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8歳でアルゼンチンに移住。「ニッポンに残り、生き別れた兄に会いたい...」72歳男性が64年ぶりに帰国!11歳年上の兄は今...:世界!ニッポン行きたい人応援団

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テレ東

2019.9.9 世界!ニッポン行きたい人応援団

ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(毎週月曜日夜8時~)。毎回ニッポンを愛する外国人たちの熱い想いを紹介し、感動を巻き起こしています。今回は、ニッポンの線香花火に魅せられ、10年かけて材料から手作りしてしまったアメリカ・ミシガン州のベンさん(29歳)をニッポンへご招待。さらに遠く離れた家族の絆を繋ぐ"ニッポン里帰り応援団"もお届けします。

線香花火が好きすぎて手作りしちゃったアメリカ人!?


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ベンさんが愛してやまないのはニッポンの「線香花火」。早速、庭の松の木をガスバーナーで加熱して松炭を作り、硝酸カリウムや硫黄を混ぜ合わせて火薬を作るベンさん(※ミシガン州の法律に基づいてベンさんは作っています)。薬を包む燃えにくい紙を細く切って材料を入れ、ねじって先端を切ったら自作の線香花火の完成!試行錯誤の末、形になるまで10年かかったというベンさんの花火。


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早速火をつけて見ると...。

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見事!先端に球ができ、火花がきれいに散りました。しかしベンさんには、線香花火職人から学びたいことが...。ニッポンの線香花火は、小さな火の玉から始まって段々火花が広がり、最後は静かに散っていくのに、ベンさんの線香花火は燃焼時間が短く、火花も小さいので上手く広がりません。長く上手に火花が広がる方法を学びたいのだといいます。

線香花火の不思議な4つの現象とは?


来日したベンさんがやって来たのは、江戸時代から花火製造が盛んな福岡県みやま市で90年以上の歴史を持つ「筒井時正玩具花火製造所」。ここは、ニッポンに2社しかない国産線香花火の貴重な製造元です。



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出迎えてくれたのは三代目の筒井良太さん(49歳)。ベンさんが線香花火を原料から作っていることに感銘を受け、快く受け入れてくださいました。早速、花火のショールームへ案内されると...「こんなに種類があるんですか!」と驚くベンさん。どれも初めて見る花火で、興味津々です。そして筒井さんが作った線香花火を手に取ると、その美しさに感動。なんと、紙の裁断から染色までイチから作っているんだそうです。


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そして、筒井さんと奥さんの今日子さんがベンさんを、四方を真っ黒な壁に囲まれた部屋に案内。ここは、訪れた人に魅力を知ってもらうために作った線香花火専用の部屋。窓を閉めると真っ暗になるこの部屋では、体験用の花火を無料で楽しむことができます。


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ベンさんは早速"線香花火の正しいやり方"を尋ねます。筒井さんによると、火は先端だけにつけ、火薬の部分を炎に包まないのがポイント。火をつけすぎると紙だけが先に燃え、球が落ちてしまう原因になってしまうのだとか。


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火をつけると、ベンさんは大きくて綺麗な火花に感動。筒井さんは、普通の玩具花火は燃焼だけで終わってしまうが、線香花火は燃焼の後に不思議な現象があるのだといいます。それが、線香花火の4変化。それぞれに花や草の名前がついています。


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火の球ができる「蕾」、大きな火花が出る「牡丹」、火花が枝分かれする「松葉」、散っていく菊の花のような「散り菊」。筒井さんの線香花火は、長いものでは2分以上かけてこうした変化を見せてくれます。温度変化でこうした変化が起こるため、美しい線香花火を作るには、火球の温度をスムーズに上げることが必要。そのためには火薬の配合が大事なのだそう。ちなみにベンさん、初めて見たという「藁のタイプの線香花火」も気になった様子。

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実はコレ、西日本では主流だった「スボ手牡丹」というもので、なんと線香花火のルーツなのです。江戸時代には香炉に立てて火をつけて遊んだそうで、その様子が「お線香」のように見えたことから「線香花火」と呼ばれるようになりました。

続いてベンさんたちは、線香花火の美しさを左右する火薬を配合を見せてもらうことに。線香花火の原料は、硫黄・硝酸カリウム・松煙(しょうえん)の3つ。ベンさんは松炭を使っていましたが、本当は松の煤(すす)である松煙を使います。松炭は燃えると温度が急激に上がるのに対し、松の油脂を多く含む松煙は温度上昇がスムーズに。これが線香花火ならではの火花の変化を生み出すのだと筒井さん。

