【軍艦島】崩れゆく建造物…島全体の補修に1000億円!?文化財を守る人々の葛藤:ガイアの夜明け


【軍艦島】崩れゆく建造物…島全体の補修に1000億円!?文化財を守る人々の葛藤:ガイアの夜明け
10月23日(金)に放送した「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、「世界遺産 その先に…~人と技術で未来へつなぐ~」。

【動画】「軍艦島」崩れゆく建造物…島全体の補修に1000億円!?文化財を守る人々の葛藤

7月、「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産に登録された。約20年にわたる悲願が実り、地元は歓喜に沸いた。自治体や住民はなぜ世界遺産にこだわり、何に期待してきたのか。

世界遺産は登録されれば終わりではない。建物や景観を守り、その価値を伝え続けるには、人も技術も資金も必要となる。2015年に登録された長崎県の「軍艦島」では、風雨による劣化が進み、鉄筋コンクリートの建造物が崩落の危機を迎えている。
その景観を守ろうと、新たな試みが始まった。
世界遺産の登録に向け、国の推薦が内定した「彦根城」では、城郭都市を未来へ残すため、伝統木造建築の棟梁が立ち上がった。
世界遺産という「称号」の先に何を残すのか。それを誰が守り、誰に手渡すのか。
文化財を守る現場から、「世界遺産」のあり方を問う。

村の悲願!飛鳥・藤原の宮都が登録…その先に


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7月26日、「飛鳥・藤原の宮都」(奈良・明日香村、橿原市、桜井市の遺跡群)が世界遺産に登録された。
世界遺産条約は1972年、文化や自然の財産を人類全体のため保護することを目的に、ユネスコで採択された。フランスの「モン・サン・ミシェル」やスペインの「アントニ・ガウディの作品群」など、1273件が登録(2026年8月時点)。日本国内でも、富士山や法隆寺など27件が登録されている。

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20年にわたる悲願がかなう瞬間…「飛鳥・藤原の宮都」が登録される瞬間を見守ろうと、橿原市には地元住民が集まっていた。
今回世界遺産になったことで、3つの自治体で約50億円の経済効果があるという試算も。
しかし、明日香村の森川裕一村長は「世界遺産を取らせてもらったものを、次の世代にどうやってつないでいくのか。世界遺産を取れたことを喜ぶのではなく、次に向かってみんなで一緒にならないとできない」と、今後の課題を示した。

その価値を次の世代にどう残していくのか…それが試されている世界遺産がある。

崩れゆく建造物…“軍艦島の景観”をどう守る!?


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長崎市。2015年、世界遺産に登録された「端島」(通称:軍艦島)。
ここは、明治日本の産業革命を支えた人工の島。明治から昭和にかけて、良質な石炭が採掘される炭鉱として開発された。
炭鉱労働者やその家族を中心に、最盛期となる1960年頃には約5300人が島に居住。小中学校から病院、映画館まで、一つの街のように発展を遂げた。
そして1974年、石炭を採りつくしたことなどから閉山。以来、廃墟となっていた。

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島には、1916年に建てられた日本初、鉄筋コンクリートの集合住宅も。しかしその劣化状況は、5年前から余命半年と指摘されている。
安全面から、現在島に入れるのは観光船のツアー客だけ。しかも見学ができるのは、島のわずか10分の1にも満たないエリアだ。多くの歴史的な建物がありながら、一部しか観光に生かされていない。
「完全に保存するのは、なかなか難しい状況。(世界遺産に)登録されたのは本当に素晴らしいこと。それを維持していくことの方が難しい」(長崎市 鈴木史朗市長)。

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実は島全体が世界遺産というわけではなく、その対象は明治時代に造られた一部の炭鉱施設だけ。登録されたからといって保存・整備の費用がユネスコから出るわけではなく、原則、国や自治体が負担する。島全体を補修すると1000億円はかかるとされる中、自治体だけで賄うのには限界がある。

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このままでは、高層アパートが立ち並ぶ軍艦のようなシルエットが失われてしまうかもしれない――。そんな課題に向き合おうとしているのが、NPO法人「J-heritage」の前畑洋平さん(47)だ。

