グラウンドを20周!下駄で通学?名優たちは母校で何を学んだのか...知られざるエピソードを告白!

歴史や校風、卒業生のネットワークまで、名門校の知られざる姿を通してその秘密に迫る「THE名門校!日本全国すごい学校名鑑」(BSテレ東 毎週月曜夜10時)。MCに登坂淳一、角谷暁子(テレビ東京アナウンサー)、解説におおたとしまさを迎え、「名門とはいったい何か?」常識を打ち破る教育現場に密着する。

【動画】受験の参考にも!「THE 名門校!日本全国すごい学校名鑑」アーカイブ

今回は、「名優たちの母校SP」をお届け。テレビや映画、舞台などで活躍する名優たちは、母校で何を学んだのか? 名門校を卒業した名優たちの知られざる高校時代に遡り、探っていく。

山西惇さんの母校「東大寺学園」

まず紹介するのは、クイズ番組などで引っ張りだこ! インテリ俳優として知られる山西惇さん。京都大学工学部石油化学科を卒業している山西さんの母校は、奈良の名門「東大寺学園」。東大、京大、さらにはクイズ王も輩出している中高一貫の男子校だ。

meimon_20210808_18.jpg
中でも難関大の医学部合格は全国トップクラス。しかし学校の方針は、世間が抱くイメージとかけ離れており、「世間では進学校という評価をいただいていますが、昔からどこどこの大学に何人進学したというのは教員間でも問題にしていない。あくまで進路は自分で選ぶもの。"行きたいところに行ってやりたいことをやりなさい"というのが進路指導の基本」と森宏志校長。生徒も口を揃えて「とにかく自由な校風」と明るく語る。

「勉強一辺倒にあらず」。その証拠に、クイズ研究部を始めクラブ活動も充実。同好会を合わせるとおよそ40もの団体がある。

東大寺学園ならではの授業も。東大寺の文化、思想、行事などを学ぶ「東大寺学」や、中学の活気あふれる実験の授業では、アサリやイカの解剖が行われる。文系の授業もユニークで、東大寺学園伝統の名物は中学生の読書の授業。先生が選んだ本を読み聞かせる授業で、物語の解釈をめぐり、生徒たちが熱く討論することもある。

そんな自由な校風を裏付ける思い出の品が、すべて手作りの小説の数々。山西さんの同級生でもある松本先生に見せていただくと、一冊一冊、表紙のデザインまで考えられた見事な出来映え! 教科書では学べない自由な創造...それが東大寺学園の教えなのだ。

meimon_20210808_17.jpg
「文庫本を作って回して読んだのは、ものすごく覚えています。"よく市販の文庫本と同じようなことができたな"と感心した。中高は本当に自由にやらせてもらったなぁと。それは僕だけかと思っていたんですけど、そういう校風だったのかと腑に落ちました。"本当に受験校なの?"という...勉強のことは全然(VTRに)出てこなかったですよね(笑)。勉強以外のことに夢中になるというのは、東大寺学園らしいなと思いました」と山西さん。

最後は「東大寺学園は"自由自在"。自分の在りどころは自分で決めるということですね。どこに行っても自分で在り続けるということを学ばせていただいた学校」と語って締めくくった。

中村雅俊さんの母校「宮城県立石巻高校」

続いては、歌う青春スター・中村雅俊さん。慶應ボーイでもあった中村さんの母校は「宮城県立石巻高校」通称「石高(せきこう)」。東北大学をはじめ国公立大に多くの合格者を出す進学校で、校風は「質実剛健」。授業に力を入れる一方で部活動も盛んに行われ、過去には、陸上部やボート部などがインターハイに出場している。高校時代の中村さんもバスケットボール部でキャプテンを務め、近隣の女子校でファンクラブができるほどの人気ぶりだった。

meimon_20210808_16.jpg
中村さんが青春時代を過ごした石巻は、東日本大震災で甚大な被害に見舞われた。情報も途絶え、避難所生活を余儀なくされる中、多くの人々の心の支えになったのが、手書きで書かれた壁新聞。「石巻日々新聞」の号外として、6日間に渡り、避難所に貼り出されたのだ。
発案したのは、石巻高校OBで「石巻日日新聞社」の社長・近江弘一さん。中村さんは、ドキュメントドラマで近江さんの役を演じている。

meimon_20210808_15.jpg
印刷機が被災し、新聞が刷れない状況の中、「手書きで壁新聞を作ろう」と思い立った近江さんは、地区ごとの被害やライフラインの復旧状況など必要な情報を書き込み、社員たちと避難所に貼って回った。ピンチの時こそ糸口を探る...その精神は石巻高校時代に培われたという。

