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人に迷惑をかけるんじゃないと父に厳しく教育された(05/9/1)

人に迷惑をかけるんじゃないと父に厳しく教育された。
だからこそ信じられない出来事がニュースの中には満載だ。

「糞尿おじさん」の登場もそう。
2年前から自分の排泄物を煮立てて庭に溜め込んでいるという。
周辺の人はたまったものではない。
商店街は客足が遠のき、住民は窓を二重にしたり、消臭剤は手放せないとか。

本当に迷惑だろう。

かつてニワトリを25羽飼っていた我が家としてはちょっとどきどきする。
だって、朝まだほの暗い中、人の迷惑かえりみず
「コケコッコー」とそれはそれは気持ちよさそうに鳴いてたし、
となりの家の畑に侵入しては小松菜を食い荒らす。もちろんほかほかの糞もあちこちに。
人間のそれに比べれば、においはさほどないとはいえ、近所には迷惑をかけたものだ。

「人に迷惑をかけるな」子供に対しそう教育した父や母は悩んだ。
そして答えを見つけた。
迷惑をかけた分、それを帳消しにする喜びをプレゼントするのだ!卵だ。
ニワトリは毎日卵を産む。
すごい量なのだ。
産みたての卵は湯気が出ていて、こんもりした黄身は箸で持っても破けない。
盛り上がった白身のプリンプリンしたこと。
生卵で食べればあまりのうまさに「ああ、幸せ〜」と悶絶ものだ。

こうして佐々木家と周辺住民の皆さんとのギブアンドテイクの関係が生まれた。

でも、このおじさんの場合はそういった状況でもなさそう。

人に迷惑をかける悪臭などの規制は、工場とか事業所などに対してはあるそうなのだけれど、今の所個人の庭から発生する個人の「趣味」?のにおいに関しては取り締まる法律はないとか。当たり前である。
こんな事態「想定外」なのだから。

この事態、どんな決着の道があるのだろう。


キムチの香り(05/7/25)

報道フロアはいろんなにおいがする。
朝から強烈だ。同期のMデスクは大のバナナ好き。大きな体でもぐもぐもぐもぐ。
たまに大きな房ごと持ってくるからたまらない。幼い頃にバナナを食べ過ぎ鼻から戻してしまうという激烈な経験をして以来、私はにおいをかぐのもダメなのだ。
「皮をゴミ箱に捨てないでよ。その皮が時間がたつとまた、におうんだから」
遠くから訴えると
「はいはいはい」とビニールに包んで捨てた。
バナナは見ただけでもダメと言うIデスクにも配慮し、
最近は我々がいないのを見計らって食べているようだ。

昼休み。担当デスクなどはそれぞれの記者達に指令を出すため、トイレ以外は
片時も席をはずせない。昼ご飯は当然出前を取る。
(たまに私も参加)
いろんな選択肢があってちょっと楽しい。
中華に釜飯にカレーに、最近はインドネシア料理も。報道フロアはその日のデスクの気分でインターナショナルな香りに包まれる。

そして今日。
番組の後、フロアはキムチの香りに包まれた。
ロケで使った国産の「辛くないキムチ」や浅漬けの「キムチ」が並べられたからだ。
バナナと違って、私はキムチが大好き。ん〜この香りたまらないねえ〜
調べてみて驚いたのだが、いまや「キムチ」の国内消費量はかつてのたくあんや浅漬けを抑え、堂々1位なんだそうだ。へええええ。
でも私達が口にするキムチは9割が国産、つまり日本人の好みに合わせて作られている。
2−3日の浅漬けだったり、甘味を強くしたり。
本場韓国のキムチはわずか1割なんだとか。

韓流ブームにのって、本場モノを売り込もうと韓国の業界団体が集った。
韓国のものは、海産物などをたっぷり入れ、じっくり発酵させたもの。発酵させればさせるほど体にもいいという。美容と健康にぴったり、「キムチは食べる化粧品」と鼻息が荒い。
確かに、チェ・ジウを始め韓国の女性は肌がつるつるでとってもきれい。
サッカーの韓国代表を取材したとき「体が強いのはキムチを食べているからだ」と彼らは胸を張った。

美容と健康という魅惑的なキーワード。本場の香りが日本のあちこちで漂う日が果たしてくるのだろうか。そして気持ちは焼肉屋に飛んでいた。


アナウンサーの技術として私がもっとも尊敬するのは(05/8/15)

アナウンサーの技術として私がもっとも尊敬するのは
競馬の実況だ。
わずか1分の間に10頭の馬がどどっと走ってタイムを競う。
しかもやたらと長い馬の名前。お金がかかってるから間違えられない着順。
それを水が流れるようにしゃべるのだからこりゃあ、すごい特殊能力だ。

馬ではないけれど
票を数える生中継をやることになった。

お金はかかっていないけれど
国の行方がかかっている。
小泉改革の本丸、郵政民営化法案の参議院採決の日。
自民党造反者の数しだいでは法案否決、即解散総選挙という事態。

胃が口から飛び出そうなくらいの久々の緊張。
馬ではないが議員の顔を必死で覚えた。

顔といえば馬の場合は、顔で覚えるのは難しい。
騎手の帽子と勝負服の色で覚える。
「何、塗り絵してるの?」
一覧に並ぶ人型に色鉛筆でぬりぬり色を塗ってる後輩は不機嫌そうに顔を上げた。
「あっこさん、塗り絵じゃありません、
こうやって帽子と服の色を塗りこむことで頭の中に入れてるんです」

色ね、色。
でもこちらはみんな同じようなダークのスーツ。
鮮やかなスーツの女性はわかるけど、あとはなあ・・
じゃあ顔は???
議員名鑑を見てもう〜ん参議院議員の方々は正直少しなじみが薄い。
スポーツ担当時代によくお世話になったファイヤー大仁田さんや渦中のキーマン荒井議員などはわかるけれど・・・・こうなったら反対票を投じる可能性の高いひとの手元を見るしかない。反対は青い札を入れるからだ。

特別番組のスタートは午後1時半。
番組が始まって5分後に投票が始まる予定だった。

気合を入れてさあ、本番まであと45秒。
ん?おおおおおっ、ちょっとちょっと。予定よりも早くない?
中継の映像を見ると、すでに数人が投票を始めていた。

本番10秒前。
「票読みの仕方とか、現状とか、解説する時間がないですね、どうしますか?」
「こりゃあ、解説はさくっと終わらせて、投票のようすをじっくり見せよう」
隣で解説を担当する政治部長が言った。
「解説はさくっとですね」

これでスタッフが徹夜で準備した手元の台本ももう形骸化。
フリートークでいくしかない。

ところがさくっといったのはむしろ投票のほうで
さくさくさくさくさく票を入れる。
おおおおはやいはやい。じっくり見せるどころではない。
実際に頭に入れていた議員の顔と手元を一致できたのは3人くらいか。
あっという間に否決、あっという間に番組も終わり、あっという間に臨時閣議、
あっという間に解散、総選挙。

日本の歴史に残る一日は、まさにあっという間に過ぎていった。
改革にスピードは大切という小泉さんだが、解散総選挙という重大な局面すら
躊躇なく競走馬のように走り抜けた。

このスピード感。昔の「自民党」の感覚でいる反対議員達、採決までは先頭にいたが
ゴール手前であっという間に追い抜かれた。

最終勝負は投開票日の9・11.
そのときゴールに飛び込むのはどちらなのか。
刺すか刺されるか。目の離せない壮絶な戦いがまさに今、繰り広げられている。


キムチの香り(05/7/25)

報道フロアはいろんなにおいがする。
朝から強烈だ。同期のMデスクは大のバナナ好き。大きな体でもぐもぐもぐもぐ。
たまに大きな房ごと持ってくるからたまらない。幼い頃にバナナを食べ過ぎ鼻から戻してしまうという激烈な経験をして以来、私はにおいをかぐのもダメなのだ。
「皮をゴミ箱に捨てないでよ。その皮が時間がたつとまた、におうんだから」
遠くから訴えると
「はいはいはい」とビニールに包んで捨てた。
バナナは見ただけでもダメと言うIデスクにも配慮し、
最近は我々がいないのを見計らって食べているようだ。

