アンタッチャブル、コンビ復活に約10年かかった理由は「面倒臭かった」
「あちこちオードリー」(毎週水曜夜11時6分)9月17日(水)の放送は、アンタッチャブル(山崎弘也、柴田英嗣)がご来店。紆余曲折だらけの2人の本音が溢れ出す!
【動画】アンタッチャブル、コンビ復活に約10年かかった理由は「面倒臭かった」
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芸歴31年、50歳になるアンタッチャブル。お笑いコンビといえば、オードリーのような学生時代の友達や養成所で意気投合して結成するケースが多いが、アンタッチャブルは「そもそも友達から始まってない」と山崎。1994年、プロダクション人力舎の養成スクールで出会った2人は、スクールの課題の中で、同期の関西芸人に“お前らやったらええやん”と「組まされちゃった」のだという。
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2人ともボケをやりたかったが、課題の台本の1行目がツッコミのセリフだったため、先に読んだ柴田がツッコミ、山崎がボケに。お互いに“ずっとやるとは思ってない”2人だったが、数ヵ月後に出場したライブで優勝したことで次も出なければいけない状況になり、結果的にコンビが続くことになったのだという。
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友達ではなく「組まされた」コンビ

芸歴31年、50歳になるアンタッチャブル。お笑いコンビといえば、オードリーのような学生時代の友達や養成所で意気投合して結成するケースが多いが、アンタッチャブルは「そもそも友達から始まってない」と山崎。1994年、プロダクション人力舎の養成スクールで出会った2人は、スクールの課題の中で、同期の関西芸人に“お前らやったらええやん”と「組まされちゃった」のだという。

2人ともボケをやりたかったが、課題の台本の1行目がツッコミのセリフだったため、先に読んだ柴田がツッコミ、山崎がボケに。お互いに“ずっとやるとは思ってない”2人だったが、数ヵ月後に出場したライブで優勝したことで次も出なければいけない状況になり、結果的にコンビが続くことになったのだという。
10年ぶりのコンビ復活は「面倒臭かった」!?

2004年、アンタッチャブルは「M-1グランプリ」で優勝。しかし、柴田はいろいろあって2010年から芸能活動を休止し、山崎はピンで活動することに。そこからコンビ復活まで約10年かかった理由とは?

若林が「復活するのがめんどくさかったって聞いたことあります」と聞くと、山崎は「ピンのが…まずギャラがいい」とぶっちゃけ!コンビで出てギャラを半分にするより、1人で出た方が多かった。最初は、柴田への「ふざけんなよ」という気持ちがあったそうだが、こうしたギャラ事情に「それはそれでってやつ?」とほくそ笑む山崎に一同爆笑!

さらに、「野良には優しい」と山崎。相方のツッコミがない中、1人で番組に出てボケを放つ山崎を、後藤輝基(フットボールアワー)、小杉竜一(ブラックマヨネーズ)、有吉弘行らツッコミ芸人たちが受け止めてくれたのだという。
一方、柴田は「いつでも漫才ができるように、なんとか頑張らなきゃ」と周囲に相談していた。そして、2019年、有田哲平(くりぃむしちゅー)がMCを務める「全力!脱力タイムズ」(フジテレビ系)内のサプライズで、約10年ぶりにアンタッチャブルとして復活。実は山崎も有田に相談し、コンビ復活のタイミングや舞台設定を探っていたのだ。

改めてコンビとして再始動した2人。若林が「(山崎のことを)世界一面白いと思いません?」と尋ねると、柴田はうなずき「面白い人はいっぱいいるけど、俺のツボ」と。まずは、最初にコンビを組めと言った関西芸人が、柴田のツボをわかって薦めてくれていたこと。そして、なによりもまず柴田を笑わせたい山崎が、コンビを続けてきた中で「山崎のセンスも変わってきている」と、アツく語る柴田だったが…

山崎が「(柴田は)分かりづらいの無理だからさ」と茶化し、柴田のツッコミがさく裂!

この他、若林がアンタッチャブルを見て「お笑い無理かも」と心が折れたエピソード、センス芸人がかっこ良かった時代、“斜に構え専門店”に負けずガンガン出るスタイルを貫くことになったきっかけ、若林が結婚を報告した際の山崎の意外な反応なども。「TVer」、「ネットもテレ東」で無料配信中!お気に入り登録もお忘れなく!
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