錦織一清「着せ替え人形をやめよう――」独立後の心境を明かす

錦織 前▲『言魂-10カラットの呟きと共に―』より。撮影:NAITO

5月29日に、人生初のソロ写真集&カレンダー『言魂-10カラットの呟きと共に―』(ワニブックス)を出版した錦織一清(61)。
伝説のアイドルグループ「少年隊」のリーダーとして華々しいデビューを飾り、俳優、演出家として、エンターテインメントの最前線を走り続けてきた彼が、写真集に込めた思い、多忙だった還暦イヤーを振り返った。

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つかこうへい作品との運命的な出会い…言葉へのこだわり


――初のソロ写真集&カレンダーとなりましたが、出来上がった今、どのような心境ですか。

「5月22日に61歳になりましたが、撮影したのは誕生日前だったので、60歳の記念として作らせていただきました。この年になり、服を脱ぐわけでもなく(笑)、プライベートの写真も結構あって、“そんな写真集を出していいのかな”と思いましたが、自分の思い出にもなる作品を作っていただけて、すごくうれしいです」

――どのようなコンセプトで作られたのでしょう。タイトル『言魂-10カラットの呟きと共に―』に込めた思いを教えてください。

「写真集を作るにあたり、いくつかアイデアを出しましたが、“60歳の写真を見たってつまらないだろう”と思ったんですよね。そんな中、僕がSNSで毎日のようにつぶやいていた言葉を『面白い!』と言っていただくことがあって。
それと同じように、編集の方からいただいた10個のテーマに沿って言葉を綴りました。
“ことだま”を変換すると“言霊”になりますよね。僕のつぶやきが魂の叫びというのは大げさですけど、“心から言っているんだよ”との思いから、タイトルを『言魂』にしました」

――ステキな写真の数々とともに、印象深い言葉が散りばめられています。改めて、錦織さんが発する言葉は奥が深いなと。

「そんなたいそうなものではないんですけど(笑)、高校時代は小説が好きで、本をよく読んでいました。舞台の芝居と文学って、ちょっと近しいところがあるじゃないですか。学生時代から、そういう世界が好きだったのかもしれないですね」

――当時はどんな小説を?

「最初に読んだのは、平井和正さんの『ウルフガイ』シリーズと『アダルト・ウルフガイ・シリーズ』。劇画のように読めて面白いんですよ。
あとは北方謙三さんとかハードボイルド系の本を買っていましたが、ある日、本屋さんで背表紙に“つかこうへい”とひらがなの文字が書かれているのを見て、“変わっているな”と思い、手に取って…。つかさんの本を買ったんです。
当時、テレビで映画『蒲田行進曲』のスポットが流れていて、“脚本・つかこうへい”と大きく書かれていたのが印象的で。『つかこうへいって、この人か』と興味が湧いて買ったんですよ。それが、つかこうへいさんとの出会いでした。
今だったら、多分はじかれちゃうような言葉が出てくるのが面白くて、“こういうこと、本で書いていいの?”という出会いでした」

――その後、錦織さんはつかさんの作品に出演します。運命だったんですね――。

「つかさんが書く美しい言葉も僕は好きで…。セリフのリズムがいいんですよ。つかさんって、おそらく原稿用紙に向かって書いていないから、転がるように言葉を紡いでいくんだろうなと。
つかさんの力強い脚本には、“こういう言い回しをすると面白いんだ”ということがふんだんに書かれているので、僕はそこで表現を学んだんだと思います」

“着せ替え人形”ではなく、自分自身を見せた写真集


――写真集では、プライベートの錦織さんが垣間見られますが、撮影は楽しみましたか。

「楽しかったですね。この年になると、自分の意見を聞いていただけるようになりました。実はスーツ系の写真以外は、自分の私服です。
2020年に独立し、その時に自分の頭の中に掲げていたのが『これからは、着せ替え人形をやめよう』ということでした。第三者から見たイメージの服を着せられるとか、そういったことはやめて、もっと自分を出していこうと。

グループで撮影した写真集では、常に用意された衣装を着ていました。例えば、笑いながら芝生にホースで水をまく写真や犬と散歩している写真を撮るんですけど、僕は芝生付きの戸建てに住んだこともないし、犬を飼ったこともない。そういうことを全部やめていきたかった。今回は、それをお許しいただいた写真集になりました。心がすごく健康的で、うれしかったです」

錦織 前
――60歳になってからの1年間を振り返って、今の思いは?

