治療方法は?費用は?かけがえのない “家族”を救う「ぬいぐるみ専門病院」に気になることを聞いてみた

 
“ぬいぐるみ”は、小さな頃からずっとそばにいてくれる幼馴染、うれしいことも悲しいことも分かち合う家族、さらに近年の“ぬい活”ブームでどこに行くのも一緒の親友…。“ぬいぐるみ”をかけがえのない存在として大切に思っている人にとって、肌が黒ずんでしまったり、穴が開いてしまったりしたとしても、“この子”に代わる子はいません。

そうした方々の救世主となるのが、“ぬいぐるみは家族の一員”という信念のもと“治療”を行うぬいぐるみ治療専門の「杜の都なつみクリニック」。どんな病院なのか、どんな治療をしてもらえるのか、どのくらい治療費がかかるのか…など気になる点を箱崎なつみ院長にお話をうかがいました。

【動画】大切なぬいぐるみを蘇らせる!約17,000体を“治療”してきた「ぬいぐるみの病院」に密着

「杜の都なつみクリニック」箱崎なつみ院長インタビュー


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——クリニックで行っているのは、"修理"ではなく"治療"。まずは、ぬいぐるみ専門病院を始めようと思ったきっかけを教えてください。

「洋裁の学校で学び、卒業後は婦人服のオーダーサロンで働いていました。その後、洋服のお直し屋さんに転職。そこは、洋服はもちろん、カーテンやバッグまで何でも直すお店で、ぬいぐるみの修理も受けていました。
それまでぬいぐるみを扱ったことはなかったのですが、いざやってみると、洋服のお直しとはまったく違うとすぐに感じました。例えばジーンズの裾上げだと、お客さまはさらっと受け取って帰られる。でもぬいぐるみの時は、まるで家族を迎えに来たかのように涙ぐむ方が多かったんです。

私自身ぬいぐるみが好きだったので、『ぬいぐるみを家族のように思っている人がこんなにいるんだ』と胸を打たれました。ぬいぐるみって、ただの"モノ"じゃなくて、"家族"なんです。だからこそ、直すだけじゃなくて、気持ちに寄り添うサービスがしたい。修理ではなく"治療"をして、"退院"というかたちでお返ししたい。そんな想いから、ぬいぐるみ専門の病院を作ることを決めました」

——先生ご自身にとって、特に思い入れのあるぬいぐるみはありますか?

「昔の写真を見返すと、どれにも私のそばにぬいぐるみが写っていて、小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたんだなと思います。小学校3年生くらいの頃には、すでに自分でテディベアを作っていました。初めて手にしたのがテディベアの手作りキットで、それが私にとって初めての、"自分で作ったぬいぐる"みでした。
当時はマイブームみたいなものがあって、お気に入りの子はよく入れ替わっていました。しかし、この仕事を始めて、何十年もひとつのぬいぐるみを大切にしている方とたくさん出会ううちに、私も自然とぬいぐるみとの向き合い方が変わってきました。今では、私自身もひとつひとつを長く大切にしています。

今、自宅には8〜10体のぬいぐるみがいて、それぞれに性格や役割があります。中には"仕事"をしている子もいて、例えばひとりは"お酒屋さん"をしています。その子は私の部屋にストックしているお酒を管理していて、お酒好きの夫の手持ちがなくなると、その子に『お酒ありますか?』と聞くんです。すると、その子が棚卸しをしてお酒を提供してくれます。営業時間は夕方4時〜夜11時まで。それ以降は"閉店"で、のんびりしています。
うちのぬいぐるみたちは、それぞれ個性を持って生き生きと暮らしています。今ではもう、かけがえのない家族です」

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——クリニックは2016年に開院。何人くらいのスタッフで運営しているのでしょうか。

「現在のスタッフは8人で、全員が正社員です。洋裁の専門学校を修了していて、基本的には実務経験のある方を採用しています。新卒で採用したのは一人だけで、あとはすべて中途採用です。
経歴はさまざまで、縫製工場に長く勤めていた人、舞台衣装を手がけていた人、洋服のお直し店で経験を積んできた人など、洋裁の基礎をしっかり学び、現場経験が豊富なスタッフばかりです。

面接では、優しさがあるか、人の話をきちんと聞けるかといった点を重視しています。ぬいぐるみは素材も形もそれぞれ違い、壊れ方も一体ずつ異なります。ご依頼主さまのご希望もさまざまで、『できるだけきれいに直してほしい』という方もいれば、『傷も思い出なのでそのままにしてほしい』という方もいます。だからこそ、技術だけでなく、お客さまの気持ちに寄り添うことが大切なのです」

——1カ月に何体くらいのぬいぐるみを治療していますか?

「月に100体を目安にお預かりしています。患者さまの多くは、30年以上大切にされてきた子ばかりです。一見きれいに見えても、中を開けてみると、外からは分からない傷がいくつも見つかることがあります。特に昔のぬいぐるみは綿の生地が多く、どうしても時間とともに劣化して、破れやすくなってしまうんです。
長年の思い出が詰まった子たちだからこそ、壊れたところを直すだけじゃなく、補強するなど、長く元気でいられる治療も大事にしています」

——入院期間とだいたいの入院費はどのくらいになりますか?

