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世界のエンタメ最前線:『クレイジー・リッチ!』

エンタメ

テレ東プラス

2018.10.1

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ゲーム、アニメ、漫画、J-POP、アイドルなど、独自のエンターテインメントを生んでいる日本。その一方で世界のエンターテインメント情報が不足していると見る向きも少なくない。ここでは、そうした世界のエンターテインメントの最新動向を、映画・音楽ジャーナリストとして活躍する宇野維正氏をナビゲーターに迎えお届けしたい。今回紹介するのは映画『クレイジー・リッチ!』。本作から見えてくる世界のエンタメ最前線とは?


宇野維正
1970年生まれ。東京都出身。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集部を経て、映画・音楽ジャーナリストとして活動。著書に「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)がある。


ポイント
1.シンデレラストーリーを現代的かつフレッシュな物語に刷新
2.ハリウッド映画ながらオールアジア系キャスト
3.アジア人というアイデンティティーを問い直す一つのきっかけになるかも


――ずばり本作に注目すべき理由とは?


宇野:「ハリウッドのメジャースタジオが製作した作品でありながら、キャストとスタッフのほとんどがアジア系」という点が注目されがちですが、まずは普遍的な恋愛映画としてとてもクオリティの高い作品であることが重要です。庶民出身のヒロインと貴族階級のような家庭環境で育った王子様的存在の恋愛という、『シンデレラ』から『花より男子』まで、これまで古今東西ありとあらゆるフォーマットで語り継がれ、語り直されてきたモチーフに真っ正面から挑み、それを現代的でフレッシュなものとして成立させていることに驚かされます。原作はシンガポール生まれのアジア系アメリカ人のケビン・クワンによる2013年出版のベストセラー。つまり、原作の時点からこの現代のシンデレラ・ストーリーは世界中の読者の心をつかんでいて、それを原作通りのアジア系のキャストを起用して優秀なスタッフが見事に映画化したということです。


――本作はハリウッド作品ながらも、オールアジア系キャストかつ、著名俳優がほとんどいないことが話題です。そうした点はどのように受け止められているのでしょうか?


宇野:『クレイジー・リッチ!』が「現代的でフレッシュ」な作品となった理由は、まさにそこにあります。原作がベストセラーとなったことで、ケビン・クワンのもとに映画化、あるいはドラマ化の話がいくつも舞い込んできました。その中には、中国系アメリカ人のヒロインを白人のハリウッド女優に演じさせるという提案もあったそうです。近年のハリウッドで問題になっている、いわゆる「ホワイト・ウォッシュ」ですね。そうした事態を憂慮したケビン・クワンは、原作権を1ドルで売る代わりに、エグゼクティブ・プロデューサーとして本作のキャスティングを含む製作全体を自身の管理下におきました。重要なのは、そのように明確な意図によって実現に至ったオールアジア系キャストの作品が、3週連続で全米興収1位、ロマンティックコメディ映画のジャンルにおいて2010年代最大の大ヒット作となったことです。そのことは、世界中のアジア系の映画人にとって大きな希望となるはずです。


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――裕福な御曹司と庶民との格差、アジア系移民など、現代的な要素が取り込まれた作品という印象ですが、そうした要素は本作のヒットや評価に結びついているのでしょうか?


宇野:先にも述べたようにそうした設定は恋愛映画において最も伝統的なモチーフですが、本作で描かれているシンガポールの富豪のライフスタイルは現代のセレブ・カルチャーやラップ・カルチャーにも通じるものがあります。つまり、ある種の拝金主義の肯定ですね。特にヨーロッパのスーパーカーやブランド・ファッションを好み、それを見せびらかすラップ・カルチャーに顕著ですが、これまで人種に代表される先天的な属性によって社会において差別を受けてきた人たちにとって、お金の力というのは、時に差別からの解放を意味します。日本の観客の中には本作が「クレイジーなほどリッチである」ことを肯定的に描きすぎているように思う人もいるかもしれませんが、その背景には人種によって差別されてきた人たちの歴史を見た方がいいでしょう。また、だからこそ本作はアジア系だけでなく、幅広い人種の観客層から支持されたのだと思います。


――本作の邦題は「クレイジー・リッチ!」ですが原題は「Crazy Rich Asians」です。たびたびタイトルやポスターの日本独自改変が話題となりますが、本作においてはどのような背景があるのでしょうか?


宇野:原作の翻訳本は『クレイジー・リッチ・アジアン』(竹書房)というタイトルで刊行されているので、明らかにこの邦題は映画の配給元の判断でしょうけど、自分はそのことを取り立てて問題視する立場はとりません。作品の内容から乖離した邦題、あるいは昔はよくあった映画会社の担当者の英語力がないことからくる誤訳、誤解をもとにした邦題とは違って、今回の邦題はこの作品を「ハリウッド産ロマンティックコメディ」として広めたいという商業的な判断によるものでしょう。どうしても日本でタイトルに「アジアン」と入ると、アジアの映画だと思われてしまいますからね。韓国や香港や台湾や中国の映画が欧米よりも多く一般公開されている日本固有の事情を考えると、それは仕方のないことだと思います。


ただ、今も「アジアの映画」という言葉をほとんど無意識につかってしまいましたが、多くの日本人には「日本」と「アジア」を分けて考える悪い癖がありますよね。それは、きっとアジアの中で圧倒的に経済をリードしていた時代の悪しき名残りのようなもので。『クレイジー・リッチ!』での描写は映画なのでもちろん誇張はされていますが、今や経済的にも、そして文化的にも、アジアにおける日本の暗黙の優位性のようなものは、まったくではないものの、ほとんど失われています。そんな時代に「日本」と「アジア」を分けて考えるのは滑稽です。日本もアジアの一部であるという当たり前の認識を持つことができれば、きっと『クレイジー・リッチ!』の大成功も、「アメリカのアジア系映画人の勢いはすごいなあ」と他人事として受け止めるのではなく、「この作品が成し遂げた偉業の先で自分たちは何をしようか?」とポジティブに考えることができるはずです。


『クレイジー・リッチ!』


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9月28日(金) 新宿ピカデリー他 ロードショー


配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

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