「記録と靴」桐生祥秀のスパイクには他の選手にはない大きな特徴があった

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2019.7.16

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

一昨年、ある男が作った靴は桐生の翼になった。

日本人初の9秒台、9秒98をマークし歴史のページは変わる。だが一人出れば、二人。それが記録というもの。フロリダ大学留学中のサニブラウン・ハキーム(20=フロリダ大)が9秒97を出し、日本記録を更新した。さらにそれを超えたい桐生祥秀(23=日本生命)。そこに裏方は登場する。

彼は長年に渡って桐生を、ある側面からサポートしてきた。それはスプリンターが身につけられる唯一の武器"スパイク"。

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田崎公也は桐生の足元を支えるその道のプロ。かつてカール・ルイスは0.1秒のタイムを伸ばすのに0.05秒はスパイクで何とかできないか、とメーカーに依頼。その想いに応えた最高のスパイクを履いて見事9秒86をマークし当時の世界新記録を樹立した。

記録と靴。

選手と職人の密接な関係は、池井戸潤の小説「陸王」を思わせる物語がそこにあった。

桐生が練習の拠点を置く、母校の東洋大。田崎はことある度、足繁くここに通っている。二人の出会いは、桐生がまだ高校生の頃だった。荒削りな才能の先に見えた無限の可能性に田崎は惹かれた。以来、スパイクを請け負い共に走る日々。

桐生のスパイクには当時から今も続く大きな特徴がひとつある。それは他の選手の靴にはないベルト。狙いはスタートダッシュだった。普通のスパイクだと足の力が逃げていく感覚があった。だが足首をベルトで固定してからは、踏み込む力が最大限に出せるようになった。

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意見が衝突し気まずくなったこともある。だが、ある大会が思わぬ形で二人の絆を固めた。それはリオ五輪の選考レース。優勝候補だった桐生はまさかの三位。リオ出場は決めたものの、不本意極まりない結果だった。

「自分も頑張るから、スパイクも」彼らの挑戦はそうして再スタートを切る。

では、桐生はスパイクに何を求めたのか?まず挙げたのは隙間なく足を包むフィット感。靴下をはく選手も多いが、桐生は履かない。だから裸足に合わせた靴が必要になる。

神戸にあるトップアスリート専門の工場が、この難題に立ち向かった。マラソンの金メダリスト・高橋尚子やプロテニスのジョコビッチのシューズも手掛けたこの靴工場。専門の縫い子たちが一針一針、手作業で縫い上げていく。

さらに、一般のスパイクはおよそ40のパーツを縫い合わせて立体に仕上げるのだが、それでは縫い目も段差も多く目指すフィット感にはならない。ならば...思い切って素材を変えることにした。

目を付けたのは大手繊維メーカーが自動車の特殊部品のために開発した秘密の繊維。福井県にある町工場が試行錯誤し、5年もの歳月を費やして他にない弾力を生み出したものだ。強度と伸縮性が抜群なため他の素材に頼らず、一つの生地で、まるごと靴ができる。

クッションやロゴなど縫い付けるパーツは、たったの10個。出来上がった布を桐生の足型を元に、職人が手作業で成型する。次のハードルは軽量化だった。

陸上のスパイクはそもそも軽い。普通でも革靴の半分以下、170グラムしかない。桐生がかつて履いていたものは140グラム。田崎は軽量化のため、まず生地の厚さを変えた。従来の4分の1、0.5ミリに抑えることで、20グラム軽くなった。さらには、靴紐の穴を普通は5つのところを4つに減らし、その分の紐を短くすることで数グラムの軽量化。

こうした積み重ねで遂に120グラムに到達し、OKが出た。3つめの要望は靴底の構造。桐生の武器は世界トップクラスのピッチ、足の回転速度だ。一方でストライド、歩幅には課題を残していた。

サニブラウンが100メートルを43歩で走るのに対し桐生は47歩を必要とする。地面を蹴る回数が多いためスパイクもそれに合わせて進化してきた。テスト用のトラックにずらりと並ぶ計測器。モーションキャプチャーを使った研究も進められている。

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開発中のスパイクにマーカーをつけて走る時、スパイクにはどのような力が加わるのか何度も実験する。実験には桐生本人も参加。繰り返しデータを解析し、左右で靴底の形を変え、ピン1本の微妙な長さをも調整した。日本記録奪回の準備は整った。

やってきた日本選手権。

桐生とサニブラウン、並び立った二人の9秒台保持者。レース直前に雨が降り、コンディションは最高とは言い難かった。結果は1位サニブラウン、10秒02。桐生は10秒16で2位に終わったがまだ道半ば。もっといい靴を作って見せる。


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