材料を粉砕機に入れて細かく挽いて混ぜ合わせること7~8時間。3つの材料がムラなく混ざり、パウダー状の黒色火薬になります。ここで一度線香花火を作って火花をチェックし、納得いかなければ配合を再調整するのだといいます。さらに、その火薬は1年熟成させてから製品にするという聞いて驚くベンさん。1年寝かせて、水分が抜けたり吸ったりを繰り返して火薬が呼吸することで、すごくいい火花が咲く火薬になるのだそう。


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気持ちを抑えられず「私も挑戦してよろしいでしょうか?」と切り出すベンさん。筒井さんと同じ火薬と紙を使い、線香花火作りに挑戦!


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しかし、火をつけても燃え尽きただけで、火花はまったく出ません。筒井さんは「これなんですよね」とニンマリ。なんと、紙の縒(よ)り方が違うだけで線香花火にはならないのです。職人技の紙縒り(こより)は翌日教えてもらうことにして、ベンさんは筒井さんの家族や従業員の皆さんが開いてくれる歓迎会へ!

筒井さんがかまどで炊いてくれたご飯や、奥さんの今日子さんとスタッフの百合子さんがこねた団子と野菜や豚肉がたっぷり入った美味しい「だご汁」を作ってくれました。ベンさんは「本当に幸せです」とおもてなしに感激。食事のあとは、集まった子どもたちと庭で筒井さんが作った「ねずみ花火」や水中でも火が消えない「金魚花火」など、ニッポンの玩具花火をたっぷり楽しみました。

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形になるまで最低でも3カ月はかかる紙縒り


翌日、いよいよ紙縒りを教えてもらうことになったベンさん。いちばん重要なのは、薄葉紙という透けるほど薄い紙で包む火薬の量。筒井さん曰く一番いい火薬の量は0.08g。これより多すぎると火球が落ちてしまい、少なすぎると大きな火花が出ないのだといいます。さらに、空気を含むと紙が一気に燃焼して昨日ベンさんが作った線香花火のように火花が出ない原因になってしまうので、紙で包むときは空気を含まないよう慎重に。そして、包んだ火薬の上の部分は一番細い「首」と呼ばれ、800度の火球を薄紙一枚で支える重要な場所。紙を重ねるようにきつく締めて頑丈に。これが美しい線香花火を生み出す職人技なのです。


ベンさんも挑戦してみましたが、緊張からか手汗で湿ってあえなく失敗。形になるまで最低でもは3カ月かかる紙縒りを黙々と2時間猛練習。すると...


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筒井さんに「すごくいいね」と褒めてもらえました。早速火をつけてみると、今度はしっかり大きな火花が!。笑顔のベンさんに「吸収しようとするチカラができるようにしたんだね」と感心しきりの筒井さん。


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そしてついに別れの時が...。「皆さんが何世代にもわたって培ってきた技術や知識を惜しげもなく教えて下さり、深い感謝の気持ちでいっぱいです。私も皆さんの情熱を受け継ぎたいです」と感謝の言葉を述べるベンさん。「僕もベンさんにいろんなことを教えたくなった」と言いながら筒井さんはオリジナルの線香花火Tシャツと一緒に秘伝の火薬レシピをこっそり手渡してくれました。


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世界中の花火コンテストで受賞した職人集団が登場


さらにベンさんは北海道余市町へ。ニッポンの打ち上げ花火をどうしても見たかったベンさんのために「球屋北原煙火店」の皆さんが特別に協力してくれました。今年で61回目を迎える花火大会を見学させていただきます。


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海上に向けての斜め打ちや音楽花火に感動し、「花火を芸術作品としてとても大切にしていらっしゃいますね。本当に美しかったです。」とベンさん。記念にと球屋北原煙火店さんから、屋号が入った半纏と手作りの花火玉の模型をプレゼントしていただきました。


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帰国を前にベンさんは「かけがえのない経験ばかりでした。すべてが私にとって貴重な財産です。ぜひ、また戻ってきたいです」。


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べンさん、またの来日お待ちしています!

