第267回放送番組審議会報告

    (4月12日、12:00〜、於役員会議室)

冒頭、4月から委員に就任した白石委員から挨拶があった後、編成・営業などの業務報告。続いて、局側から“メディア規制3法案”について概要及び問題点を説明したうえで集中的に審議が行われ、下記のような主要意見が出された。

 


【主な意見の概要】


様々な分野で“規制緩和”が叫ばれている今、“規制強化”になる法案に違和感がある。局側は自主規制をしていると言っているが、超えることもあるのではないか。“サッチー報道”の時も過剰取材などの問題があった。「自主規制をこれだけ行っている」など、もっと表に出して視聴者の信頼を得て行くべきだろう。自主規制していても破られていることを認めざるを得ない場合もあるのではないか。そういう超えたものも自らが公表する意識・行動が必要だ。言うだけでは説得力は無い。「自主規制」に対する信頼感を持ってもらうことが必要だ。

“サッチー報道”などについても批判はあったが、報道の積み重ねが脱税の問題まで明らかにしたという結果をもたらしたとすれば功と言える。しかし「つくば母子殺人事件」のように犯罪被害者のプライバシーにかかわることをここまで暴かなくてもいいのではないかと思うこともある。 結局メディア側の自主規制しか無いのではないかと思う。

映画の世界でも過去にプライバシーの問題や、表現の問題で様々な議論、闘いがあった。現在は、映倫が自主規制機関として機能しており、映倫を通ったものは容認されている。いつも権力というものは“本能”とも言うべきなのか、繰り返し繰り返し「表現の自由」に介入して来る。

行き過ぎた表現をしないように自主規制の範囲で進めるべきだ。テレビ局としても「ここまで自主規制している。まかせていただきたいと言えるもの」を出すべきだ。

日本は政策の決定プロセスが国際的にも極めて不透明な社会であるという調査がある。過剰取材などを口実にしてメディア規制を推し進めればますます社会の不透明性が増幅され、国民がいつまで経っても政治に参画できない。

これらの法案は、元々、政治・行政に対するものだったはずが、民を取り締まる法案にすりかわっている。

アフガン問題にしても、フリー・ジャーナリストの果たした役割は大きい。法案に「報道機関」の適用除外はあるが、フリー・ジャーナリストなどはどういう扱いになるのか明記されていないので、日本文藝家協会・日本ペンクラブでは法案に対して反対のアピールをしている。メディアを規制することで、政治的にいかがわしいことが隠蔽されるようなことになれば問題だ。メディアは法案の意味などをもっと自らのメディアを使って訴え、世論を喚起して行くべきだ。

法案に対して反対したい。

メディアの中には行き過ぎている媒体も一部分あるのではないか。しかし、きっちりしている媒体も数多いので、全て一括して規制するという話はだめだ。媒体も自主規制を十分行っていることの姿勢を見せれば安心できるのではないか。

「モザイク処理」なども自主規制の一つだと思うが、やりすぎると曖昧になってかえってよくない。

青少年の法案にしても親の責任・家庭教育をないがしろにしたものだ。メディアを規制するのが目的としか考えられない。

自分で決めて自分で判断するというのは民主主義の基本だ。この法案のようにどんどん規制するというのはいかがなものか。

自らを律しているマスコミがある一方で、一部マスコミではいいかげんな記事などで人権侵害している部分があるのはたしか。

テレビ局としては自主規制をもっと積極的に国民に向けて主張するべきだ。そして自主規制の方策を強化して欲しい。



   【出席者】
委員側-河毛委員長、松木副委員長、阿刀田委員、加藤委員、小島委員、佐藤委員、白石委員、司委員、野崎委員、日比野委員
局側---木会長、菅谷社長、阿部編成制作本部長、田村報道スポーツ本部長、三沢編成局長、工藤スポーツ局長、犬飼制作局長、藤延報道局長、井沢編成部長、三島番審事務局長、