豊田章男、柳井正、孫正義カリスマ経営者「成功の理由」:読んで分かる「カンブリア宮殿」

3月26日(木)に放送した「カンブリア宮殿」のテーマは、「カリスマ経営者」。

【動画】日本企業20年の格闘 ミライをつかむ経営とは?

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日本企業20年の格闘~トヨタ自動車・豊田章男


愛知・豊田市と岡崎市の山間部に見えてくるのはトヨタが約3000億円かけて建設した最先端の研究開発施設「トヨタ テクニカルセンター下山」。開発中の車の視察にやってきたのは最強のトヨタをつくり上げた立役者、トヨタ自動車会長・豊田章男(69)だ。

豊田は今もトヨタのマスタードライバーとして車の“乗り味”を決める最終責任者を務めている。走り込むのはドイツの名門サーキット、ニュルブルクリンクのようなアップダウンの激しいテストコースだ。

豊田の運転者目線の指摘が、より乗り心地の良い車をつくり上げていく。

「とにかく鋭いセンサーを持っている。モリゾウ(豊田のドライバー名)さんがいなかったらと考えるとちょっと怖いです」(凄腕技能養成部・豊岡悟志部長)

豊田は次々と車を変えて何度も何度もコースに出ていく。トヨタでは壊れるまでのテストを奨励しているという。

「壊れるまでやる。壊れたところが一番弱いところなので、今度はそこを強くする。それをどれだけできるかで、いい車に一歩ずつ近づいていく」(豊田)

豊田は世界で支持されるより良い車をつくるため、手段を選ばず改革を推し進めてきた。その始まりは2009年、営業赤字4610億円という巨額赤字の中での社長就任だった。その直後の2010年には全米に広がったリコール問題が豊田を襲い、さらに2011年には東日本大震災が起きて生産ラインなどが被害を受ける。

そんなさまざまな苦難の中、販売台数6年連続世界一の強いトヨタをつくり上げた。

豊田の経営の本質について、2026年2月、全国のトヨタ販売店のトップが集まる「全国トヨタ販売店代表者会議」で聞いてみた。

「『トヨタの車はいい車』と言われて初めてトヨタはいい会社になれる。ずっとそう言い続けて、自らハンドルを握って軸がぶれない。すごい人だと思います」(「ネッツトヨタ東埼玉」・飯塚素久社長)

「一貫して同じことを言い続けている。この人は本気だと」(「福岡トヨタ自動車」・金子直幹社長)

会長となった豊田が今、車づくりと共に注力しているのが世界で勝てる人材づくりだ。

トヨタの社員を育成する「トヨタ工業学園」。豊田は卒業を控える訓練生たちに「章男塾」という特別講義を行っているという。その大半が自由な質疑応答に充てられる。

「章男塾」の最後にサプライズが待っていた。豊田のドライビングをじゃんけんで勝った訓練生が体験できるのだ。

「最高に楽しかった。夢みたいな時間でした。このモチベーションを糧にしてこれからの社会人人生を歩んでいこうと思います」(体験した訓練生)

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車への愛情と共に車をつくって欲しい。そんな豊田の若者たちへの熱い思いには、実は12年前の2014年、カンブリア宮殿に出演した時のある言葉も少し関係しているという。

「私にとっては村上龍さんの最後の言葉、『車を愛する人がよい車を作る』(編集後記)が自分のそれ以降のぶれない軸になりました。やはりこれでいいんだと。車が好きだということをずっと批判されてきた人間ですから。そこを初めてお褒めいただいた。背中を押していただいた。その時の小池さんの聞いている笑顔。これが『カンブリア宮殿』の一番のいい思い出です」(豊田)

日本企業20年の格闘~ソフトバンクグループ・孫正義


カンブリア宮殿に2010年に登場したのは、日本のIT社会を常にリードしてきたソフトバンクグループ会長兼社長・孫正義だ。

当時のソフトバンクは今と主力事業がかなり違っていた。

カンブリア宮殿が始まった2006年は孫が大勝負に打って出た年だ。総額1兆7500億円でボーダフォン日本法人を買収、携帯事業に参入した。あまりの巨大な買収金額に、成功を疑う声も少なくなかったが、孫は番組で「崖っぷちにガーンと追い込まれると一生懸命考えざるを得ない」と答えていた。

