日系2世の男性が23年ぶりに故郷パラグアイへ…番組史上最大の決断を:世界!ニッポン行きたい人応援団
パラグアイとニッポン、生き別れの姉弟が再会…弟が人生を変える決断を
続いて紹介するのは、南米パラグアイのイグアスに住む、日系2世の中山ソフィアさんと、日系3世で姪のエレナさん。

ニッポンからパラグアイまで、飛行機を乗り継ぎ30時間以上。アマゾンの奥地にあるイグアスは、60年以上前に日系移民によって開拓された街です。
ソフィアさんの父・栄助さんは、15歳の時、長崎からパラグアイに移民。26歳の時、同じ長崎から移民してきたツマさんと結婚し、長女ソフィアさんが誕生。その後も子宝に恵まれ、8人姉弟に。両親を少しでも支えたいと、幼いソフィアさんは弟たちの世話をしていました。
両親が常に大事にしていたのは、日本人としての誇り。その誇りを胸に、ソフィアさんは学校の先生に。パラグアイの子供たちにニッポンの作法や礼儀を伝えてきました。
一方、弟たちはニッポンへ出稼ぎに。ソフィアさんも一度、教育研修のためニッポンを訪れたものの、以来、パラグアイで両親の面倒を見ながら教師一筋。そして、33年前に栄助さんが、16年前にはツマさんが他界しました。
「兄弟を大事に」という両親の言葉を大切にしているソフィアさんですが、弟のタデオさんとフェリペさんはニッポンでの生活が忙しく、やり取りは手紙だけ。母の死に目にも会えませんでした。タデオさんとは18年、フェリペさんとは29年会えていません。
70歳になったソフィアさんは、元気なうちに、ニッポンにいる弟たちに両親が伝えられなかった思いを直接会って伝えたいと考えています。そのために、定年後も大学で講師の仕事をしていますが、パラグアイの物価は高く、生活はギリギリという状況です。
さらに姪のエレナさんも、ニッポンに行きたいと願っています。母やソフィアさんの面倒を見るためパラグアイに残ったエレナさん。父・タデオさんと18年顔を合わせていません。
そんなソフィアさんとエレナさんをニッポンにご招待! 4年前に来日しました。
向かったのは、タデオさんが住む埼玉県坂戸市。ソフィアさんとエレナさんの来日を知らなかったタデオさんは、サプライズに驚きながらも18年ぶりの再会を喜んでくれました。

ソフィアさんは、母・ツマさんの生前の写真をタデオさんに渡します。タデオさんは、母の死に目に会えなかったことを悔やんでいました。亡くなる数時間前、母から電話で「姉弟、絆を確かめ合うように」と言われたことが心残りだったそう。ソフィアさんは「今回来て、本当にもう何もこれから欲しいなって思うことはないね」と話します。
タデオさんは、18年ぶりに再会した姉と娘を手料理でおもてなし。隣町に住む、タデオさんの兄・エンリケさんも来てくれて、楽しいひと時を過ごしました。
実はソフィアさん、ニッポンで弟たちと会ったら、両親が生まれ育った長崎県の久賀島を訪ねたいという夢を持っていました。父と母が生きた痕跡を探したかったのです。

