ニッポンの「銭湯」を堪能!伝説の銭湯絵師が描く富士山に感動!:世界!ニッポン行きたい人応援団
ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(毎週月曜夜8時)。
今回は、「ニッポンの銭湯とお風呂文化の奥深さがわかる!SP」をお届けします。
【動画】「世界!ニッポン行きたい人応援団」最新回
千葉・佐原で120年続く老舗の銭湯
紹介するのは、アメリカ在住の「銭湯」を愛するアダムさん。

疲れた心と体を癒やし、人と人との絆を温める「銭湯」。その起源は1300年以上前に寺院が作った入浴施設とされ、蒸気を浴びるサウナ形式で人々は徳を積んだそう。
江戸時代になると、沸かした湯を浴槽にためた「湯屋」が誕生。武士も町民も身分に関係なく裸の付き合いができる憩いの場となり、現在の銭湯の原型に。
アダムさんは10年前、日本好きの妻・ジェシカさんから銭湯文化を教えてもらって以来、銭湯の虜に。夫婦でニッポンに旅行したこともありましたが、タトゥーのあるアダムさんは日本人に配慮したいと銭湯を我慢。まだ一度も入ったことがありません。

案内してくれたのは、地元サンフランシスコでアダムさんが経営する銭湯。お風呂は混浴ですが、脱衣所は男女で分かれており、浴衣やタオルセットも完備。湯に浸かる前はシャワーで体を洗うなど、お客さんにニッポンのマナーを守ってもらうことを徹底しています。
自分で作るほど銭湯好きのアダムさんは「伝統的な銭湯に入って知識を学び、銭湯をマスターしたい」と話します。
そんなアダムさんを、ニッポンにご招待! 念願の来日を果たしました。
「関東と関西は銭湯文化が全く違うので、伝統的な銭湯に行って学びたいです」とアダムさん。向かったのは、千葉県北東部の佐原。1900年創業の老舗「金平湯」にやってきました。
営業前、生まれて初めてニッポンの銭湯に入らせていただきます。
120年以上前から変わらない木造りの脱衣所には、昭和初期から使われている体重計が。今は多くの銭湯がカウンターになり、なかなか見られなくなった番台も健在。四代目番頭・金田まゆみさんによると、足が伸ばせないほどの狭さだそう。

いよいよ、念願の浴室へ。アダムさんは「ついに本場の銭湯を体感することができました」と感動! 関東では、歴史的に肉体労働者が多く、湯に浸かる前に汚れを落とす習慣が根付いたといわれ、手前に洗い場があるのが一般的。しっかり身を清めてから、奥にある浴槽と富士山を堪能するのが関東流です。
この富士山を描いたのは、ニッポンに2人だけといわれる銭湯絵師の一人、中島盛夫さん。銭湯絵師として初めて現代の名工に選出された巨匠です。アダムさんは中島さんに憧れており、「ついに目の前で見られました」と、またまた感動!
午後3時、金平湯の営業開始。金平湯はタトゥーの方の入浴は禁止していないため、裸で日本人と銭湯に入る夢が叶います。
関東のルールに従って、湯船に浸かる前に体を洗い、浴槽へ。「最高の湯加減です」とお湯を堪能。常連のお客さんによると、井戸水を使っているそう。利根川下流に位置する佐原は、ミネラルを含む地下水が豊富なのです。
お風呂上がりのアダムさんは、「いつまでもポカポカして、不思議なお湯でびっくりしてます」と驚き。体の芯まで温まる、保温性抜群のお湯の秘密を金田さんが教えてくださることに。

燃料は、手間がかかるため今では希少となった薪。多くの銭湯は重油などを燃やすため、お湯を簡単に温めることができますが、金平湯では廃材を釜に入るサイズに切って使っています。
1日の営業で消費する薪は、軽トラックの荷台半分ほど。毎週4時間かかる大変な作業ですが、薪で沸かすとまろやかで湯冷めしにくく、体の芯まで温まるお湯になるそう。閉店の夜10時まで、40分に一度は薪を入れて温度を保っており、猛暑の中も頻繁に作業しています。
9年前、先代の番頭を務めていた夫の俊夫さんが亡くなり、一度は廃業を考えたという金田さん。それでも1日11時間、月に3日しか休まず銭湯を守っているのにはある想いが。
東日本大震災の際、佐原も被害が大きく、断水や停電に。そんな中、金平湯は井戸水と薪のおかげで営業を継続でき、お風呂に入れなかった人々から感謝されたそう。
銭湯を必要とするお客さんが、金田さんの原動力となっています。

