川のせせらぎや棚田の輪郭...風景画家が愛した”ひらがな日本”とは?:ワタシが日本に住む理由
「日本に住む」ことを選んだ外国人にスポットをあてる「ワタシが日本に住む理由」(毎週月夜9時~)。伝統文化や伝統工芸、四季折々の光景、和食の味、日本人の性格など、日本人が気づかないニッポンの魅力を、彼らの生活ぶりとあわせて紹介します。
5月21日(月)の放送では、日本在住46年というペルー生まれのアメリカ人、ブライアン・ウィリアムズさん(68歳)の暮らしぶりを紹介しました。古き良き日本の原風景に魅了されたブライアンさんは、現在は滋賀県大津市で風景画家として活動しています。

世界一周をやめてニッポンに残った理由とは
1950年にペルー共和国で生まれたブライアンさん。町には日系人や日本人も多く、日本文化を身近に感じながらブライアンさんは少年時代を過ごしました。両親はアメリカ人宣教師で、1966年にはブライアンさんはアメリカカリフォルニア州の高校へ進学。高校時代に絵を描くことに夢中になり、「将来は画家になろうと決めたというより、画家になるのだと気がついた」と、ブライアンさんはその頃の心境を語ります。
1968年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校へ入学すると美術を専攻。その当時はベトナム戦争の真っ只中で、ブライアンさんは「ベトナム戦争反対」という水彩画も残しています。

大学4年生の時にブライアンさんは世界一周の旅に出発。大学を中退し、しかも片道切符しかないという"決意"の旅でしたが、その第一歩として選んだ国が日本だったのです。1972年に初来日したブライアンさんは、日本の伝統文化を見るために京都を訪問。日本への興味は日を追うごとに高まっていき、ブライアンさんは世界一周を取りやめて日本に残ることにしました。胸の内には日本文化への好奇心だけでなく「木版画と水墨画を学んで、自分の絵に取り入れたかった」という、画家としての向上心も秘められていました。
日本で下宿暮らしを始めるブライアンさんは、下宿の大家さんとの話し合いの時に近所の女性に通訳を依頼。その女性が後にブライアンさんの妻となる英美さんでした。
美しい曲線のある「ひらがな日本」を追い求めて
現在、滋賀県大津市で暮らしているブライアンさんは、画家としての収入だけで3人の娘を育て上げました。アーティストとしての収入は浮き沈みも激しいらしく、「幸運でしたね。時によって食いっぱぐれ、時によって左うちわ」と微笑みを浮かべます。

昔ながらの日本の風景画を数多く手がけていますが、ブライアンさんはその作品を「ひらがな日本」と表現。「都会の風景は直線で形成されていて固い感じ。都会は『カタカナ日本』」と語りつつ、川のせせらぎや棚田の輪郭などを例に挙げて「美しい曲線が存在している風景が『ひらがな日本』」曲線にこそ美がある」と説明してくれました。


大津の街並みを歩きながら、通りに残る焼き板を使った木壁などを見つけて愛おしそうに目を細めるブライアンさん。34年間住んでいる自宅は、築200年の古民家を改築した葦葺きの日本家屋です。家とは別の場所にあるアトリエでは「曲面絵画」などの制作に没頭。歪みのあるキャンバスに風景を描くことで迫力を生み出す効果を狙った「曲面絵画」は、ブライアンさん自身が考案したものです。


番組の終盤では、ブライアンさんは「日本の好きな風景」として地元・伊香立の棚田を紹介してくれました。里山、農村、棚田、琵琶湖が一望できる光景を眺めながら「僕の望んでいるすべてがここにある」と語ります。「この景観が希望を与えてくれる」という彼の言葉には、風景画家としての信念が滲み出ているようにも感じられました。

