能登半島地震から2年…お世話になった輪島塗の職人さんにもう一度会いたい!:世界!ニッポン行きたい人応援団
ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(毎週月曜夜8時54分 ※11月27日(木)は夜6時25分)。
今回は、特別企画「お世話になった方々は今!?もう一度会いたい…」をお届けします。
【動画】「世界!ニッポン行きたい人応援団」最新回
紹介するのは、アメリカ在住の「輪島塗」を愛するピーターさん。
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2023年6月、輪島塗の漆器作りに携わる職人さんたちにお世話になったピーターさん。
その数カ月後、2024年1月1日にマグニチュード7.6の能登半島地震が発生。激しい直下型地震で最大4mほど隆起した場所もあり、街は甚大な被害を受けました。
ピーターさんは、お世話になった皆さんの無事を確かめたいと、今年9月に再び来日。
皆さんに気を使わせてはいけないと、事前の連絡は行わずに石川県輪島市へ。
2年前の記憶を頼りに、皆さんの元へ向かうピーターさん。日本三大朝市の一つ「輪島朝市」が行われていた朝市通りは、地震で多くの店舗や民家が倒壊。昔ながらの木造建築が立ち並んでいたため火の回りも早く、地震と火災で大きな被害を受けました。
現在の朝市通りを見たピーターさんは「あんなに賑やかな場所だったのに…」と話します。
そんなピーターさんと出会ったのはアメリカ。ピーターさんが愛する漆塗りは、漆の木から出た樹液を工芸品に塗り、強度を上げ、深みや光沢のある仕上がりにする日本古来の技法です。当時、ニッポンには一度も行ったことがありませんでしたが、自分の作品をSNSで販売していました。
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見せてくれたのは、木目が美しく仕上がる「拭き漆」という手法。楓で作ったスプーンに、ニッポンから取り寄せた木地呂漆を塗り、オーブンで乾燥させた後、紙やすりで研磨して漆を塗り重ねていきます。こうして漆塗り、乾燥、研磨を繰り返すこと25回。約1カ月の手間ひまをかけて完成!
「ニッポンの漆職人の方のもとで漆について本格的に学び、技術を身につけたいです」と話すピーターさんを、ニッポンにご招待! 約2年前に初来日を果たしました。
向かったのは、石川県輪島市。福島の会津漆器、和歌山の紀州漆器とともにニッポンを代表する漆器の産地で、人々の生活に深く根づいてきました。
ピーターさんの熱意を伝えたところ、江戸末期創業「大﨑漆器店」四代目店主・大﨑庄右エ門さんが受け入れてくださることに。4人の職人さんを率い、輪島塗の漆器を製造・販売している大﨑さん。築100年以上のご自宅は、壁や柱、扉に至るまで全て漆が塗られ、一度も修繕することなく建築当時のまま。国の有形文化財に登録されています。
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案内してくださったギャラリーには、1000点以上の漆器が。さらに、人間国宝の作品も見せてくださり、ピーターさんは感動! のみで模様や絵柄を彫り、その溝に漆をすり込み、金粉などを埋めて装飾する「沈金」という装飾技術が使われています。他にも、漆で模様を描いて金銀の粉を定着させる「蒔絵」を施した貴重な作品も見せていただきました。
輪島塗は、工程ごとに専門の職人が作業する分業制。大﨑さんのような塗師屋は全体のプロデュースとデザインを担当し、それぞれの職人に注文。その後は、器の元となる木地作り、「大﨑漆器店」の職人も担当する漆塗り、蒔絵、沈金などの加飾に分かれています。
◆
まずは、「辻椀木地木工芸(※辻の字は一点しんにょう 以下同)」の四代目・辻正尭さんに木地作りの工程を見せていただきます。工房の中には、お椀の元となる荒型が山積み。この荒型を1カ月半燻し続けて乾燥させることで、水分が抜けて強度が高くなるそう。
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乾燥させた荒型を電動ろくろにセットし、目とりかんなで形を整え、特製の小刀で毛羽だった部分を取り除きます。「こんなに薄くできるのが信じられません!」とピーターさん。
お椀の内側はさらに薄く削り、縁の幅はなんと約0.5㎜!
輪島の漆器は様々な工程で塗り重ねるため、薄い木地が良いとされています。
辻さんは「木地は薄く軽い方が、使うお客さんにとっても使いやすい器になりますね」と教えてくださいました。
そして今年9月、ピーターさんは再び、辻さんの工房へ。辻さんは突然の訪問に驚きながらも、再会を喜んでくださいました。震災当時、建物の被害は少なかったものの、壊れた棚や大量の荒型が工房に散乱。ライフラインはストップし、余震の危険もあることから地震直後はテント生活をしていたそう。
作業場では、激しい揺れでろくろに不具合が。辻さんは「復興の力になりたい」と全国で作品展を開催し、輪島塗の広報活動もしていたため、木地師としての仕事を始めたのは、地震から9カ月も経った頃でした。
現在辻さんは、木地師の仕事はもちろん、輪島塗のPR活動も継続中。ピーターさんは「また必ず会いに来ます!」と再会を約束しました。
今回は、特別企画「お世話になった方々は今!?もう一度会いたい…」をお届けします。
【動画】「世界!ニッポン行きたい人応援団」最新回
輪島塗の漆器作りに携わる職人さんと再会
紹介するのは、アメリカ在住の「輪島塗」を愛するピーターさん。