昼休み。担当デスクなどはそれぞれの記者達に指令を出すため、トイレ以外は
片時も席をはずせない。昼ご飯は当然出前を取る。
(たまに私も参加)
いろんな選択肢があってちょっと楽しい。
中華に釜飯にカレーに、最近はインドネシア料理も。報道フロアはその日のデスクの気分でインターナショナルな香りに包まれる。

そして今日。
番組の後、フロアはキムチの香りに包まれた。
ロケで使った国産の「辛くないキムチ」や浅漬けの「キムチ」が並べられたからだ。
バナナと違って、私はキムチが大好き。ん〜この香りたまらないねえ〜
調べてみて驚いたのだが、いまや「キムチ」の国内消費量はかつてのたくあんや浅漬けを抑え、堂々1位なんだそうだ。へええええ。
でも私達が口にするキムチは9割が国産、つまり日本人の好みに合わせて作られている。
2−3日の浅漬けだったり、甘味を強くしたり。
本場韓国のキムチはわずか1割なんだとか。

韓流ブームにのって、本場モノを売り込もうと韓国の業界団体が集った。
韓国のものは、海産物などをたっぷり入れ、じっくり発酵させたもの。発酵させればさせるほど体にもいいという。美容と健康にぴったり、「キムチは食べる化粧品」と鼻息が荒い。
確かに、チェ・ジウを始め韓国の女性は肌がつるつるでとってもきれい。
サッカーの韓国代表を取材したとき「体が強いのはキムチを食べているからだ」と彼らは胸を張った。

美容と健康という魅惑的なキーワード。本場の香りが日本のあちこちで漂う日が果たしてくるのだろうか。そして気持ちは焼肉屋に飛んでいた。


携帯電話(05/7/8)

利用している駅になが〜いエスカレーターがある。
上るほうから反対の下っていく人の列をみると、本当におかしい。
みんな下向いて一生懸命携帯メールをしているのだもの。

おっ。あのおじさんはまだ慣れてない、一文字一文字探しながら打ってるよ。
あれじゃあ、書き終わる前に下についちゃうよ〜。あああ、危ないっ。

確かに電波も通じるし、2分か3分はかかるこの空間。
有意義に活用したいのも分かるけれど、老若男女問わず、夢中でメールをうつ姿は異様だ。
こんな様子は海外ではあまり見ない。
まさにメール大国日本である。

実際メールは生活の中でも役立つツールだ。
私の携帯には(報道スタッフも)いつもニュースが定期的に配信されてくるのだが
何か重大なニュースが勃発した場合、ところ構わず速報が入るようになっている。
スマトラ沖地震もそうだった。
たとえ、休日に友達とお茶をしていてもこのお陰で報道に連絡を入れることができる。
と言うことはもちろんぐーぐ寝ている時にもメールは来る。
飛び起きて眠い目をこすって見ると「円、最安値更新」
う〜ん・・・。確かに重要ではあるのだが。

昨日、JR東日本の運転士が乗務中にメールを何十回としていて懲戒免職になっていたことが分かった。
運転士ながらメール仲間に送信していたという。しかも恒常的にやっていたと話しているそうだ。
人の命を預かる身でありながら。
ましてあのJR西日本の惨劇の直後。
人命優先、安全第一と、世の厳しい目が向けられていた真っ只中で、結局、彼には他人事だったということか。
携帯メールで確かに世界は広がるけれど
使い方を誤れば身を滅ぼすこともある。自覚が必要だ。

今日は漢字攻め(05/7/6)

今日は漢字攻め。
「小泉内閣の最重要課題、郵政民営化特別法案が衆議院本会議で採決され、僅か5票差で可決されました」
今でこそ毎日読むから何とかなるが、新人アナウンサーがこれを読めといわれたら
涙ちょちょ切れものだろう。
漢字の多さはこの問題の複雑さ、難解さに通じるかもしれない

「なんだかよくわからないけどどうなってるの?」
「郵便局が何なの?」
「それより景気対策とか年金のことやってほしいよね」
世の中の関心の低さとは裏腹に、永田町だけは連日ヒートアップしている。
それに従い
ニュース原稿でも"最大のヤマ場"と表現してもいいような場面が多くなってきた。
「確か昨日、いよいよ"ヤマ場"を迎えます。って原稿でしたね?」
「いつも"ヤマ場"なんだよなあ、ここで採択されなかったら法案はパーだろ?」
Kデスクが唸った。
「"いよいよ大詰め"、とか"最終局面"ともいえるんだが、きょうのニュアンスでは
ないんだなあ」
「小泉さんには"運命の日"ですよね」とか、「郵政法案"最終章"ともいえますよ」。
あちこちから声が飛んだ。
政治担当A記者がいう。「わかりやすさが大事です。山は山なんだから、"大きな山場"
ですよ。」
「そうだが、"大きな"は今後に取っておくか。自民党の反対派の様子を見ると
山を超えてもまた山だから、きょうは単なる"ヤマ場"でいこう」Kデスクが決断した。
―それだけ抵抗が激しく、法案の成立への道のりは厳しいということか。
ひとつの議論から理解が進む。
放送に携わる者として1つの表現にもこだわって伝えていることをわかっていただきたい。

今日は衆議院を何とかぎりぎり通過。ついに使った「最大の山場」という言葉。
今度は参議院で審議が始まる。ここでも抵抗勢力はうじゃうじゃいて、採決の時には
再び「小泉内閣最大の山場」と政局になっている可能性も出てきた。
郵政民営化法案が吹っ飛ぶか、解散総選挙になって自民党が吹っ飛ぶか、
小泉さんもろとも「自民党がぶっこわれる」日がにわかに現実味をおびてきた。

夏が来る(05/6/29)

間もなく夏が来る。
あれは小学校3年の夏休み
蚊取り線香の煙がゆらりゆらりと渦を巻く中、
たたみの上に寝転がって読んだ「ひめゆりの塔」「戦艦大和の最期」
「ガラスのうさぎ」「裸足のゲン」・・・・・。
近くの図書館から腕いっぱいに本をかかえてきては、夢中で読み、
夜、暗くなると「うじが湧いた足や手」が自分をつかんでくるような気がして
母親の布団にもぐりこんだ。

幼い頃、セミの泣き声の降る中、父に連れられ上野動物園にいくと
薄暗い入り口のところに腕のないおじさんや足のないおじいさんが
ぼろぼろの服を着てじっと座っていた。父に尋ねた。
「何で手がないの?」
「戦争に行って失くしてしまったんだよ」
父はその人の前に行きそっと何かを置いた。おじさんはかるく頭を下げた。

戦争が終わって60年。
年配者にとっては忘れかけた「記憶をよびおこす」
若い世代にとっては「自国の歴史をみつめる」夏が来る。

そして私達ニュースの現場では今もなお終わらない戦争の現実を伝える。
外国の地におきざりにされたままの何十万という日本人の遺骨収集のニュース。
にわかに沸いた元日本兵のニュース。
靖国神社への総理の参拝に中国が反発しているニュース。

そして今日の映像はサイパンに立つお二人の後姿だった。
天皇皇后両陛下は対戦の激戦地 サイパンのスーサイドクリフ、
バンザイクリフを訪問された。外国の戦没者を慰霊するのは戦後初めてのことで、天皇陛下の強い希望で実現した。

あの頃読んだ本に書いてあった。
もげた腕を自分でつかみ、血に染まりながら兵士は
「天皇陛下バンザイ」と叫んだ。
特攻隊は「天皇陛下バンザイ」と叫んで敵艦に突っ込んでいった。
多くの日本人が「バンザイ」と叫んでサイパンの崖から飛び降り自決したと。
どのような思いであの崖をご覧になったのか。
崖の上にどんよりと低く広がる雲がお二人の後姿を包んでいた。

ヨン様が入院して、退院した(05/6/24)

