【高校野球】「僕はいい人になろうと思ってない」東海大菅生高校野球部監督・若林弘泰の指導術

野球

2019.8.23

to01.jpg

そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

「優しくなろうとするのは簡単。僕はいい人になろうと思ってない。」勝負の厳しさ。その教えが選手を大人にしていく。7度目の甲子園を目指す東海大菅生高校野球部監督・若林弘泰。チームはこの男の手腕で強くなった。監督の若林は元プロ野球選手。プロで挙げた勝利はわずか1勝。紆余曲折を経て、高校野球で花を咲かせた。苦労の果ての指導術。その秘密を知りたくて、取材は始まった。

去年12月。凍える寒さの早朝に彼らは山道に向かった。走り切れるかどうかギリギリの6千メートルに挑む。鍛えるのは気持ちの強さ。きついトレーニングを妥協するか、自分に勝って自分の限界を求めるか。総勢107人の大所帯。若林は、人との競争よりも己との戦いに重きを置く。

若林は社会科の先生。それもあってか、自主自立を尊び選手に任せる部分も多い。例えばある日の試合後、ミーティングに監督の姿はなかった。まず自分達で今日の試合どうだったか選手たちだけで考えさせる。最終的には彼らの中で問題点を見つけ出し、改善するためにはどんな練習をしたらいいかまで進めて欲しい。これが若林のやり方だ。

to02.jpg

4月。新入部員が入って来た。彼らに最初に伝えた言葉は...「寮生活、学校生活をきちっとする。授業態度を含めて生活をきちっとする。生活がプレーにでるから。もっと言えば性格がプレーにでるから、いい加減なやつはいい加減なプレーするし、いい加減なやつは大事な所で大ポカをする。生活から直さなければ駄目」日々の生活にも規律を求める、それが東海大菅生の野球。

東海大菅生高校野球部107人の競争は激しい。AとB、二つのチームがあり結果次第で頻繁にメンバーが入れ替わる。Bチームの練習試合。ここで活躍すればAチームに上がれる。だが序盤からバントミスや凡打が続き、守備もミスが多く見られた。試合後、若林は選手たちにこう語りかける。「(Aチームを)外された時の行動は人間の本性。(Bチームに)落とされた時が勝負。そういう所を人は見ている。仲間から信頼されていないから結果が出ない。俺に信用されるではない、仲間から信用されてないから駄目。」

仲間から信頼されることの大切さを若林は身を持って知っている。25歳、ドラフト4位で中日ドラゴンズに入団。だが怪我に泣き、大半の時間を二軍で過ごした。結局、一軍では6年間でわずか1勝。引退後は運送会社で働くが、夢だった高校野球の指導者になると決意した。現在では、3日間の研修を受ければ、プロ経験者も高校生を指導できる。だが当時は、教員であることが絶対条件。そのため若林は教員免許取得のために仕事を辞め、大学に入リ直した。苦労と思わなかったのは、仲間の支えがあったから。仲間がどれだけありがたいか、現役を退いてからよく分かった。

42歳にして第二の野球人生を始めた若林には憧れの存在がいる。それは高校時代の恩師、原貢(みつぐ)さん。原貢は、原辰徳の父でもある名監督で二度の甲子園優勝を誇る。ピッチャーだった若林は打たれてよく叱られたという。けれどユニフォーム脱いだ時は普通に優しく接してくれ、色々な話をしてくれた。自分もそんな指導者になりたい。だから若林は公式戦の時だけ、帽子の中に敬愛する原貢氏の写真を忍ばせて指揮をとっている。

取材を進めていて気になった選手がいる。工藤大斗(やまと)くん、三年生。地味な仕事も決して手を抜かないチームきっての頑張り屋さん。ボールを追う時はいつも笑顔の工藤君だが最近、笑顔が減っている。

to03.jpg

大学に進学して教員免許を取り高校野球の指導者になりたいという工藤くん。成績は野球部トップクラスなので受験の心配は大きくない。ではなぜ最近になって笑顔が減ってしまったのか?理由は、野球にあった。

去年秋、メンバーに入り背番号13をもらった工藤くん。だが春の大会前に調子を落としてBチームに降格。ベンチ入りを逃していたのだ。Bチームではキャプテン。その人柄は仲間も一目置く存在。ベンチ入りのチャンスは基本的にGWがラストチャンス。

そのラストチャンスがやって来た。連日ある練習試合のどこかで見せ場を作りたい。だが前半、工藤くんのバットは湿りがちだった。

迎えたメンバー発表の日。現状で20人が発表されるのだが、若林が決めたのは19人。配られたメンバー表は20番が空白だった。ここで若林から驚きの発表が。「20番はお前達の判断で入れる。自分が本当に応援したい、コイツに入ってほしい、もしくは自分の名前を書いてもいい。3人名前を書いてくれ。最も票が多かった者を20番目のメンバーにする。」結果を集計し、若林の考えも加えて最後のメンバーを決める。ちなみに工藤くんは自分の名前を書かなかった。

生活と性格はプレーに出る。工藤くんは、若林のその言葉を信じて野球を続けてきた。そんな工藤くんは・・・選ばれた!あと1人のはずだったベンチ入りメンバー。しかし仲間たちから圧倒的支持を受けた工藤くん、杉山くん、山崎くんの3人を若林は異例のベンチ入りとした。
 
努力は実を結んだ。努力は実を結ぶということを若林は教えたかった。

to04.jpg

迎えた全国高等学校野球選手権西東京大会。東海大菅生は準決勝で敗れた。工藤くんに出場の機会はなかった。けれどチームのためにどれだけの汗をかいたかを仲間は知っている。打ち込んだ日々は彼らの誇り。受け継がれた魂がまたいつかドラマを生む。

追跡LIVE!SPORTSウォッチャー
放送日:月~金曜夜11時58分/土曜夜11時/日曜夜10時54分 プロ野球、Jリーグなど最新のスポーツ情報をお伝えします。
特集企画「Humanウォッチャー」長編ドキュメント。超大物アスリートや話題の選手&支える家族などに密着。栄光を目指す人々の奮闘に迫ります。