「絶品イカ料理」で能登半島・小木の皆さんを笑顔に!「応援団」のMC陣も登場:世界!ニッポン行きたい人応援団
ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(※8月3日(月)は夜8時放送)。
今回は、スペインに住む外国人の初来日の様子をお届けします。
【動画】「世界!ニッポン行きたい人応援団」最新回
紹介するのは、スペイン・マジョルカ島在住の「イカ」を愛するギジェさん。
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ニッポンの食卓に欠かせない「イカ」。刺身や煮物、干物など、その調理法は様々。
イカの食文化の歴史は古く、北海道にある約4000年前の縄文遺跡からは、イカをかたどった土器も発掘されています。
スペインのミシュラン三つ星レストランでシェフを務めた経験があるギジェさん。
スペインでは、イカをパエリアやフリットに使うことが多いため、和食の調理法の多彩さに感動! ニッポンのイカ料理の虜に。
この日ギジェさんが作ってくれたのは、幅1cmに切り分け、特製のタレを塗った「イカ刺し」と、衣にイカ墨を混ぜてうまみとコクを出した「イカ天」。機会があれば、本場のイカ刺しを食べてみたいそう。
2品とも家族に大好評ですが、まだ一度もニッポンへ行ったことがないというギジェさんは「イカ料理を本場で学び、その魅力をスペインで広めたいです」と話します。
そんなギジェさんをニッポンにご招待! 念願の初来日を果たしました。
向かったのは、石川県能登半島の小木地区。人口約1700人の小さな港町ですが、函館、八戸と並ぶ日本三大イカ釣り漁港の一つ。抜群の鮮度と高い品質を保つ技術で、イカ漁に革命を起こした町でもあります。
しかし、2年半前に能登半島地震で被災し、漁業にも大きな打撃が。
小木への道路は、今も片側が崩落したまま。修繕されていない道を車で進み、巨大なモニュメント「イカキング」が設置された、道の駅ならぬ「イカの駅」にやってきました。
ここでは、イカグッズやイカの塩辛などの食品を販売。併設のレストランでは、イカたっぷりの天丼やイカメンチなど、小木のイカを使った料理を提供しています。
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ギジェさんがいただいたのは、念願だったニッポンの「イカ刺し」。「衝撃的な鮮度の良さ!」と感動しますが……実は使っているのは生ではなく、冷凍のイカ。駅長の吉村昌央さんによると、小木独特の保存方法があるとか。
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昭和40年代、船上で凍らせる「船凍イカ」が登場すると、小木で専用の容器を独自に開発。1杯ずつ凍らせることで、イカ同士が接触しない「船内一尾凍結」が誕生しました。
獲れたての品質を閉じ込めたまま流通できることから、生のイカにも劣らない鮮度に。値は張りますが、小木ブランドとして全国から注文が入ります。
ギジェさんがスペインのレストランでイカを扱っていた時も、これほど鮮度の良いものはなかったそう。
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ギジェさんいわく、イカキングの赤茶色こそ新鮮なイカの証。イカは鮮度によって色が変わり、店頭に並ぶ頃には白いのが一般的ですが、小木の冷凍イカは生きたまま凍結させるため赤茶色です。
吉村さんによると、イカキングの人気で小木のイカに注目が集まり始めた矢先、地震による津波でイカの駅は水浸しに。人的被害こそ出ませんでしたが、吉村さんは家族と高台に逃げ、その後は避難所へ。恐怖しかない中、子どもたちを不安にさせまいと、気持ちを強く持って過ごしたそう。
2024年1月1日の能登半島地震では、小木でも震度6を観測。特に港周辺の被害が大きく、50棟以上の民家が倒壊。現在も多くの住民が仮設住宅で生活しています。
世間では復興したイメージがある中、吉村さんの中には「今の能登を見てほしい」との思いがあるようで、「こうやって来ていただけることは、本当に感謝しかない」。
ギジェさんは「同じニッポンのイカを愛する者として、少しでもお力になりたいです」と伝え、再会を約束しました。
今回は、スペインに住む外国人の初来日の様子をお届けします。
【動画】「世界!ニッポン行きたい人応援団」最新回
日本有数のイカの産地・能登半島の小木へ
紹介するのは、スペイン・マジョルカ島在住の「イカ」を愛するギジェさん。

