阿部慎之助 引退まであと2年足りなかった理由とは

野球

2019.10.23

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

あまりにも唐突にその日は来てしまった。阿部慎之助が引退するなんて。

「悔いはない」と阿部は言う。しかし、あと2年足りなかった。その理由を紐解くために時計の針を2年前に戻そう。

2017年のシーズンオフ、阿部はある男に会うために韓国に渡った。

その人物とは元韓国代表のキャッチャー、チョ・インソン。20年前、大学生だった阿部は国際試合で座ったままセカンドに送球する彼の強肩に衝撃を受け、以来、ずっと目標にしてきた。そんな憧れのキャッチャーが引退する。韓国訪問は、彼に会い、労をねぎらうためだった。

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一緒にメシを食い、酒を酌み交わした二人。別れ際、阿部は憧れの人にあることを誓う。

「42歳で引退したチョ・インソン。彼と同じ歳までプレーする。」

それが阿部のひそやかな目標だった。だがそれは叶わず、阿部は40歳で現役を退く。巨人一筋に生きてきた男は考え抜いて、それを決めた。

一年に及んだ密着取材で二度聞いた「恩返し」という言葉。一度目はキャッチャー復帰を決めた時。二度目が引退を決めた時だった。恩返しをしたかった相手がいる。だから阿部は苦難の道をあえて選んだ。

去年12月、阿部はマリナーズの本拠地であるシアトルを訪れた。プロ野球の最高峰を肌身で感じるためだった。

体感したメジャーの雰囲気。実は阿部がその一員になることもあり得ない話ではなかった。

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10年前、WBCで優勝し、日本シリーズではMVPを獲得。阿部はキャリアの絶頂にいた。しかしそのオフ、阿部は複数年契約を結び生涯巨人を宣言する。

メジャーに行くのではなく巨人をメジャー並にする。それが阿部の夢。だから旅先でもトレーニングは欠かさない。オフとは言え、無駄にできる時間は一秒もない。なぜなら、あの人に大きな誓いを立てたから。あの人、それは原辰徳 新監督への誓い。

「キャッチャーに戻りたい」

それは大きなリスクを伴う決断だった。ファウルチップが直撃して抱えた首の持病。もしも同じことが起きたら選手生命の保証はない。だが、それでも自分のことよりもチームのことをまず思う。阿部はそんな男だ。

原監督への恩返し。40歳になるベテランはチームを広く見渡していた。

年が明けて恒例のグアム自主トレ。四年ぶりのキャッチャーはブランクが大きい。さらにキャッチャーという役職は体の負担がおそろしく大きい。一番の問題は肩。どう投げても、思うような球がいかない。

3月、不安は的中してしまう。ふくらはぎを痛め戦線離脱。そして開幕直前、阿部は原監督に呼ばれ、キャッチャー復帰を棚上げにし、代打の切り札としてシーズンに入った。

6月1日、ファースト阿部が放った一打は、記念すべき400号本塁打となった。

人生に無駄はない。ファーストを守ったこともプラスは多かった。道筋をつけてくれた原監督への感謝の思いが、後につながる。

8月、首位を走って来た巨人は失速。6連敗を喫し、2位に0.5ゲーム差まで迫られる。翌日。苦しい時にこそ男の出番はある。原采配は阿部をひと月ぶりのスタメンに呼び、阿部はその期待に応える。これが阿部と原監督との絆。

思えば、この試合が分岐点だった。息を吹き返した巨人はついにリーグ優勝を勝ち取った。

翌日、阿部は原監督と話し決断する。

「今年でユニフォームを脱ぐことにしました」

余力があることは成績が物語る。ではなぜ引退を選んだのか...。

今の巨人は阿部を必要としている。しかし、未来の巨人はもっと阿部を必要としている。だから引退を選んだ。

迎えた本拠地最終戦、四番、キャッチャー阿部。キャッチャーが好きだ。野球が好きだ。だからここまでやって来られた。

痛む肩も懸命に振った。1574日ぶりの景色を生涯忘れることはないだろう。そして打席では通算406号となる恩返しのホームラン。自らのエンディングに大きな花火を打ち上げた。

ただこれで終わりではない。野球人・阿部慎之助の新たなスタートを待つ。野球ファンにまた1つ、楽しみが増えた。