「何かの力が働いている…」『はだしのゲンはまだ怒っている』込山監督が語る映画化の真意


「何かの力が働いている…」『はだしのゲンはまだ怒っている』込山監督が語る映画化の真意
広島で被爆し、惨禍の中で家族を失った漫画家・中沢啓治氏。その壮絶な記憶を、自らの分身である主人公・ゲンに託して描いたのが、不朽の名作『はだしのゲン』だ。

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2025年11月、同作の誕生から現在までを見つめるドキュメンタリー映画『はだしのゲンはまだ怒っている』が公開され、ドキュメンタリー作品としては異例のヒットを放っている。
映画では、戦後80年を迎えた今、「ゲン」を現代に伝え続ける人々の活動を追い、反戦メッセージが持つ意味を問いかける。ゲン同様、壮絶な体験を持つ人々の話が印象的に語られるシーンも。
一方で、近年、主に学校や公共の場から、『はだしのゲン』の閲覧利用を制限したり、教材としての使用をやめたりしようとする一連の動きが。中には、漫画に批判的な意見もあるという。

なぜこのような映画が生まれたのか――。
今回の「テレ東プラス 人生劇場」は、込山正徳監督を取材。「ザ・ノンフィクション」(「われら百姓家族」「⼥装と家族と終活と~キャンディさんの⼈⽣~」など)をはじめ、数々のドキュメンタリー作品を世に送り出してきた込山監督に、映画が生まれた背景や作品に込めた思いなど、話を聞いた。

はだしの人生劇場

テレビ番組から映画へ 「はだしのゲン」をめぐる論争とメッセージ


――『はだしのゲンはまだ怒っている』は、多くの人に観てもらいたい…世代を問わず、心に響く作品です。まずは作品が生まれた背景からお聞かせください。

「2024年にBS12 トゥエルビで放送した『「はだしのゲン」の熱伝導~原爆漫画を伝える人々~』が評判で、映画化が決まり、追加で取材を行い構成も全面的に変えました。
実は私自身、子どもの頃から漫画を読む習慣がなく、『はだしのゲン』を読んだことがなかったんです。そんな中、ここ10年ほどで『はだしのゲン』が図書館から排除されたり、教材から外されたりしているという事実を知り、“不思議な動きだ。何かの力が働いているに違いない”と感じました。このテーマで番組をつくったら興味深いのではないかと…そう思い立って企画しました。

幸い、2つの賞(メディア・アンビシャス映像部門大賞、第15回衛星放送協会オリジナル番組アワード番組部門<ドキュメンタリー>最優秀賞)をいただけたこともあり、『これ、映画になりますよ』と言ってみたんです。そうしたら、BS12 トゥエルビの高橋プロデューサーが社内調整に動いてくれて、映画化が決定しました」

――実際に、込山さんが『はだしのゲン』を読んでみての感想は?

「企画を通すために読んでみたら、メッセージ力がすごかった。作者の中沢啓治さんの気合がビンビン伝わってきたんです。ご自身の体験であり、原爆で大切な家族を3人も失っているわけですから、それはもう熱量が違う。

『はだしのゲン』は、子どもの目から見た戦争の世界を描いています。子どもから見た戦争といえば『アンネの日記』。『アンネの日記』は聖書の次に売れているそうで、それくらい世界中で読まれている作品なんですよね。『はだしのゲン』も同レベルの力のある文学じゃないか、もっともっと世界中で読まれていいはずだと思いました」

――テレビのドキュメンタリーは、どのような構成に?

はだしの人生劇場▲神田香織さん

「講談師の神田香織さんは、『はだしのゲン』を題材にした講談を、長年にわたって語り継いでいます。まずはその作品を縦筋にして、ゲンがどういう漫画であるのかを迫力を持って伝えました。
そして、“漫画で描かれていることが嘘だ”という人もいるので、中沢さんと同じように被爆体験をした証言者を探して取材しました」

――映画では、より効果的でパワフルな作品に仕上げるために、追加取材もしています。

「この漫画を良く思わない人たちの理論というか理屈というか、その辺を描こうかなと思いました。調べていくうちに、元産経新聞記者の後藤寿一さんが書いた『「はだしのゲン」を読んでみた』という本に出会い、そこには“『はだしのゲン』は手品みたいな作品”という解釈が綴られていました。"嘘が混じっている"と言うのです。後藤さんのインタビューは、なかなか表現するのが難しい部分ではありましたが、一つの意見として入れました。“日本には、こういう考え方の人も結構いる”ということを示すためです」

――「『はだしのゲン』は自分の歴史解釈とは異なる」という後藤さんのインタビュー…なかなかすごいなと思いました。

「そうですね。後藤さんのインタビューをどのように入れようか迷っていた数日後に、元広島市長の平岡敬さんを取材しました。平岡さんに改めて戦争の歴史観や日本軍が戦争に行ったことはどういうことだったのかなどを聞き、それらすべての意見を表現として入れこむことで、何とか説得力のある2つのシーンにまとめることができました」

