味噌を愛するオーストラリア人が、ニッポンの蔵元で伝統技法を学ぶ:世界!ニッポン行きたい人応援団
武田信玄ゆかりの蔵元で、信州味噌の伝統技法を体験
続いて紹介するのは、オーストラリアに住む「味噌」を愛するボウさん。

飛鳥時代、宮中で使用されていた「未醤」という食品が起源といわれる味噌。戦国時代には栄養価の高い万能食材として広まり、武田信玄や伊達政宗などの武将たちが生産を推奨。
各地に独自の味噌があるのはその名残といわれており、現在は優れた発酵食品としてさまざまな料理に使われています。
シェフをしていた20代の頃、仲間から味噌汁を教えてもらったボウさん。その味が忘れられず、ニッポンの食材店でさまざまな味噌を購入し、自宅で本やインターネットで調べた味噌料理を作るように。
2年前、自分で本格的に味噌を作ってみようと、レシピ本をもとに独学でスタート。最初は温度や湿度などの管理が難しく、麹の発酵がうまくいかずに失敗の連続。そこで勤めていたレストランを辞め、発酵を学ぶためにビール工場へ転職しました。
さらに発酵学を極めたいと、オーストラリアで発酵学が盛んなタスマニアの大学に入学。
味噌の大量生産について研究し、500キロの赤味噌と白味噌を日々製造したそう。
ここで自慢のお髭にカバーをして、味噌作りを見せてもらうことに。使用するのは、オーストラリア産の大豆。それを丹念に洗っては水を捨てる作業を繰り返すこと5回。豆の汚れを取らないと、うまく発酵しないばかりか渋みが出ることも。
大豆を1日水に浸して茹でること3時間。柔らかくなったところでミキサーにかけ、細かくします。続いて食塩水を入れ、発酵に必要な米麹を細かくした大豆に混ぜたら、おにぎりを握るようにして中の空気を抜きます。これを拳で押さえながら、隙間なく瓶に詰めることで、カビの発生を防ぐのです。

最後は、風味が落ちないように上から調理用シートを敷いて空気を遮断。ニッポンでは通常10カ月ほど熟成させますが、ボウさんはわずか2カ月。なぜか熟成を長くすると、香りが消え、塩辛くなってしまうそう。
オーストラリアでは味噌に適した大豆が手に入りづらいため、大豆以外のオリジナル味噌の研究もしています。カボチャと大豆の味噌や、黄色いえんどう豆と泡盛の麹を使った味噌、スピルリナやミトコンドリアなどの微生物で大豆を発酵させた味噌も!
しかしボウさんには悩みが。独学なので味噌の香りや風味も弱く、塩分の量によって、コクやまろやかさなどの出来が毎回変わってしまうのです。こうした悩みを解決するべく「味噌蔵の職人さんから本物の技術を学びたいです」と話します。
そんなボウさんを、ニッポンにご招待! 念願の来日を果たしました。
到着してすぐ、お世話になる方々に失礼がないよう、美容室で40センチ以上あった髭を半分に!
向かったのは長野県。この地で作られる山吹色で辛口の信州味噌は、鎌倉時代に心地覚心という僧侶が安養寺で作り始めた味噌が始まりとされています。徳川家康が戦で一度も勝てなかった武田信玄によって味噌づくりが推奨され、信州の地で広く栄えるようになりました。
お世話になるのは、上田市にある武田信玄ゆかりの蔵元「武田味噌」。武田信玄の次男、竜芳の流れを汲む末裔で、初代の武田兵助さんが93年前に創業しました。看板商品の「銘醸」は、次期四代目の武田晴太郎さんが生産地まで赴き、農家と契約栽培した大豆と米を使用した自慢の信州味噌。33年前に発売以来、1000万個以上を売り上げています。

早速「銘醸」を使った料理をいただきます。たけのこと豆腐のお味噌汁を「めっちゃ美味しい」「自分で作る味噌汁とは大違いです」と絶賛。ニッポンで食べることを夢みていたという鯖の味噌煮も堪能しました。
食後は、美味しい味噌を造る秘訣を教えてもらうため、醸造場へ。こちらでは、1週間に10トン製造しています。作業着に着替えて向かったのは、仕込んだ味噌を熟成させる味噌蔵。約1トンの味噌が入ったコンテナが100本ほどあるそう。味噌蔵は他にも4カ所あり、25種類の味噌、合計200トンが熟成中です。
今回ボウさんは、醸造場で味噌造りの作業を体験させていただけることに。すると、目の前に麹室が。室(むろ)は温度や湿度など、麹の培養に最適な環境が整う味噌作りに必要不可欠な設備です。大きな木製の麹室に憧れていたボウさんは「美しいです!」と大興奮! ちなみにオーストラリアにあるボウさんの室は、部屋の片隅に置かれた小さなケースでした。
温度27度、湿度100%の麹室で、麹作りに取りかかります。そもそも味噌は、麹の種類によって米味噌、麦味噌、豆味噌があり、信州味噌は米麹を使った米味噌。麹は味噌の仕上がりに大きく影響するため、麹作りは最も大切な作業です。