ニッポンの食卓に欠かせない「イカ」。刺身や煮物、干物など、その調理法は様々。
イカの食文化の歴史は古く、北海道にある約4000年前の縄文遺跡からは、イカをかたどった土器も発掘されています。
スペインのミシュラン三つ星レストランでシェフを務めた経験があるギジェさん。
スペインでは、イカをパエリアやフリットに使うことが多いため、和食の調理法の多彩さに感動! ニッポンのイカ料理の虜に。
この日ギジェさんが作ってくれたのは、幅1cmに切り分け、特製のタレを塗った「イカ刺し」と、衣にイカ墨を混ぜてうまみとコクを出した「イカ天」。機会があれば、本場のイカ刺しを食べてみたいそう。
2品とも家族に大好評ですが、まだ一度もニッポンへ行ったことがないというギジェさんは「イカ料理を本場で学び、その魅力をスペインで広めたいです」と話します。
そんなギジェさんをニッポンにご招待! 念願の初来日を果たしました。
向かったのは、石川県能登半島の小木地区。人口約1700人の小さな港町ですが、函館、八戸と並ぶ日本三大イカ釣り漁港の一つ。抜群の鮮度と高い品質を保つ技術で、イカ漁に革命を起こした町でもあります。
しかし、2年半前に能登半島地震で被災し、漁業にも大きな打撃が。
小木への道路は、今も片側が崩落したまま。修繕されていない道を車で進み、巨大なモニュメント「イカキング」が設置された、道の駅ならぬ「イカの駅」にやってきました。
ここでは、イカグッズやイカの塩辛などの食品を販売。併設のレストランでは、イカたっぷりの天丼やイカメンチなど、小木のイカを使った料理を提供しています。

ギジェさんがいただいたのは、念願だったニッポンの「イカ刺し」。「衝撃的な鮮度の良さ!」と感動しますが……実は使っているのは生ではなく、冷凍のイカ。駅長の吉村昌央さんによると、小木独特の保存方法があるとか。

昭和40年代、船上で凍らせる「船凍イカ」が登場すると、小木で専用の容器を独自に開発。1杯ずつ凍らせることで、イカ同士が接触しない「船内一尾凍結」が誕生しました。
獲れたての品質を閉じ込めたまま流通できることから、生のイカにも劣らない鮮度に。値は張りますが、小木ブランドとして全国から注文が入ります。
ギジェさんがスペインのレストランでイカを扱っていた時も、これほど鮮度の良いものはなかったそう。

ギジェさんいわく、イカキングの赤茶色こそ新鮮なイカの証。イカは鮮度によって色が変わり、店頭に並ぶ頃には白いのが一般的ですが、小木の冷凍イカは生きたまま凍結させるため赤茶色です。
吉村さんによると、イカキングの人気で小木のイカに注目が集まり始めた矢先、地震による津波でイカの駅は水浸しに。人的被害こそ出ませんでしたが、吉村さんは家族と高台に逃げ、その後は避難所へ。恐怖しかない中、子どもたちを不安にさせまいと、気持ちを強く持って過ごしたそう。
2024年1月1日の能登半島地震では、小木でも震度6を観測。特に港周辺の被害が大きく、50棟以上の民家が倒壊。現在も多くの住民が仮設住宅で生活しています。
世間では復興したイメージがある中、吉村さんの中には「今の能登を見てほしい」との思いがあるようで、「こうやって来ていただけることは、本当に感謝しかない」。
ギジェさんは「同じニッポンのイカを愛する者として、少しでもお力になりたいです」と伝え、再会を約束しました。
12時間ぶっ通し!過酷なイカ漁
続いて向かったのは、イカ漁船が出航する小木港。日本海の荒波から守られた内海にあるため、風待ち港として全国の漁船が集結。情報交換の場にもなったことで、小木のイカ漁師の技術が磨かれてきた歴史があります。
イカ漁には、遠洋で1か月以上かけて行う冷凍イカ漁と、近海で釣り、翌日港に戻る生イカ漁が。ギジェさんの熱意を伝えたところ、生イカ漁に同行させていただけることに。
出迎えてくださったのは、イカ漁師歴50年の大ベテラン、太田均さん。今回は、太田さんの船に乗せていただく予定でしたが、太田さんが骨折したとのことで、仲間の生イカ漁師・石倉一紀さんの船に乗せていただきます。
午後1時、船が出航。能登近海には全国から約40隻のイカ釣り漁船が集結し、より多くの水揚げを狙って、日没前から漁場の取り合いに。