2023年6月、輪島塗の漆器作りに携わる職人さんたちにお世話になったピーターさん。
その数カ月後、2024年1月1日にマグニチュード7.6の能登半島地震が発生。激しい直下型地震で最大4mほど隆起した場所もあり、街は甚大な被害を受けました。
ピーターさんは、お世話になった皆さんの無事を確かめたいと、今年9月に再び来日。
皆さんに気を使わせてはいけないと、事前の連絡は行わずに石川県輪島市へ。
2年前の記憶を頼りに、皆さんの元へ向かうピーターさん。日本三大朝市の一つ「輪島朝市」が行われていた朝市通りは、地震で多くの店舗や民家が倒壊。昔ながらの木造建築が立ち並んでいたため火の回りも早く、地震と火災で大きな被害を受けました。
現在の朝市通りを見たピーターさんは「あんなに賑やかな場所だったのに…」と話します。
そんなピーターさんと出会ったのはアメリカ。ピーターさんが愛する漆塗りは、漆の木から出た樹液を工芸品に塗り、強度を上げ、深みや光沢のある仕上がりにする日本古来の技法です。当時、ニッポンには一度も行ったことがありませんでしたが、自分の作品をSNSで販売していました。

見せてくれたのは、木目が美しく仕上がる「拭き漆」という手法。楓で作ったスプーンに、ニッポンから取り寄せた木地呂漆を塗り、オーブンで乾燥させた後、紙やすりで研磨して漆を塗り重ねていきます。こうして漆塗り、乾燥、研磨を繰り返すこと25回。約1カ月の手間ひまをかけて完成!
「ニッポンの漆職人の方のもとで漆について本格的に学び、技術を身につけたいです」と話すピーターさんを、ニッポンにご招待! 約2年前に初来日を果たしました。
向かったのは、石川県輪島市。福島の会津漆器、和歌山の紀州漆器とともにニッポンを代表する漆器の産地で、人々の生活に深く根づいてきました。
ピーターさんの熱意を伝えたところ、江戸末期創業「大﨑漆器店」四代目店主・大﨑庄右エ門さんが受け入れてくださることに。4人の職人さんを率い、輪島塗の漆器を製造・販売している大﨑さん。築100年以上のご自宅は、壁や柱、扉に至るまで全て漆が塗られ、一度も修繕することなく建築当時のまま。国の有形文化財に登録されています。

案内してくださったギャラリーには、1000点以上の漆器が。さらに、人間国宝の作品も見せてくださり、ピーターさんは感動! のみで模様や絵柄を彫り、その溝に漆をすり込み、金粉などを埋めて装飾する「沈金」という装飾技術が使われています。他にも、漆で模様を描いて金銀の粉を定着させる「蒔絵」を施した貴重な作品も見せていただきました。
輪島塗は、工程ごとに専門の職人が作業する分業制。大﨑さんのような塗師屋は全体のプロデュースとデザインを担当し、それぞれの職人に注文。その後は、器の元となる木地作り、「大﨑漆器店」の職人も担当する漆塗り、蒔絵、沈金などの加飾に分かれています。
◆
まずは、「辻椀木地木工芸(※辻の字は一点しんにょう 以下同)」の四代目・辻正尭さんに木地作りの工程を見せていただきます。工房の中には、お椀の元となる荒型が山積み。この荒型を1カ月半燻し続けて乾燥させることで、水分が抜けて強度が高くなるそう。

