伝説の名車<カワサキ マッハ750SS>が1000万円に!依頼人「タダで譲り受けた」:開運!なんでも鑑定団
9月1日(火)に放送した「開運!なんでも鑑定団」(毎週火曜 夜8時54分)。「タダで譲り受けた」名車に、驚きの鑑定額がついた。
【動画】伝説の名車<カワサキ マッハ750SS>が1000万円に!依頼人「タダで譲り受けた」
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依頼品は「カワサキ マッハ750SS」。
依頼人はバイク愛好家。依頼品は、アマチュアレースに出場するほどバイクを愛した従兄弟が所有していたものだ。
従兄弟が7年前に病で急逝した後、独身で受け継ぐ人もいなかったことから、従兄弟の妹から「良かったら乗ってほしい」とタダで譲り受けたそう。
依頼人は従兄弟の思いを受け継ぎ、専用のガレージを作って大切に保管。メンテナンスは専門業者が行い、依頼人は「ひたすら磨いている」という。
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誕生から50年以上を経ても、絶大な人気を誇るカワサキ マッハ。世界最速を追求した伝説の名車である。
1960年代、ホンダやヤマハに比べて知名度が低かったカワサキは、一発逆転を狙い、欧米で人気の大型バイク市場への進出を目指していた。
アメリカで徹底的な市場調査を実施すると、求められていたのは「世界一の加速性能と最高速度を持つバイク」だった。
【動画】伝説の名車<カワサキ マッハ750SS>が1000万円に!依頼人「タダで譲り受けた」

依頼品は「カワサキ マッハ750SS」。
依頼人はバイク愛好家。依頼品は、アマチュアレースに出場するほどバイクを愛した従兄弟が所有していたものだ。
従兄弟が7年前に病で急逝した後、独身で受け継ぐ人もいなかったことから、従兄弟の妹から「良かったら乗ってほしい」とタダで譲り受けたそう。
依頼人は従兄弟の思いを受け継ぎ、専用のガレージを作って大切に保管。メンテナンスは専門業者が行い、依頼人は「ひたすら磨いている」という。

誕生から50年以上を経ても、絶大な人気を誇るカワサキ マッハ。世界最速を追求した伝説の名車である。
1960年代、ホンダやヤマハに比べて知名度が低かったカワサキは、一発逆転を狙い、欧米で人気の大型バイク市場への進出を目指していた。
アメリカで徹底的な市場調査を実施すると、求められていたのは「世界一の加速性能と最高速度を持つバイク」だった。
「他社と同じことをしていたのでは勝てない」と開発チームが選んだのは、国産量産車としては初となる3気筒エンジン。
1968年、その挑戦は「マッハ500SS」として身を結ぶ(※海外では1969モデルとして販売)。最高時速198キロと圧倒的な加速性能を持つ一方、乗りこなすのが難しいことから「ジャジャ馬」とも呼ばれた。
しかし、その数ヶ月後にホンダが「CB750FOUR」を発表すると、世界最速の座を明け渡すことに。雪辱を誓ったカワサキは、1971年に「マッハ500SS」を進化させた「マッハ750SS」を発表した。
最高時速は203キロ。カワサキは再び世界最速の称号を手にし、大型バイク市場を席巻した。

改めて依頼品を見てみよう。「カワサキ マッハ750SS」1972年モデルである。
ゴールドのタンクに描かれたレインボーラインは、新車のような輝きを放っている。部品周りの錆も見当たらず、走りも滑らか。
本人評価額は、発売から54年が経っていることにちなみ「540万円」とした。

鑑定結果は…なんと1000万円!
本人評価額を大きく上回る結果に、会場は歓声と拍手に包まれた。
鑑定を担当した「Zeppan UEMATSU」代表取締役・枝川寿氏は、「オリジナルパーツが多く残っている、非常に素晴らしいモデル」と評価。
「マッハのような絶版車は、フレームが傷んでいたり、カスタム部品に交換されていたりすることが多い。しかし依頼品はホイール、タンク、マフラーのほか、注意書きのシールまで発売当時のまま残されており、とても貴重。このレベルは市場にはめったに出回らない個体」(枝川氏)

一方で、フロントフェンダーと右サイドカバーは塗り直され、シートも社外品に交換されている。

また、エンジンをきれいに磨きすぎている点も惜しい部分だと指摘。
枝川氏は、これらも当時のまま完璧に残されていれば「1500万円になっていた」と説明した。
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