【ヨコハマ再発見】星野リゾートが“昭和の名建築”をホテルに「OMO7横浜」の全貌:ガイアの夜明け
5月1日(金)に放送した「ガイアの夜明け」のテーマは、「ヨコハマ再発見!名建築ホテル誕生」。
今、全国各地で昭和の名建築が次々に解体されている。
そんななか、横浜市にある“昭和の名建築”とも称される「旧横浜市庁舎」を改修したホテル「OMO7横浜」が4月21日に開業した。
運営を手掛けるのは星野リゾート。目指していたのは、歴史的な建築物を核に、知られざる古き良き横浜の魅力を掘り起こすことで、新旧を融合させたホテルだ。「解体か、保存か」ではなく、名建築を「生かして稼ぐ」という新たな挑戦を追った。
【動画】<ヨコハマ再発見>星野リゾートが“昭和の名建築”をホテルに「OMO7横浜」の全貌
![ガイアの夜明け]()
3月19日、JR関内駅(横浜市中区)の目の前に、エンタメとグルメが融合した「BASEGATE横浜関内」が誕生した。
施設の人気スポットの一つが「ワンダリア横浜」で、臨場感あふれる映像に没入して、非日常の体験ができる。
![ガイアの夜明け]()
スポーツ観戦やコンサートに熱狂できるライブビューイング施設「THE LIVE」も。
ここではお腹が空いたら、「尾島」の「炭火焼 炙り焼豚丼」や「野毛焼きそばセンターまるき」の焼きそばなど、横浜の名物グルメが楽しめる。
![ガイアの夜明け]()
その真新しいこの施設の隣に4月21日、星野リゾートのホテル「OMO7横浜」が開業した。1959年(昭和34年)に竣工した「旧横浜市庁舎」をホテルとして生まれ変わらせた。
館内には、星野リゾートが力を入れる新業態のベーカリー「OMOベーカリー」や大型ドッグガーデンも完備。愛犬も一緒に宿泊できる。
![ガイアの夜明け]()
市庁舎時代、使われずにいた屋上は、開放感と浜風を楽しめるテラスになり、横浜スタジアムを見下ろせる。ホテルは全276室、料金は1室2名で1泊3万6000円~(かたりばルーム・食事別の場合)。
「昔のものを残すことによって重厚感もある。新築ではないけれども、今の機能を満たしていて、ホテルに泊まる人にとっての魅力につながっている。とてもいい仕上がりになった」(「星野リゾート」星野佳路代表)。
今、全国各地で昭和の名建築が次々に解体されている。
そんななか、横浜市にある“昭和の名建築”とも称される「旧横浜市庁舎」を改修したホテル「OMO7横浜」が4月21日に開業した。
運営を手掛けるのは星野リゾート。目指していたのは、歴史的な建築物を核に、知られざる古き良き横浜の魅力を掘り起こすことで、新旧を融合させたホテルだ。「解体か、保存か」ではなく、名建築を「生かして稼ぐ」という新たな挑戦を追った。
【動画】<ヨコハマ再発見>星野リゾートが“昭和の名建築”をホテルに「OMO7横浜」の全貌
星野リゾート流“ヨコハマ再発見”の旅

3月19日、JR関内駅(横浜市中区)の目の前に、エンタメとグルメが融合した「BASEGATE横浜関内」が誕生した。
施設の人気スポットの一つが「ワンダリア横浜」で、臨場感あふれる映像に没入して、非日常の体験ができる。

スポーツ観戦やコンサートに熱狂できるライブビューイング施設「THE LIVE」も。
ここではお腹が空いたら、「尾島」の「炭火焼 炙り焼豚丼」や「野毛焼きそばセンターまるき」の焼きそばなど、横浜の名物グルメが楽しめる。

その真新しいこの施設の隣に4月21日、星野リゾートのホテル「OMO7横浜」が開業した。1959年(昭和34年)に竣工した「旧横浜市庁舎」をホテルとして生まれ変わらせた。
館内には、星野リゾートが力を入れる新業態のベーカリー「OMOベーカリー」や大型ドッグガーデンも完備。愛犬も一緒に宿泊できる。

市庁舎時代、使われずにいた屋上は、開放感と浜風を楽しめるテラスになり、横浜スタジアムを見下ろせる。ホテルは全276室、料金は1室2名で1泊3万6000円~(かたりばルーム・食事別の場合)。
「昔のものを残すことによって重厚感もある。新築ではないけれども、今の機能を満たしていて、ホテルに泊まる人にとっての魅力につながっている。とてもいい仕上がりになった」(「星野リゾート」星野佳路代表)。

1月中旬、ホテルの開業準備が着々と進んでいた。建物の中には、至る所に建設当時のものが残っており、ロビーの床も昔のまま。「エレベーターホールの青色のタイルは、1959年当時のタイルをそのまま活用している」(総支配人・羽毛田 実さん)。
ホテルの改修を手掛けたのは、大手ゼネコン「竹中工務店」。建物をできるだけ残しながら耐震補強し、解体・改修に約4年を費やした。

