「テレ東音楽祭」でデビュー!期待の新人・齋藤 陽アナウンサーの素顔


齋藤アナ

2025年4月に入社し、「テレ東音楽祭2025」でデビューした齋藤 陽(さいとう よう)アナウンサー。初々しい笑顔と親しみやすさが魅力。その素顔に迫る「テレ東プラス」恒例のロングインタビューをお届けします。

【動画】齋藤 陽アナウンサーがデビュー!「テレ東音楽祭2025~夏~」

自然豊かな山形県で伸び伸び育った幼少期、アメリカ留学で開かれた視野


――幼少期はどのようなお子さんでしたか?

「山形県出身で自然豊かな場所で育ちました。ですので、鬼ごっこやどろだんご作りなど、外で遊ぶことが多かったです。いつも泥だらけで、写真を見ると真っ黒に日焼けしています(笑)。兄が2人いるので、兄と兄の友達と一緒に遊んでもらうことが多かったですね。
春には友人と田植えやさくらんぼ狩り、秋には稲刈り、冬には山形蔵王でスキーなど、いろいろなことを経験させてもらいました。
あとは少年自然の家『少年団』に入っていて、夏の満天の星空の下や冬の雪山でテントを張って一晩過ごすなど、サバイバル体験も重ねました」

齋藤アナ▲幼少期の齋藤アナ

――学生時代、陸上部で活動していたそうですね。

「はい! 体を動かすことが好きだったので、中高と、陸上部に所属していました。色々な種目に挑戦しましたけど、特別足が速いというわけではなかったので、いつも自己記録の更新を目指していました(笑)。良き仲間にも恵まれて、部活動を通して皆でワイワイ過ごすのがとにかく楽しい時間でした」

――学生時代、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

「高校の時、アメリカ・オレゴン州に1年間留学したことが一番大きな思い出です。父と2人の兄が高校留学経験者で、アメリカには多様なバックグラウンドを持つ人々がいることを聞いていたので、異文化体験というか、日本以外の世界を見てみたい、という気持ちが強かったのかもしれません」

――留学先で学んだことはありましたか。

「アメリカでは、高校の教室で、また家族間の会話で、日常的に政治や社会の出来事について活発に議論が行われていたので、その光景に驚きました。誰もがオープンに話せるのがすごいなと思ったんです。その頃から、“日本でも、政治や社会問題に関して、学生時代から考え、自由に語れる雰囲気が日常のような社会になったらいいな”と思うようになりました。振り返ると、この体験がアナウンサーを目指す大きなきっかけだったように思います」

――留学中、大変だったことは?

「まずは何と言っても言葉の壁が大きかったです。親元を初めて離れて心細くなることもありました。でも、ホストファミリーがとても優しくて…。最初の頃は、朝ごはんで『スクランブルエッグと目玉焼きどっちがいい?』と聞かれていることすら理解できなかったので、わざわざ玉子料理のイラストを描いて『こっち?』と聞いてくださって(笑)。とことん寄り添ってもらえたので、本当にありがたかったです。

学校では、山道を5km走るクロスカントリー部に入ったり、合唱部にも所属して州大会で優勝したり、みんなでハイキングに行って、山の中にある天然温泉に入ったりもして…たくさんの貴重な体験ができました。
こうして仲間に入れてもらい、積極的に関わることで、言葉や文化の壁も次第に乗り越えられたように思います。高校生という多感な時期に、ホストファミリーや地域コミュニティーに溶け込みながら、語学以上に学ぶことが多かったように思います」

齋藤アナ▲クロスカントリー部に所属

――大学時代は文化祭実行委員をやっていたそうですね。

「実行委員の活動はどこかテレビ局の仕事に通じる部分があると思うのですが、たった一回の本番に向けて、みんなで一緒に作り上げていく過程に魅力を感じていました。
子どもの頃から、弦楽合奏団に所属してバイオリンを習って弾いていたのですが、その時もたった一回の本番のために、みんなで一つの音楽を奏でることに喜びを感じていたように思います。一人で何かを成し遂げるというよりは、みんなと一緒に成し遂げることに面白さややりがいを感じるのだなと改めて思います」

齋藤アナ

「なぜアナウンサーに?」自問自答の日々…苦難を乗り越えた今の胸中


――アナウンサーを目指したきっかけを教えてください。

「いくつかあるのですが、まず、小学校1年生の時にニュース番組のスタジオ見学に行ったことがあり、そこで目にしたアナウンサーの冷静さとそれとは対照的な周囲の関係者の慌ただしさに、ぼんやりではありますが“テレビ業界って面白いなぁ〜”と思ったことがきっかけです。
また、先ほどお話ししたアメリカ留学の経験も大きいです。日本とアメリカの政治や社会問題への向き合い方のギャップを感じたことで、大学では政治とメディアの在り方などを学び、結果的にメディア業界を軸に就職活動しました」

――大学1年生からアナウンススクールに通っていたそうですが、振り返って「これは頑張った!」と思えることはありますか?

