ハンドボール 宮﨑大輔 五輪代表を目指す2つの理由とは

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2020.2.27

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

ハンドボール元日本代表、宮﨑大輔。代表から遠ざかってもう一年になる宮﨑は大学の教室にいた。

去年春から日本体育大学体育学部に在籍している。日体大は宮﨑がかつて在学し、4年生の時に中退した大学。今回、所属していた実業団をやめ大学の復学制度を使って3年生に編入した。

【動画】ハンドボール・宮﨑大輔 プロから38歳の大学生へ
         
大学に戻った最大の目的はハンドボール部で練習すること。かつていた古巣で初心に帰りたい。

問題は年下の学生に溶け込めるか?38歳の大学3年生は先輩の4年生からも大輔さんと呼ばれている。

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求めたのは大学生と同じ練習。肉体的なピークを過ぎた自分がパフォーマンスを維持するには、フィジカルを重視する日体大の練習こそが合っていると考えた。全てはもう一度代表に返り咲くため。

当時の日本代表は三大会連続でオリンピック出場を逃し、暗黒時代。宮﨑の登場は暗闇に射した希望の光だった。22歳で経験した勝てばオリンピックという試合。同点で残り3秒、宮﨑は託された最後のシュートを決めることができなかった。

その後の三大会も予選の壁を越えられずに終わる。

どうしてもオリンピックに出たい理由がもう1つある。宮﨑は上に姉、下に妹がいる三人兄弟。ハンドボールを始めたのは先に始めていた姉の誘いだった。弟を誘った姉は中学で全国優勝する。大学に進んで競技を続け、卒業したら教師になるのが夢だった。

だが家計が苦しかったため大学進学を弟に譲り、自分は自衛隊に職を求めた。姉が道を作ってくれたおかげで今がある。だからこそ、一度だけでもオリンピックに出たい。

日体大での練習では本来とは違うポジションの練習を繰り返す。自分が代表で居場所をつかむには何でもやるしかないと、複数のポジションに挑戦しているのだ。大学に来たのはその練習が遠慮なくできるから。わずか16人の代表メンバーに食い込むため、体には無理を掛け続けている。

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このあとインカレと日本選手権という大切な戦いが控えている。この2試合で活躍し代表復帰のアピールをする。

迎えたインカレ。日体大は順調に決勝へ勝ち進み、決勝の相手は春季リーグ優勝の筑波大学。宮﨑の役目は得点を挙げること。変幻自在の動きでチームを活気付けた。

しかし、あと一歩及ばず。

溢れ出た涙は男に闘争心が残る証だったのかもしれない。

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一週間後、代表復帰へ最後のアピールの場となる日本選手権。観客席にいた日本代表監督は試合後、「年齢は関係ない。チャンスはある」とコメントした。

次の代表召集は3月、呼ばれれば東京オリンピックに大きく近づく。

男38歳、走り続けることでしか開かない扉がそこにある。