マグロを釣りながら絶命…青森・龍飛の漁師の壮絶な最期:巨大マグロ戦争 追悼編

4月19日(日)に放送した日曜プラチナアワー「巨大マグロ戦争 追悼編~時代を創ったレジェンド漁師~」を、「TVer」「ネットもテレ東」で期間限定無料配信中!
これまで数多くの漁師に密着してきた番組取材班。最期までマグロと戦い続けた、誇り高き漁師の勇姿を振り返る。

【動画】 マグロを釣りながら絶命…青森・龍飛、伝説の漁師の壮絶な最期

「テレ東プラス」は、放送内容の一部を紹介する。

青森・津軽半島の最北端に位置する龍飛。この地には、今なお語り継がれる一人の漁師がいた。

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第八旭光丸の船頭・工藤悛次。マグロと格闘する最中、やたらと水を飲む姿が印象的だ。

工藤が口にしていた水は、単なる水分補給ではない。体内にペースメーカーを埋め込んでいたため、激しい運動時はこまめな水分補給を欠かさないよう、医師から釘を刺されていた。

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ペースメーカーへの影響を避けるため、現代のマグロ漁で一般的な「電気ショッカー」は使えない。限界を超えた身体で、暴れ狂う巨大マグロを己の腕と銛一本だけでねじ伏せてきた。

海のほど近くにある工藤の自宅には、輝かしい戦歴を物語る一枚の写真が飾られている。300キロ超えの巨大マグロを釣り上げた瞬間を収めたものだ。
2007年10月27日、カメラはその一部始終を収めていた。

舞台は港のすぐ目の前。多くのライバルがひしめく中、工藤はアオリイカを餌にした「ダンブ漁」でマグロを狙う。
やがて鳥たちが海面で騒ぎ始め、他船の無線が異変を告げる。

「回ってるのお前のダンブだべ!」

工藤はすぐに船を寄せてダンブを回収。壮絶な一騎打ちが幕を開けた。

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かつてない手応えに、一人では難しいと判断した工藤は、仲間に応援を要請。格闘は1時間に及び、ようやく仲間が駆けつけた。

「弁天様、頼むぞ!」

祈るように手を合わせると、ついにマグロが巨体を現した。

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港に水揚げされたそのマグロは、規格外の大きさで、検量計の針は振り切れた。のちに302キロと判明し、当時の龍飛記録を更新する快挙に。

その夜、工藤の自宅には家族が集まり、ささやかな宴が開かれた。

「まさか300キロを超えるとは思わなかったな! 龍飛のトップだものな」

うれしそうに語る表情には、漁師としての誇りがにじんでいた。



それから5年後の2012年。番組は、工藤が亡くなるまでの最後の1カ月に密着していた。

当時75歳。海の上でテグスを手繰りながら「水持ってきてくれや」と叫ぶ姿は、衰えを感じさせない。

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小ぶりながらマグロを釣り上た工藤は、「水うめぇわ!」と満面の笑み。しかしこれが、我々が目にした最後の勇姿となった。

工藤は今、海を見渡す高台で静かに眠っている。
その最期について、後輩漁師であり龍飛の名物漁師・水嶋光弘が語る。

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ある日、工藤からの無線が途絶えた。心配した水嶋が船に駆け、目にしたのは、マグロを巻き上げる機械のそばに倒れ込む工藤の姿だった。

その手には、マグロが食らいついたままのテグスが、張り詰めた状態で握られていたという。工藤はいつものようにマグロと格闘し、船の近くまで手繰り寄せた、その瞬間に命を終えたのだ。享年75。

工藤の死から14年。当時、「死んでしまったから、元気な声も聞こえない」と泣きじゃくっていた8歳の孫・謙心は、立派な青年へと成長。この春から中学校の数学教師として教壇に立つ。

「ずっと『死ぬなら船の上で死ぬ』と言っていた。本当に死んだじゃん、と思って」

どこか誇らしげに、謙心は語る。

海とともに生き、海の上で生涯を閉じた工藤悛次。その人生に、悔いはなかったはずだ。

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