ヨン様が入院して、退院した。
映画撮影の過労のせいだという。二日にわたって一報を番組で伝えた。
数あるニュースの中で取り上げられるのだから、
やっぱりヨン様は凄いのだと思う、
そんな話を上司の行きつけのバーで一緒に話していたら
「お前、今は「冬ソナ」じゃなくて「愛るけ」だぞ。」という。

あいるけ?愛るけ?なんですか、それ。

聞けば日経新聞の文化面渡辺淳一さんの小説「愛の流刑地」の省略語。
あああああ、ちょっと挿絵がセクシーなやつね。
描写がかなりきわどい道ならぬ不倫小説。
日経にしては珍しいというか冒険だなあと
連載が始まった時に驚いたものだ。

ところがいまや、おじ様たちは朝一番に日経の「一面」ではなく「裏」を
みるのが日課だという。冬香という女性はいまやアイドル。
私の履歴書の「野村克哉シダックス監督」を読むふりをして、
冬香と主人公の情事に朝から胸をときめかすそうだ。

突然、カウンターで一人で飲んでいた隣の男性が会話に乱入してきて
「冬香は30歳後半ですかね」
おおおおお、あっという間に2人の間に「愛るけ」を通じた
同志の雰囲気が流れた。
私をそっちのけでやたらと盛り上がっている。
女性陣を席巻したヨン様現象と同じことが今、
おじ様たちの中で「冬香現象」として巻き起こっているようだ。

次の日読んでみた。
朝から強烈である。
男女が情事(表現が古いか)の最中、首を絞めあっている。
結構恥ずかしい。
あの「冬ソナ」で女性は忘れかけた切ない恋に胸をきゅんとさせたが
世の男性は「愛るけ」で道ならぬ情念に朝から興奮するのか。

あの頃「冬ソナ」は女性を動かし、
民間レベルで日韓の理解を深めるという偉業を果たしたが、
果たして「愛るけ」は世の男性陣にどんな影響を与えるのだろう

「にほん」か「にっぽん」か(05/6/20)

「日本人」に振り仮名をふると皆さんならどっちだろう?
「にほんじん」か「にっぽんじん」か。

打ち合わせのキャスター席で「にほん」か「にっぽん」かで
大体いつも議論になる。
先日、フィリピンで大騒動となった「元日本兵」の場合。
熱狂したサッカー「日本代表」は?

印象論として国名「日本」を強調したいときは「にっぽん」という説がある。
だからだろうか国を代表する選手達は「にっぽん代表」といいたくなる。
でもサッカー協会からは先日「にほん代表」と読んで欲しいと依頼がきた。
ラグビーは逆に「にっぽん代表」といって欲しいそうだ。

「元にっぽん兵」か「元にほんへい」かとなると先方の希望も無いわけで難しい。
番組の女性ナレーターSさんは、他局の朝の情報番組でナレーターをしている
こともあり
「@テレビは「にっぽん」でしたよ。わざわざ振り仮名までふってあったし」という。
そういわれるとそんな気もする。
しかし昼のNHKのニュースを見ると、んんっ?
「もとにほん兵とみられる云々〜」と読んでいるではないか。

このあたり明確な基準がないだけにぐらぐら揺らぐもの。
ただ、同じ番組内で呼び方がちがうのもみっともない。
Sさんやデスクと協議をして
「じゃあ、アッコさん、元にほん兵で統一しましょうか」
合点承知した。

しかし、
原稿がまだだあー
VTRがまにあわないぞお
中継が繋がりませんっ
ON AIR15秒前まで怒号が飛び交うことも多いスタジオの中、
手元の原稿もばさばさの状態で
本番3・2・1
「こんばんは。元にっぽん兵と見られる人物が・・・・」

あああああああっ〜言っちゃったよお、にっぽん兵!にほん兵だったじゃないっ。
動揺を隠し原稿を読みながらSさんやデスクの顔が浮かんだ。

戻ってくると
「アッコさん、まずいって顔一瞬しましたよね。わかりましたよ」とニヤッ
以来、不安なときは赤いペンで大きくルビをふることにしている。

かたや、企業や団体の名前の場合はどちらで読むか決まっている。
むしろ、だからこそ間違えられない。
日本コカ・コーラは「にほん」
日本ビクターは「にっぽん」
そのたびにきちんと調べている。
でも頻繁に原稿に登場する名前は、さすがに躊躇なく読むことが出来てしまう。

今日も読むことになった「日本航空・にほんこうくう」
タイヤが破裂し車輪から脱落するという異常事態。
社会ニュースでおなじみになってしまうのは先方としては不名誉なことだ。
ちなみに1日前に高度誤認のニュースで読んだANA全日空は
「ぜんにっぽんくうゆ」である。
空の安全に対して不安の声が上がるのも無理はない。

「『クールビズ』がスタートした」(05/6/6)

ここ2−3日でずいぶん耳慣れた感があるけれど
地球温暖化防止のためノーネクタイ、ノー上着、いわゆる「省エネルック」を
推進しようと言う取り組みで閣僚官僚が率先し6月からスタートした。

小泉総理の初日はブルーのかりゆしウェア、次の日は若草色のシャツ。
う〜んなかなかさわやか。
わざわざ買いに行った人も多いようで
こうしてみるとスーツスタイルは男性にとって楽だったんだろうなあ。
Yシャツとネクタイだけ考えればいいのだもの。

なんて思いながら
報道フロアをみわたすと・・・・・ここじゃあ言われなくてもクールビズである。
ネクタイをしているのは、ええと、
T報道局長とTプロデューサーと今日の担当Nデスクの3人だけ???
当日の担当デスクはスタジオのロングショットで映り込むだけにさすがに
しゃきっとしている。

あとはすごいぞ。
アロハシャツもどきを着ているWデスク。すごい、柄がお魚だ。
昔バンダナを巻いてスタジオのデスク席に座り視聴者からお叱りをうけただけのことはある。
デスクの補佐をするW記者はおお、サンダルを履いている。ムレ防止とのことだ。
ピンクのポロシャツを颯爽と着ているのはイケメンMデスク。
何気にさらりといいものを着こなす。
ジーパンに赤のチェックのシャツは酒豪Kデスク。
以前、頭を丸坊主にしてびしっとスーツで登場したときはすごい迫力だった。

マスコミはこういう点では臨機応変。
何か事件があれば会社に置いてあるスーツに着替え現場に飛んでいく。
表に出ないときは効率よく仕事が出来るようにクールビズ。

何事もTPOが大事。
政府だってさすがに緊急事態にアロハで会見はできないだろう。
このまま嫌な出来事もなく穏やかに「クールビズ」な夏が過ぎるといいのだが。


「二子山親方の訃報」(05/6/3)

どこの局を見ても昭和の名大関、二子山親方の訃報を伝えていた。
息子の花田 勝さん、貴乃花親方は会見で言った
「闘病中、親と子に戻れた」
「父は憧れだった・・」

その言葉をきいたときに私はある言葉を思い出した。
巨人の長嶋茂雄名誉監督の息子一茂さんだ。
脳梗塞で倒れ、今懸命のリハビリを行っている長嶋監督だが
「誤解を恐れずに言えばね、僕らは今ようやく家族の時間を取り戻して
いるんだよ」
去年、双子の赤ちゃんが誕生した長嶋家。
でも「親父がこんなことにならなければ、今もかわらずプロ野球界のために奔走していただろうから2人の孫にも会う時間は無かったよね」

一茂さんは、父である監督と家の中で2人っきりになったことは1度か2度
しかなく、そのときは本当に緊張したそうだ。
自分の家なのに。自分の父親なのに。
「親父というよりは憧れの人。いつもまわりに人がいたしね」

長嶋監督が話してくれたことがある。
「僕はね、佐々木さん。あの高度経済成長後、日本がぐん、ぐん、と熱く沸き
立っている昭和の激動の時代に、まさに国民の皆様の激情と言うものを肌に感じながら、それを牽引していくプロ野球の大きなうねりの中にいたんです。それはそれは凄いエネルギーでしたよ。国民が自分に何を求めているのかもええ、ええ、よく理解していました。だから
みんなが期待する長嶋茂雄という人間を私も必死で半ば演じるような形であの
時代を生き抜いてきたように思います」