2017年には10兆円規模の巨額資金でITやテクノロジー企業へ投資を行う「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を立ち上げる。

このリスクを伴うファンド事業を孫は大きく伸ばす。携帯事業が稼ぎ頭だったソフトバンクグループの収益構造は一変し、劇的に資産を拡大してみせた。

そして今、挑戦するのが生成AIへの巨額投資だ。孫が投資を行う1社が、AIを使った自動運転のスタートアップ企業。その車両に乗った孫は「僕は専属の運転手がいるけど、この自動運転の方がうまい」と笑った。

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開発したのはイギリスの「ウェイブ・テクノロジーズ」。孫は「エヌビディア」などと共に約1600億円もの投資を行っている。

「スティーブ・ジョブズがスマホで200年に1回の革新をした。ウェイブのアレックスCEOがスマートカーで自動車の200年に1回の革新をする」(孫)

その「ウェイブ・テクノロジーズ」のアレックス・ケンドルCEOは「1年以上、日本でもテストを行っていて、カメラや『エヌビディア』の製品を搭載しています」と言う。

「ウェイブ・テクノロジーズ」の自動運転の最大の強みは独自のAI技術。主流だった高精度のレーダーや地図データに頼るのでなく、搭載したAIが人間と同じように判断を行うという。

「マサ(孫正義)が我々に1600億円を投資するという決断、信念は驚くべきものでした。今でこそ多くの人が自動運転技術にはAIが重要だと考えていますが、以前は業界全体が、そう考えていませんでした。でも、彼は強い確信を持っていたんです」(ケンドルCEO)

孫の凄さは揺るがない信念だという。

「初めてマサに会った時、彼の『世界を変えよう』とする思い、AIやロボティクスに対する情熱に本当に心を打たれました。そのエネルギーと情熱、信念を持ち続け、新たな挑戦で成長を続けてきた事実は実に驚くべきことです」(ケンドルCEO)

日本企業20年の格闘~ファーストリテイリング・柳井正


2008年にはもう一人のカリスマ経営者を取り上げた。カジュアルファッションの最大手、ユニクロを率いるファーストリテイリング会長兼社長・柳井正(77)だ。

番組出演時の売り上げはまだ約5800億円。佐藤可士和デザインのロゴで攻勢をかけていくタイミングだった。それが今や売上高は約3兆4000億円(2025年8月期)を超えた。

「すごく努力をしてもなかなか成長できない時期があったんです。『なんでだろう?』と思ったら、最終的な目標を決めていなかった。どうせ一生をかけるなら『世界一になろう』と思った。企業として生き残ろうと思ったら、当たり前のことですが、成長しないと生き残れない」(柳井)

柳井がこだわったのは成長スピードの速さ。その舞台とし、何度も失敗を繰り返し挑んだのが海外事業だった。そして今や、売り上げの半分以上が海外となった。

海外で勝てない日本企業について、柳井はこう語る。

「和気あいあいとみんなとうまくやっていく。日本の全体社会に“馴れ合い”の同調圧力があったんじゃないか。『成長』よりも、商売がうまく回って利益が出ればいいと。『うまく回る』ことが目的になっていたのではないか」

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そして柳井はそのビジネスの本質をこんな風に語った。

「『流行やトレンド』を神様みたいに思っていて、その反対が、『値段』が神様で安ければいいという。その両方とも違うと思っています。服の完成度が一番大事で、着て『買ってよかった』と思われる商品を買えば、『次も買おう』と思われるのではないか」

佐藤可士和がブランディング~新たな書店のカタチ


東京・千代田区の「ほんまる神保町」。SAMURAI代表のクリエイティブディレクター、佐藤可士和(61)がブランディングした書店を小池栄子が取材に訪れた。きっかけは直木賞作家からの依頼だったという。