米麹のもとになるコシヒカリの蒸米を台の上に広げ、種麹を付着させます。続いて、麹菌が米の一粒一粒に均等につくよう混ぜていきます。晴太郎さんのお姉さん、市川絢子さんから「一粒一粒バラバラにするような感覚で」とアドバイスを受けながら、ボウさんもお手伝い。
種付けが終了したら麹菌を培養させますが、重要なのが培養中の米麹の温度。蔵元それぞれで温度は異なり、美味しさの特徴に大きく影響します。
麹菌は次第に発芽して高熱になるため、麹箱に移し替える昔ながらの伝統技法で温度を調節します。麹箱とは、麹を培養する杉製の専用の箱。底はすのこになっており、熱に応じて高さを変え、風通しをよくしています。
さらに、備え付けの天窓で湿度を微調整。こうして完成まで常に湿度と温度を確認しながら、麹菌を48時間かけて培養します。
麹の培養中、ボウさんは晴太郎さんとお得意様への配達へ。 そして米麹作り開始から48時間、米麹は見た目がふんわりしたスイーツのように。これで麹は完成です。憧れだった麹室での作業で、 改めて奥深さを知ったボウさんは、「本格的な麹室で子供のように大切に育てると、こんなにも素晴らしい麹ができるんですね」と話しました。
この後は仕込みの作業。仕込みとは、蒸して潰した大豆と米麹、そして塩と水を加えた味噌のもとを、熟成させる容器に入れる作業のこと。材料をどのくらいの割合で入れて仕込むかで、味噌の酸味やコク、甘味、塩味などが決まるため、職人の集大成といえる大切な仕事です。
こうして完成した味噌のもとを熟成させていきますが、ボウさんには2カ月以上熟成させると味噌がダメになってしまうという悩みが。
ボウさんが味噌を作る時の塩分濃度は4%。すると「4%のお味噌っていうのは、どちらかというと長く熟成させるにはちょっと不向き」と晴太郎さん。味噌作りで塩分濃度は雑菌や微生物の増減に影響しており、2カ月以上熟成させるには4%では低く、雑菌が増え、味が大きく変化する可能性があるのです。
ちなみに信州味噌の塩分濃度は11〜12%。塩分が高すぎるとしょっぱく、低すぎるとお味噌汁にした時に物足りなく感じるため、お味噌汁として飲む時にちょうどいい塩分濃度が11〜12%なのだそう。「私は正しい情報も知らずに勝手に悩んでいたんですね」。
なぜ長期熟成するとダメだったのか、疑問が解消しました。

別れの時。ボウさんは「信州味噌についてたくさん学ぶことができました」と感謝の気持ちを伝え、自分で作ったビールを贈ります。すると晴太郎さんから、味噌と法被のプレゼントが! 大喜びのボウさんは「親善大使となって武田味噌を宣伝します」と話し、再会を約束しました。
武田味噌の晴太郎さんとお姉さん、本当にありがとうございました!
豆味噌の特殊な製法を学び、希少な“とろみそ”に感動
続いて向かったのは、徳川家康ゆかりの地、愛知県名古屋市。愛知県の八丁味噌について学ぶためにやって来ました。
八丁味噌とは、愛知県発祥の濃い赤褐色の味噌で、強い旨味と適度な酸味、渋みなど、他の味噌にはない独特な風味を持つ豆味噌です。発祥は江戸初期。徳川家康が生誕した岡崎城から八丁(約870メートル)離れた、その名も八丁村で作られた味噌が始まりとされています。
米味噌や麦味噌は全国各地で生産されていますが、豆味噌が作られているのは愛知・三重・岐阜の3県のみ。蔵元も少なく、造り方も他の味噌と全く異なります。美味しさを生み出す伝統技法を教えていただくため、今回は創業90年以上の「桝塚味噌」でお世話になります。
出迎えてくれたのは四代目の野田好成さん。東京の一般企業を退職し、実家の味噌蔵を継いだ若き職人です。昔ながらの木桶で醸造している桝塚味噌は、全国の品評会で数々の賞を獲得。名古屋を代表する味噌カツの名店「矢場とん」の特製味噌ダレも枡塚味噌を使用しています。

