おいしいまま保存できる!~知られざる冷凍革命の全貌~:読んで分かる「カンブリア宮殿」

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テレ東

2022.3.31 カンブリア宮殿
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食品業界の常識をひっくり返す~味が落ちない冷凍食品


横浜高島屋のデパ地下で不思議な光景が。大勢の客が冷凍食品の会計待ちに長い列を作っていた。開催されていたのは冷凍食品フェア。約60種類が並んでいた。

売っていたのは普通の冷凍食品ではなく名店の味。例えば、同じフロアにある老舗鳥肉専門店「梅や」の焼き鳥だ。産地から毎日、直送させている新鮮な鶏を使った焼鳥を冷凍にした「焼き鳥セット」は4本で621円。

大正12年から続く肉店「尾島商店」の一番人気はメンチカツ。赤身を贅沢に使っていて、肉のうま味が味わえる。揚げたてを冷凍した「メンチカツ」は2個692円だ。

「『冷凍食品にすると味はどうなのか』と不安もあったのですが、食べてみたらびっくりするぐらい味が全く変わらず驚きました」(「尾島商店」高島屋横浜店・小此木敬子店長)

実はこのフェアでは「凍眠」という特別な液体凍結機が使われていた。冷やしたアルコールが入っていて、生のサーモンが通常の20倍の速さで凍っていく。


この画期的な機械を作ったテクニカンの本社は横浜の住宅街にある。中をのぞくと来客中。毎日のように、いろいろな業種の人が来るという。

この日はマグロ専門の卸し業者「菊平」がその噂を聞き、実力を確かめにやってきた。持参した生のマグロを冷凍してみる。使うのは業務用「凍眠」。1台436万7000円だ。

「凍結のスピードこそ味の決め手」と言うのはテクニカン社長・山田義夫(74)だ。

「マグロ屋さんは温度が重要だと思っている。全く違うんです。温度は二の次で問題はスピードなんです」(山田)


マイナス30度のエチルアルコールにつけること5分。生のマグロの柵が完全に凍った。普通の冷凍機で凍らせたマグロは旨味成分であるドリップが出てしまう。だが「凍眠」で凍らせ、解凍したものはドリップが全く出ていない。


魚や肉の細胞の中には水分があり、通常の冷凍では、これが凍る時に膨張して細胞膜を破壊。解凍後、そこからドリップが外に出てしまう。しかし「凍眠」は水分が膨張する前に急速凍結。細胞膜は壊れず、解凍しても凍らす前と同じうま味が味わえるという。

マグロ一筋40年のプロが、通常冷凍したものと「凍眠」を使ったものを食べ比べた。

「全然違う。マグロに関して我々はプロなので何千回と食べている。その人間が『味が違う』と言うのだから、それくらい確かなことはない」(「菊平」荒井聡さん)

冷凍の常識をひっくり返す機械「凍眠」は山田義夫がたったひとりで開発した。

「こういうものを作って世の中の人に喜んでもらうのが一番のやりがい。お客さんがニコニコして帰る。それが楽しいですよね」(山田)

この冷凍技術があれば食材や食品のロスを減らせると注目を集め、4年前には国連に招かれスピーチまでした。世界に認められた経営者なのだ。

続いての来客は10数店舗を展開する高級中華チェーン「蔭山樓」の料理人たち。持ち帰りや宅配で冷凍モノを出しているが、どうしても味が落ちてしまうと言う。中でも特に難しいのが看板商品の麻婆豆腐だそうだ。

「前にやった時は豆腐がスカスカになっちゃって商品にならなかった」(蔭山健一料理長)

山田は「問題ないです」と言い放ち、麻婆豆腐を「凍眠」で凍らせた。それを湯煎で解凍し、熱々にして味を確かめる。試食した料理長も「いつも作っているのと変わらない」と感心しきりだ。

「お客さんには失礼だけど、今までやってきた冷凍が恥ずかしいです。この状態で提供できるなら、やらない手はない」(蔭山料理長)



フグ、生シラス、日本酒も~高品質冷凍の救世主


「冷凍に高品質を求める人」にとって山田は今や救世主的存在となっている。すでに「凍眠」が活躍している現場の一つを訪ねた。

横浜の水産加工業者「魚友」は、漁師と直接契約して新鮮な魚を仕入れ、加工して市場に卸している。この日の狙いは最高級のトラフグ。それをすぐさま持ち帰り、最高の鮮度のまま切り分けていく。鮮やかな包丁さばきで薄造りにすると「凍眠」で凍結。鮮度抜群のトラフグがそのおいしさごとパックに閉じ込められた。