色あせた映像の中、熱狂する観客の中、誰もが認める昭和のヒーローたち。
力道山、王 長嶋 、そして名大関貴ノ花。
彼らは自分の姿を通して多くの夢や希望を人々に与えた。
でもその影で、犠牲にしたものも多かったのかも知れない。

長嶋監督は今、一茂さんいわく「壮絶なリハビリ」に取り組んでいる。

2人の孫を膝に乗っけて、安らいでいる姿を見ると「穏やかな気持ちになる」
そうだ、こういうときこそ「家族」が「親父」を守らなければならないと。

親父は元気になったらどうせ止めてもまたプロ野球のために奔走するだろうし、
こうして、一番かわいいこの時期に孫と家族と一緒の時間が持てたことは神様
からのプレゼント。そう思えばこの時間は後にとてもいとおしい時間になるの
かも知れないね。

誰もが熱狂しあこがれた英雄たちは
自分の体が動かなくなるそのときまで使命を果たそうとするのだろうか。
古びた映像の中で躍動する彼らの姿は時代を経た私たちの心をもとらえて
はなさない。

「生放送でゲストを迎えるとき」(05/5/27)

生放送でゲストを迎えるとき、聞き手としては
その方が「口数が少ない」のかそれとも「饒舌なほう」なのかが気になるものだ。
口数が少なかったり、テレビ出演が初めての方だったら、少し多目の質問を
用意しておくなどの準備が必要だ。

しかしこの方の場合はいかに話を止めるかが最重要課題になってくる。
長野県の田中康夫知事だ。

前回、生中継で出演していただいたとき私は恐ろしい体験をしたのだ。
「長野にいる田中さん。宜しくお願いいたします」
そこからは田中知事の独壇場だった。しゃべるしゃべるしゃべるしゃべる・・・。
長野の魅力についてしゃべるしゃべるしゃべる。
質問をする間もない。

当初の予定の時間をかなりオーバーし、
横に座っているデスクの顔が引きつってきた。
「番組の時間がもうないぞ。」「ダメだ、次のニュースは飛ばそう」

残りの時間を計算していたスタッフは、
「ダメです、アッコさん。」放送中、彼らは大声が出せない。身振り手振り
すさまじい形相で訴えてくる。振り回している台紙には「引き取って」の文字。

だからこっちも必死なんだってば。
引き取りたいんだけれど、話に割り込めないんだってば。

私はインタビューが好きだ。
相手の話が長くなった時、話を変えるテクニックはこれまでの経験で
学んでいた
人は必ずどこかで「息を吸う」、その一瞬の間が、話の切り替えのタイミング。
こちらが言葉をはさめば、普通は相手は話しを止めるものだ。

ところが・・・田中知事は息を吸ってないのだ!
一秒足りとも間が生まれない。いつ吸うか、いつ吸うか、間を狙う緊迫の時間が続く。
しゃべるしゃべるしゃべるしゃべる・・ああ、まだしゃべり続けている・・・。

「ダメだ、息吸ってない。」
仕方がない、失礼だとは思ったが、話しつづける言葉の上に
「田中さん。田中さん。」呼びかけてみた。
しゃべるしゃべるしゃべるしゃべる・・・
聞こえているはずなのに、しゃべり続けているではないか

スタジオ内のスタッフが泣きそうになっていた。
え〜ん。こっちも泣きたいよ。

ええいままよ。大きい声で叫んだ。
「田中さん、お時間も限りがありまして、またぜひお話聞かせてください」
くるりと大きい瞳を輝かせ
「おや、そうですか、佐々木さん、ぜひ長野に遊びに来てくださいねえ」。
にっこり(にやり?)と笑ったあのお顔は今だに忘れられない。
百戦錬磨の政治家達、その中でも明らかに異彩を放つ田中知事。恐ろしやあ。

きのう再び、中継でお会いした。
長野産ワインのPRということでソムリエ姿の気合の入れよう。
やはり彼のペースに振り回されたものの、
今回は少しばかり強引に切り込ませていただき、時間内におさまった。
よかったよかった。

次にこのスリルを味わうのはいつになるだろうか。
さらに腕を磨いておこう。

「体力年齢」(05/5/19)

番組内で言葉を失ったのは初めてかも知れない。
新商品コーナーで「体力年齢」を計ることができる体重計を紹介した。

計測器の上に乗り、まず、身長と実年齢を入力。あとは両手で腰を安定させ
まっすぐ前を見て立つだけ。10秒くらいすると、自分の体力年齢が表示される。

本番の前に商品が到着した段階で、報道フロアは大賑わいとなった。
「何だ」「何だ?」
「どうやら体力年齢がわかるらしい」
「うそっ」「乗ってみろ乗ってみろ」

かなり関心が高いようだ。やはり「年齢」は気になるのか・・・・・・。
次々と情報を入力していく。

まず担当のTディレクタ━まもなく35歳。うわっ59歳。これはまずい。ダーツで
体を鍛えているのに。
続いてWデスク━38歳。運動とは無縁の不健康体。でた。53歳。
Yデスク━44歳。日頃の運動と言えば犬の散歩ぐらいか。おおお60歳。かなり
弱っている。
そして佐々木明子━昔は体育会系。おっ。31歳!!実年齢より若い。さすが健康体。

ひとりきり盛り上がったところで報道で最も体を鍛え、体脂肪率一桁を誇る脅威のイケメンMデスク39歳が登場した。
その隆々とした胸の筋肉を時折ぴくぴくさせ、女性たちの熱い視線を独り占めしている。
乗ってみて乗ってみて!
みんなが期待した。どれだけ若いんだろう。きっとすごい数字になる・・・一体。
数字が出た。
「67歳」
すさまじい笑いが報道フロアに響き渡った。これはすごい。ここまで見事に期待を裏切ってくれるとは。ああ、書いてる今も笑っちゃうよ。
彼のショックの大きさは計り知れなかったようだ。
「俺の趣味は健康なんだよ。その機械こわれてるんじゃないの?」
つぶやきながら、帰っていった。

バランス感覚をもとに体力年齢を出すので、計測中に声を出したりちょっと動いただけで数字が変わる。ショッキングな数字が出てもあまり気にしないほうがいい。

現にリハーサルでは31歳だった私の体力年齢は本番で47歳と出た。
油断した。ショックだ。
私はテレビの前の皆様に「体力の衰えたキャスター」と宣伝したようなものだ。

言い訳をさせてもらえば、どうやら数字には不安とか緊張とか気分的なものも影響するらしく、本番中で残りのニュースの確認だの番組が終わるまでの時間管理だの、大混乱の渦中にあったことが私の年齢を押し上げたようだ。
追い詰められると心と体も年老いていくのか。
実際の体力年齢は31歳でした。みなさん信じてください。

「いつもぎりぎりの攻防だ」(05/5/9)

いつもぎりぎりの攻防だ。
テレビ東京がある神谷町まで日比谷線に乗り換えて15分。
乗り継ぐ駅への到着時間で状況がころころ変る。
40分に着くとかなり余裕。
会社までの道のり、コンビニでミネラルウォーターを買う時間がある。
42分は、ちょうどぴったり。
駅からゆっくり歩いても打ち合わせには余裕がある。
44分・・・・これは厳しい。神谷町の駅についたら猛ダッシュだ。
ラクロス元日本代表の筋肉も衰えを見せ始め、最近は会社に着くと
息も絶え絶えだ。

例えばもっと早く家を出ればいい、という人もいるけれど
朝の一分はとても貴重。
ニュースも見て、新聞チェックして、ちょっと紅茶も飲みたいし・・。
それに朝のラッシュ時は電車も2分おきに来る。
一本逃しても回復の余地はある・・・。
「安全か」なんて当たり前すぎて疑うこともせずに。