映画が伝える戦争の記憶と平和への願い


――映画版ではパワーアップされた点がいくつもありましたが、他にも追加した要素はありますか。

「主に5つあります。先ほどお話しした後藤さんの取材、平岡さんの取材、それと中沢さんの妻・ミサヨさんのインタビューで中沢さんが描いているときの話、作曲家・山本加津彦さんが中沢啓治さんの詩に曲をつけた『広島 愛の川』を子どもたちが歌うシーン、もう一つは、中沢さんと同じ年で、6歳の時に広島市で被爆した体験を腹話術で伝えている小谷孝子さんのパートです。彼女は3歳の弟さんを原爆で亡くしていて、腹話術の人形にその弟さんを投影して子どもたちに語りかけます。『外国に行って、お友達を作りなさい。そうすれば、友達を攻めようとは思わないでしょう?』彼女のそんなシンプルな言葉が子どもたちに伝わり、次世代に伝えることの大切さを感じました」

――込山さんが特に印象に残っているシーンは?

「被爆して重度のやけどを負った阿部静子さんの取材です。やけどで手や口にまひが残っていて辛い経験をされてきましたが、本当に素敵なおばあちゃんでした。
これまで10回以上も手術をしたというやけどの跡も見せてくれました。戦地から帰ってきた夫が、大やけどを負い、姿の変わった静子さんに『離婚はしない』と告げ、その後50年近く寄り添ったという話は人間の優しさと愛を感じ、編集しながら何度も泣かされました」

――戦後80年を迎えた今、静子さんのような方の証言はとても貴重です。

「18歳の時に被爆した江種祐司さんも、体調が悪い中、取材に応じてくれましたが、その8カ月後に亡くなってしまいました。彼の遺言とでも言えるような証言、言葉の迫力がすごかった。被爆後、不調で寝込んでいた時、父親がラジオをかけたらモーツァルトが流れてきて、その旋律に心打たれ“おれはこれから音楽をやろうと思った”という話も、すごく心打たれました。
実際江種さんは音楽の先生になり、生徒たちに平和の大切さを伝え続けましたから」

はだしの人生劇場▲江種祐司さん

――現代人の戦争に対する意識、この映画が果たす役割についてはどうお考えですか。

「現代人は想像力がなくなっていると思います。戦争とはどういうものなのか…今の人は、その怖さを分かっていない。戦争を知らない世代が増えると、また戦争が始まるのではと心配しています。
この映画は口コミで広まっている感じで、ありがたいこと パンフレットの売れ行きもよく、観客の半分くらいの方が買ってくれています。
日本全国約30カ所以上で上映される予定で、広島県知事推奨 文部科学省選定もいただき、“自主上映したい”というお話がたくさん来ています。いずれは海外にも持っていきたいですし、伝える人たちが少なくなっていくからこそ、この映画が戦争を伝えていく方法の一つになればいいなと思っています」

【込山正徳 プロフィール】
1962年横浜生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、フリーの映像ディレクターとして、約40年間ドキュメンタリー番組を制作。テーマは主に市井の人々の喜びと悲しみ。「春想い ~初めての出稼ぎ~」(94/フジテレビ「NONFIX」)でギャラクシー選奨受賞。「生きてます16歳 ~500gで生まれた全盲の少女~」(00/フジテレビ「ザ・ノンフィクション」)でATP総務大臣賞受賞。「われら百姓家族」(00/フジテレビ「ザ・ノンフィクション」)はシリーズ化され話題になる。
「中国 晴海から寂聴への旅 瀬戸内寂聴80歳」(02/NHKBS正月特番)の撮影で瀬戸内寂聴さんと中国を2週間旅する。
「女装と家族と終活と~キャンディさんの人生~」(21/フジテレビ「ザ・ノンフィクション」)では伝説的な女装家の人生を追った。2005年、自らのシングルパパ・ライフを綴った「パパの涙で子は育つ―シングルパパの子育て奮闘記」(ポプラ社)を上梓、2007年にフジテレビ「金曜プレステージ 父の日スペシャル パパの涙で子は育つ」として江口洋介主演でドラマ化された。

映画『はだしのゲンはまだ怒っている11月14日(金)よりサロンシネマ(広島)、11月15日(土)よりポレポレ東中野(東京)、ほか全国順次公開。

アメリカに真正面から怒り続ける少年ゲンとは?


アメリカが広島に落とした原子爆弾で被爆し、家族を失った少年ゲンが、貧困や偏見に苦しみながらも力強く生き抜く姿を描いた漫画「はだしのゲン」。
主人公のモデルは、6歳で原爆を体験した作者の中沢啓治さん自身。
「週刊少年ジャンプ」での連載が始まった1973年から半世紀、25カ国で翻訳出版され、2024年には、作者・中沢啓治さんが漫画のアカデミー賞とも呼ばれるアメリカの「アイズナー賞」を受賞。手塚治虫さんや宮崎駿さんらに続き、殿堂入りを果たした。
一方で近年は、「描写が過激」「間違った歴史認識を植え付ける」などと、学校図書館での閲覧制限を求める声が上がったり、広島市の平和教材から消えるなどして、大きな議論に。
なぜ、いまなお一作の漫画がこれほどまでに私たちを熱くするのか。

(取材・文/谷亜ヒロコ)
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