故郷ニッポンを離れ64年間...生き別れた兄への熱い思い


続いてご紹介するのは"ニッポン里帰り応援団"。遠く離れた家族の絆を繋げ、ニッポンにルーツを持つ方々夢をかなえるため、ニッポンにご招待します。

向かったのはアルゼンチン北東部のミシオネス州にある、広大なジャングルに囲まれたプエルトリコという町。約60年前、アルゼンチン最北の日本人移住地として開拓されたこの地に、8歳でニッポンを離れて以来、64年間一度も帰ったことがないという男性がいました。


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佐藤昌弘さん(72歳)。佐藤さんは戦後復興から高度成長へとつながる1955年、家族に連れられて北海道美唄(びばい)市からアルゼンチンに移住。「どんなところかわからないけど、良い所にいくんだろう」そう思ってやって来たのは、電気も水道もないジャングルの奥地でした。

昌弘さんのお父さんは農場で作物の運搬をしていましたが、生活は苦しく食事もままならない日々。そんなアルゼンチンの暮らしの中で常に心にあったのが生まれ故郷・ニッポンでした。昌弘さんは高校卒業後、紅茶工場に就職。20歳の時、妻・ワルタさんと結婚し、5人のお子さんに恵まれます。


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しかし、今でも昌弘さんが悔やんでいるのは、30年前に亡くなった母・サダ子さんのこと。亡くなるまでスペイン語が使えなかったサダ子さん。それでも不満を言うことなく家族を優しく見守り続けました。「僕たちの仕事では絶対ニッポンに帰れるような余裕はない...」けれども昌弘さんは、お母さんにもう一度ニッポンの土を踏ませてあげたかったのです。

なぜなら、母・サダ子さんにはニッポンに心残りがあったから...。ニッポンに残してきた昌弘さんの11歳年上の兄・幸一さんに「会いたい」と、サダ子さんはいつも言っていたのだそう。移住を決めた際、幸一さんはすでに就職先が決まっていたので、家族と離れ、一人でニッポンに残ったといいます。


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手紙でやり取りは続き、幸一さんは写真もたくさん送ってくれましたが、サダ子さんが亡くなってからは昌弘さんが日本語を書けないこともあり、音信不通になってしまいました。ご健在であれば83歳になっている兄・幸一さん。「父はいつも写真を見ながら気にかけています...」と息子のサンドロさん(38歳)は話します。今回は、そんな昌弘さんをニッポンにご招待!

手がかりは40年前、サダ子さんに届いた手紙だけ


息子のサンドロさんと一緒に、64年ぶりのニッポンにやって来た昌弘さん。お兄さんの幸一さんを探すため、故郷・北海道に向かいます。手がかりは40年前、母・サダ子さんに届いた手紙だけ。


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札幌から北へおよそ60km離れた美唄市へ。「これが美唄駅ですか?ものすごいわぁ」と故郷のあまりの変貌ぶりに64年の時を感じる昌弘さん。早速手紙にあった住所へ向かいます。

同じ住所表示を発見し、その家にスタッフが確認すると...。なんと同じ住所に今では数十件のお宅が建っているのだといいます。そこで、この辺りに詳しい町内会長さんを訪ねます。

すると、「そこに佐藤っていう名字の人いますから」と親切に案内してくださいました。

nippon_20190909_e.jpg行ってみると、残念ながらそこは別の佐藤さんのお宅でした。すると、こちらのお宅の方が「あの角の人が佐藤さんだったよね」と記憶がよみがえってきた様子。なんと、兄・幸一さんをご存知の方と巡り会えました!幸一さんは定年まで38年間消防署で働いていましたが、5~6年前に旭川に引っ越してしまったとのこと。


nippon_20190909_ko.jpgしかし、引越し先の住所まではわからず、幸一さんの行方はつかめぬまま...。肩を落とす昌弘さんに「大丈夫、お兄さんは絶対見つかるよ。元気出して!」と優しく声をかけるサンドロさん。


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そこで、スタッフが昌弘さんの夢を叶えるため「ローラー作戦」を展開! お店やタクシーの運転手さんなど、片っ端から聞き込みを開始。すると、タクシーの運転手さんが幸一さんの奥様の親戚を知っていることが判明! 

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事情を説明して、親戚のお宅まで案内していただくことに。出会えたのは、幸一さんの奥様の義理の妹である大屋弘子さん。写真を見せると「これ幸一さん、若い時だね」とすぐに分かりました。

昌弘さんが連絡先を知っているか聞いてみると...


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なんと!お兄さんの息子・浩幸さんの連絡先ならわかるとのこと。早速連絡を取ってもらうと、浩幸さんが、旭川からわざわざ2時間かけて、美唄まで会いに来てくれることに! 


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ついに、写真でしか見たことがなかった甥っ子の浩幸さんと初対面の時が!