「解凍した後も浜で獲れたものと非常に近い状態になります」(「魚友」萩原晃社長)

「凍眠」の威力が最もわかるのが生シラス。冷凍しておいたものを解凍すると、濁りのない透き通った生シラスが蘇る。「凍眠」があれば禁漁の時期でも、おいしく販売できるのだ。

今や「凍眠」は大手のハムメーカーやレストランチェーンなども採用。売り上げはこの10年で5倍の13億円になった。


去年は技術力をアピールする専門店「トーミンフローズン」も横浜にオープン。並んでいるのは「凍眠」を使った冷凍食品500種類。そこには冷凍保存が難しいとされる「牛モツ」や「鮎の塩焼き」など珍しいものも。あの日本酒の銘酒「獺祭」を凍らせた「獺祭寒造早槽」(2200円)も販売している。しかも本来は蔵元でしか飲めない生酒だ。

「ネット販売やカタログ販売は冷凍食品が多い。冷凍のレベルをどんどん上げて、冷凍の良さを知ってもらうことが目的です」(山田)



革命的なのに大苦戦~借金1億6000万円からの復活


テクニカンでは凍眠の特許や実用新案など、世界14の国と地域で30以上を取得したと言う。


「『こういうものができないか』と言われると、その瞬間に機械が思い浮かぶ。瞬時に頭の中に構造が出来上がります」(山田)

「凍眠」以外にも山田はさまざまなものを発明している。例えば「食品のバラ凍結装置」。主婦にはおなじみのパラパラの冷凍ひき肉は、必要な分だけ使えるので何かと重宝する。このパラパラの冷凍ひき肉を作る機械を発明したのも山田だ。

その仕組みは、上からマイナス40度の冷気を吹き付け、下では凍結液で冷やしたベルトコンベアにひき肉を乗せる。こうして瞬時に冷凍しているのだ。機械から出てきたひき肉は一本ずつ凍っており、パラパラになるのだ。

人にはない発想を持ついわば「町のエジソン」、山田は1947年、東京・浅草で牛肉の卸し会社を営む一家の三男として生まれた。

高校時代は学業そっちのけで、海が好きで浜をフラフラ遊んでばかり。するとある日、「学校に行っても成績は悪いし、遊び呆けていたから、母が学校に行って『これ以上、お前のために悩むのは嫌だ』と、勝手に退学届を出してきました」(山田)

高校中退となった山田は両親が営む牛肉卸しの会社「ニイチク」で働くことになった。しかし、仕事を始めても海好きは変わらず、ダイビングなどに夢中になっていたと言う。

「僕の人生、30歳ぐらいまで真剣味がなかった。遊び半分、仕事半分」(山田)

30歳をすぎた頃、人生の転機が訪れる。1980年代に入るとファミリーレストランなどが広がり、外食産業が急成長。山田が働く牛肉卸しの会社にも注文が殺到した。

しかし、対応が間に合わない。牛肉は冷凍してから出荷するのだが、それに丸一日かかってしまうのだ。その時、山田がひらめく。

「外気温で25度というのは快適な温度で、半袖でもいい。でも同じ25度でも海に入ると、30分で唇が蒼くなって震えがきます」(山田)

ダイビングの経験から山田は、空気より水のほうが体の熱を奪うことを知っていた。液体で冷やせば速く凍るかもしれない。そう思った山田は実験を始めた。エチルアルコールにドライアイスを入れて冷やし、そこに牛肉を浸してみると、数分で凍った。


「これはひょっとすると相当な武器になる。時代を変えられると思いました」(山田)

その時、頭に浮かんだ機械のイメージを書き、専門工場とやりとりしながら試行錯誤を続けること1年。1984年に日本初の液体を使った凍結マシーン「凍眠1号機」を完成させた。今まで一日かかっていた肉の冷凍が20分でできてしまう画期的な機械だった。

「空気凍結の勉強をしていたら『空気を強く回す』とか『もっと低温に』という発想になってしまう。僕の場合、発想はゼロだからできるんです」(山田)

山田は1989年、テクニカンを設立。大手機械メーカーとタッグを組み量産に乗り出した。山田は「必ず売れる」と信じて疑わなかったのだが、4年半で売れたのはわずか3台。会社には在庫が山となり、赤字は1億6000万円まで膨らんだ。