「歴史小説家の今村翔吾さんからお声がけをいただきました。今、本屋さんは厳しいじゃないですか。もしかしたらなくなってしまうかもしれないという課題があった。今村さんは作家なので切実な思いがありました」(佐藤)

そのロゴには「本屋を救う『本丸』になりたい」という思いが込められている。

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「ほんまる神保町」はシェア型書店というユニークな仕組みで本を売る店だ。ずらりと並ぶ本棚の1区画ずつそれぞれにオーナーがいて、1カ月4850円~で、売りたい本を自由に売ることができるという。

「1棚が小さなテナントになっている。そのオーナーの頭の中をのぞいている感じが面白いんです」(佐藤)

「空飛ぶクルマ」がいよいよ…~世界で勝つためのアドバイス


元ネスレ日本社長のケイアンドカンパニー代表・高岡浩三(65)が今、力を入れるのは若手起業家の育成だ。

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この日、東京・江東区に視察に来たのは空飛ぶクルマのデモフライト。高岡が主催する若い起業家向けの「高岡イノベーション道場」の門下生、「スカイドライブ」CEO・福澤知浩さんが開発したものだ。

この日は無人状態での飛行。高岡が見守る中で機体が浮いた。周囲の環境を計算し、12基のモーターを個別に制御。最高巡航速度は100キロを出せるという。

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高岡からのアドバイスを機体の開発に生かしてきたという。

「高岡さんの助言で『3人乗り』に。『2人乗り』だと1人は運転手なので、1人しか乗れません。海外の競合も『3人乗り』はできていなかった。技術的には難しかったのですが、(高岡さんと)やり取りをする中で、『2人乗り』か『3人乗り』かが、会社が生き残れるかどうかの圧倒的な差だと実感しました」(福澤さん)

スカイドライブの未来図を福澤さんはこう語る。

「足が不自由でも富士山に5分で簡単にのぼって日の出が見える。そんな世界が実現できたらと思っています。実は東京都が実証を今後3年間やっていくことになっていて、2027年にはプレ実装をやろうと思っています」

元ヤフー社長が副知事に~都民の生活をより良くしたい


2019年に東京都の副知事に就任した宮坂学(58)の東京都庁の仕事部屋。宮坂が巨大行政組織にやってきた理由が「未決」と書かれた逆さまの箱にある。

「もともと大量の決裁文書が来ていたのですが、デジタル化をしていこうということで、ほぼオンライン上でできるようになった。それで今は、箱は空になって、パソコンのモニターの台として再利用しています」(宮坂)

長年紙だらけで立ち遅れていた行政のペーパーレス化。宮坂は行政手続きのデジタル化を91%まで推し進めたという。

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そんな行政DX化の拠点が都庁の隣のビルにある。2023年に設立した東京都を一変させようという組織「GovTech(ガブテック)東京」だ。

「東京都だけでなく62区市町村のデジタル化もまとめて一緒にやろうと。デジタル化は共同化した方が有利なことが多いんです」(宮坂)

「GovTech東京」に集結したのはさまざまなスキルを持つ約300人。東京都民が使うアプリから62の区市町村向けのシステム開発まで、凄腕たちが集まってきていた。メンバーの一人は「社会的にインパクトがある仕事。充実感しかないです」と言う。

ネット企業から巨大行政へ、宮坂の情熱はさらに燃え上がっていた。

経営のプロの一言で奮起~大ヒットこんにゃく秘話


若手経営者の育成には、かつて番組でも取り組んでいた。それが、伝説的経営者たちとコラボした経営指南だ。

醤油(しょうゆ)をアメリカに広めた人物として知られるキッコーマン名誉会長・茂木友三郎(91)もその一人だ。

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その茂木を訪ねると、社員たちが読んだ最新のビジネス書などの内容の報告を受けていた。さまざまな情報を知る場となっているこの報告会を20年以上続けているという。