「銭湯の存在意義をすごく学べました」と伝えるアダムさんに、金田さんは「楽しみに来てくれている人がいるから頑張れます」と話してくださいました。
金平湯の皆さん、本当にありがとうございました!
京都で愛される大人気銭湯
この日、アダムさんは京都の伝統的な銭湯「旭湯」へ。京都の地下には琵琶湖に匹敵するほどの豊富な地下水があり、銭湯の数は80軒と全国で5本の指に入ります。
中でも南区にある旭湯は、格安の銭湯とは思えない充実した設備が人気。お客さんは1日300人に達することも。
ここで、番組MCの高橋茂雄(サバンナ)さんが合流。芸能界屈指のお風呂とサウナ好きで知られる高橋さんは、京都府文化観光大使として地元の銭湯の魅力を広めており、関西の銭湯の入り方をレクチャーしたいと駆けつけてくれました。

旭湯はタトゥーの方の入浴を禁止していないため、早速、中へ。人が編んだ籐かごがあるのも京都ならでは。脱いだ服を入れ、かごごとロッカーに入れます。
そして浴室へ。関東は湯船が奥側にありますが、関西は中央。商人の町である関西は、それほど体が汚れていないため、入り口でかけ湯をして湯船で温まってから体を洗うのが伝統的なスタイル。そのため、中央の浴槽周りに洗い場を設置することで、狭い間口を有効活用している銭湯が多いとか。
また、関東は富士山のペンキ絵が多いのに対し、関西はその土地の風景のタイル絵が一般的。富士山の絵が少ない理由は、関西では富士山が見えないからだそう。
お風呂で体が温まったところで、旭湯の人気の秘密、20人が同時に入れる超巨大水風呂へ。井戸から汲み上げたまま掛け流しの天然地下水は18℃。さらに、入浴料金550円に含まれる95℃のサウナは、スーパー銭湯並みの広さ。アメリカのサウナは85℃で物足りなさを感じていたアダムさんは「ニッポンのサウナは熱さも完璧でずっといたいです」と大満足!
内風呂の外にはなんと檜の露天風呂が。「旅館並みじゃないですか!」と驚くアダムさんでした。
旭湯の皆さん、本当にありがとうございました!

意気投合した2人はサウナをはしごした後、高橋さん行きつけの人気店「夷川餃子なかじま 団栗店」にやってきました。
すると高橋さんは、お店の奥へ。そこには、なんと銭湯が! 実はこちら、サウナ好きのオーナーが作った町中華型銭湯「ぎょうざ湯」。完全予約制で、サウナと水風呂はもちろん露天風呂まで完備しています。
サウナを楽しみ、露天風呂で外気浴を。厨房と繋がった小窓があり、インターホンを通してビールやレモンサワーも注文可能。風呂上がりには、店内で餃子とビールをいただき、2人で「ととのったー!」と大満足!
「高橋さんとは銭湯を通じて仲良くなれた気がしています」(アダムさん)。高橋さんは、「次に日本に奥さんと来るときは、僕の妻と一緒に東京のサウナを案内するよ」と約束しました。
ぎょうざ湯さん、本当にありがとうございました!
埼玉・川口の銭湯に富士山のペンキ絵を
この日、向かったのは埼玉県川口市の「喜楽湯」。埼玉では、設備が充実したスーパー銭湯の波に押され、廃業する銭湯が増加。そんな中、戦後から愛され続けているのが喜楽湯です。
代表の原延幸さんが見せてくださったのは、実家である東京の老舗銭湯「殿上湯」の写真。原さんは五代目として頑張っていたものの、家族間での話し合いの末、4年前に廃業。その翌年、喜楽湯の経営者が店を手放すことを耳にし、引き継ぎました。

原さんは、お客さん同士が肩書きを外して裸で語り合える…そこが「銭湯の良いところ」と話します。「友情をより深めてくれるのが銭湯なんですよね」(アダムさん)。
人と人との絆を結ぶ銭湯文化を守りたいという想いから、土日は朝8時から営業し、毎週木曜日にはフードトラックや野菜の直売屋台も。地域のお客さんのために頑張っています。
そんな喜楽湯には、富士山のペンキ絵がないという悩みが。銭湯絵師によるペンキ絵は高額で、なかなか実現できないそう。実は、原さんの実家の銭湯には、アダムさん憧れの銭湯絵師・中島さんが描いた富士山があり、原さんはその富士山が忘れられないと話します。
するとアダムさんが、「え〜と…私たちが実現させます!」と宣言。喜楽湯を応援したいというアダムさんの想いを実現するため、番組が中島さんに交渉することに!
果たして、富士山を描いていただくことができるのでしょうか。
檜風呂作りの職人技に驚き
中島さんにコンタクトを取る間、アダムさんは長野県南部の南木曽町へ。実は京都の旭湯で、檜風呂を作る職人技を目に焼き付けるのが夢だと話していました。
水にも菌にも強く圧倒的な耐久性を持つことから、古くから風呂だけでなく家具や建築にも用いられてきた檜。中でも、日本最大級の天然檜林が広がる長野県の木曽地方で育った檜は「木曽檜」と呼ばれ、樹齢300年のものは伊勢神宮の建築にも使用される最高級の木材です。
そんな木曽檜を使い、檜風呂を手作りしているのが、南木曽町の「志水木材産業株式会社」。さまざまな木製品を手仕事で作っています。
中でも、天然の木曽檜を使った主力の檜風呂は、世界最古の宿として知られる山梨の高級旅館「慶雲館」や、大人気のクルーズトレイン「TRAIN SUITE四季島」の客室の一部に導入されています。

