日本最古のサーカス団で新たな演目に挑む女性団員に密着!
さまざまな世界で新しいステージへ挑戦し続ける人がいる。そんな人々の"運命の日"までに密着した『「運命の日」~ニッポンの挑戦者たち~』。(BSジャパン毎週日曜夜10時~10時30分放送中)
結成115年。現存するサーカスとしては日本最古となる《木下大サーカス》で活躍する2人の女性団員に密着した。
横浜に突如として生まれた行列。その先にあるのはサーカスのテントだ。迫力満点の猛獣ショーに花形である空中ブランコショー。大技が決まると拍手が巻き起こる。このテントでは木下大サーカスの公演が行われていた。

そんなサーカス団では、約100人の団員が共同生活を行なっている。また芸を極めるための厳しい訓練も。舞台に立つためには、木下サーカス団長・木下唯志の最終試験に合格しなくてはならない。
「レベルをアップさせなくてはいけない。ちょっとした手の動き、足の動き、顔の表情。ひとつのけじめ」(木下さん)
そんな最終試験に、女性団員2人が挑まなくてはいけなかった。
4月3日、朝7時。開演前のテントに団員が集まっていた。そこには神社の神職の姿が。行われていたのは横浜公演の無事を願ってのお祓い。団員の無事を祈って必ず行わるという。
この日から約2ヶ月、横浜で開催される。1600人入る会場はこの日もすぐに満員になった。緊張と笑いという絶妙なバランスで進むサーカスは二部構成。休憩中に行われていたのは、二部の目玉・猛獣ショーのステージの設置。一部でショーを行った団員たちがセットの設置も行う。木下大サーカスでは、出演者が設営や売り子も兼務。1人で何役もこなすのがサーカス団のルールだ。
売り子をしていたのは、釣りロープに出演していた入団17年目の中尾梨沙さん。25歳で団員の夫と結婚。3人の子宝に恵まれた。未就学児は公演が行われる、いく先々の場所で保育園に通わせるが、保育園を見つけるのも一苦労だという。
「迷いますよ。自分が好きなことをやっているので、犠牲にしているというか。でも上の子が"ママみたいになりたい"と言ってくれたら頑張ろうと思う」(中尾さん)
3か月に1度、場所を変え、全国を飛び回るサーカス団。それぞれの暮らしがある。
第二部の幕が開き、お待ちかねの世界猛獣ショーがスタート。ライオンの調教師であるイギリス出身のマイケル・ハウズさんは、祖父の代から調教師。不幸にも父親は彼が8歳の時にライオンに襲われて亡くなっている。
「襲われるかは誰にもわからない。今日は良くても明日はダメかもしれない。それが人生だよ」(マイケルさん)
外国人団員の多くは約3年で別のサーカスに移動する。アルゼンチンから来たジャグラー担当のブラインアン・ドレスナーさんは9代続くサーカス一家の出身だ。世界から集まったさまざまな団員がサーカス団を支えていた。
いよいよクライマックスである空中ブランコ。一歩間違えれば、命の危険もあるが、舞台裏にいる団員たちは意外にもリラックスしていた。
「楽しんでもらうためには、楽しくなかったらダメです」
公演終了後も団員たちは忙しく働いていた。会場の後片付けやセットなどを細かくチェックしていく作業があるからだ。そして作業が終わると、テントの裏にある仮説の寮に戻り、そこで共同生活を送る。
団員は「株式会社 木下サーカス」の社員。日本人の団員は入社試験を受けて合格した立派な会社員なのだ。
国籍や経験、サーカスへの思いもまったく異なる団員で構成された木下大サーカス。それをまとめ上げるのが木下社長だ。
「自分自身の姿を美しいもの、素晴らしいものにしなければならない」(木下さん)
彼がいなければ、今日の木下サーカスはなかったかもしれない。
初代・木下唯助が明治35年に中国・大連で旗揚げした木下大サーカス。娯楽が少なかった昔は、全国どこでも歓迎され、戦時中でも興行は開催されていたという。現在の木下社長は若い頃は空中ブランコの飛び手として活躍。人気は絶頂だった。
「応援の拍手を聞いた時に、"これぞサーカスの醍醐味"だと」(木下さん)
しかし娯楽の多様化により、集客力は徐々に減っていく。そんな中、'91年に4代目社長に就任するも、経営状況に驚愕した。なんと10億円以上の借金があったのだ。
「私の姉が副社長で"もうサーカスはやめよう"と」(木下さん)
しかし、木下は諦めなかった。社員の採用のために全国を周り、外国人パフォーマーのスカウトにも励んだ。その努力が実り、再び人気を取り戻して行った。負債の10億円は10年で完済。今や年間120万人以上を動員するまでになった。
「できないと言われると、できるかもしれないというところからスタートする。そうすると必ずできるんですよ」(木下さん)
ある日のテントでは、団員たちが新たな技の練習に励んでいた。中尾さん親子の姿も。
「中途半端な気持ちでやっていたら、子供にも申し訳ないので。割り切って自分も楽しんで精一杯やる」
団員は常に新しい演目にチャレンジするのが、木下サーカスの方針。しかし、新たな演目でのデビューには社長による最終試験の合格が条件。それが団員たちにとっての《運命の日》だ。
「舞台が命なので、どんどん新しいものに挑戦していく。(最終試験は)ひとつのけじめ」(木下さん)
この横浜公演では、新たな演目に挑む2人の女性団員がいた。《運命の日》は4月23日。試験に合格できれば、横浜公演中にデビューできるそうだ。
入団4年目の関口綾乃(25)は空中ブランコを熱心に見つめていた。
「イメージできるので、見て覚える方が覚えやすい」
普段はフラフープを使った曲芸で舞台に出演している関口さん。
「空中芸に憧れて(サーカスに)入った」
4年前の横浜公演で観客として"空中ブランコ体験会"に参加。その面白さが忘れられず、木下サーカスの門を叩いた。憧れの空中芸をするため、関口は10か月に渡って練習を積んできた。
「やるしかないです。頑張るしかないです」
そしてもう1人、社長の最終試験に挑むのは入団5年目の村木仁美(26)。現在は釣りロープの曲芸を担当している。岐阜県出身の彼女は大学在学中、就職活動に励んでいたが、うまくいかない日々が続いていた。
「銀行とか受けていたんですけど、全然受からなくて」
そんな中、目にしたのは大学の就職課にきていたサーカスからの求人。
「学校で求人を見て、そこでビビッときて」
そんな村木が今回挑むのは、明治から続くお家芸《葛の葉》。共演者の足にのせた障子に右手・口・左手の3つで書をしたためるというもの。難易度が高く前任者が退社して以来、6年間誰も挑戦する者が現れなかった幻の芸だ。
「今ないものを作り上げるというのを、やってみたいと思って」
最終試験に挑む女性団員。残る期間は1か月。しかし、そこに高い壁が待ち構えていた――。
《後編 「木下大サーカスで新たな演目に挑む女性団員たちはデビューできるのか?」に続く》
(2017年5月7日放送回より)
【番組概要】
番組名:「運命の日 ~ニッポンの挑戦者たち~」
放送局: BSジャパン BS7ch 全国無料放送
放送日時: 毎週日曜 夜10時放送
ナビゲーター: 小泉孝太郎
番組公式HP: http://www.bs-j.co.jp/official/unmeinohi/