さくまくんへの手紙|伊藤Pのモヤモヤ日記

さくまへ

 

君は大きくなったね。

 

 

ココロもカラダも。

 

こんな人や

 

 

こんな人、

 

 

こんな人や

 

 

こんな後輩とも対決しながら、

 

 

撃破して、大きくなった。

 

 

君が会社を辞める時、

 

ラジオの時に贈ったあの手紙。

 

あの生放送の時も…

 

 

 

アナザースカイの時も…

 

読まなかった

 

あの手紙を

 

何故かここで公開するね。

 

僕から君への最初で最後の手紙。

 

 

ラジオで恥ずかしくて読まなかったから

 

手紙の内容の問い合わせが多いんだよ~

 

 

【以下、全文公開】

 

親愛なるバカ後輩

佐久間へ

 

今から21年前、はじめて君と会った。

僕は編成から異動したばかりの4年目駆け出しダメAD。

君は目をキラキラさせた新入社員。(あの頃はまだ、やせていたね)

あの時の事はよく覚えている。

僕は君のトレーナーで、その日が最初の研修だった。

君を喫茶店に待たせ、僕は1時間以上遅刻して

「テレビのテープは君が知ってる普通のテープじゃない。かなりデカいテープだから気を

付けろ」と1分位説明して終わった。

君はやっぱりキラキラした目で「はい」と言って空気を呼んでくれた。

本当にありがとう。

そして、改めて謝らなければなりません。

あの時の遅刻の理由は「仕事が大変で」と言いましたが

単なる寝坊です。

この場を借りて心から謝罪いたします。

ウソをつきました、ごめんなさい。

そこからそれぞれにバカをやった。

当時テレビ東京のタイムテーブルにはお笑い系バラエティが皆無だった。

本当に一つもなかった。

20代の僕らにとって見たいものがビックリするくらい少なかった。

何でテレビ東京には「お笑い」が無いんだ?「バラエティ」が無いんだ?

その叫びは君の初めての深夜番組「ナミダメ」となった。

入社1年目にして自分の企画を決めて深夜番組をやっていたね。本当にスゴイ。

時を同じくして僕もはじめて決まった深夜番組「人妻温泉」を作った。

あれはひどかった。すぐに終わった。

その後、一緒にバカをやったね。

かなりの勢いで怒られながら「お笑いバラエティ」の種をまいた。

僕はプロデューサーで君は総合演出。

4歳離れていても初めてのお笑い番組に胸が躍った。

「ダチョウ&さまぁ~ずの若手で笑っちゃったよ!」

「大人のコンソメ」

そして「ゴッドタン」…

それが2021年の今に続いてる。

あの時始めたことが今も続いてるなんて事、

それがどんなにすばらしい事で

どんなに大変な事で

本当は信じられないくらい奇跡的な事か。

誰もほめてくれないから僕が褒めます。

佐久間、えらい!!

そして君はいつの間にか僕にため口をきくようになったよね。

 

「ああ先輩!オレすげえ面白い企画想いついちゃって、マジで笑えるからすぐやっちゃお

うかと思ってぇ…」

先輩として、、、本当はちょっと動揺していたんだよ。

君はガチでそのことに気づかないんだもん。

僕は心の中で君の事をこう呼んでいたんだよ。

「俺様」って。

そうこうしてるうちに君はサラッと僕を超えていった。

持ち前のバカ力で。

バカは最上の誉め言葉だと思っている。

お笑い界で心の底から「バカだな~」と思える時、

何だか温かくなって、心の底から笑える。

天才なんていないと思っていたけど、

今ではバカになれる人の事を「天才」と呼ぶのだと思う。

テレビ東京を辞めていく君に

今まで照れくさくて言えなかった君への正直な思いを

最後の言葉として。送ります。

 

ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー~~~か!!!!

 

ありがとう佐久間。お前は本当にバカだった。

 

 

これからもたまに、一緒にバカをやりましょう。

 

 

テレビ東京 伊藤隆行

※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。
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