その日にたくさん釣れるかは、「電気つけてみないとわからない」と石倉さん。集魚灯の眩しい光を嫌うイカは、影となる船底に集まるため、そこに釣り糸を垂らします。
港を出て3時間。漁場を決めるのは、漁師の経験と勘。レーダーや過去のデータをもとに、イカの好むプランクトンの居場所を探っていきます。
漁場が決まったら、自動イカ釣り機をスタンバイさせ、疑似餌の付いた針を海中へ。1匹ずつ針にかけることで、イカが傷つかず、質の良いまま水揚げできるそう。ここから12時間、漁は翌朝4時まで続きます。
午後6時、集魚灯を点灯してからが、イカ釣り漁の本番。大雨のため、最初はなかなかイカの姿が見えませんでしたが、夜行性のイカが動き出す夜9時を回ると、ついに念願のイカが!
次から次へと、スルメイカが船の上へ。足に針がかかっているうちに釣り上げると、勢いで勝手に針から外れる仕組みになっています。
釣り上げたイカは、同じサイズの約30匹を1つの氷箱へ。今日の目標は100箱だそう。
午前0時、石倉さんが獲れたてのスルメイカで「イカ刺し」を作ってくださることに。皮を剥ぐと、まな板が透けるほどの透明な身が。イカソーメンのように細く切ると、「こんなイカ刺しの作り方があるなんて目から鱗です」(ギジェさん)。

細く切るほど繊維が断ち切られ、とろけるような食感に。生姜醤油で食べるのが石倉さん流で、ギジェさんは「これは格別です。生涯で一度しか食べられないイカ刺しです」と大絶賛!
その後もイカ漁は夜を徹して続けられ、出航から17時間後、ようやく港へ。
この日の釣果は、目標の100箱を大幅に超える158箱、約4700杯に。石倉さんとも再会を約束し、港を後にしました。

そしてギジェさんは、小木のとあるお宅へ。宮下順子さんを筆頭に、小木のイカ料理を知り尽くした地元のお母さんたちが、ニッポンのイカ料理を学びたいギジェさんのために集結!
まずは、スルメをさらに美味しくする伝統の調理法を伝授。コンロで炙ったスルメをトンカチで叩きます。叩いて柔らかくすることで、うまみ成分がだ液に混ざりやすくなり、より美味しさが感じられるそう。
叩いたスルメは一口サイズに裂き、砂糖醤油をまぶします。順子さんによると、子どもの頃はお弁当のおかずの定番だったとか。

続いて、石倉さんから分けていただいた生イカに切れ目を。切れ目が外側になるよう海苔を巻き込み、小麦粉と卵黄をつけて油で揚げ焼きにすれば、「イカの黄金焼き」が完成。
小木では、子どものおやつやおつまみとして人気です。
3つ目は、小木の祝いの席に出るイカ料理。湯通ししたキャベツでにんじんやセロリ、イカのゲソを巻き、茹でたイカの中に詰めると、ギジェさんは「すごいアイデアです!」と驚き。自家製の甘酢に5日間漬ければ、見た目も華やかな「イカの酢漬け」に。
イカ料理が揃ったところで、漁師の太田さんや石倉さんも駆けつけ、石倉さんが獲った生イカの刺身や、希少なメガラス(イカの口)などをいただき大満足!
ここで、太田さんの妻・百合子さんが「イカ釣船はどうでしたか?」と尋ねると、「本当に貴重な体験で、生涯忘れないと思います」とギジェさん。
さらに、「私は太田さんの船も心に強く残っています」と続けます。実はギジェさん、太田さんから震災の時の話を聞いていました。