JR福知山線の脱線事故は
多くの犠牲者を出し、ゆがんだ企業体質を浮かび上がらせた。
でもニュースを伝えながら、私は心の中に引っかかるものを感じ始めていた。

朝のあの時、電車が一分遅れただけで
私の心の中は、いらいらの毒素で充満する。
「何で来ないの?」「どうして遅れるのかなあ」「早くしようよ」
44分の電車が45分になれば、私の焦りは最高潮になる。
デスクの顔も脳裏に浮かぶ。
遅刻のうまい言い訳は何か無いだろうか。今、電話すれば大丈夫だろうか。
でも、一生懸命走れば、間に合うかも知れない。
駅から会社まで最短距離で走るにはどのコース取りをすればいいか。
いらいらいらいらいらいらいら・・・・・。

定刻運行が客へのサービスだとJR西日本は言った。
私のような日ごろの思いの積み重ねが、運転手を、企業を、
定刻優先主義へと駆り立てたのか。
一分にいらつく世の中は「安全」という当たり前の概念をいつのまに
奪い去ってしまっていたのだろう。

「遊園地が大好きだった」(05/4/21)

遊園地が大好きだった。
特にくるくる回る「コーヒーカップ」が。
幼稚園の年長だっただろうか、今でも断片的に覚えている光景なのだが
コンクリートの階段を駆け上ると小さな白いゲートがあって、
その向こうには、色とりどりのコーヒーカップがたくさんあった。

「赤いのがいい。赤いのに乗るの」
父の手を引っ張って走って乗り込んだ。

ゆっくり動き出したかと思うと世界がくるくると回りだした。
髪の毛が風に巻かれ、スリルと気持ちよさで大歓声をあげた。

「お父さんはもうだめだ。あとはお母さんに一緒に乗ってもらいなさい」
止まったカップからふらふらと父は降りていった。
かわいそうに、一瞬にして気分が悪くなったようだ。

母が見当たらず、私はまた1人でコーヒーカップに乗りつづけ、
3回ほど乗ったところで自分も気分が悪くなってげほげほした記憶がある。

楽しくて、心に残る遊園地。
最近は技術を駆使して様々なアトラクションが登場し、
スリル感は一層増したけれど
スリルを求めればそれだけ危険も伴ってくる。

東京ジョイポリスで、安全ベルトを締めずに乗った男性が
5メートルの高さから転落して亡くなった。現場の担当者の判断で安全ベルトを装着せずに乗せた結果だった。
「これまで事故はなかったから今回も大丈夫だと思った。」
そんな思いが事故を呼んだという。

この事故をきっかけに日本中にある各娯楽施設では、安全確認や安全管理の徹底を強化しはじめているという。まもなく大型連休。
子供達に心に残る思い出を「安全に」提供してほしいと、
コーヒーカップのことを思い出しながらこのニュースを伝えた。

番外編「田尾監督インタビュー」(05/3/30)

4月1日の「速報!拡大版」のために、今シーズンからプロ野球に新規参入を果たした楽天イーグルス率いる田尾監督に話を聞いた。
歴史に残る開幕戦の初勝利から一転、次の日は26−0というこちらも球史に残る大敗。
天国と地獄をわずか2日で味わった。
ペナントレース開幕5連戦を終えたこのインタビューの夜も、楽天はまた負けた。

佐々木・お疲れのところありがとうございます。
田尾・(苦笑いを浮かべながら・・)いやあ、またやられました。
佐々木・試合終わってすぐにきていただいて、ありがとうございます。
ゆっくりお話聞かせてください。

佐々木・まずはやはりあの初戦ですよね、感動的なゲームでした。
田尾・岩隈(投手)で何としても勝ちたいというゲームではあったんですよね。それを勝てました。チームにとって、本当に非常に大きな1勝でした。

佐々木・試合後、スタンドのファンのところまで挨拶に。どういう思いでした?
田尾・僕個人は、意外とそんなに感傷にふけってられるということはなかったんですよ。実際は次どうするかなと、そっちの方の方が頭にはありましたね。
岩隈で一つ勝っておかないと、今度いつ勝てるかわからないということも最悪、考えてましたからね。

佐々木・その心配通りに、次の日は26−0という歴史的な負けを喫してしまって・・。
田尾・僕にとっては、あれもいい経験と言ってしまえばそうなんですけど、
やはりファンの人たちに対してやってはいけない、非常に内容がないゲームをしてしまいましたんでね。同じやられるにしても、(相手に)向かって行ってやられてもらいたかった。やはり14のフォアボールの内容です。逃げたようなフォアボールでしたから。それだけが僕はちょっと残念でした。

佐々木・自分の思い通りにいかない歯がゆさもあるのではないですか?
田尾・いや、それはある程度、頭の中にはありました。こういうことはあるだろうなと。やはり実績のない選手が多いですし・・・・・。
そんな中でこれだけ注目され、プレッシャーを感じている状態が、いい方にも悪い方にもいく可能性は十分ありましたよね。あの大敗したゲームでは、やはりプレッシャーに負けたという選手が多かったということです。
だけど、結果が出なくてファームに落ちた選手にも、長い目で見れば、また挑戦できるチャンスはたくさんあるんです。
多分、そんな入れ替えが、このシーズンは何度も繰り返されると思います。だからチャンスはあるということを選手に持ってもらいたいし、相手に向かっていくそういう意識をもっと強くもってもらいたいというふうに思ってます。

佐々木・選手に話を聞くと、みんな歳が近いのでいいフインキではあるのだけれど、実は自分のことで精一杯と。チーム内の競争は激しいみたいですね。

田尾・それはもうベテランも若手も本当にゼロからスタートなんだからいいものをみせてくれた選手をゲームに使うと。ずーっとキャンプから、オープン戦、そして、公式戦と、同じようなスタンスでやってきてますんで。

佐々木・入れ替えもあるけどチャンスもあるということですよね。
田尾・結局、僕が見る限り、もうお前に任せたよって言って、結果をだせる選手はそんなに多くないんですよ。ということは任せたよじゃなくて、競争してるんだぞ、だからいいものを見せようという気持ちで野球をやってもらいたいんですよね。そうすると意外とプレッシャーってものが、マイナスに働かないでやれるんです。

佐々木・5連戦は1勝4敗。この結果はどう受け止めているのですか?

田尾・僕はあの5連戦は2勝3敗でいきたかったんです。
一つ何とか勝ちたいという気持ちでいましたけれど、結局、終わってみたら大差の3連敗、ソフトバンクにくらいましたけれども、僕はやっていてそんなに差はないと。
大きな失点を1イニングに3ゲームともやっちゃいまいましたけれど、これは打線がもうちょっと奮起してれば流れは変わってたと思いますよ。
ホッジス、ラスに、矢野にしても十分にローテーションピッチャーとしてやっていけると感じましたんでね、3連敗して残念ですけれども収穫はありましたね。

佐々木・田尾さんも、プロ野球改革元年といわれる年に、まさにその注目の新球団の監督なわけですから、いろいろ思うところもあるのではないですか?

