリスの紡績の歴史を調べた。古野電気に入り、会社を知るために有価証券報告書を20年分くらい並べて目を通した。漁業の市場も調べ、魚料理の本も眺め、魚群探知機については社内の技術屋に聞いた。会社の全体像をつかむには3年かかった。今では、船舶の自動運転など、何を聞いても明確に答える。勉強家なのだ。

<出演者略歴>
古野幸男(ふるの・ゆきお)
1948年、東京都生まれ。1971年、一橋大学卒業後、帝人に入社。1984年、古野電気に入社。1987年、取締役就任。2007年、社長就任。

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