鈴木芹里乃アナウンサー 学生時代は31日間違うアルバイト!?「“NGなし”のアナウンサーを目指します!」

「みんなで一つのものを作り上げたい」――。2026年4月、テレビ東京に入社した新人・鈴木芹里乃アナウンサー。
毎日違うアルバイトを経験した学生時代、コロナ禍を乗り越え、青春を捧げたチアリーディング、そして「アナウンサーになる」という思いを確固たるものにした被災地での記憶……。
圧倒的なバイタリティーを持つ、鈴木アナウンサーの素顔と原点に迫ります。
【動画】鈴木芹里乃アナウンサーが出演「テレ東音楽祭 2026夏」
31日間連続、休みなしで毎日違うアルバイトをしてお金を貯めました
――まずは鈴木アナウンサーのルーツを探るべく、少し遡りますが、幼少期はどんなお子さんでしたか? また客観的に見て、自分はどのような性格だと分析していますか?
「一人っ子なのですが、ちょっと大人びた“渋め”の子どもだったようです。自分から前に出るような活発なタイプではなく、とてもマイペースでした。
小学3年生のときに転校しましたが、振り返ってみると、そこがターニングポイントになっているかもしれません。それまでは、あまり自分から話しかけられなかったんですけど、“自分から話しかけないと友達ができない”と焦り、それ以来、社交的になりました。
周りからは、『おばあちゃんみたいだね』と言われることも(笑)。感情は豊かなんですけど、あまり動じないというか、表に出る雰囲気は淡々としているように見えるのかもしれません。あと結構、うっかりしている一面もあります(笑)」
――学生時代を振り返って、特に強く印象に残っているエピソードを教えてください。
「私は中学~大学まで、ずっとチアリーディングをやっていましたが、高校生の時、コロナ禍になってしまったんです。学校に行けない状態が続き、ここぞという一番いい時期に頑張れなかったのがショックでした。
大学までは週4~5日部活があったので、チアリーディング漬けの日々でした。筋肉がなければ何もできない世界なので、ほぼ毎日筋トレ。“辞めたい”と思うくらい練習はきつかったのですが、大学まで続けられたのは、やっぱりチアそのものが好きだったんだと思います。
チアは表情が大切な競技。私は笑顔を作るのがあまり得意ではなく、“自分には向いていないかも……”と悩んだこともありました。それを克服するため、一人で居残りをして、笑顔の練習をすることから始めました」
▲大学の部活動。中段左が鈴木アナウンサー
――部活で努力と根性を身につけた鈴木アナウンサー。就職活動を始める前は、アルバイトにも熱を注いでいたようですね。具体的にはどのようなお仕事を?
「大学で北欧ゼミに入っていたこともあり、スウェーデンへの渡航費とアナウンススクールの費用を貯めるために、たくさん働きました。
パンのお店、コールセンター、キャラクターショップなどいろいろやりましたが、スキマバイトでほぼ全ての職種をやったのではないかというくらい(笑)。何百回とさまざまな現場に行きました。
元々、毎日違うことがしたいタイプなので、いい経験になりましたし、すごく楽しかったです。大学で部活動が本格化する前の月は、31日間連続、休みなしで毎日違うアルバイトをしてお金を貯めました」
――パワフル! まさにガッツの人ですね(笑)。頑張って貯めたお金で、憧れのスウェーデンへ。
「2~3週間滞在し、現地の学校に通いました。授業以外の時間は、本場のサウナに入り、そのまま目の前にある湖に飛び込んだり、スケートをしたりして満喫しました。
英語でコミュニケーションを取りましたが、濃厚な2週間を通じて、“行動しようと思えば、一人でどこへでも行ける”という自信がつきました」
アナウンサーという枠にとらわれず、何でも挑戦したいです
――アナウンサーを目指したきっかけを教えてください。
「家族から聞いた話では、3歳の頃、テレビでニュースを読んでいるアナウンサーを見て憧れ、そこから毎日、“アナウンサーごっこ”をするようになったそうです。アイロン台をニュースデスクに見立てて、自分でカメラを回して撮影するという遊びをしていました。
そして、その思いを一層強くしたのが、能登半島地震でした。母の実家が石川県にあり、年始だったため、私も石川県にいました。地震が起きたときにテレビを見て、災害の情報を伝えて、人々の命を守るのもアナウンサーの仕事なのだと強く実感しました」
――就職活動では10社ほど受けられたそうですね。その中で「テレビ東京」を選んだ決め手は?