桝塚味噌の木桶は、古いもので100年ほど経っており、高さと直径は約3メートル! 1本 に12〜13トンの味噌が入ります。こうした木桶が400本あるとか。
歴史ある木桶には、味噌を美味しくさせる特別な秘密が。木の隙間に、桶付きの菌と呼ばれる乳酸菌や酵母菌などの微生物が住みつき、味をより複雑に深くしてくれるのです。さらに、蔵付きという蔵に住みついた酵母の働きで、独特の風味が生まれるそう。
木桶で仕込んだ豆味噌を試食させていただき、「めっちゃ美味しい! しっかり味わいが感じられます」とボウさん。この後、豆味噌の特殊な造り方を教えていただきます。
まずは麹造り。蒸しあげた大豆を潰し、味噌玉を造ります。味噌玉製法豆麹という、味噌の原料となる大豆と麹を同時に造る製法です。

信州味噌の米味噌の場合、蒸米に麹をふりかけ、米麹を造ってから大豆と混ぜて仕込みますが、豆味噌の場合、味噌玉に麹をふりかけて造る豆麹だけを使って仕込みます。外側では麹菌を培養し、内側は原料の蒸大豆として使用するため、玉状に。麹菌をつけた味噌玉を室で48時間培養すると、麹菌で黄色になりました!
豆麹に塩と水を加えて味噌のもとを作り、巨大木桶に運び仕込んでいきますが、その作業の前に必ずするのが木桶洗い。実は、巨大な木桶を作る職人は全国で数名。将来新たに手に入らなくなる恐れがあるため、今ある木桶を傷めないよう、動かさず人が中に入って掃除を行います。
味噌を取り出した後の木桶には、黒い残りカスが。このまま新たに仕込むと苦味や味のバラつきが出てしまうため、モップで洗い落としきます。すると、表面に白いシミが。これは旨味であるアミノ酸の結晶。 長い月日をかけて木桶についた旨み成分は、味噌を美味しくさせる大切なもの。洗剤などは使わず、モップで丁寧に水洗いします。
最後に水をかけ、溜まった水はスコップでかきだし、バケツリレーで外に。これで木桶洗いは終了です。

いよいよ味噌のもとを500キロずつ巨大木桶に投入。木桶の中にいる職人は、投入される度にその上を歩きます。これは「踏み込み」「味噌踏み」と呼ばれ、中の空気を抜いてカビや風味のバラつきを防ぐ大事な作業。ボウさんも味噌の上を歩き、しっかり踏んで押し固めていきます。
最後の500キロが投入されたら、スコップで表面を平らにして次の作業、重石乗せに進みます。実は重石には、味噌の水分を桶全体に行き渡らせる重要な役割が。重石がない場合、水分は下だけに溜まり発酵や熟成にムラが発生。重石を置くと味噌に圧力がかかり、全体に均一となり美味しい味噌になるのです。
まず、仕込んだ味噌の表面にカビ防止の塩を振り、シートで覆います。そこへ石を持ち上げて、作業開始。

木桶に沿って肌石という小さい石を置き、その上に中心に向かって大きいサイズの石を斜めに敷き詰めます。こうすることで、発酵して真ん中が盛り上がっても、崩れることなく桶からの落下を防ぐことができるそう。
使用した石は300個、総重量は3トンに! 「こんな味噌造りが体験できるなんて、幸運なことです」とボウさん。
作業が終わると、野田さんのご実家で歓迎会。母・麻規子さんと妹さんに、三代目の父・清衞さんも参加して、豆味噌を使った料理を作ってくださいました。愛知の定番味噌メニュー「どて煮」や、清衞さん自慢の一品、タラの芽味噌の焼きおにぎりなどを堪能。皆さんと楽しい時間を過ごしました。
翌日は、18カ月熟成された豆味噌を木桶から取り出す、最も重要な作業。まずは総重量3トンの石を取り除いていきます。

