”金持ち街道”に眠る<開かずの金庫>大量のお宝がギッシリ!:所さんのそこんトコロ
「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」(毎週金曜夜8時)。
6月26日(金)に放送された「開かずの金庫を開けろ!」をプレイバックします。
【動画】”金持ち街道”に眠る<開かずの金庫>大量のお宝がギッシリ!
リポーターのおばたのお兄さんが訪れたのは、京都府与謝野町。日本三景・天橋立を望むこの町は、「ちりめん街道」と呼ばれ、300年以上前から丹後ちりめんの交易で栄えた地域です。
最盛期を迎えた昭和40年代には年間約1000万反を生産し、現在の金額にすると、市場規模は推定2000億円以上。。機織り機を一度動かすだけで万単位の利益が出ると言われるほど、町全体が大きな活気に包まれていました。
![記事画像]()
依頼人は、老舗商店を営んでいた藤田家の皆さん。大正15年に建てられた商家で、約100年にわたって営業を続け、約25年前に店を閉じました。店ではひな人形や食器、履物、たばこなど、さまざまな商品を扱っていたといいます。
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開かずの金庫は、押し入れの中で眠っていました。
高さ約140センチ、幅約95センチの巨大な年代物。家の整理中に初めて発見されたものの、鍵のありかもダイヤル番号も分からず、何のために使われていたのかも不明でした。
6月26日(金)に放送された「開かずの金庫を開けろ!」をプレイバックします。
【動画】”金持ち街道”に眠る<開かずの金庫>大量のお宝がギッシリ!
リポーターのおばたのお兄さんが訪れたのは、京都府与謝野町。日本三景・天橋立を望むこの町は、「ちりめん街道」と呼ばれ、300年以上前から丹後ちりめんの交易で栄えた地域です。
最盛期を迎えた昭和40年代には年間約1000万反を生産し、現在の金額にすると、市場規模は推定2000億円以上。。機織り機を一度動かすだけで万単位の利益が出ると言われるほど、町全体が大きな活気に包まれていました。

依頼人は、老舗商店を営んでいた藤田家の皆さん。大正15年に建てられた商家で、約100年にわたって営業を続け、約25年前に店を閉じました。店ではひな人形や食器、履物、たばこなど、さまざまな商品を扱っていたといいます。

開かずの金庫は、押し入れの中で眠っていました。
高さ約140センチ、幅約95センチの巨大な年代物。家の整理中に初めて発見されたものの、鍵のありかもダイヤル番号も分からず、何のために使われていたのかも不明でした。
開錠に挑むのは、無敵の鍵職人・玉置恭一。
玉置の見立てでは、大正時代製の鍵とダイヤルによる二重ロック式。鍵は開いていたものの、ダイヤルの組み合わせは約11万通りにも及びます。
さらに、長年の経年劣化で開閉レバーはサビ付き、今にも折れそうな状態。レバーが壊れれば金庫を壊すしかないため、玉置も険しい表情で作業に臨みます。

作業開始から40分。重いレバーがついに動き、金庫の開錠に成功!
中には木製の戸棚と引き出しが収められていました。

戸棚の中からは、商店を建てた大正15年当時の借用書や徴兵保険料の領収書など、大量の書類が見つかりました。借用書には1000円と記されており、現在の価値では約200万円相当。

さらに、昭和19年発行の五銭アルミ貨や一銭硬貨などの古銭も発見。
五銭アルミ貨は、戦時中の昭和15年から18年までのわずか4年間、銅を軍需用に回すためアルミで製造された硬貨。これほど状態の良いものは現存数が少なく、貴重な品です。

引き出しからは、大正天皇御即位記念メダルも姿を現しました。
さらに、お金に関する書類や寄付への感謝状なども次々と発見。
金銀財宝こそ見つかりませんでしたが、100年以上続いた商店と藤田家の歴史が詰まった貴重な資料が数多く見つかる、価値ある金庫開錠となりました。
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