そこで久賀島へ向かうと、栄助さんと同じ姓の中山ミネ子さんという方が。旅の目的を伝えると、ソフィアさんたちの祖父と、ミネ子さんの祖父が兄弟だと判明! つまり、ソフィアさんたちとミネ子さんは、はとこ同士だったのです。こうして両親の故郷で、親戚と奇跡の出会いを果たしたのでした。
そしてニッポンにもう1人、まだ会えていない家族が。29年会っていない、弟のフェリペさんです。仕事が忙しいとのことでしたが、都合がつき、再会が叶いました。
姉弟が顔を揃えるのは、実に30年ぶり。祖国ニッポンの象徴、富士山を眺め「日本人として心の故郷にやっと帰れた気がする」とソフィアさん。パラグアイ名物のアサード(バーベキュー)を囲み、家族の絆を確かめ合いました。
帰国の時。「みんなの元気な顔が見られて本当に嬉しかったですよ」と話すソフィアさんに、弟たちを代表してタデオさんから、これまで見守ってくれた感謝を伝えます。エレナさんは、父・タデオさんに「いつも私の心の中にいます」と伝えました。
あれから3年。コロナ禍でソフィアさん、エレナさんとなかなか連絡が取れなかったタデオさんが、中継で再会! エレナさんの子どもたちとも顔を見て言葉を交わすことができました。
コロナも落ち着いた今年9月。タデオさんから報告があると連絡を受け、ご自宅へ。
実は、お孫さんたちに直接会いたいと、大好きなパチンコを控え、少しずつ貯金を始めたそう。ところが去年9月、腹部に大動脈瘤が見つかり、手術を受けることに。一命は取り留めたものの、インタビュー中も気分が悪くなってしまい、最高血圧は180近くに。
今年68歳のタデオさん。残りの人生を考えた時、大きな心残りがありました。故郷に残してきた娘と、直接会えていない3人の孫に、元気なうちに一目会いたい…。そんなタデオさんの想いを受け、ニッポンで暮らす4人の息子さんが父の夢を応援! 兄弟全員で旅費を出し、人生最後になるかもしれない故郷への旅に行ってもらうことになったのです。
パラグアイへ出発する日。体調に不安が残るタデオさんに付き添うため、長男の松男さん、タデオさんの弟・フェリペさんも同行することに。実はフェリペさんも、パラグアイに帰るのは33年ぶりだそう。
ニッポンから35時間かけ、首都アスンシオンの空港に到着。翌朝、最愛の家族が暮らす生まれ故郷に向けて出発します。舗装されていない道を走り続けること7時間…ようやくイグアスに到着!
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ソフィアさんとエレナさんは、タデオさんたちが来ることを知りません。突然現れたタデオさんに、2人はびっくり! ハグを交わすと、タデオさんの目に涙が……。「感動しすぎてどうしていいかわからない」と話します。
ソフィアさんは、勤めていた大学を今年退職して年金暮らし。一方、エレナさんはソフィアさんの家の隣に住んで、叔母を支えているそう。
ここで、イグアスの中心部にある公園へ。実は、ニッポンの家族に送るビデオレターを撮影するからと連絡を入れ、エレナさんの子供たちに集まってもらったのです。もちろん、タデオさんが来ていることは知らせていません。
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初めておじいちゃんと対面したお孫さんたちは「現実じゃないみたいでびっくりだよ」「私たちのこといつも想ってくれるおじいちゃんをずっと待ってた」と感動! また一つ、タデオさんのやりたかったことが叶いました。
そして、イグアスの日系人が埋葬されている日本人会墓地へ。両親の死に目に会えなかったタデオさんとフェリペさんは、パラグアイで亡くなった両親が眠るお墓に、初めて手を合わせます。
「兄弟が“ただいま”って言ってくれるのを、お母さんもお父さんも待っていたと思います」とソフィアさん。離れて生きてきた家族が、顔を合わせる日を夢見てきた両親。その願いが叶ったことを墓前に報告できました。
この日の夕食は、お祝いのアサード。タデオさんがお孫さんに食べさせたかったという味付けは、「今までで一番うまい」と大好評! 食後は、バッグやお菓子などニッポンからのお土産を渡します。
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と、ここで、タデオさんからソフィアさんとエレナさんへ手紙が。実は、人生を変える一大決心をしたのですが、口下手だからと手紙に書いてきたのです。その内容は、なんと「パラグアイに住みます」というものでした。
ニッポンを発つ前、「両親が眠る生まれ故郷で、最後は日本人らしく家族と暮らしたいんです」と話していたタデオさん。
