2度ヘアヌード写真集を出した元グラビアアイドルKが巨匠・篠山紀信の撮影裏話を:じっくり聞いタロウ
それまで写真に関わらずドラマや映画でもヌードのオファーはあったが、20代の頃は「女として終わっちゃうんじゃないかと怖かった」と小島。しかし、30歳手前で「あら?私も年とるんだな」と実感するように。
いきなり仕事としてのヌードは怖かったため、まずは友人とお試しでヌード撮影をしようと、ロケ隊を組み沖縄へ。撮影費用を稼ぐため銀座で4ヵ月ホステスのバイトをしたという。お客さんに身バレした時は、「ドラマでホステス役の練習をしていて」とごまかしていたそう。
結局、自腹ロケでは思うような写真を撮れなかったため、小島は知り合いのツテを使って2006年にヘアヌード写真集を発売。カメラマンの毛利充裕と橋本雅司が撮影した2冊組みの構成だったが、実は橋本は篠山の弟子だった。
2年後、2冊目を撮影する際は“これがラスト写真集”との覚悟で、「最後に撮っていただくなら篠山紀信先生以外はない」と思ったという小島。しかし、周囲からは「弟子が撮った後に篠山先生が撮るのは業界的にあり得ない」と言われてしまう。それでも小島の思いは変わらず、知り合いだった五社英雄監督の娘さんが篠山に手紙を書いてくれたため撮影が実現したという。
現在、小島は地元の福岡に在住。2011年に一般男性との結婚を発表し、2013年に第一子を出産。2017年に福岡で健康食品を販売する会社を設立して経営者として第2の人生を歩んでいる。
この他、お笑いコンビ、フォーリンラブのバービーが下着プロデュースで大成功した裏側を大暴露!
※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。



