熱中症対策は消防隊員に学べ!? オリンピックでも注目の「アイススラリーとプレクーリング」について聞いた。

今年の夏はかなりの猛暑。熱中症による被害者が急増しています。総務省消防庁「熱中症情報」の統計(速報値)による熱中症による救急搬送人数は、今年の7月2週には797人だったものが、3週には1,948人、4週には5,564人に。7月29日~8月4日の1週間では、18,347人に達しました。
熱中症にかからないためには、どうすれば良いでしょうか?東京理科大学では、東京消防庁消防技術安全所の活動安全課と共同で、過酷な現場で活動する消防隊員の熱中症対策について研究を進めています。その実験によると、「アイススラリーによるプレクーリング」に一定の効果が見られたとのことなのですが......。それは一体どのような対策なのでしょうか。
今回は、日本で唯一火災科学に特化した大学院で教育研究を行っている、理工学研究科 国際火災科学専攻で建築火災安全工学の研究を行う大宮喜文教授、水野雅之准教授、運動生理学の研究を行う柳田信也准教授に話を聞いてきました。
▲左から大宮教授、柳田准教授、水野准教授
熱中症のリスクを下げるには「事前に身体を冷やしておく」?
──消防隊の方が活動する火災現場は、かなり暑そうです。やはり熱中症のリスクは高いのでしょうか。
「猛暑日でも気温は40度以下ですが、火災現場はそれ以上ですから、より過酷といえますね」(大宮教授)
「スポーツウェアは汗の蒸散を促すなどして熱をこもらせませんが、消防隊員が着用する防火衣などは気密性が高いですから、熱放散が起きにくいです。また、運動して筋肉が熱を生産すると、体内のセンサーが感知して、発汗によって熱を放散しようとしますが、熱源に近づく場合にはセンサーの感じ方が異なりますので、熱放散のメカニズムにも影響が出るかもしれません。あとは心拍数の問題もあります。心拍数が上がるというのは、それだけエネルギーを燃やしていることになるので、熱が発生するわけです」(柳田准教授)
──夏でもスーツを着ないといけないサラリーマンなどに、ある意味で近いかもしれませんね。その対策として「アイススラリーによるプレクーリング」に一定の効果があると分かってきたとのことですが、具体的にはどんな対策なのでしょうか?
「アイススラリーとは水や水溶液と微細な氷の混合物で、2010年頃から盛んに研究が進み、2012年のロンドンオリンピックの頃から注目を集め始めました。この時は真夏の開催ということで、スポーツ界で熱中症対策の研究が一気に進んだのです。プレクーリング──競技前に身体を冷やしておくことが注目されたのもこの頃で、トライアスロンの選手などは、選手村に持ち込まれたウォーターバスに入ってから、競技会場に向かっていたと言われています」(柳田准教授)
──熱中症の恐れがある場合には、事前に身体を冷やしておくことが重要であると。
「これについては有名な実験があって、1999年にデンマークのある研究者が、温かい風呂と水風呂に入った後では、運動の継続時間に変化が出ると発表したんです」(柳田准教授)
──運動の継続時間とは、どういうことでしょうか?
「身体の深部体温が40度を超えると、身体機能が崩壊するのを避けるために、脳が自動的に運動機能を低下させます。熱失神などともいわれている、身体の防御反応ですね。身体を事前に冷やしておけば、深部体温が40度を超えるまでにかかる時間を遅らせることができ、それだけ熱中症にかかるリスクを減らすことができるというわけです」(柳田准教授)
──プレクーリングについてはいろいろな手法が考えられますが、なぜアイススラリーに注目したのでしょうか?
「消防隊員はいち早く防火衣を着用するので、外部から身体を冷やすのは難しいんです。なので、身体の中に熱源を奪う要素を入れることができる、アイススラリーにフォーカスしてみました」(柳田准教授)
効率的に身体を冷やすにはアイススラリーを摂取すること

──アイススラリーについて教えてください。普通の氷水とは違うのでしょうか?
「アイススラリーは昔から工業的に作られていて、魚などを効率的に冷やすために使われていました。それがスポーツ選手の熱中症対策に取り入れられるようになったのは、氷を直接飲み込めることが最大の要因です。大きな氷を飲み込むのは難しいですし、かき氷などは食べているうちに口の中で溶けてしまいますよね。でも、アイススラリーなら氷の粒が胃や食道まで達して、体内を直接冷やすことができるんです」(柳田准教授)
──氷点下の物体を直接体内に入れることができると。
「それも、細かい氷であることがポイントです。単位量あたりの表面積を増やした方が、身体との接触面は増えますので。より効率的に身体を冷やすことができます」(柳田准教授)
──最近では飲むタイプのアイスが市販されていますが、あれもプレクーリングに利用できるのでしょうか?
「実はまさに今私の研究室の学生が、この夏に実験に取り組もうとしています。ただ、私の主観では口の中で全部溶けると思うので、飲み込めてはいないのではないかなと」(柳田准教授)
──やはり、本気で熱中症に備えるなら、アイススラリーを利用するのが良いと。最近では市販もされていますし、備えておいてもよさそうですね。
「そこで問題になるのが、どのぐらいの量を用意すべきかなんですね。これについては世界中で研究が進められていますが、まだ明確な答えは出ていません。熱中症予防でしたら、10分~15分おきに200ml程度の水分を摂取すると良いとも言われていますが、あまり大量に摂取すると胃痛や腹痛の原因にもなる可能性があるので、そのケアの問題も出てきます」
──アイススラリーには種類というか、製品による違いはあるのですか?