両親のルーツであるニッポンで、家族のために働きづめだった23年間。残された時間を、離れて暮らしてきた娘や孫たちのために使いたい…。日本人の誇りを大切にしてきた母が、亡くなる間際に残した「姉弟、家族の絆を大事に」という言葉を胸に、永住する決意をしたのです。すでに空港では、ニッポンの家族と最後の別れもしていました。
タデオさんの決意を知ったソフィアさんは、「パラグアイにお帰りなさい!」と大感激! 「みんなと一緒に幸せになりたい」と話すタデオさんに、エレナさんは「ありがとう、私と暮らそう」と伝えました。
最愛の娘の家で、今後の人生を歩むことになったタデオさんですが、永住を伝えたい家族同然の人がもう一人いました。ニッポンへ渡る前まで25年、お互いの結婚や出産も見守ってきた、親友のネルソンさんです。
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サプライズでお宅を訪問し、仕事から帰宅したネルソンさんを迎えると、「嘘だろ? おかえり!」と、突然の再会にびっくり! 永住することを聞き「これからは一緒に釣りも行けるな」と喜んでくれました。
いよいよ、ニッポンに戻る弟のフェリペさん、息子の松男さんと別れの時。
「再び自分の家族と再会することができたのは、パラグアイまで付き添ってくれたフェリペと松男のおかげだよ。感謝している」とタデオさん。松男さんは「寂しくなるよ。つらいよ……離れたくない」と想いを伝えます。
そしてフェリペさんは「家族と一緒に長生きしてほしい、心から願っています。さよならを言うのはつらいから『またね、兄弟』と言うね。遠い距離を隔てても、いつも兄さんのことを想っているから」と、兄への手紙を読み上げます。
手紙を受け取ったタデオさんは「ありがとう。思い出としてしまっておくよ……ずっといつまでも。いろいろとありがとう」と涙を浮かべました。
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23年暮らしたニッポンを離れ、パラグアイに住む決意をしたタデオさん。「タデオさんにとってニッポンとは?」と問いかけると、「ニッポンは心の故郷であり、私にとって存在自体が誇りに思う国です。これからはパチンコができないから悲しくなるけれど、ニッポンのように日系人の友人たちとカラオケで踊って楽しもうと思います」と語ってくれました。
タデオさん、これからも日本人の誇りを胸に、いつまでもお元気で!
月曜夜8時からは、月曜プレミア8「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送!
▼“うなぎの蒲焼き”を極めたい!
YouTubeを参考に独学で“うなぎの蒲焼き”を作るポーランドのミハウさん。日本三大清流の一つ高知県四万十川で天然うなぎの漁に同行。さらに、埼玉・浦和にある老舗名店「むさし乃」で捌き方、串打ち、焼き方を学ぶ!ふっくらとした“蒲焼き”に焼き上げる秘訣や70年近く継ぎ足した秘伝のタレの材料とは…?そして、埼玉・越谷でうなぎ包丁を扱う「正千代刃物店」で思いがけない奇跡が
▼“うなぎ&納豆”の二刀流に大進化!
来日から5年半…「むさし乃」で習った事を活かし今でも“蒲焼き”を作るミハウさん。一方でいま“納豆”作りにも夢中に!しかし、なかなか粘りが出ずうまくいかない…
そこで!過去「自家製の“納豆”を作るショーンさん夫婦」をご招待した際に訪れた、伝統の炭火で納豆を発酵させる群馬県の「下仁田納豆」さんに相談することに!すると、ミハウさんの“納豆”が劇的に進化を!
実は、お孫さんたちに直接会いたいと、大好きなパチンコを控え、少しずつ貯金を始めたそう。ところが去年9月、腹部に大動脈瘤が見つかり、手術を受けることに。一命は取り留めたものの、インタビュー中も気分が悪くなってしまい、最高血圧は180近くに。
今年68歳のタデオさん。残りの人生を考えた時、大きな心残りがありました。故郷に残してきた娘と、直接会えていない3人の孫に、元気なうちに一目会いたい…。そんなタデオさんの想いを受け、ニッポンで暮らす4人の息子さんが父の夢を応援! 兄弟全員で旅費を出し、人生最後になるかもしれない故郷への旅に行ってもらうことになったのです。
パラグアイへ出発する日。体調に不安が残るタデオさんに付き添うため、長男の松男さん、タデオさんの弟・フェリペさんも同行することに。実はフェリペさんも、パラグアイに帰るのは33年ぶりだそう。
ニッポンから35時間かけ、首都アスンシオンの空港に到着。翌朝、最愛の家族が暮らす生まれ故郷に向けて出発します。舗装されていない道を走り続けること7時間…ようやくイグアスに到着!

