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ボウリング会館からスタート。格闘技の聖地「後楽園ホール」の知られざる進化の歴史

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テレ東プラス

2020.2.22

korakuen_20200222_00.jpg▲写真提供:東京ドーム

東京ドームに隣接する「後楽園ホール」。ボクシングやプロレスの聖地として、あるいは『笑点』の収録会場としてよく知られているこの多目的ホールは、60年近い歴史の中で様々な進化を重ねてきた経緯がある。意外と知られていない、後楽園ホールの変化の歴史にスポットをあてよう。

「ボウリング会館」として1962年にオープン


korakuen_20200222_01.jpg▲写真提供:東京ドーム

JR水道橋駅から徒歩で3分。東京ドームの敷地内に建つ、茶色いビルの5階に「後楽園ホール」はある。ボクシングやプロレスの試合が頻繁に催されているほか、国民的な長寿番組『笑点』の収録などにも使われている、キャパシティ2000人ほどの多目的ホールだ。

今でこそこの茶色いビルには「後楽園ホールビール」の名前が付けられているが、2014年にリニューアルする前は、「青いビル」という名称そのままに、鮮やかなブルーの外壁が目印の建物だったことを格闘技ファンはよく覚えているだろう。

korakuen_20200222_02.jpg▲かつて後楽園ホールが入っていた「青いビル」。外壁の鮮やかなブルーが特徴的だった。写真提供:東京ドーム

そしてさらに時代を遡れば、1962年の創業当時、このビルは「ボウリング会館」という名でスタートしている。意外と知られていない後楽園ホールの歴史について、株式会社東京ドーム・広報IR室の其田鯉宏さんに聞いてみた。

「後楽園ホールの開場は昭和37年(1962)で、当時はボウリング場やサウナ、レストランなどが入った『ボウリング会館』としてオープン。そこに後楽園ホールの前身である『後楽園ジムナジアム』が移設されたのが始まりです」(其田さん)

ちなみに後楽園ジムナジアムはボクシングの常設会場としてプロ・アマの試合に活用されたホールで、現在の「MEETS PORT」(東京ドームシティ内の複合商業施設)がある場所からボウリング会館内に移設された経緯がある。

「後楽園ジム」の通称で親しまれたこの後楽園ジムナジアムが、1967年に「後楽園ホール」と名を変え、今日に至っている。

レトロなビルから「青いビル」へとリニューアル


korakuen_20200222_03.jpg▲1962年12月に実施されたボクシング興行の風景。写真提供:東京ドーム

後楽園ジムナジアムのこけら落とし興行は1962年4月16日。メインイベントに高山一夫VSオスカー・レイスの一戦が組まれたと聞けば、ボクシングのオールドファンにはおおよその時代感覚がわかるかもしれない。

以降、ボクシングだけでなくプロレスやキックボクシングなど、後楽園ホールは様々な興行に使われることになる。

1973年にはビル内のボウリング場が別の建物に移設され、空いたフロアにはローラースケート場が置かれたというから、現在の東京ドームシティ一帯が、古くからアクティビティ豊かなレジャー発信地であった様子が窺える。

korakuen_20200222_04.jpg▲写真提供:東京ドーム

ちなみに其田さんは1981年入社の大ベテラン。当時はまだ「青いビル」のさらに前、モダンレトロなデザインが目を引く建物だったという。

「当時は特徴的な飾り窓が目を引く、デコレーションされた建物でしたから、今とはだいぶ印象が異なると思います。今日までに何度も改装を行なっており、外観をフルリニューアルして『青いビル』となったのは1983年のことでした」

そして、1988年には日本初の全天候型多目的スタジアム「東京ドーム」が開場。これにより、周辺はさらなる活況を呈することとなる。

今なお進化を続ける格闘技の聖地


korakuen_20200222_05.jpg▲写真提供:東京ドーム

進化を重ねてきたのはビルや周辺エリアだけではない。後楽園ホール内もまた、細かなアップデートを何度も繰り返してきた。

「やはり座席は多くの人が使うため傷みが早く、定期的に入れ替えています。その際に、たとえばカップホルダーを着けるなど、お客さんのニーズを汲み取ってできるかぎりの改善を行なってきました。また、かつてエントランス付近は喫煙OKとされてきましたが、世間の潮流に合わせて、2007年には喫煙室を設けて完全分煙化しています」

また、2014年には大規模改修が行なわれ、外観もブルーの外装から現在の姿へと一新された。これは2011年の東日本大震災を受けて、耐震補強を行なうのに合わせてリニューアルしたものだという。

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こうした後楽園ホールの歴史を振り返って、其田さんは次のように語る。

「ボクシングにしてもプロレスにしても、こちらから"聖地"とアピールしたことは一度もありません。ただ、それぞれの分野において非常に多くの興行がここで催され、結果として一定の役割を果たすことができたことが、聖地と呼ばれる所以なのでしょう」

実際、すべてのボクサーにとって後楽園ホールは憧れのリングであり、また、プロレス団体にとっても「後楽園ホールで興行を打って初めてメジャー団体の仲間入り」と言われるようになって久しい。

これからも後楽園ホールのリング上から、様々なドラマが生み出されるに違いない。

【取材協力】
後楽園ホール

※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。

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