「空気で凍らすのが当たり前。当たり前でないものを作っても、なかなか受け入れられないんです」(山田)

それでも山田は諦めなかった。「凍眠」を会社の車に積み、北海道から九州まで全国行脚に飛び出した。「今までにない機械だから、実際に見てもらわなければ凄さは伝わらない」とデモンストレーションをして回ったのだ。

「売れないんですよ。『これを作ったら売れる』と言った人も買わない。『こんな会社を作ったせいで妻に貧乏させている』というところまでいきました」(山田)

創業以来、経理の仕事で山田を支えてきた妻の由紀子は言う。

「彼は1人で年間10万キロぐらい、車で走っていました。出先のお客様から電話をいただいて『そちらの方が倒れた』ということも。たぶん熱中症だったのだと思います。それでも彼はめげない。懲りないに近いめげないなのですが、『いずれ分かってもらえる』と。そこブレてなかったんだと思います」

いつかは売れると信じて続けたデモンストレーション。やがて少しずつ注文が入り始める。開発から実に10数年の月日が経っていた。

「他人のコピーだったら1、2年で諦めていました。自分が生んだものは世の中から評価されるまでは諦められない」(山田)

今では2000社以上が凍眠を導入。山田は冷凍業界の風雲児となった。



人手不足も食品ロスも解決~街の飲食店を救う新戦略


「新しい冷凍」は、街のレストランも変えている。

東京・渋谷にあるイタリアンレストラン「渋谷ズッカ」は、女性客を中心に根強い人気を集めている。その味を生み出すのは、本場イタリアで修業したオーナーシェフの秋元和仁さんだ。


店の一番人気が、「牛ほほ肉の赤ワイン煮込み」。一晩、赤ワインに漬け込んだ牛ほほ肉をソテーして肉の旨みを閉じ込め、トマトと赤ワインのソースで3時間煮込む手間のかかった料理だ。出来上がると、秋元さんはパックに小分けして冷凍していく。

ここで使うのが飲食店用に開発された小型タイプの「凍眠ミニ」だ。価格は85万8000円。これまでの5分の1だ。


「今までは週に1回だったのが2カ月に1回程度に。まとめて仕込みができるので効率的になりました」(秋元さん)

注文が入ったら15分間湯煎。それだけで作りたてとそっくりの一皿が出来上がる。お店に許可をもらって客に「いったん冷凍したものだ」と明かすと、「全然分からなかった」と驚いている。

「冷蔵庫で保存すると1週間ぐらいしかもたないけれど、『凍眠』で冷凍すると半年ぐらい保存できるので廃棄ロスが全く出ない。メリットしかないです」(秋元さん)

秋元さんはコロナ禍に新たなチャレンジも始めていた。相模原市内の住宅街に長い行列ができている。売っていたのは秋元さんの料理。移動販売の業者とタッグを組み販売を始めたのだ。


この移動販売のおかげで落ち込んでいた売り上げがほぼ回復。「町のエジソン」の発明が危機に陥っていた飲食店を救っている。

※価格は放送時の金額です。

~村上龍の編集後記~
発言に謎が多い人だった。急速に冷凍するので、食品の肉や魚の細胞膜が壊れない、なのでドリップと呼ばれる汁が出ない。画期的なのに、周知に10年もかかった。その説明がむずかしくて、わかりづらい。これではプレゼンもうまくいかないのではないか、そう思ったが、それは個性だと考えた。すべて独学でやったらしい。アルコールにもむちゃくちゃ詳しい。製品名は「凍眠」、すばらしい。肉や魚を、凍らせて、眠らせる。明快で、わかりやすい。名前に、才能が現れる。

<出演者略歴>
山田義夫(やまだ・よしお)1947年、東京都生まれ。1964年、京北工業高校を中退、父が経営する「ニイチク」入社。1988年、テクニカン創業。

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※このページの掲載内容は、更新当時の情報です。

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カンブリア宮殿

ニュースが伝えない日本経済を、村上龍・小池栄子が“平成カンブリア紀の経済人”を迎えてお伝えする、大人のためのトーク・ライブ・ショーです。

放送日時:テレビ東京系列 毎週木曜 夜11時06分

出演者

【メインインタビュアー】村上龍【サブインタビュアー】小池栄子

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