収入源は親の年金だけ...病気の母、交通事故に遭った妹...44歳ひきこもりのナゼ
壮絶!ゴミ屋敷、中高年の引きこもり、顔面整形......ドン底でもがく人々にプロの"救い屋"が手を差し伸べ、救い出す過程を追う、日曜ビッグ「どうしてこうなった!?ドン底人生からの救出SP」。
今回「テレ東プラス」では、12月8日(日)に放送した「親の年金で生活!44歳長男が15年間ひきこもり!!」の内容を紹介します。
救い屋...それは壮絶なドン底人生から人々を救い出すスペシャリストたち。そんな救い屋に、助けを求めてきた人が福岡にいました。
どん底人生なんて無縁のような立派な庭付き一戸建てに住む松田さん親子(仮名)。しかしお母さんの後をついて家に入ると、2階にはいくつもの大きな穴が! さらに、娘のしおりさんがお供えもののように廊下にご飯を置いていくという異常な光景。そこでは立派なお家からは想像できないどん底生活が繰り広げられていました。
すべての原因は44歳になる長男のひきこもり。家には長男のほか、病気で仕事を辞めざるを得なかった70歳の母親、そして、一児の母となったものの交通事故に遭い、障がいを負ってしまった妹が暮らしています。
一家の収入は母親の年金のみで、家計は家の処分を考えるほど火の車。昔は優しかった長男が引きこもりになってしまったきっかけは、23年前に遡ります。
妹のしおりさんが大学生だった頃、長男の一郎さんは自宅を離れ横浜の企業に就職。昔から人付き合いが苦手な一郎さんでしたが、根っから真面目な性格で、早く一人前になろうと毎日奮闘していました。しかしそんな中、一郎さんが務める会社が倒産。今まで大きな挫折を味わったことがない彼にとって、初めての辛い経験でした。
「資格があれば、会社が潰れてもすぐに仕事が見つかる」と考えた一郎さんは、公認会計士を目指すことを決意。母も学費を支援するなど家族総出で応援していましたが、ある日突然一郎さんは「自分で勉強する」と公認会計士の学校を辞めてしまいます。その頃から、外に出ることが少なくなったそう。
「本当は勉強しないでゲームばかりしているの、母さん知っているんだから。ずっと無職でいるつもりなの? 」
息子を奮起させようと放った、この母の一言がきっかけで、一郎さんは部屋にひきこもり、家族と会うことはおろか会話すら拒否。そのまま、15年という月日が流れてしまいました。
どん底家族が最後の望みをかけ、助けを求めたのが、熱血ひきこもりの"救い屋"広岡政幸。広岡はその熱い心で、2000人以上の人々を、更生・社会復帰の道へと導いてきました。しかしそんな広岡でも、中高年のひきこもりは社会復帰への道が厳しいと言います。
「家族の苦悩を知ってもらい、話し合うことが大事」と考えた広岡は、今まで怖くて言えなかったという現状を、母親から一郎さんに伝えるよう促します。15年間ひきこもっていた長男は部屋から出てくるのでしょうか?
母親の根気強い呼びかけにより、一郎さんがついに部屋から出てきました! すかさず広岡が母親と話し合うよう説得。母の悲痛な思いを聞いても、一郎さんは目を合わせようとしませんが、間に入る広岡の奮闘により「明日にでもハローワークに行こうと思います」と前向きに決意。
しかし広岡は、「15年間ひきこもっていた人が、明日から働こうっていうのは無理。第三者を頼って生きなきゃいけない」と中高年の社会復帰の難しさを突きつけます。そんな広岡の言葉で厳しい現状を自覚した一郎さんは、自ら自宅を出て、社会復帰のための支援施設に行くことに。
15年間ひきこもっていたという部屋は意外と綺麗でしたが、部屋の中には「消えてしまいたいという衝動にかられて作った」という首を吊るためのビニール紐が...。激励を背に見送られる一郎さんですが、最後まで母親と目を合わせることはありませんでした。
家を離れるのは実に15年ぶり。まさに浦島太郎状態の一郎さんが向かったのは、神奈川県にある広岡が創立した自立支援スクール。ここには現在16歳〜46歳までの37名が在籍しており、生活を共にしながら社会復帰に向けた準備をしています。
一郎さんが、実家を離れて1週間。他の生徒ともあまり喋らず、むしろ話かけられるのを避けるように部屋へと引っ込み、家族との面会も拒んでいました。
「居心地悪い。脱出してもいいですか?」と自分の立場を分かっていない様子の一郎さんですが、広岡はそれが本心ではないことを見抜いていました。広岡が見ていたのは、一郎さんが毎日提出している日記。
「日記を見ると、焦りが出てきているのではないかと。中高年だからこその不安を抱えて前に進めないのでは」と考え、広岡は一郎さんをある場所へと連れ出します。
それは静岡県・御殿場にあるコピー機などの大手「リコーインダストリー」。広岡の自立支援に賛同し、ひきこもりだった人を提携会社で雇用しているそう。ここで仕事に関する簡単な作業を体験させてもらった一郎さんは、手際の良さを褒められると初めて笑顔を見せます。
さらに、自立支援スクールを卒業して現在社会復帰をしている、元ひきこもりの先輩と一郎さんを会わせる広岡。「寮生活以上に辛いことがいっぱいある中で、心が折れなかったのはスクールでの苦労があったから」という先輩の言葉を聞いた一郎さんは、少し前向きになってきている様子。
しかし広岡は、家族との接触を避け続ける一郎さんに「家族を疎かにして次のステップはない。俺も10代の頃は傷害や恐喝で何度も捕まって、家族に迷惑をかけてきた。でもその時に自分のことを見捨てなかった親がいたから今がある」と熱く諭します。
そんな広岡に背中を押され、入所から31日目にして初めて母親に電話することを決めた一郎さん。
「お母さん、本当に昔から育て方が悪かったって反省している」という母親に「教育費も払ってもらっているし、自分が一番悪いと分かっています。そのうち仕事して、少しぐらいは助けようと思っているから...」と返す一郎さん。母と息子、ようやくそれぞれの本音を伝え合うことができました。
誰より辛い思いをさせてしまった母にその胸の内を伝え、「すっきりした。肩の重みが軽くなった気がします」と語る一郎さん。15年ぶりに家族の時間が動き始めました!

