天然キャラYOUが日本でプロ野球選手を目指した結果...10年後、ハンパないことに!?:YOUは何しに日本へ?
日本を訪れる外国人たちを空港で勝手に出迎え、アポなしインタビュー! そのまま密着取材を行う「YOUは何しに日本へ?」(月曜夜6時25分~)。今回のテーマは「ワンダフルなボーイズYOUたちのチャレンジ!略して"WBC"SP!」。こっちのWBCもめちゃくちゃホットな95分で、はたしてどんな面白YOUに出会えるのか?
【放送日:2013年9月16日】
空港で声をかけたのは、ドミニカ共和国から来た野球選手のゲレーロ(放送当時26歳)さん。目的は、プロ選手の登竜門『四国アイランドリーグplus』(選手育成目的のプロ野球独立リーグ)のひとつ『高知ファイティングドッグス』の入団テストに合格し、契約を勝ち取ることだ。
そんなゲレーロさんは母国強豪リーグの投手でもあり、かつては広島東洋カープの育成選手でもあった。が、練習についていけず挫折した過去が。だが、「日本で野球するのは楽しい。応援が最初から最後までスゴい」と応援される喜びが忘れられず、再び挑戦することに。入団テストに潜入したいとお願いすると、快諾してくれたので密着決定!
さっそく深夜バスで、約11時間かけて高知入り。翌朝8時30分頃到着すると、育成選手時代からお世話になっている通訳・西森さんが出迎えてくれた。今後の日本滞在もサポートしてくれる方だ。身長197㎝もあるゲレーロさんは、頭をぶつけながら西森さんの車に乗り込み、間借りするマンションへ。荷物を置いたら、球団社長に会うためすぐに出発...のはずが、シャワーを浴びたいといって、のん気に浴室へ。約束の時間なのにと、西森さんも焦り気味だ。
結局5分ほど遅れて事務所に到着し、多忙な球団社長とはろくに話もできなかった。いきなりの大失態で、実に第一印象が悪い。しかし午後になって改めて訪問すると、今度は社長が接客中。じゃあトイレに、と立ち上がると社長が現れるなど、なんとも間が悪い(苦笑)。
やっと落ち着いたところで社長にコンディションを聞かれ、「しっかり練習して来たので良い状態です」とアピるゲレーロさん。厳しいルールや身だしなみについて説明されると、ヒゲもピアスもきっぱりやめると約束した。
帰宅後、さっそくヒゲを剃りはじめ、やる気を見せる。「今は前向きな気分だし、落ち着いてるし、良い結果が出せると思う」と、さっぱりした顔に自信ものぞかせた。
翌朝8時に出発し、いよいよ入団テストへゴー! ここはリーグ優勝3回を誇り、元巨人軍・定岡正二さんの兄・智秋さんが監督をつとめる強豪チームだ(2013年取材時)。
練習場ではキャッチボールで肩をならしたあと、監督の前で30球の投球を披露するテストへ。さて、ゲレーロさんの実力はいかに? まずは余裕の150㎞/h剛速球を出し、絶好調。監督からは「ええなぁ、やるかもわからん」との声もあがり、コントロールは微妙だと指摘されつつも好感触だ。
では球団社長のジャッジは...!?
「合格...、合格しました」とぬるっと告げられ、無事に合格を勝ち取った! 「まずは四国リーグで一番の選手になりたい。そしてもっと強いリーグに入れるようになりたい」と、抱負を語った。
【そして10年後の現在】
あれからはや10年が過ぎた。密着取材のあと、ゲレーロさんはどうしていただろうか? 追跡すると、今は福岡にいるようだ。訪れてみると『ソフトバンクホークス』の文字が! まさかまさかと球場に入ると、36歳になったゲレーロさんが活躍しているではないか! ソフトバンクで活躍しているのか!? 「そうですねソフトバンクで、通訳。引退して、通訳の仕事になりました」という。
ん、引退!?通訳とはいったい?
テスト合格後、高知ファイティングドッグスで2年間プレーしたゲレーロさん。だが、"1年目は3勝3敗防御率5.14"という崖っぷちの成績で2年目に。しかし2年目はさらに"1勝8敗防御率3.44"に下がってしまい、ピッチャー交代。成績が振るわず、2015年には現役を引退することになった。
しかしその2年後、なんと通訳として球場にカムバック! 時には若手選手の発言を勝手にショートカットしてしまうなど、おとぼけキャラは相変わらずのようだが(笑)。
が、練習に参加したり、時には球拾いもしたり。チームのために何でもやるシームレスな活躍を続けている。「自分は野球が大好きですから。できることは何でもしたい」と目を輝かせる。
休日には若手を連れて焼肉を食べに行き、悩み相談にものっている。ドミニカから日本に来てまだ1カ月の15歳の育成選手は、ゲレーロさんを日本のパパだと慕う。
10年前、面談前にシャワーを浴びて遅刻するなど、ちょっと抜けていた青年は、今や多くの若手選手から頼られる存在へと成長していた。「今後の夢は、ドミニカで日本の野球を教えたい! 日本には今までありがとうの気持ちしかない。だから日本とドミニカの懸け橋になりたい」と目を輝かせた。ゲレーロさんの野球人生はまだまだ続く!