太田さんの船は、地震で土砂崩れの下敷きになり、完全に水没。代々営んできた漁師を廃業することも考えましたが、「このままで終わりたくないなという気持ちが強かった」(太田さん)。
そんな太田さんの背中を押したのが石倉さんでした。石倉さんが船の仲介役となり、北海道で売りに出ていた中古のイカ漁船と出会ったそう。太田さんは、この漁船を国の助成金で購入し、イカ漁師を続けることを決めたのです。
「(漁師を)今も続けられて、元気いっぱいに戻ったので、ほっとしました」と話す百合子さんに、「通訳されなくても、百合子さんの表情を見て理解できました」とギジェさん。
その後も楽しいひとときを過ごし、皆さんと打ち解けることができました。
能登伝統の魚醤「いしり」を学ぶ
続いて訪れたのは、ギジェさんがかねてから興味があった、能登伝統の魚醤「いしり」を製造する「カネイシ」。イカ由来のタウリンを多く含むいしりは、うまみが豊富なことから、根強いファンが多い調味料です。

三代目の新谷伸一さんに製造現場を見せていただくと、巨大な樽がずらり。1本に1600kgほど入っており、今年の仕込みの量はイカわたで35tほど。「想像を絶するほどのイカが必要なんですね」(ギジェさん)。
スルメイカのわたと塩だけで、1年かけて造られるいしり。その発酵に欠かせないのが、能登の気候です。三方を海で囲まれ、夏は涼しく、冬は寒さがマイルド。温度変化の緩やかさが、いしりの発酵熟成に最適な環境を生むのだとか。
味見させていただくと、ほんの少しで強烈なうまみが。新谷さんによると、魚料理だけでなく、肉料理や炒め物の隠し味にも使えるそう。
実は「カネイシ」にも地震の影響があったといいます。工場が高台にあったため、直接的な被害は免れたものの、通常の年の60%しか仕込むことができなかったとか。
当時、被災状況をSNSで発信し、支援物資が届くとお礼の投稿をしていた新谷さん。
震災直後、地割れで車が通れず、物資が届きづらかった能登を救ったのが、長年ともにイカを追い続けてきた全国の漁師たちでした。函館から巨大なイカ釣り漁船で運ばれた支援物資により、小木港は瞬く間にいっぱいに。
「これまで紡いできたイカ漁の歴史で、深い絆が生まれていたことに感動しています」(ギジェさん)。お土産に、貴重ないしりといしりポン酢をいただきました。

続いて、ギジェさんは小木のイカを使った加工食品を製造する「和平商店」へ。切り盛りするのは、小木で生まれ育った浅井園子さんです。
イカに生姜味噌を詰めて焼いた「鉄砲焼き」も試食させていただき、「美味しい!」とギジェさん。イカで煎餅も作っていると聞き、「信じられない!」と驚きます。
生地に使うのは、スルメを細かく粉砕したスルメ粉。これを生イカのミンチに加え、煎餅に。3時間乾燥させて水分を抜くと、小木土産の定番・イカ煎餅が完成。イカの含有率は48%だそう。
焼き立てをいただいたギジェさんは、「素晴らしい味です。口が驚いています」と絶賛。「和平商店」の皆さんとも再会を約束しました。
小木の皆さんをイカ料理で笑顔にしたい
そして、ギジェさんは「小木公民館」へ。ここで、小木の皆さんに料理を振る舞います。
実は、昨夜の歓迎会で、能登町役場に勤める灰谷貴光さんからこんな話が。
“イカが好きすぎる公務員”として地元で有名な灰谷さんは、震災前まで「イカす会」というイカのお祭りを開催。イカ料理やつかみ取り、はらわた早抜き選手権などの企画で、毎年盛り上がっていたそう。「いつかお祭りも再開できたら……」と話してくださいました。
灰谷さんの話を聞いたギジェさんは、「小木でたくさんの方にお世話になったので、ぜひ感謝の気持ちを込め、イカ料理を振る舞いたいです」と提案。公民館のホールをお借りし、イカ料理で小木の人たちを笑顔にする、ギジェさんなりの「イカす会」を開催することに。
「私がここに来た目的は、ニッポンのイカ料理を学び、スペインで広めることでした。しかし小木に来て、復興の最中にもかかわらず、優しく迎え入れてくれた皆さんに料理で感謝を伝えたい想いが強くなりました。明日は多くの方を笑顔にできるよう、全力で頑張ります」(ギジェさん)。

