2回見たら幸せに、4回見たら死ぬ...八木の仕事は”八木”千原ジュニアの一言がサバンナの転機に:あちこちオードリー
【配信終了:2020年11月10日(火)】動画はこちら
普段は言わないことも、ついしゃべっちゃう! オードリー春日俊彰の店で、常連客の若林正恭と、今注目の有名人をゲストに迎えて送るぶっちゃけトーク番組「あちこちオードリー~春日の店あいてますよ?~」(毎週火曜深夜1時35分放送)。
10月27日(火)の放送は、前回に引き続き、「どんな現場でもなんとかしてくれるもはやスタッフ芸人の2組」飯尾和樹(ずん)とサバンナ(八木真澄、高橋茂雄)が来店。テレビ界になくてはならない2組は、若手苦労時代から、いかにして今のポジションを築いたのか!?
芸人としての転機は相方やすの「ホタテ!」

20代の頃、同期のキャイ~ンがあっという間に売れっ子になる中、仕事もなく「床ずれするぐらい暇で寝てた」という飯尾。

お笑いBIG3、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンなどへの憧れはあったものの、キャイ~ン・天野ひろゆきを見て「こういうヤツがMCになっていくんだなと」と悟り、「すぐに"ぺっこり45°"って言ってましたよ」と自身の生き様を決定したという。
そんな飯尾にとって、芸人としての分岐点となったのは37歳の時。12月28日、相方のやすと喫茶店で3日連続日替わりランチを食べていた時、待ち合わせをしていたウド鈴木から「特番で遅れる」との連絡が。この時、芸人のかき入れ時の年末特番に呼ばれない現状に気づき、「俺たちダメじゃないか」と我に返ったのだという。
そこから「MCに振られたら、スベってもいいから何でも口に出そう」と決意した2人は、「何も出なかったら、好きな食べ物でも叫ぼうと」と約束。年明け最初の仕事で、「正月何してたの?」と振られたやすは、5秒悩んだ末に「ホタテ!」と叫んだ。その場はカオスとなったが、とにかく口に出すということが功を奏してか、そこから徐々に仕事が増えてきたのだという。
八木の仕事は「八木」

サバンナは、元々は中学・高校時代の柔道部の先輩・後輩。コンビを組むきっかけとなったのは、後輩の高橋が大学に入学し、久々に再会した先輩・八木からの「今、お笑い流行ってるから休み時間にやろうや」との誘い。4人でグッとパーして2人がコンビになったのだという。
その後、2人は劇場のオーディションを勝ち上がりながらも吉本入りを悩んでいた時、学園祭にやってきた千原兄弟の前で漫才を披露。トイレで遭遇した千原ジュニアに、「お前ら吉本入らへんか? 絶対いけんのに」と言われたことをきっかけに吉本に入ることに。
転機となったのは、八木が30歳、高橋が29歳時にスタートしたサバンナ初の冠番組。ライブなどでMCを担当していた八木は、ここが勝負所だと張り切りながらも仕切り役に不安を感じていたところ、高橋から「俺が仕切るし、ボケるし、ツッコムし」と言われ、「俺何しよ?」と思ったと当時を振り返る。
同じく、勝負所だと感じた高橋は、それまでの八木のポテンシャルを見て「仕切れる人ではないな」と判断。
ジュニアに相談したところ、「高橋がボケもツッコミも仕切りもやれ。八木はボケでもツッコミでもない、八木やねん。八木でおらしたるべきや」とアドバイスが。
それまで「もっと八木にこうして欲しい」とコンビとしての葛藤があった高橋だが、ここから「(八木は)自然でおってくれたらいい。僕も素でおろう」という気持ちになり、今のサバンナのスタイルになったのだという。
若手時代は、大阪で千原ジュニア、ケンドーコバヤシ、陣内智則と4人とつるんでいた高橋。その後も、東京に拠点を移したジュニア、今田耕司、宮迫博之(雨上がり決死隊)らが大阪に来る度に店などを段取りするコーディネーター役だったそう。
その頃、八木は一人ただただナンパを繰り返す"ナンパ道"にどっぷり。ナンパのはてにつき合ったギャルの彼女の影響を受けた八木は、25歳にして「men's eggの発売日が楽しみなくらい、ギャル男になったんですよ」と意外な過去を告白。
当時の八木は、街でナンパをしまくり、ジョギングもしていたので、「大阪界隈の女子高生の中で、1日に八木を2回見たら幸せになれるって言われてたんですよ。そのかわり4回見たら死ぬって」と、都市伝説となっていたという。
その他、飯尾がウド鈴木と行っていた「嫁探しの旅」や、八木がフジテレビ社屋の球体に怯えるあまり起こした失態など、ここでしか聞けないエピソードが連発。
この放送は「ネットもテレ東」で期間限定配信中!
次回11月3日(火)深夜1時35分からの放送は、チョコレートプラネット、壇蜜の2組が来店。自己プロデュースバッチリな2組が、ミニコントを展開?
