津波で家を失った44歳プロサーファー【福島の地で無料サーフィン教室を続ける理由】:家、ついて行ってイイですか?


10月11日(日)に放送した「家、ついて行ってイイですか?」(10月18日(日)は、夜7時50分)では、茨城県日立市で出会ったひろしさん・きょうこさんの家について行きました。

【動画】津波で家を失った44歳プロサーファー【福島の地で無料サーフィン教室を続ける理由】

家
昭和レトロな飲み屋街「塙山キャバレー」の居酒屋「京子」で、素敵な声を響かせている女性を発見! 同席していたプロサーファーの男性とは「籍は入っていないけど、20年くらい付き合っている」関係だそうで、「家、ついて行ってイイですか?」と聞くと「南相馬市(福島県)まで来てくれるんだったら全然良いですよ!」と許可をいただけました。
ありがとうございます!

きょうこさん&ひろしさんカップルと、福島で再会! ひろしさんはプロサーファーだけでなく、ライフセーバーとしても活動しています。

家
お家は築10年の2LDK。福島はひろしさんの地元で、きょうこさんは生まれも育ちも東京。きょうこさんは20歳くらいまで渋谷に住んでいたそうで、「アメリカのミシガン大学に行って、ちょっと働いて…」と華麗な経歴が発覚します。

家
ミシガン大学は世界トップ50の名門校。「ニューヨークで2年くらい銀行員をやって、日本に帰ろうかな…みたいな」ときょうこさん。

家
お家には、サーフボードや大会で勝った時の盾など、サーフィンに関するものがいっぱい!ひろしさんのお気に入りは、ハワイでもらった優勝カップです。
「勝てなかったら赤字。海外も合わせると(年間)10試合くらい」(きょうこさん)。

家
2人の出会いはチューハイの試飲で、試飲をお代わりしたひろしさんの第一印象は「変な人(笑)」(きょうこさん)。
一方、ひろしさんのきょうこさんに対する第一印象は「英語も喋るし、英語の本も読めちゃう…田舎にいない人だなと思った」。
きょうこさんは「サーフィンのためなら仕事を辞める…自分が今まで生きてきた、学校に真面目に行って大学を出て、サラリーマンをしてという生活とは全然違うので、なんか面白かった」と話します。
お互い自分にない部分に惹かれ、2人は福島で同棲をスタートさせました。

家
前に住んでいた海の近くの家では、毎日のようにサーフィンを楽しんでいた2人。
そんな中、東日本大震災が発生し、住んでいた家が津波にのまれてしまいます。
「波が引くかなと思っていたら、原発が爆発した。あれは本当に一瞬“終わった”と思った。(自分も)20代の時、(原発で)働いていたことがあった。人が立ち寄れない区域になって、故郷がなくなった…と思った」(ひろしさん)。

家
震災後はすぐに海に入ることができなかったため、プロ活動ができないこともあり、2人は千葉県鴨川市へ移住。知り合いからアパートの部屋を借り、6年くらい住んでいたそう。
再び福島に戻った理由を聞くと、「(福島の海に)若い子がいなくて寂しくて…。『海に近寄るな』って言うじゃないですか、親も。切なかった…」(ひろしさん)。

家
そんな中、ひろしさんが福島に戻って最初にやったことはサーフィンスクールでした。
「市で放射線の濃度を測って、海に入って大丈夫ということで海水浴をやっている。みんなすごく喜んでくれた」(きょうこさん)。
ある日、小学生に「海って本当にしょっぱいんですね!」と言われ、ショックを受けたひろしさんは、「浜沿いに住んでいるのに、海に入ったことがない子どもを初めて見た」と話します。

「福島の海が好きだから…」。

ひろしさんは、今も福島県内の小中学生と、震災前に県内に住んでいて(県外に)避難した子どもたちに無料でサーフィンレッスンをしています。
最後は2人で「いつか地元・福島からトップ選手を出したい」という夢を教えてくれました。

塙山キャバレーでひろしさん・きょうこさんの家について行ったら…子どもに海の楽しさを伝えるサーファーの熱い思いがありました。

日曜 夜7時50分からは、「家、ついて行ってイイですか?」を放送!

▼青森!孫10人と祖父母のドタバタ劇
▼群馬!山奥で自給自足の薪割り生活…一体なぜ?
▼石川!亡き夫が残した「ありがとう」
▼福岡!ギャル養蜂家の波瀾万丈の過去とは…
 
※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。
x
x