乾燥させた荒型を電動ろくろにセットし、目とりかんなで形を整え、特製の小刀で毛羽だった部分を取り除きます。「こんなに薄くできるのが信じられません!」とピーターさん。
お椀の内側はさらに薄く削り、縁の幅はなんと約0.5㎜!
輪島の漆器は様々な工程で塗り重ねるため、薄い木地が良いとされています。
辻さんは「木地は薄く軽い方が、使うお客さんにとっても使いやすい器になりますね」と教えてくださいました。
そして今年9月、ピーターさんは再び、辻さんの工房へ。辻さんは突然の訪問に驚きながらも、再会を喜んでくださいました。震災当時、建物の被害は少なかったものの、壊れた棚や大量の荒型が工房に散乱。ライフラインはストップし、余震の危険もあることから地震直後はテント生活をしていたそう。
作業場では、激しい揺れでろくろに不具合が。辻さんは「復興の力になりたい」と全国で作品展を開催し、輪島塗の広報活動もしていたため、木地師としての仕事を始めたのは、地震から9カ月も経った頃でした。
現在辻さんは、木地師の仕事はもちろん、輪島塗のPR活動も継続中。ピーターさんは「また必ず会いに来ます!」と再会を約束しました。
2年前、ピーターさんは「かきこ」と呼ばれる漆掻き職人・長平 勇さんにもお世話になっていました。漆掻きとは、ユネスコ無形文化遺産にも指定されている、漆の樹液を採取する技術。長平さんは輪島で漆掻きを生業としているただ1人の職人さんです。
前回6月に訪れた時は、漆掻きのシーズン真っ只中で、ピーターさんは長平さんと山へ。
まずは漆の木にかんなを入れやすくするため、樹皮を鎌で平らにならす「カマ擦り」をしていきます。

漆かんなで樹皮に深く傷を入れたら、樹液が出やすくなるよう、かんなのメサシという部分で傷をつけます。漆は、1本の木から約200gしか採れない貴重なもの。
掻き終わった木は秋に伐採されますが、根から芽が出て10年後にまた掻けるようになるそう。ピーターさんも漆掻きを体験させていただくと、深く削りすぎてしまいました。
傷から採取した漆をろ過し、木の皮やゴミを取り除けば漆塗りに使えるように。国産の漆は貴重で、ろ過した漆は100gで約1万円することも。
かきこになって10年以上になる長平さんですが、以前の職場は造り酒屋。退職し、当時、輪島で廃れていた漆掻きを復活させるプロジェクトに参加しました。
最初はツテがなく、漆の木を植えることができずに何度もやめようと思ったそう。それでも職人を続けているのにはある想いが。
「使命感やね。これは残していかないとダメだ。輪島は漆器の産地やから1人はおらにゃ」と話してくださいました。

あれから2年、長平さんと再会。長平さんはご自宅があった場所に案内してくれましたが、地震によって家は傾き、9カ月後には水害のため、土砂崩れが発生。ピーターさんが漆掻きを手伝わせていただいた林もなぎ倒されてしまいました。
「これだけの大きな被害に遭われても前を向いて生きていらっしゃる長平さんは、本当にすごいと思います」(ピーターさん)。
そんな状況でも、長平さんは漆掻きの仕事を続けています。地震や豪雨で立ち入り禁止区域が多く、山は難しいため、市街地にある漆器店の庭に植えられた漆の木から採取。ピーターさんもお手伝いをさせていただきます。
震災後、輪島産の貴重な漆を残していきたいと、自分の畑に漆の苗を植え、その成長を見守っている長平さん。最後にピーターさんは「お会いできて本当に嬉しかったです」と伝え、ハグを交わしました。
◆
2年前、ピーターさんが輪島塗の工程の中で最も学びたかったのが、漆の塗り方。そこで、「大﨑漆器店」で輪島塗独自の製法を教えていただくことに。
輪島塗は最初から最後の仕上げまで120~130の工程があり、1年はかかるそうですが、「急いで仕事をすると、絶対結果は良くない」と大﨑さん。
輪島塗独自の製法「布着せ」を教えてくださるのは、職人歴12年の海守慎一さん。生漆に米糊を混ぜたものを机に塗り、その上に布を置いてなじませ、着せもの棒という道具でお椀の縁に張っていきます。
布着せは輪島塗の大きな特徴で、お椀の耐久性と強度が格段に上がるそう。