「面接で、素のままでいられたのがテレビ東京で、本音で話すことができました。
内定したときはとてもうれしくて、人事部の方が電話口で、自分のことのように喜んでくださったことをよく覚えています。そのとき“骨を埋める覚悟でずっと働こう!”と心に決めました。
その後は、アナウンススクールの先生に伝えて、家族もアナウンサーになることを本当に喜んでくれました」
――4月に入社して約3カ月経ちましたが、実際に働いてみての感想は?
「あっという間のようでもあり、長いようでもあります。研修の中で、竹﨑由佳アナウンサーから“常に自分がそこにいる意味(役割)をつくるようにしている。求められているものを汲み取って、それに応える、それ以上のものを出す。それは自分で見つけていかないといけない”というプロフェッショナルなお話を伺い、深く感銘を受けました」
――同期の北川莉央アナウンサーとは、アナウンススクールに通っていた頃からの付き合いだそうですね。北川アナウンサーはどんな人ですか?
「北川は、“近道も遠回りもどっちもできる人”です。努力ができる上に、才能もあります。彼女の努力の量はすごいです。
マイペースな自分とは正反対で、アナウンススクール時代は後輩の面倒見もよく、姉御肌。でも実は、どこか放っておけないかわいらしい一面もあります。
おいしいものが大好きなんですけど、彼女が一番輝く瞬間は、食べている時ではなく、次に何を食べるかを調べているとき。まさに食欲モンスターです!(笑)
大学3年からずっと一緒にいるので、私は彼女の努力を知っています。2人で一緒に入社できたことが本当にうれしいです」
▲同期の北川莉央アナウンサーと
――入社前と入社後で、テレビ東京やアナウンサーという仕事のイメージが変わった部分はありますか?
「入社後は、テレビ番組が多くの人の手によって作られていることを実感しました。
総合職の研修を受けた際、カンペを作る担当になったのですが、一つのカンペを作るだけで、多くの時間と労力がかかります。今後アナウンサーとして読むカンペ1枚1枚に、皆さんの時間と努力と思いが詰まっている……そう気づいた時、この仕事の責任の重さを改めて実感しました。全て“人”が作っているのだなと」
――鈴木アナウンサーの一番のアピールポイント、持ち味は?
「自分の持ち味を言葉にするのは難しいのですが……チャームポイントは“福耳”です(笑)。
性格的には、壁が高ければ高いほど燃えるタイプで、何をやっても楽しいし、何を食べてもおいしいと感じます。
目標に向かう努力は苦労ではないと思っていますが、悔しい時はよく泣きます。また、感情移入しやすくて、大好きな動物や世の中の感動話を聞くと、すぐに泣いてしまいます。これは、トレーナーの大先輩・狩野恵里アナウンサー譲りかもしれません(笑)」
――これから挑戦してみたい番組やジャンルはありますか?
「いつか、競馬や『Newsモーニングサテライト』に携わることができたらと思っています。
本も好きなので、それを生かせるような番組、動物に関わる番組など、テレビ東京でしかできないことに何でも挑戦してみたいです」
――毎日忙しいと思いますが、お休みの日はどのように過ごしていますか。
「普段はサウナやホットヨガなど、汗をかくことが好きです。最近、ゴルフスクールにも通い始めました。
1人の時間がないと生きていけないタイプでもあるので、休日は、1日外でアクティブに動いたら、もう1日は家で大好きなアニメを観ます。好きなアニメは『NARUTO -ナルト-』で、人生の教科書だと思っています。『進撃の巨人』や『ちいかわ』のように、考察系のアニメも好きです」
――最後に、今後どのようなアナウンサーになりたいか、展望をお聞かせください。
「アナウンサーという枠にとらわれず、何でも挑戦したいです。チアリーディングの醍醐味は、みんなで一つの作品を作り上げるところにあります。
私は、そういう醍醐味を感じたいと思いテレビ局に入ったので、アナウンサーではありますが、いずれは企画や編集の勉強もして、少しでも力になれたら……と思っています。
“NGなしのアナウンサー”を目指します!(笑)
部活の経験を生かし、これからも人を大切に、周りの人に対する思いやりや感謝を忘れずにいたいです。これは、狩野アナウンサーから学んだ大切な教えでもあります。テレビ東京という温かい環境の中で、これから精一杯頑張ります!」