ソフィアさんとエレナさんは、タデオさんたちが来ることを知りません。突然現れたタデオさんに、2人はびっくり! ハグを交わすと、タデオさんの目に涙が……。「感動しすぎてどうしていいかわからない」と話します。
ソフィアさんは、勤めていた大学を今年退職して年金暮らし。一方、エレナさんはソフィアさんの家の隣に住んで、叔母を支えているそう。
ここで、イグアスの中心部にある公園へ。実は、ニッポンの家族に送るビデオレターを撮影するからと連絡を入れ、エレナさんの子供たちに集まってもらったのです。もちろん、タデオさんが来ていることは知らせていません。

初めておじいちゃんと対面したお孫さんたちは「現実じゃないみたいでびっくりだよ」「私たちのこといつも想ってくれるおじいちゃんをずっと待ってた」と感動! また一つ、タデオさんのやりたかったことが叶いました。
そして、イグアスの日系人が埋葬されている日本人会墓地へ。両親の死に目に会えなかったタデオさんとフェリペさんは、パラグアイで亡くなった両親が眠るお墓に、初めて手を合わせます。
「兄弟が“ただいま”って言ってくれるのを、お母さんもお父さんも待っていたと思います」とソフィアさん。離れて生きてきた家族が、顔を合わせる日を夢見てきた両親。その願いが叶ったことを墓前に報告できました。
この日の夕食は、お祝いのアサード。タデオさんがお孫さんに食べさせたかったという味付けは、「今までで一番うまい」と大好評! 食後は、バッグやお菓子などニッポンからのお土産を渡します。

と、ここで、タデオさんからソフィアさんとエレナさんへ手紙が。実は、人生を変える一大決心をしたのですが、口下手だからと手紙に書いてきたのです。その内容は、なんと「パラグアイに住みます」というものでした。
ニッポンを発つ前、「両親が眠る生まれ故郷で、最後は日本人らしく家族と暮らしたいんです」と話していたタデオさん。
両親のルーツであるニッポンで、家族のために働きづめだった23年間。残された時間を、離れて暮らしてきた娘や孫たちのために使いたい…。日本人の誇りを大切にしてきた母が、亡くなる間際に残した「姉弟、家族の絆を大事に」という言葉を胸に、永住する決意をしたのです。すでに空港では、ニッポンの家族と最後の別れもしていました。
タデオさんの決意を知ったソフィアさんは、「パラグアイにお帰りなさい!」と大感激! 「みんなと一緒に幸せになりたい」と話すタデオさんに、エレナさんは「ありがとう、私と暮らそう」と伝えました。
最愛の娘の家で、今後の人生を歩むことになったタデオさんですが、永住を伝えたい家族同然の人がもう一人いました。ニッポンへ渡る前まで25年、お互いの結婚や出産も見守ってきた、親友のネルソンさんです。

サプライズでお宅を訪問し、仕事から帰宅したネルソンさんを迎えると、「嘘だろ? おかえり!」と、突然の再会にびっくり! 永住することを聞き「これからは一緒に釣りも行けるな」と喜んでくれました。
いよいよ、ニッポンに戻る弟のフェリペさん、息子の松男さんと別れの時。
「再び自分の家族と再会することができたのは、パラグアイまで付き添ってくれたフェリペと松男のおかげだよ。感謝している」とタデオさん。松男さんは「寂しくなるよ。つらいよ……離れたくない」と想いを伝えます。
そしてフェリペさんは「家族と一緒に長生きしてほしい、心から願っています。さよならを言うのはつらいから『またね、兄弟』と言うね。遠い距離を隔てても、いつも兄さんのことを想っているから」と、兄への手紙を読み上げます。
手紙を受け取ったタデオさんは「ありがとう。思い出としてしまっておくよ……ずっといつまでも。いろいろとありがとう」と涙を浮かべました。

23年暮らしたニッポンを離れ、パラグアイに住む決意をしたタデオさん。「タデオさんにとってニッポンとは?」と問いかけると、「ニッポンは心の故郷であり、私にとって存在自体が誇りに思う国です。これからはパチンコができないから悲しくなるけれど、ニッポンのように日系人の友人たちとカラオケで踊って楽しもうと思います」と語ってくれました。
タデオさん、これからも日本人の誇りを胸に、いつまでもお元気で!
月曜夜8時からは、月曜プレミア8「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送!
▼“うなぎの蒲焼き”を極めたい!
YouTubeを参考に独学で“うなぎの蒲焼き”を作るポーランドのミハウさん。日本三大清流の一つ高知県四万十川で天然うなぎの漁に同行。さらに、埼玉・浦和にある老舗名店「むさし乃」で捌き方、串打ち、焼き方を学ぶ!ふっくらとした“蒲焼き”に焼き上げる秘訣や70年近く継ぎ足した秘伝のタレの材料とは…?そして、埼玉・越谷でうなぎ包丁を扱う「正千代刃物店」で思いがけない奇跡が
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来日から5年半…「むさし乃」で習った事を活かし今でも“蒲焼き”を作るミハウさん。一方でいま“納豆”作りにも夢中に!しかし、なかなか粘りが出ずうまくいかない…
そこで!過去「自家製の“納豆”を作るショーンさん夫婦」をご招待した際に訪れた、伝統の炭火で納豆を発酵させる群馬県の「下仁田納豆」さんに相談することに!すると、ミハウさんの“納豆”が劇的に進化を!
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