ピーターさんも挑戦させていただきますが、なかなか上手くできません。素早く布を着せないと粘着力が弱まり、木地への付きが悪くなってしまうのです。
そして布をはがさずに行うのが、輪島塗独自の技法「一辺地付け」。ろくろを回しながら、お椀全体に一辺地漆を塗っていきます。
一辺地漆とは、輪島で採れる珪藻土「地の粉」を、米糊が入った漆と混ぜたもの。漆と珪藻土を混ぜることで粒子が固く結びつき、断熱性に優れた膜に。
ピーターさんはこの工程も大苦戦。漆が均一につかず、海守さんに手伝っていただきました。
この後、二辺地付け、三辺地付けと計3回の下地塗りを経て「地研ぎ」の工程へ。
お椀を砥石で研ぎ、塗り重ねた漆をムラなく平滑にしていきます。力を入れすぎても、入れなさ過ぎてもダメという難しい研ぎですが、ピーターさんは合格点をいただくことができました。
次は下塗りが済んだ器の表面をなめらかにする中塗り。今回の来日で、一番学びたかった工程です。
中塗りなどの仕上げを行うのは、1年を通して温度20℃以上、湿度70〜80%に保たれた土蔵の中。職人歴47年のベテラン、隅 祐智さんに教えていただきます。
中塗り用の水分を飛ばした黒い漆を和紙で包み、絞って濾す道具「うま」にセット。細かいゴミやチリを取り除き、きれいな漆に。
この漆を、底の部分から塗っていきます。隅さんいわく、中塗りの極意は均一に塗ること。厚く塗ると垂れ下がって縮み、薄いと研げなくなるそう。

中塗りは強度を増し、表面をなめらかにする大切な工程。ピーターさんも挑戦させていただくと、「ちゃんと手を動かしている」と大﨑さん。ハケだけ動かすのではなく、お椀も回転させているのが良いそう。仕上がりも「綺麗に塗れている」と褒めていただきました。
この後、「風呂」と呼ばれる温度と湿度が一定の場所で乾燥させて漆を固め、研ぎの作業を。この中塗りの工程までで約8カ月かかり、さらに赤や黒の漆で上塗りをし、漆塗りの工程が終了。
次の工程は、優美な装飾を施す加飾。蒔絵と沈金という2つの装飾方法があり、今回は蒔絵を教えていただきます。
教えてくださるのは、職人歴55年の蒔絵師・北濱幸作さん。蒔絵とは、筆に漆をつけて模様を描き、金銀の粉を蒔きつける技法で、立体感をつけるなど、多彩な表現が可能です。
蒔絵の技法は、大きく分けて3つ。平面的に仕上げる平蒔絵、絵柄を高く盛り上げる高蒔絵。そして、金粉を蒔いた上に漆を塗って研ぎ、模様に奥行きを持たせる研ぎ出し蒔絵です。
今回は、研ぎ出し蒔絵を見せていただくことに。
まずはアウトラインから。猫の毛を使った蒔絵筆で、漆を器に乗せていきます。模様の中を塗りつぶす時は、金粉、銀粉をつけるために薄く均等に塗るのがポイント。
模様を描いたら、粉筒という穴が開いた道具に銀粉を入れ、漆が固まらないうちに蒔いていきます。
この後は、毛棒と呼ばれる道具で銀粉を飛ばして定着。これを湿度60%以上に保った湿風呂に約2日間入れて、漆を固めます。

ピーターさん、まずは練習用で、板に模様を描かせていただきます。
最初は筆を寝かせていたため、漆の量も一定にならず、うまく描けませんでしたが、北濱さんのアドバイスで筆を立てると繊細な線が描けるように。
失敗が許されない実際の漆器にも模様を描くと、「優秀な弟子になれそう」とお褒めの言葉をいただきました。
同じ要領で紅葉を描き、金粉を蒔いて固めます。さらに銀粉を蒔いた上に、はみ出さないよう緑の顔料を混ぜた漆で重ね塗りを。ここから、光沢や立体感を生み出す繊細な手仕事「研ぎ」の工程へ。

