朝市のリポートで女性アナウンサーの後ろに映り込んでいたのは、夫と愛人らしき女性の姿。彩女の顔は冷たい表情に変わり...:雪女と蟹を食う
「まだ北海道に着いたばかりですし、蟹は最後の晩餐にとっておきましょう」
「賛成です。じゃあ、どこで食べるか場所だけでも決めます?」
ガイドブックを開き、北海道全土の地図を見る北。
「どうせなら、行けるとこまで行っちゃいましょう。たとえば、稚内」
「稚内…」
「なんかいいじゃないですか、日本の最北端。どん詰まり。人生の最期って感じ」
「…いいですね」
車で北海道の道を走りぬける。行く手には、広々とした美しい自然の景色が広がっている。途中で土産物店に立ち寄ると、彩女は熊柄のキャップを選んで北にかぶせ、うれしそうに微笑む。北も照れ笑いしつつ、それを買うことにした。
夜になり、車を停めた2人は、草むらにブランケットを敷いて寝転がる。こぼれ落ちそうな星空を見上げながら、「きれいですね」とつぶやく彩女。
「北さんは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んだことありますか?」
「うん、子どもの頃に。ジョバンニっていう少年が、カンパネルラっていう親友と銀河鉄道に乗って旅をするみたいな、幻想的なお話ですよね。好きなんですか?」
「いいえ。宮沢賢治は自己犠牲が強すぎて…。ただ、この空を見ていたら、なぜだかふと思い出してしまって」
「なるほど…。そういえば、あの話のラストってどうなるんだっけな」
「覚えてないんですか?」
「読んだはずなんですけどね」
「もしかしたら、思い出したくないのかもしれませんね」
「え?」
寝返りを打ち、見つめ合う。
「野宿って憧れだったんですけど、ちょっと怖いです」
「いや…全然、悪くないと思う」
彩女は手を差し出し、北がそれを握る。
◆
朝。再び車を走らせ、北上する2人。やがて札幌に着き、時計台の下で車を停めるが、一騎のことを思い出した彩女の顔からは笑顔が消えている。北が「彩女さん?」と呼びかけると、我に返って微笑む彩女。
ホテルにチェックインすると、北はシャワーを浴びる。
(どうしたんだろう、彩女さん。北海道に着いてから、少し元気がない気がする…)
タオルで髪を拭きながらバスルームから出ると、窓際に座った彩女が鍵付きのノートに何か書き込んでいた。北はそれが気になるが、さりげない素振りで「彩女さんもどうぞ」とシャワーを促す。ノートを鞄にしまい、バスルームへ向かう彩女。
北はバスルームの扉が閉じて水音がするのを確認すると、急いで彩女の鞄からノートを取り出す。
「鍵…」
適当に数字を合わせるが開かず、彩女の誕生日に合わせてみても、やはり開かない。
はっと思いつき、ズボンのポケットから一騎のベストセラー小説「蝉時雨」を取り出す。著者近影のプロフィール欄には「雪枝一騎/1965年7月3日生まれ」と書かれており、鍵の数字を「703」に合わせるとロックが解除された。緊張しつつ、ノートを開く北。
「…なんだこれ」
1ページ目には、「雪女と蟹を食う」とタイトルが書かれていた。ページをめくると、「8月5日 私の凡庸な日常は、一瞬にして終わりを告げた」という文章から始まり、北と出会ってからのことが詳細に綴られている。動揺しながら、次々とページをめくる北。
「なんなんだ、これはいったい…」
「ただの日記ですよ」
背後から声がして驚いて振り返ると、シャワーを終えた彩女が立っていた。
「ダメですね、人のものを勝手にのぞくなんて」
「すみません…」
北はすまなそうにノートを返す。
「どうしてそんな、日記なんて…」
彩女は何も答えず、じっと北を見つめる。
「すみません、立ち入ったこと聞いて。ただ俺、彩女さんのこと知りたいです」
「やっぱり…あなたには死ぬ覚悟ができていないのね」
「そうじゃないです」
「これから死ぬ人間のことを知って、何の意味があるんですか?」
「意味なんて関係ないよ! ただ俺は…」
試すように北を見つめる彩女に、「どうしてわかってくれないの?」と焦る北。
「俺にそんな資格ないって分かってるよ。分かってるけど…」
「あなたと会った時、同じ景色を見ている人だと思いました。でもあなたはもう…違う景色を見ているのね」
「そうじゃないです!」
「私は…生きて行くのに、どこかひとつ欠けているの」
「え?」
「…ごめんなさい」
不思議な笑みを見せ、バスルームに入って扉を閉める彩女。納得いかない北は、イラついて煙草を吸おうとするが、ちょうど煙草が切れていることに気付く。
「くそっ!」
カードキーだけ持ち、ホテルを出て行く北。
「“欠けてる”ってなんだよ…意味わかんねぇよ」
俯きながら札幌の繁華街を歩いていると、彩女に「好きよ」と言われた時のことが蘇ってくる。
(本当に好きなら、お互いのこと知りたくなるもんじゃねぇのか?)
すると通行人と肩をぶつかり、我に返る。そしてあたりを見回すが、ここがどこなのか分からない。
「ここ…どこ?」
ホテルに帰れなくなってしまった北。すっかり日も暮れ、疲れ切って繁華街の階段に座り込む。
「全然わからねぇ…ホテル選び、彩女さんに任せてたから」
ため息をつきながら、唯一の持ち物であるカードキーを取り出すが、肝心のホテルの名前が書いていない。頭を抱えていると、「何かお困りですか?」と声をかけられる。警察官だ。手ぶらの北を、怪しげに見ている。
「観光客の方ですか?」
「ええ、まあ…」
「すみません、身分証とかお持ちですか?」
「あの、ホテルからちょっと散歩に出ただけなんで、今、ないです…」
「どこのホテルですか?」
「あのー、いや…」
目を泳がせ動揺する北に、警察官はため息をつき、「念のため、すぐそこの署までご同行いただけますか?」と言う。北の頭に、痴漢冤罪で警察官たちに押さえつけられた時のことが蘇る。
「嫌だ、嫌だ…」
「はい?」
突然、警察官を振り切って走り出す北。
「あ、おい!」
(警察だけはもう二度と…! あそこにだけは、戻りたくない!)
無我夢中で走って逃げる北。果たして、北の運命は? すれ違ってしまった2人はどうなるのか!
【第6話】
ついに北海道までたどり着いた北(重岡大毅)と彩女(入山法子)だったが、札幌の地ではぐれてしまう。彩女は一人、教会で一騎(勝村政信)との過去を思い出す。その一方、彩女に会う手がかりを掴めない北は、札幌の街をさまよい自暴自棄になっていた。死ぬために蟹を食べようとするが、実行できず暑さと空腹により気を失ってしまう…。北が目を覚ますと、そこはマリア(久保田紗友)が働くすすきののニュークラブの控室で…。