「石巻日日新聞の建物も被災し、きっとそれどころじゃなかったと思う。でも次の日には壁新聞を作って、いろんな場所に持っていった。プロとして見習うべきところがある」と熱く語る中村さん。

最後は、青春を過ごした石巻高校について「夢中の真ん中。大学に入るとゆるくなっちゃうし、中学時代は幼すぎる。高校時代の3年間は夢中の真ん中にいて、ただただ一生懸命やっていた。未来に対しての礎になった」と語った。

 

石黒賢さんの母校「成城学園」

高校時代にドラマの主演でデビューして以来、爽やかなルックスで人気の石黒賢さん。石黒さんの母校は東京・世田谷区にある成城学園。芸能人の卒業生が多いことでも知られている。

meimonkou_20210808_01.jpg
都内の一等地に建ち、学習環境にも恵まれた成城学園は、都内でも数少ない全世代一体型の学園。幼稚園児から大学生まで同じキャンパスで学び、皆が口を揃えて「休みたくない学校」と言う。芸能人に愛される名門校に息づくのは、大正時代から続く、創立者・澤柳政太郎の「自由と個性尊重」の精神。

meimonkou_20210808_02.jpg
「自由を目標としての教育ではありません。各自の持って生まれた特性才能を啓発していく」と語った澤柳。つまり「自由と個性尊重」は、子どもの才能を引き出すための重要な手段だということ。澤柳が掲げた「自由と個性尊重」の精神に多くの芸能人たちが共感し、今も支持され続けている。

高校3年生の時に俳優としてデビューし、週2日ほどしか登校できなかったという石黒さんには、忘れられない恩師の言葉がある。

「君は本当に大学に進む気があるのか、芸能活動は続けるのか。大学に入ってすぐ中退するようなことになったら、君の後輩たちにはいっさい芸能活動は認めない」

と恩師に告げられたそう。芸能人でも特別扱いされることはなく、仕事で庭球部の活動を休んだ時は、1回につきグラウンドを20周走る取り決めを部長と交わしたという。

石黒さんは「たまに学校に行くと、僕は1球も打てず、『また賢が走ってるよ』なんて言われながら、1日中走っていました。"後輩のために"と言われたら...(先生は)うまいこと言うなぁと思った」と笑って当時を懐かしんだ。

meimon_20210808_14.jpg
最後は、母校の魅力について"ひだまり"と表現。「成城学園は"ひだまり"。勉強ができる人が偉いわけじゃない、スポーツができる人が強いわけじゃない、『それぞれのキャラクターの良いところを見てあげようよ』というのが成城学園。しんどい時に帰ってこられる居心地の良さがあると思います」。

佐藤B作さんの母校「福島県立福島高等学校」

 

早稲田大学で芝居を始め、演劇界の重鎮として活躍する佐藤B作さんの母校は、福島が誇る名門御三家「福島県立福島高等学校」。校訓は「清らかであれ、勉励せよ 世のためたれ」。
今年で創立123年を迎え、毎年、東大・京大をはじめ、国公立大学や難関私立大学に多くの合格者を出している。

B作さんの高校時代は日々勉強漬けで、高校1年生の夏には大学受験に向けた補習授業が行われていたそう。恋愛はほとんどなく、「自慢は下駄と金のラインが入った学帽だった」と笑顔で語る。

meimon_20210808_13.jpg
梅がシンボルの福島高校は、校章も梅の花で「梅高」と呼ばれている。梅章の教えは「世のためたれ」。そしてその教えが活かされた出来事が...。