耐水ペーパーで表面の凹凸をとり、砥石で細かく研いで滑らかにします。
図柄がない部分に触れないように研ぐのがコツ。さらに研磨剤を布につけて研いでいくと、3段階の研ぎで銀紛が半分カットされ、銀紛と緑の漆が絶妙に混ざった状態に。
緑だけの葉っぱが、研いだだけで光沢のある葉っぱになりました。
続いて、仕上げの上絵。枝や葉の筋に見立てた線を描きます。
ピーターさんは、北濱さんが事前に用意してくださった赤い漆を塗った紅葉に上絵を。
完成した漆器は、研ぎにより金粉銀粉の層が顔を出し、独特の風合いが出ています。
「北濱さんの技術に本当に感動しました」とピーターさん。
あれから2年、記憶を頼りに北濱さんのお宅へ。北濱さんのご自宅は地震で全壊してしまい、車庫を改修して暮らしていたそう。元の家を取り壊し、今年9月に新居が完成しました。
改修した車庫は仕事場としても使い始め、地震から2カ月後には仕事を再開。
北濱さんは、「早く仕事に戻りたかったんですよね。何もしないでいるのが一番良くないと思った」と話します。
震災を乗り越えるため、少しでも励みになればと、蒔絵師として作品を全国に発信してきた北濱さん。「輪島の誇る伝統文化こそが復興の足がかりになってほしい」と、作り続けてきました。
現在手がけている蒔絵では、一つの模様を描くごとに銀粉を蒔き、その量を変えていくことで奥行きを出しています。「北濱さんの技術にはいつも驚かされます」(ピーターさん)。
「いっぱい失敗をしているので、それを避けて現在がある」と話す北濱さんに、ピーターさんは「いつの日か北濱さんに近づけるよう、僕も失敗をし続けます」と伝えました。
◆
2年前は、呂色師の大橋 清さんにもお世話になりました。大橋さんは、輪島塗の特徴である表面の光沢を出す、磨き専門の職人さんです。
指に粒子の細かい磨き粉をつけ、光るまで磨いていくことで、鏡のような艶に。その仕上がりに、ピーターさんは「漆器が生き物になりました!」と感動!
そんな大橋さんは、震災直後、小松市に避難。3カ月後には自宅に戻り、仕事を再開しました。ピーターさんは、「アメリカでも大橋さんに教えていただいたことを守りながら呂色に励んでいる」と伝えることができました。
「大﨑漆器店」の皆さんと再会
そしていよいよ、一番お世話になった「大﨑漆器店」の皆さんにもう一度会いたいと、大﨑さんのご自宅へ。ところが家は傾き、窓にはビニールシートが。玄関は大きく歪み、工房や土蔵があった場所は更地に。
実は「大﨑漆器店」は地震で甚大な被害を受け、家屋や工房、土蔵などの建物は崩れ落ち、撤去されていました。

そこで教えていただいた場所に向かい、大﨑さんと再会。喜びのハグを交わします。
悦子さんは「2人とも元気で命はありましたし。助かりました、これも」と、2年前にピーターさんがプレゼントした漆器のスプーンを見せてくださいました。
現在は、使われていなかった建物を漆器置き場として借りています。幸いにも、8割近くの漆器が被害を免れたそうですが、以前見せていただいた人間国宝の作品には亀裂が入っていました。
地震で崩れた自宅からなんとか逃げ出し、高台へ避難した大﨑さんご夫婦。その夜、街を見ると、朝市で火災が。翌朝、氷点下の中を歩き、ようやく市役所に避難することができたそう。

その後、避難所生活を経て仮設住宅へ。崩れた家屋で貴重な漆器を確認できたのは、地震から3カ月後のことでした。
雨や泥を被っていたものの、大切な漆器を目にした瞬間、涙があふれた大﨑さん。
「命よりも大切なものだからな、僕らにとっては」。
実は、運び出した漆器は他の施設にも。数千点もの汚れた漆器の洗浄を一手に引き受けてくれたのは、富山大学芸術文化学部の安嶋是晴先生が立ち上げたボランティア団体でした。「私たちだけだったら何年も何十年もかかって、死ぬまで洗い続けなきゃいけないことをやってくださったから、本当に感謝で…」と悦子さん。
しかし、地震から9カ月後、輪島市では観測史上最大といわれる豪雨が。
1時間に最大120㎜を超える記録的な大雨で川が氾濫し、洗浄したばかりの漆器が水没。
当時のことを振り返り、大﨑さんは「やる気が出てきた時に水害でやられたから、みんな心が折れちゃったよね」と話します。

