異能の人・上原浩治 雑草は美しく死ぬことよりもしぶとく生き抜くことを選んだ

野球

2019.6.25

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上原浩治 写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

単身赴任のメジャー時代。

試合後の楽しみは部屋飲みの缶ビール。つまみは球場でもらってきた冷えたトンカツと缶ビール。こんな一流選手、他にいただろうか。

一言で言えば、「異能の人」。上原浩治は、彼にしか行けない道を切り拓いてきた。35歳で引退の危機を感じ、38歳でワールドシリーズ優勝投手。二人といない稀有な選手。

渾身のストレートはなんと138キロ。高校生レベルの速球と決め球のフォーク。わずか2つの球種で世界の強打者をねじ伏せてきた。天才でも怪物でもなかった野球少年。高校時代は全く無名の控え投手だった。もちろん甲子園の経験もない。大学受験にも失敗している。

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浪人時代はレジ打ちのアルバイトもした。一浪の末、大阪体育大学に入ると、そこで伸びた。雑草魂を胸に44歳まで続いた現役生活。手にした栄冠は数知れない。それでも本人は...

「もうちょっとやりたかった」

今だから明かせるが、今年2月、上原は既に覚悟していた。プロ21年目、44歳の男はこの時点で球界最年長選手になっていた。オフには左ひざの手術もしており、万全とは言えない体だった。

開幕戦でいきなりの登板。10年ぶりの凱旋帰国に東京ドームが揺れた。中継ぎとしての役割を果たし勝利に貢献する。その後、4試合連続無失点。7月には歴史的快挙、日本人初の日米通算100勝、100ホールド、100セーブを達成する。

だが次の登板。丸に決勝弾を許し、負け投手に。実はこの時、上原のひざはすでに悲鳴を挙げていたのだ。野球を続けるには手術するしかなかった。

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思えば傷だらけの野球人生。

34歳でメジャーに挑戦した当初もそうだった。右ひじを傷めるなど二年間でわずか3勝。先発として入ったのに敗戦処理という立場にまで身を落とした。

上原はもう終わった。

そう感じた野球ファンも少なからずいただろう。本人もまた崖っぷちの心境だった。もしもエリートだったら再三の屈辱に心が折れていたかもしれない。だが上原は雑草だった。踏まれても、しぶとく逞しく生きる雑草魂が原点にあった。

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ドラフト1位で巨人へ。同期には平成の怪・松坂大輔がいた。甲子園優勝のスター選手と無名の補欠選手、傍から見れば対照的な存在だった。しかし雑草には地中に深く根を張る強さがある。プロ一年目から20勝を挙げ新人王と沢村賞にも輝く。

メジャーデビュー戦にも忘れられない対戦があった。巨人時代の先輩、松井秀喜が相手にいたのだ。先発マウンドに立った上原は松井を完璧に抑え、メジャー初勝利をおさめた。

メジャーでは160キロ台の投手がゴロゴロいる。しかしなぜ138キロの上原が空振りを取れるのか。そこにこそ、上原の異能というべき投球術がある。

ストレートとフォーク。

球種を増やさないことが上原の成功を支えたのだ。他のボールを捨て、徹底的に磨き抜いた伝家の宝刀。さらにストレートとフォーク、二つの投球フォームがコピーしたかのように全く同じ。打者に狙いを絞らせない巧みなフォーム。努力と創意工夫こそが上原の投球を支えてきた。その陰には捨て去った自我もある。

決断の時はメジャー二年目に訪れた。怪我もあって打診されたリリーフへの配置転換。だが当時は先発に猛烈なこだわりがあった。しかし監督の強い意志をくみ取った上原はあっさりとこだわりを捨てる。雑草は美しく死ぬことよりもしぶとく生き抜くことを選んだのだ。雑草はそうしてアメリカに根付き、世界一なり、花を咲かせ続けた。

時にこだわりを持ち、時に捨てる。人目を気にせずにそれができるのは、自分のしたいことがわかっているからだ。

「野球をずっと続けたい」

野球を好きになったあの日から、その思いだけは揺るがなかった。


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