全国で20軒以下…激減した【テレクラ】のいま!客層は?衝撃の店内
「じっくり聞いタロウ~スター近況㊙報告~」(毎週日曜深夜2時20分)。10月11日(日)の放送は「夜の♡昭和の常識は令和の非常識!? SP」をお届け!
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昭和のヤンキーの髪形と言えば、額の生え際を深く剃り上げてM字のようにした“剃り込み”、前髪を高く盛り上げて両サイドを後ろに流す“リーゼント”が定番だった。
そんなヤンキーたちの定番アイテムが、薄くぺったんこにした学生鞄。MCの名倉潤も同じように薄くして、彼女が作った巾着を付けていたらしい。
取材を受けた男性が「まだ持っている」というので見せてもらうと、持ち手に赤いテープが巻かれていた。男性によると、赤いテープは「喧嘩売ります」、白いテープが「喧嘩買います」を表しているそう。
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昭和のヤンキーの特徴

昭和のヤンキーの髪形と言えば、額の生え際を深く剃り上げてM字のようにした“剃り込み”、前髪を高く盛り上げて両サイドを後ろに流す“リーゼント”が定番だった。
そんなヤンキーたちの定番アイテムが、薄くぺったんこにした学生鞄。MCの名倉潤も同じように薄くして、彼女が作った巾着を付けていたらしい。
取材を受けた男性が「まだ持っている」というので見せてもらうと、持ち手に赤いテープが巻かれていた。男性によると、赤いテープは「喧嘩売ります」、白いテープが「喧嘩買います」を表しているそう。
まだネットなどなかった時代、ヤンキーたちは独自の方法で鞄をぺったんこにしていて、令和世代の若者からは、「もったいない」「理解しがたい」といった感想が。また、当時は鞄にシールを貼るのが定番で、特に矢沢永吉やBOOWYが人気だったという。

そして、昭和のヤンキーは「よろしく」を「夜露死苦」、「愛羅武勇=アイ・ラブ・ユー」「本気=マジ」などと当て書きにしていた。これは当時、横浜銀蝿が曲名やアルバム名で使用したことで広まったと言われている。
昭和男女の出会い系ツール

昭和の出会い系ツールと言えば、テレフォンクラブ=通称・テレクラ。
登場したのは1980年代後半。男性が営業所で利用料金を払い、固定電話のある個室で待機していると、雑誌や街中で配られるティッシュに入っているテレクラのフリーダイアルに一般女性が電話をかけてくるというシステムだ。
女性からの電話はすべての個室の電話に一斉にかかるため、一番先に受話器を取った者のみ会話することができる。
取材を受けた男性が、フックスイッチに指を置き、電話が鳴った瞬間に指を離すというテクニックを話すと、名倉も「一緒、一緒!」とコメント(笑)。
うまくいけば女性と待ち合わせまで持ち込めるが、昭和の待ち合わせはシビアで、待っていても来ない、実際に会ってみると予想と違っていたということがほとんどだったそう。
そして男性によっては、受話器を通した女性との会話で快楽を得る人もいたとか。
そんな一世を風靡したテレクラだが、1990年代半ば「援助交際の温床になっているのでは?」という批判が広まり、テレクラに関する基本条例が制定されて激減。
現在営業しているのは、全国で20軒以下だという。

そこで番組は、都内で営業している「リンリンハウス池袋西口駅前店」を取材。
店内に個室が並び、部屋には個室電話が。壁には「さばを読んだ時にもちゃんと答えられるように」と年齢早見表が貼られていた(笑)。
利用者は1日に30~40名ほどいて年配者が多く、電話をかけてくる女性は、昼は人妻、夜は会社員が多いとのこと。
番組ではこの他、「昭和世代が熱中した冬のレジャー」を紹介する。
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