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江戸時代にブーム! 幻の野菜「内藤とうがらし」とはなんぞや!

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テレ東プラス

2018.10.20

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「内藤とうがらし」ってご存知ですか。
暴れん坊将軍こと徳川吉宗の時代に作られ、ブームとなった野菜。それが「内藤とうがらし」なんです。しかし時代の荒波にもまれ消滅...。そんな幻の野菜が現代に甦ったそうです。真相を調査してきました。



幻の野菜「内藤とうがらし」ってなんだ?


「内藤とうがらし」とは江戸時代に人気を博した"八房とうがらし"の一種。
とうがらしといえば、鷹の爪を思いだす方が多いかと思いますが鷹の爪とは異なる品種になります。


江戸時代、現在の新宿一帯(新宿一丁目から三丁目)は「内藤新宿」と呼ばれる宿場町でした。その内藤新宿で育てられた"八房とうがらし"を「内藤とうがらし」と命名。あまりの美味しさが評判となり、江戸庶民の間で一気に広がりました。


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(「情熱の! 新宿内藤とうがらし」より)


なお内藤とうがらしが人気となった理由のひとつがこの時期に起こった"蕎麦ブーム"。蕎麦のパートナーとして内藤とうがらしが愛用され、蕎麦ブームとともに内藤とうがらしもブームになりました。


ちなみに内藤とうがらしが作られていた新宿一丁目に向かったところ...


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内閣総理大臣主催の「桜を見る会」でお馴染みの新宿御苑がありました。
江戸時代は、真っ赤なとうがらし畑がここに広がっていたんでしょうね。


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園内にある「レストランゆりのき」と「カフェはなのき」には内藤とうがらしを使ったメニューを食べることができるそうです。


そんな内藤とうがらしにも終焉の時が。
長い江戸時代の中で、内藤とうがらしが盛んに作られたのは江戸中期。明治になると内藤新宿の都市化が進み、とうがらし畑は徐々に消滅。また"鷹の爪"の台頭により、存在が薄れていき、内藤とうがらしは絶滅しました。



平成の世に再生した


江戸時代にブームとなり明治になると新宿は都市化現象により畑が宅地になり消えてしまった内藤とうがらし...ですが平成の現代に復活。


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(「情熱の! 新宿内藤とうがらし」より)


NPO法人「おいしい水大使館」内藤とうがらしプロジェクトのリーダー・成田重行さんが発起人となり、内藤とうがらし復活のプロジェクトが発動しました。


江戸時代の食の研究をしていたところ、内藤とうがらしの存在を知った成田。筑波にある独立法人農産物資源研究所へお願いし、こちらで"八房とうがらし"の最も古い種を譲り受け、その種から内藤とうがらしを育てたそうです。


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(「情熱の! 新宿内藤とうがらし」より)


こうして息をふきかえした内藤とうがらし。
次回は実際に内藤とうがらしを使った食事をいただきます。
幻のとうがらしの味はどんなものなのでしょうか?


【写真提供元】
新宿~御苑~四谷タウン誌JG編集部


【参照文献】
「情熱の! 新宿内藤とうがらし」(発行元/株式会社H14)


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※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。

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