山田邦子、全盛期の月収1億円!?「今もヘリコプターに乗る癖が抜けない」豪快伝説:あちこちオードリー

あちこちオードリー」(毎週水曜夜11時6分)9月11日(水)の放送は、「M-1の審査員と土屋くん」山田邦子、ナイツ(塙宣之、土屋伸之)がご来店。全盛期にはレギュラー14本だった山田のバブリーすぎる若手時代とは?

【動画】山田邦子、全盛期の月収1億円!?「ヘリコプター乗る癖が抜けない」突然坊主にした理由も

レジェンド芸人の豪快伝説


山田邦子は、20歳で伝説のバラエティ番組「オレたちひょうきん族」のレギュラーになり、冠番組「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」(ともにフジテレビ系)をはじめ数々の番組を持ち、当時人気だったアイドルWinkをパロディしたユニット“やまだかつてないWink”としてヒット曲も連発。当時小学生だったオードリーやナイツも夢中になったレジェンド芸人だ。

近年は、2年連続で「M-1グランプリ」の審査員も務め、レジェンドぶりを知る世代は喜んだが、山田の活躍を知らない若い世代からはSNSなどで「やめろ!誰だこの素人は」「めちゃくちゃな審査している」との声も。

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山田はネットで叩かれても全然気にしないという。当時、昭和の時代は、「『バカ・ブス・死ね』毎日のように言われた」、さらに現場でも「なんで結婚しないんだ」「なんで子供産まないんだ」など、今ではアウトな言葉を直接言われることも日常茶飯事。それに比べたら「見てくれてるんだから」と、さすがの寛容さ。これぞレジェンド芸人!

そんな山田のバブル期の伝説をピックアップして紹介!
【伝説1】忙しすぎて“気絶”

好感度ランキング8年連続1位と大人気で、全盛期にはレギュラー番組なんと14本! 当時の労働時間は今とは違い、収録の終わり時間が24時を遥かに超えて"30時"ということも。忙しすぎて“寝る”というより「気絶みたいな感じ」だったという。

そんな過酷な生活が10年くらい続いたそうで、「楽しかったけどね」と言いつつも体は徐々に蝕まれてしまう。当時、突然、頭を丸刈りにして驚かせたが、「髪の毛がない方が用意が早い」という理由だったそう。

多忙ながらも「忙しい時こそ遊ぶんだよね」とプライベートも謳歌。近場でしか恋愛だきないため、周囲に対して「ハンターみたいな目になっちゃって」と笑わせた。

【伝説2】月収1億円!?給料は現金を紙袋で

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当時、給料は紙袋に入れて現金手渡しだった。1000万円の束を10くらいとのことで、月収約1億円!? 当時のギャラにオードリーとナイツも驚く。

若林は、バブル期を謳歌した川合俊一から、今のテレビ界は「桁いくつも違うのに可哀想だね」と言われたことも。桁違いに稼いでいたバブル期と、今のYouTuberが莫大に稼ぐ間に挟まれ、塙は「俺たちが一番もらってないと思うよ」と嘆くのだった。

【伝説3】ヘリに乗る癖が抜けない

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そんなギャラ事情からも当時のスターが豪快になるのも納得だが、「癖だけが残るって嫌だよね」と山田。「ヘリコプターに乗る癖とかついてるわけよ」と、釣りやゴルフに行く時にもヘリに乗ってしまうのだという。

これには若林も、思わず「釣り行く時ぐらいバスで行ってくださいよ」。

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この他、M-1審査員になって6年の塙は、審査員ならではの苦悩を。土屋は意外な野望を明かし、ナイツの新たなネタが誕生!?

番組名物「反省ノート」では、山田が「鬼越トマホークと仲良くなるんじゃなかった」「魔裟斗と仲良くしたばっかりに…」と後悔が止まらない!?「Tver」、「ネットもテレ東」でチェック!
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