東日本大震災で、福島高校の校舎は損壊。生徒たちは教室を使えず、仮設のプレハブで高校生活を過ごした。その支えとなったのが、OBからの「梅」の贈り物。

「後輩たちに大変な状況の中でも、福島高校を卒業する誇りに残ることをやってあげたいと思った。梅の花は厳しい寒さに耐え忍んで、春一番に咲く花。前向きに自分たちの花を咲かせようとする姿を重ねてもらいたかった」と語るのはOB・篠木雄司さん。

「せっかくなら日本で最高の梅を贈ろう...」そこで思いついたのは、学問の神様・菅原道真を祀る福岡県の太宰府天満宮。境内には道真が愛した梅の木がおよそ6000本も植えられているが、太宰府天満宮1000年以上の歴史の中で、神社以外に梅の木を譲ったことはなかった。
だが、篠木さんらOBの情熱が1000年の伝統を動かし、5本の梅が福島高校へ。輸送は、運送会社を営むOBが引き受け、費用は同窓会が全面支援。この梅が結んだ絆こそが「梅高」の最たる教えなのだ。

B作さんは「いい先輩がいっぱいいますね。生徒たちを元気づけようと...そういうところにまで目がいくというか。頭だけじゃなく人間的にも素晴らしい人が多いですね。これぞ梅高! どんな災難にあっても、負けないで花を咲かせるという精神が続いているんですよね。梅に教わったんでしょうね」と語った。

 

小倉久寛さんの母校は「三重県立伊勢高等学校」

 

俳優・小倉久寛さんが通った母校「三重県立伊勢高等学校」。今年は国公立大学に159人が合格した名門校だ。小倉さんが入学したのは、アポロ13号が打ち上げられた昭和45年(1970年)。その愛されキャラの原点は高校時代にあるそうだが、どんな生徒だったのか。小倉さんの同級生に話を聞いた。

meimonkou_20210808_06.jpg
「初めて顔を合わせた時からあの風貌。誰が呼び出したかわからないんですけど、最初から"おっさん"という呼ばれ方でした。"小倉くん"って呼んだ記憶がない」「体操部でプロレスの遊びをして笑いをとったり、人気者でした」とのこと。

小倉さんも当時を振り返り、「"おっさん"と呼ばれたことで自分がわかった。みんな自分を良く見がちじゃないですか。『僕はこう見えてるんだ』というのを教えられた。みんなが可愛がってくれたし、『僕はこうやって生きてくべきなのかな』と思った」と話す。

小倉さんは、母校へ感謝の気持ちを込めて手紙を朗読。


meimonkou_20210808_07.jpg
「伊勢高等学校の皆さんへ。"学校の風"と書いて"校風"。伊勢高等学校には、心地よい、ちょうどいい風が吹いていたような気がします。
先生方は、授業中は一生懸命心を込めて教えてくださいました。休み時間は、僕のことを他の生徒と一緒になって"おっさん"と呼んで、いじってくれました。授業中寝ていると、怒ることはせず、気持ち良く起きられるようにそっと起こしてくれました。
一生懸命勉強もしました。寝坊して遅刻もしました。お腹がすいて早弁もしました。心地よい、ちょうどいい高校生活でした。

伊勢高等学校には、ちょうどいい風が吹いています。今、生活しにくい大変な時ですけれど、心地よい風を感じて、ちょうどいい高校生活を送ってください」。



8月9日(月)夜10時放送! 「THE名門校!日本全国すごい学校名鑑」(BSテレ東)は、ゲストに井上和香さんを迎え、吹奏楽部の名門、「市立習志野高等学校」の"美爆音"の秘密に迫る。

千葉県にある習志野市立習志野高等学校。「習志野高校」といえば部活動の強豪校で、その象徴といえるのが吹奏楽部。吹奏楽部の応援は"習志野の美爆音"ともいわれ、応援合戦の名物にもなっているほど。その演奏効果からバレーボール部の選手が試合では高く跳べるようになる(!?)というのも驚きだ。ジャンプ力を上げる演奏とは、どのようなものなのか?

そこで部員数196名を誇る吹奏楽部の練習にカメラが密着。「全日本吹奏楽コンクール」出場に向けて行われるメンバー選抜の様子や、強豪ならではのマーチングバンドの練習風景もお届けする。

どうぞお楽しみに!

※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。
x
x