ペルーのマチュピチュを世界遺産に押し上げた日本人偉人伝説!!:世界ナゼそこに日本人

南米ペルーの天空遺跡マチュピチュを世界遺産に押し上げたのは日本人男性だった!?差別、貧困、戦争...さまざまな困難と闘いながらも多くの偉業を成し遂げた壮絶人生とは?
ペルー共和国

地球の反対側に位置する国、ペルー共和国。首都リマにはスペイン植民地時代の面影を残す建築物が数多く残り、街並み自体が世界遺産に登録されている。
そのリマから飛行機で1時間の標高3400mの町クスコを経由し、専用電車ペルーレイルで2時間、さらにバスで30分進んだところに、世界各地から年間100万人が訪れるペルー屈指の観光地・マチュピチュ遺跡がある。
1983年に世界遺産に登録されたマチュピチュは「新世界七不思議」のひとつに数えられ、今もなお多くの謎に満ちている。15世紀に作られたインカ帝国時代の秘密都市とも呼ばれ、1911年にあの「インディ・ジョーンズ」のモデルとなったアメリカ人探検家によって発見されるが、その後は長い間放置され、わずか90年前までは無名だったという。

そんなマチュピチュがなぜ世界遺産になったのか。実はその裏には、ある日本人男性の知られざる奮闘劇があった!
マチュピチュの麓、遺跡観光の玄関口として賑わうマチュピチュ村。実はこの村、日本人と深いつながりがあるという。村人が"英雄"と語る日本人男性とはどんな人物なのか。
村の役場を訪ねてみると、インカの末裔・ケチュア族が占める歴代村長の中に1人だけ、日本人らしき男性の写真が。聞けば男性は初代村長で、彼がいなければこの村は存在せず、マチュピチュも世界的に有名にはならなかったという。

男性は約50年前に他界したというが、そもそもなぜ彼はペルーに来ることになったのか。そして、どうやって無名だったマチュピチュを世界遺産へと押し上げたのか。
そこには差別や貧困、戦争など数多くの困難と闘い続けた男性の知られざる壮絶人生が隠されていた!人生のどん底で出会った、人種や国籍を超えた"家族"たちとの絆。
彼らの未来のために成し遂げた偉業とは?