「来てくれた人が1回で終わるのではなく、保存する仲間になってもらうツーリズムをつくりたい。炭鉱があったからこそできたこの島の特異な景観。この景色を分かりやすい状態で残すことが大事」。

前畑さんは産業遺産を観光と結びつけ、保存につなげる NPO団体の代表を務めている。

長崎市 野母崎地区。地域主体で景観保護と観光をつなぐ「Tプロジェクト」は、この場所を拠点にし、島の景観を守ろうと新たなツアーづくりを始めていた。
そのメンバーの一人でもある前畑さんは「ツアーで来てくれる個人のお客を巻き込みながらやっていかないと、劣化のスピードに追いつかない。(軍艦島の)崩れていく方が勝ってしまう」と現状を話す。
前畑さんはこれまでにないツアーで観光収入を増やし、軍艦島の保存につなげたいと考えていた。

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9月24日。前畑さんたちは市から特別な許可を得て、軍艦島の非公開エリアに上陸した。そこは、立ち入りが許されない封印されたエリア。瓦礫の先にそびえ立つのは、かつての端島小中学校だ。
今回前畑さんが島に連れてきた人の多くは、新たにガイドを目指す人たち。ツアーをつくるにあたり、人材を育成しようというのだ。志願者に、観光客が入れない場所こそしっかり見てもらいたい――そんな前畑さんの狙いもある。

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研修の講師は、軍艦島ガイドの黒沢永紀さん。25年前から島へ通い、ここを舞台にしたドラマの監修も務めるなど、軍艦島を知り尽くした人物だ。
案内したのは、繁栄の歴史と当時の生活を知ることができる居住エリア。大正時代以降に造られたアパートは朽ち果て、危険な箇所もあるが、人々が暮らした痕跡が今も残っている。

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地獄段と呼ばれる長い階段。この付近はかつて「端島銀座」と呼ばれ、商店が立ち並ぶ街の中心的な場所だった。最盛期は、当時の東京都の約17倍の人口密度。高度経済成長期には、豊かな生活が営まれていた。

もっとお客を呼べるツアーにしたい――。それがひいては島を守ることにもつながる。
「稼いだお金を少しでも多く長崎市に寄付して、少しでも早く整備が進むように」。
前畑さんたちは、これまでの見学ルートを拡張することができないか考えていた。
そして、もう一つの大きな目的とは――。

世界遺産が「人を育て、技術を残す」…彦根城の挑戦!


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滋賀・彦根市。世界遺産に特別な思いを持つのが、「鈴木古建築」社長で棟梁の鈴木大祐さん(60)。社寺のほか、古民家の修復も手がけている。
「古いものを修復するには、その時代や木のことも知らないと。同じ素材で同じように戻さないといけない。誰かが残していかないといけない」。
鈴木さんは、出雲大社の「平成の大遷宮」にも関わった社寺建築、修復のプロフェッショナル。神奈川県出身の鈴木さんが、彦根市に会社を構えたのには理由があった。

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それは、国宝にもなっている「彦根城」。1604年に着工。幕末の大老、井伊直弼の生誕の地でもある。
彦根城は世界遺産への登録を目指してきたが、30年以上前から候補に上がるものの、いまだ登録には至っていない。彦根市にとっても鈴木さんにとっても長年の悲願で、鈴木さんは「この景色は絶対残さないといけない」と話す。

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彦根城は城郭だけでなく、武家屋敷や庭園など江戸時代の「大名統治システム」の遺構がほぼ完全に残っているのが売り。守り続けなければならない場所が数多くある。

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鈴木さんは、彦根城でさまざまな修復を手がけており、お堀にかかる「高橋」もその一つ。橋は風雨に晒され、木材の劣化が進んでいたが、現存する絵図と実物を参考に修復した。
「建物も昔の状態に戻すことで、その時の思いが伝わってくる。古いものを残す醍醐味でもあり、残す意味もある」。

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そんな鈴木さんが今、彦根城で最も心配しているのが「鳳翔台」だ。彦根城の庭園の象徴でもある鳳翔台は、藩主が客人をもてなすために造られたといわれている。
しかし今、その茅葺の屋根が限界にきていた。コケが生えて修復が急務だが「彦根市も財政が厳しい。懐事情が厳しければできない」。
果たして、鈴木さんが考えた一手とは――。

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