すると石の下から「たまり」が現れました。味噌の発酵熟成中に分離して表面にたまる液体です。12トンの味噌から抽出できるのは30リットルのみ。見た目は醤油に似ていますが、原材料が違うため全くの別物で、とろみがあり豆味噌の旨味が凝縮されているといいます。特別に味見させていただいたボウさんは「ん〜めちゃめちゃ美味しい」と大絶賛!
石を取り除いてたまりを掬い終えると、18カ月熟成された豆味噌が。桝塚味噌では、3種類の豆味噌に分けて取り出しているそう。
木桶の上と下、周りの部分から取れる「すりみそ」は、木桶に住む微生物の働きが最も効いている部分で、酸味と渋みが強くパワフルな味わいです。大豆の形がまばらなため、擦って販売しています。中心に近い部分は、大豆の粒がしっかり残っている「つぶみそ」。料理する時に家で擦ったり潰したりすると、よい香りがするそう。
最後は桶の中心部分、全体から見ると3〜5%しか取れない、最も貴重な「とろみそ」。旨味、酸味、渋味の味のバランスが一番よい部分で、粒もしっかり残っています。そもそもとろみそは、昔から蔵人たちだけが知っていた、木桶の中で一番美味しい部分。20年前、三代目の提案で商品化したところ、看板商品に!
集められた味噌は、掘削する機械で外へ出し、掘り出すこと30分。2トンほど取り出したところで、徐々に大豆の粒がしっかりしてきました。そして6トンほど掘り出したところで、中心部分が!

12トンの木桶の中心部分、わずか3%ほどしかとれない貴重なとろみそ。ここで、とろみそとして売り出してよいか、品質のチェックが行われます。判断を下すのは三代目と、味噌蔵の最高責任者、蔵頭の高橋宏人さん。そして桝塚味噌の副社長である麻規子さんです。チェックの結果、無事にOKが出ました!
採れたてのとろみそをいただいたボウさんは、「美しい味わいです。上品で旨味が素晴らしい。何もかも最高です。この味は一生忘れません」と感動していました!
そして別れの時。 皆さんへ手紙を書いてきたボウさんは、「皆さんから学びを得られたことは驚くべき幸運です。真摯な取り組みや伝統製法、全てに心動かされました。オーストラリアで豆味噌を作り、素晴らしさを広めていきます。仕込んだ味噌が出来上がる頃に、ここに戻りたいと思います」と感謝の気持ちを読み上げます。
野田さんは「ここで学んだことやボウさんがもともと知っている知識経験を生かして、今後ボウさんが自分の味噌を作っていくのを楽しみにしてます」と伝え、「お味噌は造らない、お味噌は育てる」と大事にしている言葉を贈ります。「その言葉を胸に、味噌作りをしていきます」とボウさん。

ここでボウさんからお土産が。オーストラリアの特産で野菜をイースト菌で発酵させたペースト「ベジマイト」と、ボウさんが働くビール醸造所の帽子です。すると野田さんからもお土産として、蔵人しか着られない法被が! 法被を着たボウさんは「本当に光栄です。桝塚味噌の名に恥じぬよう頑張ります」と意気込みます。
「桝塚味噌」の皆さん、本当にありがとうございました!
帰国を前にボウさんは「ニッポンへ来たことで味噌への愛がさらに増しました。学んだことを生かして、新しい味噌作りに挑戦したいと思います」と語りました。
ボウさん、またの来日をお待ちしています!
月曜夜8時からは、月曜プレミア8「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送!
【アルゼンチン・ラプラタ盆踊り祭り】
南米アルゼンチンで3年ぶりに開催されたラプラタ盆踊り祭り。1万人もの来場者がいる中、ニッポンに行きたい方を探すべく、番組ブースを設置させてもらい、ニッポン愛に溢れた方々が次々とアピールを!「ニッポンお家芸・体操を愛する7歳の男の子」や「北海道のマリモを研究する女性」などが…
さらに、過去この番組で“ニッポンにご招待”した懐かしい方々も!
【“からあげ”の作り方を学びたい!】
そんなラプラタ盆踊り祭りで“からあげ”愛をアピールしたカミーロさんをご招待!
大分県中津市へ。からあげグランプリで最高金賞を受賞する「豊国畜産ぶんごや」さんで美味しくなる秘訣を教わる。
さらに「手羽先からあげ」発祥・愛知県名古屋市へ。「手羽先サミット」に足を運び、すべての店舗を食べ尽くす。特に美味しかった「あうん屋」さんで伝説のタレを教えてもらえることに!
【ニッポンの“招き猫”が大好き!】
“招き猫”を愛してやまないスペイン・バルセロナに住むバーバラさん。全てオーダーメイドで作っている“招き猫”はバラエティに富んでいるものばかり…これまでに作った数は1000体以上!あのNIKEからもディスプレイ用に大量注文があったとのこと!
かなり成功しているように見えるバーバラさんですが、実はある悩みが…。
※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。