「症状にもよりますが、平均的には8万円〜10万円くらいが多く、入院期間はおよそ2カ月程度です。ボロボロのぬいぐるみをしっかり治す場合、費用は10万円前後、重症の場合は20万円以上かかることもあります。しかし、お風呂(クリーニング)に入って毛並みを整えるだけの場合は、2万円前後で済むこともあります。

どんな治療でも、一番大切なのはカウンセリングです。ぬいぐるみの治療は、多くの方にとって初めての経験なので、『預けても大丈夫かな』『どんなふうに戻ってくるんだろう』と不安になるのは当然です。だからこそ、カウンセリングで丁寧にお話を聞き、不安を少しでも減らせるように努めています」

——印象に残っているぬいぐるみや、持ち主さんとのエピソードはありますか?

「思い出すのは、5歳くらいの女の子のことです。
その子はご両親と一緒に、大事なクマのぬいぐるみを連れてきてくれました。
とても明るく元気な子で、カウンセリングを経てぬいぐるみは入院することになりました。

ところが、帰り際にお母さまがそっと教えてくださったんです。
実はその子、家を出る直前までぬいぐるみと離れるのが不安で、ずっと泣いていたとのことでした。『今はぬいぐるみを送り出すために、気丈に振る舞っているんです』と…。
それを聞いた時、私も胸が締めつけられるような思いで、『この子がここまで頑張っているのだから、私も全力を尽くさなければ』と強く感じました。

治療が終わり、写真とともに報告をお送りしたところ、その子は生まれて初めての嬉し涙を流したそうです。お母さまも『この子が嬉しくて泣くのを見たのは初めて』とおっしゃっていて、本当に感動的でした。
幼い子が喜びで涙を流すことは、成長の証でもありますよね。その瞬間を共に経験できたことが、この仕事をしていて本当に良かったと感じた瞬間でした」

——どんな状態のぬいぐるみでも治療できるのでしょうか。

「基本的にはどんな状態のぬいぐるみでも最大限の治療を試みますが、一度だけ、どうしても治せなかった子がいました。
そのぬいぐるみは、表面の生地が完全に失われていて、全身が綿ぼこりのような状態でした。もともとは国民的キャラクターのぬいぐるみだったのですが、ぬいぐるみは同じキャラクターでも、発売年やサイズ、シリーズによって顔立ちや造形が大きく異なります。
さらに、そのぬいぐるみの写真が一枚も残っていなかったため、持ち主様のイメージを再現することができないと思い、残念ながら治療することができませんでした。このケースは今でも悔やまれます。

だからこそ、治療はできるだけ早くご相談いただきたいです。ぬいぐるみも人の体と同じで、状態が悪くなる前に手を打てば、治療の選択肢が増えます。早いタイミングでご相談いただければ、予防的な補強を行うこともできますし、部分的に治すことも可能です」

——ぬいぐるみの持ち主さんはどんな方が多いですか?

「ご夫婦で来られる方や、一人で持ち込まれる方などさまざまで、最近では海外からの依頼も増えてきました。男女比はほぼ半々で、男性の中にはぬいぐるみが好きだと言うことに躊躇する方もいらっしゃるかもしれませんが、実際には大切にしているぬいぐるみを持っている男性もたくさんいらっしゃいます。
持ち主さんの年齢層も幅広く、一番多いのは30代から50代の方です。60代や70代の方、学生さんもいらっしゃいます。

また、最近では"ぬい活"が年代を問わず広がっています。60〜70代の男性が、昔から大切にしているぬいぐるみにストラップを付けたり、写真を撮ったりすることも珍しくありません。ぬい活が若者だけの文化ではなく、広く受け入れられていると実感しています。

昔はぬいぐるみと一緒に出かけることに恥ずかしさを感じていた方も多かったと思います。今はSNSの影響で、ぬいぐるみとの写真を堂々とアップしたり、仲間とつながったりすることができるようになり、みんなが自然に楽しめるようになりました。飲食店でも、ぬいぐるみを席に置いて食事を楽しむ方も増えて、素敵な流れだなと思います」

——お家でケアする場合、やってはいけないことはありますか?

「絶対にNGというわけではありませんが、お風呂に入れることはできるだけ避けていただきたいです。汚れが気になる場合は、全身を洗うのではなく、部分洗いをおすすめします。
また、どこかが破れてしまった場合は、そのまま放置せず、できるだけ早く対処することが大切です。穴が開いたままだと、裂け目がどんどん広がってしまいます。縫い目がガタガタでも構いませんので、ひとまずふさぐことができれば、それ以上傷が広がるのを防げます。その状態で持ち込んでいただければ、治療の選択肢も広がります。

ぬいぐるみは、怪我が増えるほど縫い合わせる部分も増えて、どうしても元の形が少しずつ変わってしまいます。だからこそ、小さな傷に早めに気づいて、優しく手をかけてあげることが大切です」

——先生ご自身、クリニックを始めてから感じ方や考え方が変わりましたか?