そんな茂木は2019年の放送で、悩みを抱えるあるメーカーへ経営指南を行った。

相談者は売り上げ低迷に悩んでいた大阪・堺市のこんにゃくメーカー「中尾食品工業」の中尾友彦代表(当時31)。大逆転を狙い、こんにゃくを使ったスムージーやタピオカなどの開発に取り組んでいた。

その取り組みについて茂木は「アイデア先行で詰めが足りない。潜在需要がないと何回やってもダメだと思います」と指摘した。

そんな厳しい言葉から7年、こんにゃくにヒットが生まれたと聞き取材に向かった。

神戸の商業施設にある惣菜チェーン「咲菜」プリコ神戸店で、次々に売れていたのが甘辛く煮たこんにゃく。中尾が開発したこのこんにゃくは、「咲菜」だけで月に1トンも売れているという。

「表と裏の両面に隠し包丁『かのこ』が入った特注こんにゃくを、アドバイスをいただいてつくったんです」(中尾)

有機のこんにゃく芋を100%使用。味が染みやすいよう、隠し包丁が施されている。惣菜店での調理時間が短縮され、おいしい食感になると、業務用のニーズをつかみ大好評なのだ。

7年前の茂木の指摘で、目が覚めたという。

「当時の僕にはユーザー目線に立つことが抜けていたと、茂木さんの意見を聞いて感じた。それで立ち直ったと思います」(中尾)

そんな現在の中尾へ取材した映像を茂木に見せた。

「人の意見を聞くのは大切です。だからうまくいったんですよ。キッコーマンは『アメリカで醤油を伸ばそう』と、海外で醤油を広めてきた。醤油にほれ込んだ。彼はこんにゃくにほれ込んでいるので、将来が楽しみです」(茂木)

小池栄子が20年を振り返る~成功する経営者の共通点


番組を放送した20年間で最も進化を遂げたのは誰か。その変貌度をランキングにしてみた。

第3位は番組インタビュアーの小池栄子だ。当時はバラエティー番組を中心に活躍していた小池は、25歳で初の経済番組出演を「びっくりしました。『なんで私なんだろう』と。経済の『け』の字もテレビで言ったことはないし、すごいチャレンジをかけたなって」と振り返った。

2006年、原田教育研究所社長・原田隆史をゲストに招いた回でのこと。当時、最も大きな目標として小池が書いたのは「自分が主演でロングランするような舞台に出たい」だった。

現在、小池はドラマ、映画、舞台に引っ張りだこ。数々の賞を受賞し、存在感のある人気俳優となった。

そんな小池にとってのカンブリア宮殿とは?

「(経営者は)絞っていくと皆さん、同じことを言っている。自分のためだけでなく周りのために、とか。企業がある意味は社会貢献だともおっしゃる。持つべき信念みたいなものを、経営者の皆さんに教えていただきました」

クルーズからスタジアムまで~ジャパネットが大変貌


第2位は番組が始まった2006年に出演したジャパネットたかた創業者・髙田明。当時は強烈なトークのテレビ通販で全国区の人気を集めていた。

しかし2015年に社長を退任し、長男・髙田旭人にバトンを渡すと、ジャパネットの変貌が始まる。

2017年、旭人はクルーズ事業に参入。わずか6年で年間売上150億円を超える事業をつくり出す。そんな攻めの経営により就任10年で売上を倍近くの2725億円(2024年)に増やした。

「父の代は比較的『伝える』部分がフォーカスされていた。良いものをちゃんと世の中に届けていこう。その過程で自分たちを磨いていこうと。この10年で『磨く』部分がすごく広がりました。『クルーズ』、中身を社員みんなで磨いている。事業が広がっているように見えますが、自分なりに軸は全然ぶれてないと思います」(旭人)

ジャパネット大変貌の象徴が、2024年、地元長崎に約1000億円を投じて建設した「長崎スタジアムシティ」。ピッチを見おろすホテルから大胆なアミューズメントまで。自分たちでサービスを磨き上げ、長崎の街に活気を生み出した。