田尾・まあ、それは最初からわかっていることですから。まあ多分、他の監督さんよりは、楽しいんじゃないかな、やることがいっぱいあって(笑)

佐々木・大変だろうと思っていましたが、むしろ楽しいとおもえるのですね。

田尾・負けはしましたけど、また明日もゲームができるんだっていう、また挽回できるチャンスがもらえるんだっていう気持ちでいますから。まだ5試合終わったところ。これからいくらでもチャンスあるんだなあっていうのが僕にとってはありがたいですね。

佐々木・ただ、やはりプロとして結果がすべてなわけで、そのためにはやはり選手。
巨人の渡邉前オーナーも、もっと補強をしたほうがいいとか、選手を貸してあげることも考えなければといった発言していましたね。

田尾・ああ、去年の日本シリーズ前の話ではですね。「エクスパンションドラフト」ということで、全球団2人ずつくらい(選手を)供給しようという話が出ていましたけれども、結局それが全然なくなりましたんで。そういう意味では確かに大変といえば大変なんですけれども、これは決まったことですからその中で我々が努力する。足りなければ何とかして戦力を補う。あるいは育てる、そういうものをやっていけばね。
とにかく負けるっていうことは、非常に悔しいですからね、なんとか、他球団と対等に戦えるチームを早く作りたいということで、今やっているとこなんですけども。

佐々木・なんだか他の監督達の楽天を見る目も温かいものがありますよね。

田尾・(困ったように顔を傾けて)それじゃあ困るんですよ、もう憎たらしいと思われるようなチームにならないといけないんですよ

佐々木・そうですね、それに球界のためにも頑張ってほしいという期待もあります。

田尾・こんなに注目されている中でプレーできて、選手は本当に恵まれていると思います。今、楽天のユニフォーム着ている選手たちの中には、この球団がなければ今年ユニフォームを着てなかったかもしれないという選手がかなりいるんですよね。だからそういう選手たちにとってはまたチャンスがもらえたんですから、まああんまり結果を気にしないで、ガンガンやってもらったらいいと思うんです

佐々木・選手達に田尾さんの印象を聞くと、気さくでやりやすい、とか選手に近い、とか確かに厳しいけれど、でも監督なんだけれど監督と思ってないところもある、などなど
聞く人聞く人同じような答えで。(笑)

田尾・(笑いながら)ちょっとなまぬるいのかもしれませんね。

佐々木・いやいや、親しみがある。

田尾・僕はファミリーだと思っていますから。だから息子あるいは兄弟に話をしているような感覚で選手と接しているつもりなんですよね。
厳しいことを言うっていったって、家族の中もで厳しいこと言う事もありますからね。
ファームに落ちる(選手)にしても、とにかく皆に幸せになってもらいたいという気持ちは非常に強いんです。だから、頑張れよ、大変だけど頑張れよってね。
他人事のようですけど、実際プロ野球界ってそうなんですよね、結果がでなきゃ厳しいんですけどね

佐々木・そういう田尾さんの愛情を選手も感じているというか、お兄さんっていう雰囲気なのかも知れませんね。

田尾・僕自身が晩年、まだやれるという気持ちの中でなかなかチャンスがもらえないという経験をしました。そういう意味では、今はベテラン勢が多いんですけれども
その人たちにとにかくチャンスを与えてあげて、結果がでなきゃもうしょうがないぞと。
ただ、(三木谷)オーナーも言っているようにですね、今、ユニフォーム着てる連中はみんな「楽天の創業者」なんだという気持ちをもってもらいたいということで、
選手としてもしだめになったとしても、まだ他にいろいろ使い道あるんじゃないかなと、そういうところまで考えてあげたい、と感じています。

佐々木・三木谷オーナーは補強に関してはどうおもっているのでしょう。

田尾・やはり、26対0という屈辱的なゲームを実際に球場でご覧になっている。ちょっと補強しないとという気持ちになられたようなところはありますよね。僕はもうちょっと対等にやれるという気持ちでいましたけれども、現時点ではいいものが出ていない、特に打線に。オーナーももうちょっと補強しようというような気持ちにはなられてるんですよね。

佐々木・ポケットマネーでですか?
田尾・そういう気持ちは非常にあると思いますよ

佐々木・どんなタイプの選手を今、補強したいですか?
田尾・やはり、大きいの打てるバッターがあまりいない。
山アとか、吉岡とかいますけれど、やはり全盛時から比較するとちょっと下り坂の方に今もうきてますから・・・。
そういう意味では、バリバリ大きいの打てるのが一人いるだけでもかなり打線が変わっていくと思うんです。やはり大きいの打てるのが中軸にいてこそ、小技のできる選手がいきてきますから。

佐々木・もし他球団から誰から一人あげるよ、と言われたら誰を思い浮かべますか?
田尾・今ぱっと浮かんだのは松中・・・じゃなくて城島ですかね・・・前から彼は(チームを)ひっぱっていけるなあって見ていましたからね

佐々木・城島選手!打てるし、女房役としてピッチャーをリードできるし!
(田尾監督、大きくウンウンうなずく。)
さて、今度はいよいよ地元仙台での開幕戦です。

田尾・東北のみなさんにとって、(プロ野球を)生で初めてみるっていう人がほとんどだと思うんですよね。そういう意味では、僕は本当に歴史的な試合だと思っています。
うちの家族もみんな見ておいてくれよっていうぐらいの気持ちでいます。どういうゲームになるかわかりませんけれども、本当にいいゲームを、みなさんにお見せしたいと思いますね。
佐々木・仙台も本当にもりあがっていますよね。

田尾・僕は選手・裏方さんだけじゃなくて、ファンの人たちもファミリーだと思っています。だからファンのみなさんにはファミリーの一員がグランドでプレーする、そういう気持ちで見ていただければありがたいと話してるんです。

佐々木・新しいチームということで何か目新しいファンサービスをしてくれるのではという期待もありますが、何か考えていますか?

田尾・・ファンサービスはね、今年に限ってはとにかく一つでも多く勝つことが一番の
サービスだと思っています。楽天のレギュラーはこの人ですよっということが認識された時点で、今度はその選手に本当の意味でファンの人たちにサービスをしてもらいたいと。
今年はまだそういう選手がいない。彼らは今、競争している段階なんですよね。
だから1年シーズン終わった時点で、ファンに認められる選手が数多く出てもらいたいなというふうに僕は望んでいますけど。

佐々木・田尾さん、スタジオで解説していたときよりも、若返られた気がしますね。
田尾・そうでしょう、なんか朝の目覚めもすごく気持ちがよくって、これまではなんとなく朝起きるのが辛かったんだけれど、今はどんなに疲れていても朝の目覚めがとてもさわやかで、なんだか楽しいんですよ。

そう言って田尾監督は笑った。
弱いのは承知している、だから腹をすえて、チームを育てようというそんな気概が
田尾さんの笑顔にはあふれていた。

4月一日、「速報!」がスタートした日は楽天イーグルスの地元開幕戦だった。
どんな試合になるかわからないけれど、いい試合をお客さんに見せたい。
そう話していた田尾監督は、この日の夜、最高の笑顔をフルキャストスタジアムでみせていた。
16−5。
地元初優勝だ。

寄せ集め球団と揶揄されることもある楽天だが、何かをするかも知れない「スリル」もそこにはある。しかし現実は厳しい。目下、チームは最下位。
田尾監督は今ある戦力の中で戦わねばならない。オーナーのポケットマネーは一体いつ
チームに届けられるのだろう。

「ニュースアイ」から「速ホウ!」へ。(05/4/1)

今日から番組が変わる。

夕方5時戦争と言われ、各社が2時間枠などで大展開する熾烈な時間帯。
「生き残り」をかけて、いずれもグルメ情報や芸能ニュースなどなど
てんこもりの構成になっている。

先日、急性声帯炎を起こし、医者から「なるべく声をださないように」とアナウンサーにとって致命的なお達しを受けた。でも会社に来るとどうしてもしゃべってしまう、本番で声が出なくなってしまったらそれこそ責任問題である。
ということで番組に支障をきたさない時間まで家で休んでいることにした。

一つ気が付いたことがある。
朝からずっとテレビをつけていた私は、
午後2時くらいにはそれまでに起こったニュースやその背景まで理解できてしまった。
おりしも内容はニッポン放送株争奪戦、
「ホワイトナイト」に「グリーンメーラー」「パックマンディフェンス」
何じゃコリャ、と思うようなマーケット用語の意味もおかげでしっかりマスターした。
テレビって凄い。流し見程度でもしっかり耳に入ってきて、色んな情報を手にできる。

こうして一日を過ごした私がどう感じたかというと夕方のニュースは何よりも新しい情報が欲しかった。そうか、こういうことか。

4月から新しくなる「速ホウ!」はタイトルどうり
どこよりも新しいニュースにこだわります。
番組の最後まで最新情報をお伝えする姿を是非見てください。
そして皆さんの好奇心をくすぐるような事実の裏側までを短い時間にぐっと
凝縮させてお送りします。

私事で恐縮だが、姪っ子が誕生した(05/3/3)