「人に対する思いやりが強くなった気がします。最初は好奇心から始めた仕事でしたが、今ではぬいぐるみと向き合うことで、人の想いも受け止められるようになったと感じています」

——クリニックの認知も広がり、治療の需要が高まっていると思います。今後の構想は?

「最近では国内外問わず、多くの方々からご依頼をいただくようになりました。
先日、初めてシンガポールで"出張診察会"を開催しました。もともとシンガポールからのご依頼が多かったこともあり、現地で直接お会いしようと思い実現したんです。
そこで改めて感じたのは、『ぬいぐるみを家族のように大切にしている方々が、世界中にこんなにもいるのだ』ということです。海外のお客様にとって、大切なぬいぐるみを遠い日本に預けることは不安だと思いますが、多くの方が『これは日本人にしかできない仕事だ』とおっしゃってくださいました。もっと信頼される存在でありたいと思いますし、海外のお客様にも安心してご利用いただけるような仕組み作りを進めていきたいと考えています。

また、以前は予約が最大で2年待ちという状況でしたが、スタッフの増員や作業効率化を進めた結果、現在では2〜3ヶ月待ち程度になり、お客様をお待たせする時間が少なくなりました。
そのおかげで、現在は2ヶ月に1回のペースで日本各地で出張診察会を開催できるようになりました。これまで仙台、大阪、名古屋などを訪れ、どの会場もすぐに満席になるほど好評をいただいています。
オンラインや宅配でのやり取りが主流になった時代ですが、やはり『直接持っていって診てもらいたい』という方が本当に多いんです。今後もさらに多くの地域へ出向いて、『ぬいぐるみを預けるならここ』と思っていただけるような安心感を提供していきたいと思っています」

ぬいぐるみの入院記録


入院したぬいぐるみは、実際にどんな体験をしているのでしょうか?病院内の様子を見せていただきながら、なつみ院長に説明していただきました。

【1】カウンセリング

患者さん(ぬいぐるみ)を確認しながら、保護者さん(持ち主)と、この予算でどこまで治療できるのか、どのような治療が良いかなど治療内容を細かく決める。

【2】身体測定

全長(縦・横・奥行の長さ)と体重を測定。頭、手、足など部位ごとに中綿の重さを測り、新しいふかふかの中綿に交換した退院時の体重が入院時と同じになるよう調整することで、生まれた時と同じふわふわ具合、肌触り、抱き心地で退院できる。

【3】細かく検査

くるりんぱ(生地を裏返す)して、毛に埋もれている傷などもしっかりチェック。

【4】お風呂エステ

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ぬいぐるみ専用の使い、中綿が入ってない状態で全身の汚れを落とす。「思っていたより生地がもろかったり、想像しないところで脱色してしまったり…、お風呂が一番アクシデントが起こるので、素材にも注意しながら慎重に行います」(なつみ院長)。

【5】生地選び

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大量のサンプルの中から、治療が必要な部分の生地を選ぶ。「何年もかけてあらゆる生地屋さんから集めてきたので、ぬいぐるみに使用される生地のサンプルはほとんどそろっています」(なつみ院長)。

【6】治療

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全身のほころびの修復や生地替えを手縫いやミシンで行う。「そのままの生地を温存した治療、これからも長く一緒にいるために似た生地や素材に交換しての治療など、保護者様それぞれの意向にそって治療します」(なつみ院長)。

【7】綿入れ

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入院時の体重と同じになるよう、新しい中綿を入れる。「中綿の重さは、入院時に頭、手、足など部位ごとに測っておき、全て同じ重さになるように入れます」(なつみ院長)。

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治療が終わったら、かわいい撮影ブースで撮影。入浴中のショットなど、入院中の写真も保護者さんに送ります。

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「杜の都なつみクリニック」がどんな場所か、わかっていただけたでしょうか。もっと詳しく知りたい方は、箱崎なつみ院長の著書「ずっと、だいすき。ぬいぐるみ専門病院からかえってきた家族たち」(講談社)を!

【箱崎なつみ プロフィール】
ぬいぐるみ専門病院「杜の都なつみクリニック」院長。宮城県仙台市出身。
幼い頃から手を動かすことが好きで、プラモデル作りや絵画、料理やお菓子作り、DIYなど、創作に親しみながら育つ。洋裁の専門学校を卒業後、婦人服のオーダーサロンでの勤務を経て、洋服や小物の修理店へ転職。修理の現場で培った技術と経験を生かし、ぬいぐるみの治療に特化した専門クリニックを開業。現在は東京を拠点に、国内外から寄せられる多くの「ぬいぐるみ患者」を迎え入れている。
Instagram:@morinomiyakonatsumiclinic

保有資格:
・パターンメイキング技術検定2級(一般財団法人 日本ファッション教育振興協会)
・洋裁技術検定 上級(一般財団法人 日本ファッション教育振興会)
・准教員認定(一般財団法人 ドレスメーカー服飾教育振興会)
 
※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。
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