陸上界の革命児 藤光謙司 33歳「陸上選手が夢のある世界にしたい」

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2019.10.12

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

日本男子短距離界に100m、9秒台という新時代が到来。2年前、桐生祥秀がその扉を開くと、今年6月には、サニブラウン。さらにその翌月、小池祐貴も続いた。

群雄割拠の男子短距離界で、『陸上界の革命児』と呼べる異色のスプリンターがいる。
短距離界最年長、藤光謙司(33歳)。

200m日本歴代4位の記録を持ちながらも、ケガに泣かされ続けた競技人生。オリンピック初出場は3年前のリオ オリンピック。この時、既に30歳だった。

2年前、31歳で出場した世界陸上400メートルリレーでは、アンカーとして、史上初の銅メダル獲得に貢献した。

そんな遅咲きスプリンターが、「革命児」と呼ばれるその訳は・・・サングラスに金髪。そしてSNSを覗いてみると金箔パックに、金箔ソフトとド派手な投稿が並ぶ。

さらに愛車は黒のベンツと白のフェラーリ。

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一見するとチャラ男だが、その素顔は、至ってマジメ。実は昨年、現役選手ながら、起業した藤光は自ら営業しスポンサーを獲得することで、活動資金を確保。陸上選手の新しいスタイルを目指している。

藤光「自分が手本になって、見せる事ができれば後輩達に少しでも良い環境を与える事ができる。陸上選手が夢のある世界にしたい。子ども達に夢があって目指せるような世界観を作りたい」

自身が目指すのは34歳で迎える東京オリンピック。自分の可能性を信じ、新たなチャレンジを続けている。
    
この日は、週5日行なう練習日。企業と所属契約を結ぶ藤光に会社勤務の必要はなく、競技に専念できる。
    
練習は自分でメニューを考え、1人で行うのが藤光流。その練習量は、驚くほど少ない。20分のアップを終えると、60mの全力ダッシュ。2本目は、距離を250mまで伸ばし、3本目は100m。一般的な実業団の選手は5本~10本ほど走りこむそうだが藤光はたった3本で切り上げた。

実業団選手の練習量と比べるとおよそ3分の1。そんな藤光が最も時間をかけるのが、体のケア。練習の前後に、およそ2時間。練習時間よりも長いのだ。

さらにオフの日はメンテナンスに丸一日を費やす。疲労回復に効果的だという酸素水素浴カプセルに金の鍼。自宅にも酸素カプセル、水素吸入器など、10種類以上の器具が並ぶ。

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藤光がこれほどまで体のケアのお金と時間を費やすのは、彼の競技人生が怪我との戦いだったからに他ならない。

高校2年生の時にインターハイで全国2位になり、日本一が期待されたその翌年のインターハイの予選で人生初の肉離れを起こす。これが悪夢の始まりとは、この時知る由もなかった。

大学3年生の時、アジア選手権で優勝し翌年に控えた北京オリンピック出場をほぼ手中に収めていたが再び肉離れを起こしオリンピック出場を逃した。

さらにその3年後のロンドンオリンピックの選考会でも肉離れを起こし掴みかけたオリンピックの切符は露と消えた。

逆境を乗り越えると人は強くなる。辛抱強くそれを繰り返してきた藤光は30歳の時、遂にリオオリンピックの舞台に立った。しかし、実はこの時もなんと直前に故障し、無念の予選敗退となった。

リオのリベンジをするため藤光が目指すは2020年、東京オリンピック。そこで藤光は昨年の10月に起業し、自らスポンサーを獲得する事で選手活動の資金を集めることにした。他にも企業の商品開発に携わるなど競技外の活動を通じて自ら環境を整えている。

そして陸上界の革命児は、陸上界の将来を担う若きアスリートたちを集めて、一流選手の練習を間近で見られる貴重なイベントをするなど陸上界の未来への投資にも余念がない。

子供達が陸上選手に憧れを持って欲しい。だから批判を恐れずスポーツ選手なのに美容も気遣うし、憧れの高級車にも乗っている。

今年の国内最大の試合に臨むため藤光は福岡に降り立った。世界陸上への切符がかかった日本選手権。まず予選で立ちはだかるのはサニブラウン・アブデル・ハキーム。短距離界最年長の藤光は東京オリンピックに鼻息荒い年下相手にどう戦うのか?しかし結果はまさかの最下位。2007年から日本選手権に参戦して以降、初めての予選落ちとなった。

この結果を受け、藤光はすぐに動き出した。まず取り組んだのは、地面を蹴る力を科学的に分析し、0からフォームの改造を始めた。さらに今まで自分だけで行っていたこだりの練習方法を、トレーナーさんに入ってもらい客観的な目線から細かく見直すことに。

かつてリオで味わった悔しさを東京で晴らしたい。陸上界の異端児は絶対に諦めない。