私事で恐縮だが、姪っ子が誕生した。
両親にとっては初孫なだけに、我が家は大騒ぎになっている。
気が付けば
ガスファンヒーターに空気清浄機に、加湿器が新調されている電子レンジまで新しく買い替え風呂の修理までやっているではないか。

「何こんなに家電が増えてるの?」
母はニコニコしながら答えた
「だって桂ちゃん(孫)がお正月に泊まりに来るっていうから風邪でも引かせたら大変でしょう」

先日はお食い染め、というお祝いをやったのだがデジタルカメラを購入、桂ちゃんを撮りまくっている。
「桂ちゃん、笑って笑って〜ハイ、チーズ」
そう言って「ズームボタン」を押していた。・・・どうやらまだ使いこなしていないようだ。

無条件に
愛情も資金も注いでいる様はなかなか微笑ましい。

父は自分に対してあまりお金を使わない人だ。家の料理が好きだからと言っておしゃれなレストランにも興味がない。ゴルフもブービー賞をとってからやらなくなったし、庭に作った菜園にまく小松菜の種を買うくらいか。
母いわく、「貯金しても有意義なお金の使い方がわからないのよね」
どうやらその使い道をみつけたらしい。
「孫」の力はすごいものだ。シニアの貯金を動かせるのは「孫」なのかも知れない。

番組で6ポケット現象を伝えた。
孫は6個のお財布を持っているという意味。両親とそれぞれの祖父母だ。
納得の表現だが案外見落としてるところがある。
姪っ子がかわいくてしかたがない独身の働く女性を忘れているではないか。
叔母(この表現は嫌いだが)の存在だ。
最近自分の洋服だけでなく、ベビー服のお店を見るのがたのしくて
小さくてふりふりのものを見ると思わず手が伸びてしまう。
それを聞いたスタッフの独身女性も「そうなんですよ〜姪っ子の服、いっぱい買っちゃって!」
ひとしきりその話題で盛り上がった。
少子化の原因とも指摘される、増える独身の働く女性達。
その愛情や資金が注がれる現実をみると「孫」のポケットはもっとたくさんある気がしてならない。

きょうも「ホリエモン」のニュースがトップだった(05/2/25)

きょうも「ホリエモン」のニュースがトップだった。
かつてニュースの中で「ホリエモン」と言えば、堀江さんが中央競馬場で走らせた競争馬のことだった。
それが、今では馬主の堀江さん自身を指す言葉になっている。
どの番組もホリエモンの字幕であふれている。
「ホリエモン、ニッポン放送買収」「今日のホリエモン」等々・・・

馬の名前が自分の愛称になるとわかっていたらもっと別の名前にしたのだろうか
「ホリエスター」とか「ホリエシンボル」「ホリエテイオー」・・・
でもやっぱり「ホリエモン」か。
音の響きが堀江さんの愛嬌ある表情やしぐさに妙にマッチしているところがおかしい。

ところがこの「ホリエモン」本業ではだいぶ馬主のそれとはマッチしない。
昨年9月のデビュー戦はタイムオーバー。
第2戦は16頭立ての14着。
第3戦は10着。
今年に入って行なわれた第4戦も10着に終わった。

結果を出せないホリエモンに
レース後、高野騎手はこう答えたという「まじめな馬だけれど、闘争心に欠けるところがある」

一方、馬主の「ホリエモン」はいまや闘争心を剥き出しに、フジサンケイグループを相手に
走りまくっている。ものすごい勢いだ。

その馬主の方の「ホリエモン」に話しを聞いた。
フジテレビとニッポン放送の大逆襲の次の日のことだ。
予定よりも30分遅れで登場した彼は、水色のVネックのセーターを着て、やはりどことなく疲れた表情だった。脂汗をかいているようにもみえた。

「さすがにお疲れの様子ですね」
思わず言うと、
「そうですかあ?でも僕よく寝てるので案外元気なんですよ」
聞けば、午後11時から始まった厳しい表情の記者会見の後、すぐに家に戻って午前1時には
ぐーぐー寝ていたそうな。8時間はしっかり寝るのがこの人のパワーの秘訣だそうだ。

私はこのインタビューのために、どれほど勉強したことだろう。
もともと商法とかマーケットにはとんと疎いため、連日新聞や解説本を読み込んで臨んだ。
日経金融新聞の解説にはかなり助けられた。
でも難しい。
内容が内容だけに柔和だった彼の表情がグッと引き締まる瞬間が何度もあった。
こちらも脂汗を掻きながら何とかインタビューを終えた。

共通のアロママッサージのお店の話に花が咲くころにはポワンとした人のよさそうな表情に戻っていた「最近いい、マッサージが無くって。」

彼はまさに注目を集めるレース途中。
勝てるのか。それとも厳しいレースが続くのか。
「ホリエモン」も彼も、勝負の世界で走りつづけている。

[ 関連リンク ]
●今週のピックアップ
ライブドア堀江社長単独インタビュー
ニッポン放送株争奪戦の行方は・・・(05/2/24 OA)

人が死んだとき (05/2/3)

人が死ぬところを見たのは中学三年のときだった。
バスケット部の練習に出ていた私のところに顧問が走ってきた。
「佐々木、おばあさんが危ないそうだ、すぐに病院に行きなさい」

あの頃、父方の祖母はガンの末期だった。
父は連日病院に寝泊りし、祖母に何とか一日でも生き長らえてほしいとわずかな希望を託し高額な新薬も試していた。
事の深刻さをわかっていない私によくいったものだ。
「おばあちゃんのお見舞いに行きなさい、おばあちゃんが喜ぶから」

三社祭でみこしを担いだあとにみんなで食べる祖母の味、濃い目の下町のお煮しめが大好きだった。遊びに行くと私と兄の大好きなメロンシャーベットを山のように買っておいてくれたものだ。いつも穏やかな笑顔で私達を見つめていた。

暗い廊下を通り抜け、重く冷たい病院の扉を開けた瞬間に私は思わず後ずさりした。
初めて嗅ぐ鼻につんと染みる臭い。鳥肌がたって本能的に体が拒絶した。
「入りなさい」
立ちすくむ私に父が声をかけた、母がいて、兄がいて、白衣の人たちに囲まれた祖母がいた。遠くから見ると枯れ木のようだ。
「家族みんなで見守っててあげるんだよ、そばにきておばあちゃんの体をさすって上げなさい」
おそるおそる覗き込んだ。
白くひび割れた足。はだけた浴衣のべっとりとした質感は祖母の壮絶な戦いを物語っている。瞳は黒々と乾いて、炭のようだった。いつかどこかで見た瞳。
そうだ、かわいがっていたネコのシロが死んだときの目だ。
妙に冷たい頭の中に色々な光景が刻み込まれていく。
おばあちゃんの足をそっとさすった「おばあちゃん」
静かだった脳波が大きくうごいた。
「おばあちゃん、分かってるのよ、あっこがきたこと」

手のひらを一杯広げて必死でさすると、白い皮膚が乾いてぽろぽろ落ちて、祖母の命が静かに体から流れ出ていくのを感じることが出来た。

今までいた人がいなくなる瞬間。
人がモノになってしまう瞬間。
思春期の私にはとてつもなく大きなショックで
あれから幾度、人の死について考えたことだろう。

「人が死ぬところを見てみたい」
殺人を犯した少年はそう言ったと言う。
素直な気持ちだったのかもしれない。
子供の頃アリンコの巣の中に水を流し込んでは観察した、あの日の私と同じ残酷な「好奇心」だったのだろうか。
漠然とした死がネットの中であふれ、さまざまな情報が入ってくる。
子供達は今、何をさがしているのだろう。

私は子供ができたら血のつながった親族のその瞬間は絶対に立ち会わせたいと思う。
父は最愛の母親の死を看取らせる事で命の何たるかを伝えようとし、祖母はそれに応えるように私が到着するのを最後まで頑張って待っていてくれたように思う。

血が通った親族だからこそできる人生最後の命の教育はたった一度だからこそすさまじく、深く深く心に刻まれるものだ。

メディアのジレンマ (05/2/2)