三代目の志水弘樹さんはホテルも経営しており、大自然の森に囲まれた檜風呂が。タトゥーを隠せば入浴可能とのことで、アダムさんも入らせていただきます。
「外なのに檜風呂は温度が全然下がらない気がします」。志水さんによると、木のお風呂は保温性が高いとか。
一般的な四角い箱型は釘などで繋ぎ合わせますが、最も難しいのが桶型。釘を使わず無数の板を繋ぎ、美しい曲線を生み出すそう。その驚きの工程を見せていただきます。
檜風呂の木材は「志水林業製材」で製材。使うのは、樹齢200年以上の天然木曽檜で、その数は少なく、国の管理のもと計画的に伐採。山奥から数本ずつ特別滑車で丁寧に運ばれます。切り出された木は競りにかけられ、その希少性から、最高級の巨木になると1本200万円以上の値が。
高価な木材でも、全て使えるとは限りません。変形したり割れたりする部分は避け、原木を大きな帯ノコギリに押し当てて板や角材に。木の外側はタンパク質が多く腐りやすいため、檜風呂に向かないそう。

慎重に何枚も加工し、桶型風呂の大きさによって異なりますが、直径2mサイズで約70枚分の板を作ります。この板をとるためには、木曽檜が8~10本も必要なのだとか。
製材が終わると、いよいよ檜風呂職人の出番。職人歴25年の熊倉英雄さんに作業を見せていただきます。
加工された板は、使える部分のみを切り出しているため幅がバラバラ。これを手仕事で、円形に繋ぎ合わせていきます。
曲線を作るためには、長方形の板の両端を削って角度を調整。角度が付いた板を並べることで綺麗な円に。それを作るのに大事なのが、角度の目安にする「正直」という定規。桶の大きさにより角度が違うため、サイズごとに手作りしてます。

板を削るのは手押しカンナ。台の真ん中で高速回転する3枚の刃で削ります。本来は直角にするための道具ですが、木屑を板の下に入れて傾けたまま削り、角度をつけるそう。
木屑を補充しながらミリ単位で角度を調整してピッタリの角度に。
「どうすればこんな神業が?」と驚くアダムさんに、「慣れ」と語る熊倉さん。熟練の手仕事で約70枚を仕上げていきます。
そして、いよいよ板を繋ぎ、桶型に。お風呂の内側を上にして、横幅がバラバラな70枚の板を職人の感覚で均等な円形になるよう並べていきます。

ここからはスピード勝負のため、もう1人の職人さんと作業。耐水性の接着剤をわずか3分で約70枚の板に塗り、乾く前に板を全て貼り合わせます。
糊付けからわずか13分で、桶型の組み立てが終了。「ちゃんと角度をつけていないと綺麗にくっつかない」(熊倉さん)。木はお風呂で水分を吸うと膨らみ、隙間がなくなるため接着剤と木工ダボだけで固定しています。
木材から桶型檜風呂を作り上げるのにかかる期間は3か月。板がついたら、体が触れる内側と外側を滑らかにするため、3日かけて鉋がけを。板の継ぎ目がわからなくなるほど、光沢を出していきます。
タガ締めをして、底板を木槌で少しずつ慎重にはめていくと…最高級天然木曽檜の桶型檜風呂が完成。直径2mで販売価格は約240万円だそう。
「木曽檜と職人の皆さんの想いを感じられて最高の経験でした!」(アダムさん)。
最後は、記念写真がレーザープリントされた檜の湯桶をプレゼントしていただきました。
志水木材産業の皆さん、本当にありがとうございました!
ドリルを使って湯の花を掃除
さらにアダムさん、銭湯以外にどうしても行きたかったという、和歌山県の花山温泉へ。
お肌に良いと評判で、全国の温泉旅館やホテルを利用したお客さんによる温泉総選挙で1位も獲得。そんな花山温泉温泉を守るための超過酷な作業があるそうで、定休日にその作業を見せていただくことに。