「子供の頃から元気なタイプではありましたが、人見知りの一面もあるんです。ですので、『話す、聞くことを生業とするアナウンサーになる』ことに不安を感じることも少なくありませんでした。こうして取材を受けている今も、もちろん試験の時も、ものすごく緊張しますし、いつも心拍数が計れる時計を付けているんですけど、異常な心拍数で心臓が飛び出そうになります(笑)。
入社日が近づいてきてもその葛藤は解消されるどころか、『私に務まるのかな』という不安な気持ちがむしろ増すばかりでした。
そこで、まずは『自分ともう一度きちんと向き合おう』と思い立ち、一人旅に出ました。
1カ月ほどバックパックを一つ背負いながらヨーロッパをぐるぐると回り、ひたすら自問自答を繰り返しました。『世界の広さ』を体感する中で、それまで悩んでいたことがとてもちっぽけに感じるようになりました。“できるかできないかを考えるのではなく、何でもやってみよう!”そんな心持ちに変わりました」

――昨日放送した「テレ東音楽祭2025」で、デビューを果たしました。入社して約3カ月経過しましたが、ここまで振り返っていかがですか?

「入社して3カ月、振り返ると、私自身、テレビ東京のことをどんどん好きになっているのが分かります。入社してから最初の1カ月は、各部署の先輩方が会社の歴史や理念、そして現場の熱意や企業カルチャーについて話をしてくださる機会がありました。こうして知れば知るほど、さらに会社のことが好きになりました。何よりも、多くの会社の方々と直接触れ合う機会が増えたことで、愛着がますます深まったのだと思います。
正直いまだに不安はありますが、先輩方に温かく支えていただきながら、『頑張ろう』という気持ちで、少しずつではありますが前に進んでいる気がします。

また、アナウンス部の先輩が、『“たのしんで”の意味は“楽”ではなく“愉”』だと教えてくださったんです。”学びがあることを愉しむ“、これを意識した方がいいと。今後の現場でも、その気持ちを忘れずにいたいと思います」

――齋藤アナの“持ち味”は何だと思いますか?

「それを聞かれるとものすごく迷ってしまいます。アナウンサーっぽくないところ、でしょうか。謎の回答…(笑)。ものすごく人見知りなのに、“なぜアナウンサーを?”と、いまだに自分でも疑問に思ってしまうところがあって。
ただ、ちょっとおこがましいのですが、だからこそ私のようなタイプの人たちの気持ちを理解できるんじゃないか…と信じながら、まずは目の前のことに『コツコツ精神』で一生懸命取り組みます。そして、これまで経験してきたことを糧に、広い視野と色々な角度から物事を捉えることを大切にしていきたいです!」

――多忙な毎日だとは思いますが、リフレッシュ方法は?

「おいしいものを食べる、お散歩に行く時間を大切にしています。『孤独のグルメ』が大好きで、五郎さんのように一人ご飯の時間も好きですし、時間があれば、平気で何時間もお散歩します。幼少期、父と季節を感じるためにフキノトウを探しに行くなど、歩く習慣があったからかもしれません。ちょっとした日常の幸せを見つけるのが好きです。
また、小学生の頃から、1日の終わりに日記を書くのが習慣になっておりまして。文字で書くと自分の気持ちも整理されて、後から見返した時、“こんな時期もあったな”となるので、そういう時間も楽しみの一つになっています」

――最後に、今後の目標を教えてください。

「大学時代に政治とメディアのあり方を研究分析していたので、いつか選挙特番を任せていただける日が来るといいなという思いがあります。最終的には、世代やジャンルを問わず、みんなが活発に議論に参加できるような番組を担当してみたい、という思いもあります。『学びを止めないアナウンサー』を目指して、精一杯頑張りますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます」
齋藤アナ
 
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