「やることがものすごく多かったですね。3年連続で誕生日のディナーショーも開催しましたし、去年は『東京キネマ俱楽部』でFunky Diamond 18(錦織一清/パパイヤ鈴木)として何日間かやらせていただきました。還暦イヤーに入って、表に出る機会が多くなったと思います。
『還暦だ!』と指をさされるような感じからは、1年経って抜け出たのかなと(笑)」

――5月22日、61歳になりました。少年隊のメンバーから、お祝いの言葉はありましたか。

「メンバーにはメールアドレスを教えてないんですよ(笑)。僕らは意外とそういう感じで、グループ活動している時から、2人がどこに住んでいるかすら知らなかった。
植草(克秀)とはしょっちゅう会いますけど、仕事の話はほとんどしません。彼とは練習生の頃からの付き合いで、昔の同級生と会うみたいなものなので、あまり仕事の話にならないんですよ。
ただ、ディナーショーでは植草から花をいただいたので、事務所がしっかりしているなと思いました(笑)」

――先輩の田原俊彦さんは、還暦を過ぎても足を上げて踊っていらっしゃいますが、錦織さんは、還暦になってご自身の体の変化を感じていますか。

「田原さんは本当にすごいですよね。以前歌番組でご一緒した際、メドレーで高く足を上げているのを見て、“懐かしいなぁ”と思いました。僕は田原さんが(事務所の)合宿所の鏡のある部屋で夜中に練習している姿を見ていたので、“今でもそういうことをやられている方なんだな”と思いました。

5月に『Blues Style Collection~10カラットな夜のグラスに~』というCDを出したんですけど、その中に、初めて自分で作詞作曲した『憧れのBackflip』という曲があります。“右の靴下が履けない”というテーマで歌っていますが、若い頃のオーバーワークからか、実は右足を故障しておりまして。今はだましだまし踊っています」

――体調を維持するために心がけていることは?

「自転車で70~100キロくらいの長距離を走ることはあります。スポーツジムで自転車を漕いだところでどこにも行けないし(笑)、ちょっと遠くまで行けると、自分にとってのご褒美になる。それを楽しみにしながら外を走ります。
家で音楽をかけて、1時間くらい踊ることもあります。有酸素運動なので、体にもいいんですよ」

錦織 前
――今後の活動や、エンタメの世界で挑戦したいことがあれば教えてください。

「11月中旬にクランクインを予定している映画『僕は瞳に恋してる (仮題)』で、監督をすることになりました。映画監督は初めてですが、ずっとやりたかったことの一つが、また叶います。
そもそも、芸能の中で僕が一番好きなのは映画でした。映画俳優に憧れていたというか、映画を観るのが好きだった。映画は、後世に残るのがいい。
僕らが若い頃、90年代前半は映画が一番厳しい時代で、なかなか映画につながる扉が開かなかったんですよ。

でもきっと、監督になったら、周りからは『面倒くさいな、ややこしいな』と思われるでしょうね(笑)。映画の作り方自体を知らないし、保守的に作っている人たちから見ると、僕はどちらかというと異端だろうから。それも含めて、今からとても楽しみにしています」

インタビュー後編は、6月23日(火)昼12時に公開します。

錦織 前▲『言魂-10カラットの呟きと共に―』(撮影:NAITO ワニブックス刊)

【錦織一清 プロフィール】
1965年生まれ 東京都出身。小学生のときにジャニーズ事務所に入所。「少年隊」のリーダーとして一世を風靡。テレビドラマや舞台を中心に俳優としても活躍。
1999年、つかこうへい演出「蒲田行進曲」への出演をきっかけに、舞台演出にも積極的に関わるように。ミュージカル『グレート・ギャツビー』や『蘭~緒方洪庵 浪華の事件帳』、時代小説“しゃばけ”シリーズ、作家・羽原大介と共に坊ちゃん劇場作品などの演出も手がける。演出した「よろこびのうた」がAll Aboutミュージカル・アワードでファミリー・ミュージカル賞を受賞。
1977年より43年間ジャニーズ事務所にて活動し、2020年12月31日に独立。2021年より”本当の意味のひとり暮らし”をすべく、新たな活動をスタートした。
カバーアルバム第2弾、大好きなブルースを特集した「Blues Style Collection ~10カラットな夜のグラスに~」も好評発売中。

(取材・文/伊沢晶子)
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