翌日、昼12時の開催に向け、ギジェさんは朝8時から調理室に。そこへ、地元のお母さんたちが次々と駆けつけてくださいました。
イカ料理を教えてくださった順子さんも登場し、「偉大な先生がいらっしゃいました」と
ハグを。ギジェさんは、「いざというときは、先生に助けていただきます。私は弟子なので」と話します。
ミシュラン三つ星レストランでシェフを務めていたギジェさんは、スペイン料理をベースに、小木で学んだイカ料理を融合させた“新たなイカ料理”を作りたいと、小木名産の一尾凍結イカ40杯を用意。50人分を想定し、ギジェさんが頼んだ材料を9名のお母さんたちが手分けして調理します。

ギジェさんは、「和平商店」からいただいたイカ割き包丁でイカを捌きます。
イカ割き包丁は、能登で100年以上続く鍛冶屋が開発。ヌルヌルしたイカが逃げない、適度な重さのある刃で、刃渡りはスルメイカを捌きやすい12cm。早速イカを捌くと、「信じられない切れ味です」(ギジェさん)。
ここでギジェさん、スペインを代表する料理・パエリアを作り始めます。熱したフライパンにオリーブオイルを入れ、小木のイカを投入。しばらく置き、あえて焦がすことで、メイラード反応により香ばしい香りとコクが生まれるそう。そこに、ニンニクを加えたミートソース、水に浸けておいた石川県産のお米、魚介と野菜のスープを加えて炊きます。

もう一品は、イカと能登野菜の炒め物。「カネイシ」特製、いしりが味の決め手で、味見したお母さんたちは、「美味しい!」と感想を。
会場には、すでに想定の2倍近い95人の住民が! そこで、急きょ味噌汁を追加。料理の配分を調整します。

昼12時、ギジェさんの「イカす会」がスタートすると、なんと「応援団」団長の織田信成さんと、番組レギュラーの眞鍋かをりさんがサプライズで登場! ギジェさんの想いを知り、東京から応援に駆けつけたのです。
早速、2人でパエリアの仕上げをお手伝いし、無事に完成。ニッポンのお米を使った和風パエリアには、イカ墨を加え、さらにコクを。ニンニクとレモン汁を入れた特製マヨネーズを添え、お好みで味変できるように仕上げました。
ギジェさんが作ったイカ料理は、住民の皆さんに大好評。イカの駅の吉村さん、漁師の太田さんも箸が止まらない様子で、皆さんを笑顔にすることができました。
お世話になった方々を、「応援団」の2人にも紹介。和平商店の皆さんは、手書きのメッセージをくださいました。「このプレゼントはずっと心に残ります」とギジェさん。小木の人たちの優しさに触れた2人でした。

閉会後は、住民の皆さんをお見送り。皆さんから「美味しかったです」と嬉しい言葉をいただき、灰谷さんも「素敵なイカす会をありがとう!」と握手を。ギジェさんの「イカす会」は大成功を収めました。
手伝ってくださったお母さん方に「皆さんのおかげで、本当に素晴らしい時間を過ごせました」と感謝を伝えるギジェさん。「あなたはこの街の伝説になる漁師です。ずっとお元気で!」と太田さんとハグを交わし、石倉さんの妻・久子さんには「また、あのイカ刺しが食べたいとお伝えください」と、漁のため来られなかった石倉さんへのメッセージを託します。
さらに、「順子さんに出会えて良かったです。あなたが料理を作るたびにこの街の人々が集まり、元気をもらっていたのだとわかりました」と伝えると、「また会いましょう」と順子さん。最後に、スペイン・マジョルカ島発祥のエンサイマーダという菓子パンをお土産に渡しました。
順子さん、太田さん、皆さん、本当にありがとうございました!
イカを通して、様々な出会いがあったニッポン滞在。帰国を前にギジェさんは、「小木はまだまだ復興の最中です。しかし、住民たちの強い絆でこの苦難を乗り越え、これからもイカの街として歴史に名を刻んでいくと確信しています」と語ってくれました。
ギジェさん、またの来日をお待ちしています!
月曜夜8時からは、「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送!
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●老舗体操器具メーカーの「セノー」を訪問し、その構造や秘密を学ぶ!
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※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。