建物の歴史を生かした新たなホテルづくり――それを託されたのが、星野リゾートの仁藤美夢里さん(26)だ。仁藤さんは横浜市出身で、ここから横浜の魅力を発信したいとホテルの開業メンバーに手を挙げた。

関内エリアにある「OMO7横浜」は、人気の観光名所「赤レンガ倉庫」までは徒歩で約20分、「みなとみらい」までは約30分かかり、立地に課題が…
そこで仁藤さん、ホテル周辺の穴場スポットを発掘して、宿泊客に伝える「ご近所マップ」で、ひと味違う横浜をアピールする作戦を考えていた。

狙いを定めたのが線路の反対側。観光客があまり行かないという野毛町や伊勢佐木町だ。
穴場スポットの発掘を担うのが、若手社員で結成された「OMOレンジャー」。仁藤さんはそのリーダーに抜擢された。
横浜を訪れる人の86%が「日帰り旅」というデータも。横浜の穴場を知れば、腰を据えて泊まりたくなる…それが星野リゾートの狙いだ。
1月下旬。ご近所マップに載せる店を探すため、仁藤さんたちはホテルから徒歩10分のところにある伊勢佐木町を訪れた。「ゆず」が路上ライブをしていた聖地や1958年(昭和33年)創業の「天麩羅 登良屋」などがある。

次に訪れたのは、600軒もの店がひしめく飲み屋街・野毛町。「これが“野毛飲み”という面白さが伝えられるといい」(仁藤さん)。
いつも満席の焼き鳥店「野毛 末広」や焼きそばが人気の「野毛焼きそばセンターまるき」など、ご近所マップに載せたい店が軒を連ねる。

そして、地元出身の仁藤さんでも未開拓の場所が、約60の小さな店が軒を連ねる「野毛都橋商店街」だ。1964年(昭和39年)の東京オリンピックに合わせて、周辺の露店や屋台を収容するために建てられた横浜市の「歴史的建造物」。
「“どこに入っていいんだろう”という気持ちがあると思うので、代わりにOMOレンジャーが開拓して、スタッフが勧めると行きやすさもある。そういった架け橋になりたい」(仁藤さん)。

2日後、仁藤さんが向かったのは吉田町。この町には切実な思いがあった。
「吉田町は、伊勢佐木町と野毛町に挟まれた250メートルしかない小さい町。とても個性的な店が80軒集まっている。ベイエリアもいい店があるが、こっちもいい店があるので、ぜひそれに気づいてもらいたい」(吉田町名店街会 理事長・山下大輔さん)。
吉田町を象徴するのが、1957年(昭和32年)に火災から街を守るために建てられた「吉田町第一名店ビル」。このビルにはウイスキーが有名なバーや創業100年を超える「鶏肉専門店 梅や」がある。
泊まり客が増えれば、地元も潤う。星野リゾートが仕掛ける新たなホテルに、町も期待を寄せている。
さらに仁藤さん、名建築ホテルならではの仕掛けを思いついていた――。
昭和を代表する建築家・村野藤吾の想いを未来へ

2月、ホテル独自の魅力を発信したい仁藤さんたちは「横浜都市発展記念館」へ。
1945年5月29日、横浜大空襲が起きた。大空襲で焼け野原となった横浜の中心部は、終戦後、米軍に接収された。終戦から10年たっても街の再建が進まず、周辺よりも復興が遅れていた。
そんな復興の途上にあった1959年、完成したのが横浜市庁舎だ。
竣工時の映像を見た仁藤さんは、「“ここから横浜市を盛り上げるぞ”という、当時の市民のプライドや魂がある。」「建物を残すだけではなく、横浜市民が過ごした歴史や文化、思いを継承していかなくてはとより強く感じた。責任重大」と話す。
歴史ある建物を受け継ぐ意味を知ったのだ。

横浜市民に復興への希望の火を灯した市庁舎。設計したのは、日本を代表する建築家・村野藤吾だ。
村野が特にこだわったのは、行政棟と議会棟の中央に位置する「市民広間」。
そこは吹き抜け2階建ての空間で、演奏会が開かれるなど、市民が自由に過ごせる憩いの場だった。
政治の中心には、一人ひとりの市民がいる――。市民広間は、そんな「民主主義の理念」を体現していた。

今回、市民広間は解体されたが、そこにあった大階段は移設され、生まれ変わったホテルのシンボルに。村野がこだわった市民広間への想いを受け継ぎ、1階と2階は、宿泊者でなくても自由に過ごせるようにした。
仁藤さんは、村野の想いをホテルでも継承すると心に決めたのだ。
さらに仁藤さん、OMOレンジャーの「ご近所マップ」に、ぜひとも載せたいジャンルが。番組では、そんな仁藤さんの奮闘を追い、名建築ホテル「OMO7横浜」の開業までに密着する。
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