スタジアムの中を歩くのが77歳になった創業者の髙田明。ここでのサッカー観戦を楽しみにしているという。

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テレビ通販から地域に活気を生み出す企業に。変貌を遂げたジャパネットを、髙田は「皆さんが元気になる。地方が創生する。社会的価値にチャレンジしているのが今のジャパネットではないかと思います」と語っている。

葉っぱで町を元気にする~仕掛け人亡き後も思いは続く


第1位は、2008年の放送で取り上げた、徳島・上勝町で高齢者が活躍できる葉っぱビジネスを生み出したいろどり創業者・横石知二だ。

横石は「おじいちゃんやおばあちゃんが苗木を植えているんです。なぜ苗木を植えるのか私は不思議でした。80代で植えても採れないでしょう。『どうして?』と聞いたら『子どもや孫が継いでくれる夢の種をまいているんだ』と。すごい言葉だと思いました。子や孫のために自分ができることをやらなければいけない。諦めてはいけない」と語っていた。

そんな上勝町を2025年、悲しい知らせが駆け巡った。横石が代表を務めたいろどりを訪ねると「(横石は)6月10日に病気が分かって、『余命が2カ月ぐらい』と聞いて、悔しかったのだと思いますが、涙を流していた。すい臓がんで8月8日に亡くなりました」(粟飯原啓吾代表)。66歳の若さだった。

だが、葉っぱビジネスは現在も全国トップの出荷量だという。かつて取材したおばあちゃんの家庭でも、次の世代が忙しそうに葉っぱを収穫していた。

「忙しくて病気する暇がない。横石さんがいい仕事をつくってくれてありがたい」(針木繁美さん)

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さらには県外から葉っぱ農家になりたいという移住者も。上勝町内にはおしゃれな店も増えていた。地ビールにこだわる「ライズ&ウィン」のスタッフは「お店のお客さんだったのが、気がついたら住んでいました」と言う。古民家のレストラン「ペルトナーレ」は上勝町の旬の食材にこだわった本格イタリアンだ。

「この町は未来をつくっていると思っています。若い子たちは直観的に来ている人が多い。それは横石さんが今までやってきた功績だと感じます」(「ライズ&ウィン ブリューイング カンパニー」田中達也代表)

「『人は誰でも主役になれる』が横石さんの言葉。女性、お年寄り、どんな人でも主役になれる。やれば可能性はいくらでもあるというのが横石さんの口ぐせでした」(花本靖町長)

横石がまいた夢の種は、上勝町を希望ある町に変貌させた。

※価格は放送時の金額です。

~村上龍の編集後記~
3人は完璧だった。高岡さんは「イノベーション」について、可士和さんは「個の才能」について、宮坂さんは「行政を必要とする人々」について、それぞれ完璧な解答をした。わたしは、20年番組をやってきて、もっとも印象に残るゲストの話をした。「ユニバーサル園芸社」の会長・森坂拓実氏だ。小学生のころ、「死への恐怖」に取り憑かれた。だが、そのせいで、逆に行動的になった。人はみな同じゴールに向かっていて、逃げていては何も解決しないと。20歳で創業。住んでいた6畳一間の畳を5枚上げて、植木の温室代わりにして畳1畳で生活した。

<出演者略歴>
高岡浩三(たかおか・こうぞう)1960年、大阪府生まれ、神戸大学卒業。2010年、社長就任。2020年、ネスレ日本社長を退任、ケイアンドカンパニー設立。
佐藤可士和(さとう・かしわ)1965年、東京都出身、多摩美術大学卒業。2000年、SAMURAI設立。2006年、ユニクロのクリエイティブディレクターに。以降もセブン‐イレブンや楽天などのブランド戦略を担当
宮坂学(みやさか・まなぶ)1967年、山口県生まれ、同志社大学卒業。2012年、ヤフー代表取締役社長就任。2019年、東京都副知事就任。2023年、GovTech東京理事長就任。

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