「礼宮さまと川嶋紀子さんのご結婚が決まりましたが、どう思われますか?」
うわあ、テレビの取材だ。

15年前のあの時、学習院大学の構内は礼宮さまと紀子さまのご結婚話で持ちきりだったし、大学「後輩達」の一言を取ろうと正門に待ち構える各局の取材カメラの数に私達学生は興奮気味だった

「もし取材されたらどうする?」
「お化粧でもしておく?」

なんて、授業中に話していたことが実際に起こってしまった。
おりしも私はラクロスと言うスポーツの学習院チーム主将だった。
ここはしっかり受け答えをせねばなるまい。

「私達がグラウンドで朝練をしていると時々紀子さんがマラソンしていらっしゃることがあって、挨拶をするととっても素敵な笑顔で応えてくださるんです」
「後輩としてとっても喜ばしいことだと思っております」

模範解答だった。完璧だった。
しかし夕方のニュースで流れたのは、私が友達と「でもさあ、今日は休講になるかとおもったのにね〜」と、がはは笑いをしている映像だった。
なんてことだ。見事なまでの受け答えの後の、インタビュアーが「ありがとうございました」といったその後の、油断して放った本音の一言だった。
私の母は、仲間うちでしばらくの間「バカ女子大生の母親」というありがたくないレッテルをはられたそうな。

メディアのジレンマである。
あの時「マスコミはひどい」と憤慨していた私だったが今や作り手としてその気持ちも分からなくもない。
インタビューの最中もいかに「いい味わい」を引き出せるかに集中している。象徴的な一言はやはり視聴者へのインパクトがある。建前よりは本音がほしいものだ。

さて、通常国会が始まった。冒頭から野党が退席するなど大荒れの様相だ。
岡田代表の怒りの表情のあとの、小泉さんのにやりとした顔。
映像からいろんな事を視聴者は感じ取っているに違いない。

以前、国会に党首討論を取材に行って愕然としたことがある。
声を張り上げ熱弁を振るう、テレビでお馴染みの「小泉さん」はわずか2〜3分。
後の数十分は手元の用意された原稿を「棒読み」しているだけだった。
本当に見事な棒読みだった。

私達が届ける映像は時間的制約からどうしても「インパクト」のある「象徴的なシーン」
になってしまいがち。(小泉さんであればやはり身振り手振りで言い放つ短いセンテンツ)
ただ、それもメディアが拾い上げた一部分でしかない。
ほとんど顔を上げることなくつらつら読みつづける姿には正直「これもまた真実」
と目がさめる思いがしたものだ。
その日のスタジオで付け加えた。
熱弁を振るう、その映像のあとで「熱が入っていたのはこの郵政民営化の部分だけだけでしたが。」

映像と同時にもうひとつ補足するコメントがしたいと思っている。

15年前のあの日、休講になると思い込み学食でお茶していた友人は少なくはない。
そこにもひとつの「真実」があったのだから、それを伝えたあの日の彼らを責められるはずもない。
私も成長したものだ。

まだ燃えてるのかよ (05/1/18)

「まだ燃えてるのかよ。何とかしてやれよお」
夜11時半過ぎのスタジオ。
CM中に私のとなりで先輩アナウンサーが声を絞り出すようにつぶやいた。

10年前私はスポーツアナウンサーだった。
あの日も番組ではオフの自主トレに励む松井選手とか、ラグビーとか、躍動感あふれる情報が一杯だった。いつもと違ったのは報道特番の間にはさまれた短縮版だったことだ。
町が燃えていた。暗闇の中でも黒煙が巻き上がっているのが分かる。あの下にまだ人がいるんだ、しかも何百、何千と・・・。
阪神淡路大震災。未曾有の災害は私がアナウンサーになって3年目の出来事だった。

いつもなら満面の笑顔で伝えていたスポーツニュースも、その時ばかりは場違いな気がしてトークがはずまなかった。
重い気持ちで番組を終えると待っていたのはカミナリだった。

「佐々木、おまえは何であんなつまんなそうにやってんだ、仏頂面で無愛想で、何考えてやってるんだ」(そんなつもりはなかったけれど、どうやらそう映ったらしい)
プロデューサーに呼び出され怒鳴り散らされた。
「でも、神戸であんな被害が出ている中でさすがに笑いながら進行はできませんでした」
入社して初めて意見した(楯突いた?)ときだった。
事なかれ主義の私の性格をよく知っていただけにプロデューサーはちょっと驚いたようだ。で、一息ついて、
「気持ちはわかる。確かに大変な惨事だよなあ、だけどおまえ、スポーツを楽しみにしている人達もいるだろう。おまえが担当している番組をしっかり伝えるのがおまえの責任だろう」
ゆっくりとひげをさすりながら話してくれた。

その直後、私は担当していた報道情報番組で神戸から伝えることになったのだが、情けないことにインフルエンザにかかり寝込んでしまった。現地に行くことができず、もどかしい思いをした私は震災から2週間後、休みの日に一人で神戸に行ってみた。

―電車の窓から見える家並みはドミノ倒しをしたようで、バスと徒歩で三ノ宮からあてもなく、こなごなになった家々を呆然と見て歩いた。主の姿はなく柱の影に丸くなっていた猫の目の妙に光った緑の色を今でも覚えている。
避難所に行くとたくさんの人がテレビを見つめていた。布団を肩からかけて背中を丸めた中年男性。おばあちゃんの髪の毛はぼさぼさだった。

テレビの中では、きれいなピンク色のスーツに身を包んだ女性が「避難している皆さん、本当に苦労なさっているでしょう」とイヤリングをきらきらさせながら語っていた。

「いつもスポーツ見てますよ、」と突然男性が声をかけてきたかと思うといきなり紙切れを渡してきた。見ると
名前と電話番号が書いてあった。
「息子と連絡が取れないのですが、私は無事だとテレビで伝えてもらえませんか」

自分は仕事できたわけではない。現状を見つめたくてきただけだった。
とたんに自分が情けなくなって居たたまれない気持ちになった。

あの時に、いつかきちんとニュースが出来たらと、人の役に立つことが出来たらと、心のどこかで思ってやってきた気がする。

「6000人以上の命が奪われた阪神大震災から丸10年です」
スタジオでそう伝えたときに、私はあの10年前の自分を思い出していた。
本当に鮮やかにあのときの場面が浮かび上がってきて、少しだけ涙が出そうになった。

年末年始休みまであと2日(05/1/7)

年末年始休みまであと2日とカウントダウンに入った頃、なにやら不穏な気配が。
鼻がでる。
息を吸うたびに喉に激痛が走る。
「ついに来たか」

4年に一度、オリンピックのように必ず訪れる重度の風邪。
番組皆勤賞の体力を誇る私もなぜかこの周期だけには逆らえない。

折りしも、ニュースはスマトラ島沖で起きた大地震で揺れに揺れているとき。

アナウンサーは、熱があっても鼻が出ても、声さえ出れば仕事は出来る。
点滴を打ちながら、かろうじて声だけは守っていたが、どうにも頭がボーっとする。

原稿も何度も同じところを下読みしてしまうし、鼻の下はかみすぎてかぴかぴになってしまい、化粧もへったくれもあったものではない。

あと2日、あと1日。
呪文のように唱えながら、何とか年内の放送を終えることが出来た時は、我ながらよく頑張ったと胸をなでおろした。
その夜はスタッフ全員で打ち上げ。カメラさんや編集さんも含め100人以上が参加し、豪華?賞品が当たるビンゴゲームで大いに盛り上がった。
私は空気清浄機を狙っていたのだが、当たったのは・・・・紹興酒、だった。
私にぴったりのものとは言え、この体調では飲む気にもなれず、
持って帰るには重すぎて、酒豪のデスクに奉納することにした。
よろよろと家に帰るとそれから正月3日までベッドに寝込む散々な年明けとなった。

これを書いている今もまだ完全復活とはいかない。
今年は酉年、私は年女。しかも前厄・・・・これで厄が落ちたと思いたいものだ。