「実はアイススラリーに厳密な定義はなくて、水と氷の攪拌物の全般を指しています。なので、今後我々がやりたいと思っているのが、より効率的に身体を冷やすための、氷の粒のサイズや形状の研究ですね」
汗を大量にかいても、水をかけてあおいでも意味はない?
──アイススラリーはスポーツ選手からはじまって、消防隊員の熱中症対策にも注目されているとのことですが、例えば東京オリンピックで観客や関係者の方も利用できそうですね。
「そうですね、選手のように事前に水風呂に入るのも難しいので、有効だと思います」(柳田准教授)
──やはり、事前に摂取しておくのが大切なのでしょうか。
「熱を奪うという意味では、熱中症の症状が出てからでも効果はあると思いますが、こちらはまだ実験中ですね。熱中症予防としては、事前に体温を下げておくことが大事です。水分補給に目が行きがちですが、そもそも熱中症になってから水分を取っても意味がないですから」(柳田准教授)
──えっ、意味がないんですか?
「熱中症を発症したような状態では、汗をかくことでは熱はほぼ下がりませんね。このようなときは身体を直接冷やすことが大事です。倒れている人に必死に水を摂らせようとしているのを見ることがありますが、あまり意味がありません。水をかけて団扇であおぐというのも聞きますが、これも効果は薄いといってよいでしょう」(柳田准教授)
「汗をかくというのは、身体を冷やすというより、身体の熱が上がるのを遅らせるという印象ですよね」(水野准教授)
「なので、熱中症の予防として水分や塩分を取ることは大切ですが、意識障害を起こしているようなときにはほぼ無意味なんです」(柳田准教授)
──熱中症の予防として、事前に水分や塩分を摂取して、なるべく汗をかく状態を作っておくのは大事だと。
「ただ、玉のような汗をかいているのを見て、効果が出ているというのは、また違うんですよね」(水野准教授)
「そうですね、汗をびっしょりかいて、したたり落ちているということは、汗が気化していないわけですから」(柳田准教授)
──......つまり、汗をかきすぎても問題だと。
「ご年配の方は自律神経の反応が弱くなっていて、汗をかきにくく、熱中症のリスクがあがります。汗が出ないということは、飲水行動が抑制され、身体に熱が余計こもりやすくもなるわけです。そういう方が汗をかいているのを見たら、ちょっと異常を疑った方が良いかもしれません。一方で、若い人がだくだくに汗をかいているのは、また別の話です。これは無効発汗と呼ばれているのですが、汗が出すぎて気化しない状況では、熱放散は期待できません」
──熱中症対策として、何か他にも気を付けるべきことはありますか?
「クーラーを付けて、外では日射を避けること。それがすべてだと思います」(柳田准教授)
──最近ではよく携帯型の扇風機を持ち歩いたり、水に浸すと冷えるタオルなどを首に巻いたりしているのも目にしますが......。
「身体の表面を部分的に冷やしても、深部体温を下げる効果は期待できませんね。皮膚には温度を感知する神経が行きわたっているので、むしろ部分的に冷やすと、汗をかかなくなってしまうんじゃないかなと」(柳田准教授)
──太い血管が通っている部分を冷やすと、血流によって身体全体が冷えるというのはどうでしょうか?
「それも、やらないよりはましという程度ではないでしょうか。ちょっとひんやりする程度のものを皮膚にあてても、その下を走っている血液は、そんなに冷えないと思うんですよね」(柳田准教授)
──結局は水風呂にでも入って身体全体を冷やすか、クーラーのよく聞いた場所に逃げ込むのが一番だと。
「体温の上昇を緩めるには汗をかくことが大切ですが、危険値に達した体温は、身体の中や全身を外から直接冷やすことが大切です。なので、体温が限界に達するのを遅らせるために、プレクーリングが重要になるわけですね」(柳田准教授)
「プレクーリングでもう一つ注目したいのは、その後の体温を下げるということは、それだけ安全に活動ができるということです。体温の限界ギリギリで活動しているよりも、十分なマージンを取って活動する方が、熱中症のリスクは下がりますから」(大宮教授)
──パフォーマンスの向上も期待できるかもしれませんね。
「その可能性も多いにあると思いますよ」(大宮教授)
東京理科大学の国際火災科学専攻では、2017年から消防隊の安全な活動をテーマに、熱中症対策に関する研究を行っています。また、我々の研究グループは、理工学研究科の組織を軸に建築学の一端を担う建築火災安全工学、生理学、公衆衛生学、土木工学、電気電子工学など、さまざまな分野のスペシャリストが参画しており、水野准教授によると将来的には消防隊員のバイタルをモニタリングして、深部体温を予測するプログラムを組み込んだシステムを開発し、活動現場の屋外から隊員の健康を管理するような仕組みも検討しているようです。
プレクーリングは消防隊員にとどまらず、例えば来年の東京オリンピックに関わる、会場スタッフの熱中症対策にも応用できるとか。そして、もちろんこの夏に、炎天下の中に出る人にも。
この夏は熱中症対策として、プレクーリングを意識してみてはいかがでしょうか?