「疲れたでしょう、本当に長い旅で」と労う浩幸さんに「遠かったですよ」と返す昌弘さん。64年生き別れたままの兄・幸一さんまであと一歩。

昌弘さんの目には、これまで歩んできた人生が浮かんでいるようでした。

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サンドロさんも抱き合う2人を見て涙が止まりません。


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「おじさんと呼んでいいですよね?」と昌弘さんに聞く浩幸さん。初めて会ういとこ同士も「サンドロ」「ヒロユキ」と呼び合うことになりました。


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ついに64年ぶりの再会! 「もう会えないと思って...」


いよいよ、浩幸さんの父・幸一さんの話に...。実は去年12月に脳梗塞を患ったものの、現在は回復して元気に暮らしているとのこと。早速、浩幸さんの車で旭川へと向かいます。浩幸さんは昌弘さんが来ていることは知らせず、幸一さんを家の外に呼び出しました。


玄関の扉を開けた幸一さん、急にハッとした表情に変わりました。昌弘さんが「兄さん、思い出すけ 弟の昌弘」と言うと、「わかった」と即答。


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「やっと会えたから...。もう会えないと思って...」別れた時は19歳と8歳だった2人。64年ぶりの再会に、昌弘さんは万感の思いで兄・幸一さんを抱きしめました。


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お宅に上がると、幸一さんは、母・サダ子さんから送られてきた写真をおさめたアルバムを見せてくれました。幸一さんも写真を見ながら遠く離れた家族へ思いを馳せていたのです。そんな兄に昌弘さんはずっと伝えられずにいた思いを伝えます。


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写真を見てお母さんが「孫を抱きたい」と言って泣いたこと、幸一さんから送られた写真は本当に大切にしまっていたこと、アルゼンチンに行ってお母さんが大変な苦労をしたこと...。母の愛や苦労を思い、幸一さんも気持ちがあふれます。


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幸一さんも一人ニッポンに残り、毎日ただただ頑張るしかなかったと話します。

家族4人、水入らずのひと時を貸切家族風呂で過ごす


翌日、兄弟揃って美唄の町を回ります。まずは子どもの頃、2人がよく来ていた神社でお参り。

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そのあとは、浩幸さんのはからいで、温泉施設「ピパの湯ゆ~りん館」へ。家族4人、水入らずのひと時を家族風呂で過ごします。「兄さんと温泉に入れるなんて夢にも思わなかった」お兄さんの背中を流しながらなんとも嬉しそうな昌弘さん。


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そして別れの時。「本当に良かった!」と言う幸一さんに「元気でね」と返す昌弘さん。「頑張ってね...」と涙を堪えながら答える幸一さん。

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サンドロさんもおじさん・いとことしっかりハグを交わしました。64年前に生き別れた兄弟の絆...次の代にも固く繋がったようです。

帰国を前に昌弘さんは「本当に嬉しかった。言葉では言い尽くせない」、サンドロさんは「幸一さんや浩幸さん、美唄の街の皆さんに本当に感謝の気持ちでいっぱいです」と感想を聞かせてくれました。

美唄の皆さん、本当にありがとうございました!!

昌弘さん、サンドロさん、またの来日お待ちしています!

今夜8時放送! 「世界!ニッポン行きたい人応援団」は...。

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「柔道の本場・ニッポンで稽古をしたい」フランス人女子高校生をご招待! 五輪の金メダル獲得数は日本に次いで2位。競技人口は日本よりも多いといわれているフランスで6歳から柔道を始め、13歳の時には地元の大会の団体戦で3位に入賞。そんな彼女の憧れの女性は彼女と同じ63キロ級で東京五輪でもメダルが期待される田代未来選手。「一目でもいいからお会いして、アドバイスを頂けたら」と話す。

そんな彼女に来日早々ウェルカムサプライズ!憧れの田代未来選手に柔道を指導してもらいます。さらに、柔道の総本山・講道館へ。嘉納治五郎先生の見守る大道場を見学し、稽古に参加。そして兵庫県では、世界柔道金メダル阿部詩選手の母校・名門柔道部がある「須磨学園 夙川高校」へ。全国屈指の強豪校の練習に必死についていく彼女だが...。今夜8時の放送を、どうぞお楽しみに!

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世界!ニッポン行きたい人応援団

世界!ニッポン行きたい人応援団

世界で「ニッポンに行きたくて行きたくてたまらない」と願う外国人を探し出し、彼らの熱い想いを取材。彼らの夢~日本で●●したい~を応援するためご招待しようというのが、この番組。彼らが日本でどんな夢を叶えるのか?

放送日時:テレビ東京系列 毎週月曜 夜8時放送

出演者

織田信成、高橋茂雄、眞鍋かをり

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