花山温泉は高濃度の炭酸泉。ミネラルや鉄分が豊富すぎて、空気に触れると結晶化し、湯の花に。浴室に入ったアダムさんは、湯の花の結晶でゾウの足の太さほどになった浴槽の手すりに驚き! なんと10年以上経っているそう。
ここだけではなく、他の浴槽も湯の花がビッシリ。週に1度掃除しなければ、排水口なども詰まり、温泉に入れなくなってしまうのです。
2日経てば湯の花の結晶がついてしまうため、毎週、8時間かけてドリルで掃除。今回、お客さんから「手すりが使いにくい」との要望があり、10年物の結晶も削っていきます。
アダムさんもドリルを駆使してお手伝い。最後まで削り、手すりが復活! アダムさんが削った高さ40cmの結晶は近年稀に見るサイズだそうで、ロビーに飾っていただきました。
花山温泉の皆さん、本当にありがとうございました!
伝説の銭湯絵師が描く富士山
再び、川口市の喜楽湯に戻ったアダムさん。するとそこに、アダムさんの憧れ、ニッポンに2人だけといわれる銭湯絵師の1人、中島さんの姿が! なんとアダムさんの想いに応え、富士山を描いてくださることになったのです。

81歳の中島さんは、準備から撤収まで、基本的に全て一人で行います。高い場所に描く際に使う足場を自ら組むことも。
今回富士山を描くのは、高さ2m、幅11mの巨大な壁。どんなに巨大な壁でも、銭湯の定休日1日だけで富士山を描き上げるのが銭湯絵師の仕事。原さんには別の場所で待機していただき、早速中島さんに描いていただきます。
使うのは、白、赤、黄、青のペンキのみ。これ以外の色は、ペンキを混ぜ、塗料を薄める液を入れて作ります。中島さんはたった4色のペンキから、頭の中に描いた色を寸分違わず作れるそう。
まず、男湯と女湯を分ける壁の上に登った中島さん。いきなりフリーハンドで富士山を描き始め、アダムさんは驚き! 中島さんの作品作りは、全て下書きなしのフリーハンド。
絵の構図は、壁を見た瞬間に富士山の位置だけ決めて、あとはその日の気分で描くそう。

すると中島さんからアダムさんに「富士山の左側にある青空を塗ってほしい」とのリクエストが。戸惑いながらペンキを塗っていくアダムさんでしたが、色が入りにくい板の隙間も、力があるためしっかり塗れています。
アダムさんが塗っている間、中島さんは休憩。離れた場所から全体のバランスを確認する大事な時間です。塗り終わったら、青空の下に、中島さんがフリーハンドで絶妙なバランスの美しい雲を。
続いて富士山。白いペンキで雪化粧を施し、筆を使って山の尾根を描くと「立体感が出てきました」(アダムさん)。中島さんにパワーと腕の長さを買われたアダムさんは、反対側の青空のペンキ塗りも任されました。

作業を続けること6時間、中島さんがサインを入れて完成! 中島さんに促され、アダムさんも恐縮しながら自分のイニシャルを。「6時間で描いたなんて信じられません」と驚くアダムさんに、中島さんは「会心の出来!」と笑顔がこぼれます。
喜楽湯に、原さんをはじめ、噂を聞きつけたスタッフさんやお客さんも集まり、いよいよお披露目。駿河湾を穏やかに見守るニッポンの象徴・富士山に、皆さんから拍手が。
「喜んでもらえるのは嬉しいこと」(中島さん)。「感謝しても感謝しきれないです」(原さん)。中島さんのおかげで、喜楽湯さんの力になることができました。
中島さん、喜楽湯の皆さん、本当にありがとうございました!
帰国を前にアダムさんは「人と人とを繋ぐ銭湯の素晴らしさを改めて実感できました。富士山の絵で日本人の方が笑顔になった光景は、一生の宝物です。ありがとうニッポン!」と語ってくれました。
アダムさん、またの来日をお待ちしています!
月曜夜8時からは、「ニッポン行きたい人応援団」を放送!
▶︎ 日本の情景に魅了されたオランダ人ジオラマ作家が念願の初来日を果たし、長野県の穂高・白馬で理想の原風景を探索!
▶︎ 世界大会で最優秀賞に輝いた模型部の女子高生たちと最強のタッグを結成!爪楊枝を極細筆にし、歯ブラシを田んぼの苗に変貌させる緻密なテクニックに驚愕!
▶︎ 与えられた制作期間はわずか3日間。シビアな時間との戦いを乗り越え、魂のジオラマが完成!
※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。