そんな中、再び漆器を洗浄し、励まし続けてくれたのもボランティアの皆さんでした。
「泣いてばかりいたってしょうがない。かけがえのない輪島塗の貴重な文化の大切さを次世代へ伝えないと」(大﨑さん)。
漆器置き場の2階には、お世話になった海守さんをはじめ、仕事に励む職人さんたちの姿が。中塗りを教えてくださった隅さんは独立し、今もお仕事を続けています。
ここで皆さんに、アメリカでの漆器作りの映像を見ていただくことに。
帰国後、輪島で習った蒔絵や布着せなどの技術に挑戦し続けているピーターさん。
乾燥もオーブンを使った時短はやめて、自然乾燥を実践。ニッポンで教わった、生漆に米糊を混ぜる方法にもチャレンジしています。
米糊は炊いたお米を熱湯で練っているので時間がかかりますが、「良い作品を作るには、必要な手間ですよね」とピーターさん。大﨑さんからは「すごいよ、頑張っている」と嬉しい言葉が。
地の粉は、日本製のものを取り寄せて使うこだわりよう。お気に入りの道具は、大﨑さんにいただいた刷毛で、「塗り心地が滑らかで、漆ののりも抜群なのでいつも使っています」と絶賛。ピーターさんにとって、帰国前に大﨑さんからもらった刷毛と筆は、今も大切な宝物です。

さらに現在は、新たな試みも。生漆を染み込ませ、木地を固めたら布着せを。強度を上げるため、下地は3回繰り返したそう。そして、中塗り用の漆を和紙で包み、道具にセット。
この漆を絞って漉す「うま」は、なんとピーターさんの手作り! この漆を塗り重ねた作品は、完成までに約6カ月かかりました。
漆器作りの映像を皆さんに観ていただいたピーターさん、実はアドバイスをいただきたいと実物を持参。しかも、ご招待後の2年間に作った漆器のほとんどを持ってきたそう。
ピーターさんの作品の進化に、皆さんは驚き! 「めちゃくちゃ上手だぞ」(大﨑さん)、「100点を通り越している」(悦子さん)とお褒めの言葉をいただきました。

別れの時。「強い心で前を向いて進んでいらっしゃる姿に、僕の方が勇気づけられました。皆さんの笑顔は、何気ない日常が本当に幸せな時間であること、感謝を忘れないことを改めて教えてくれました。僕はずっと、皆さんを応援し続けます」とピーターさん。皆さんとハグを交わします。
最後「必ずまた帰ってきます!」と伝えるピーターさんに、大﨑さんは「待っているよ」と手を振ってくださいました。
木曜夜6時25分からは「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送!
▼今年8月、ドイツで7回目の開催となる「マイン祭り」は、“日本の祭り”をテーマにして伝統工芸品の物販や日本食の屋台、武道のワークショップなど、日本の文化を多岐にわたって紹介。ここに当番組の特設ブースを設置して日本に行きたい人を募集したところ、なんと100人もの日本好き外国人が集まった!
その中から今回は、日本独自の釣りスタイルと魚文化に憧れるイブラヒムさんをご招待!
▼これから旬を迎えるフグ…。市場にはほとんど出回らず、釣り人しか味わえない絶品フグを求めて東京湾へ! フグ釣り名人の船で釣果を重ね、20匹ものフグをゲット! 港に戻ると絶品フグ料理に舌鼓を打つ!
▼カツオのタタキを愛してやまないスペイン人、キンメダイを西京焼きにして食べたいキプロス人など、日本の魚文化を愛する外国人は他にも大勢いた!
▼宮城県の三陸・金華山沖は、ノルウェー沖、カナダ・ニューファンドランド島沖にならんで世界三大漁場と呼ばれている。イブラヒムさんには、そこでどうしても釣りたい“幻の魚”がいるという。スマガツオはマグロのトロのような味わいがある脂身を持ち、「全身がトロ」と言われることも! 果たして、“幻の魚”に出会い、見事釣ることはできるのか!?
※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。