元プロ野球選手・米野智人 料理人になった裏には大きな支えがあった/アスリート第二の人生

野球

2020.3.18

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

アスリート第二の人生、東京のおしゃれ発信地・下北沢駅から徒歩わずか30秒のところにあるこちらのカフェ。厨房でカレーを煮込むこの人、実は...

元プロ野球選手・米野智人。

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1999年・ヤクルトに入団し、その後3球団を渡り歩きプロ生活は17年。入団当時からファンは彼を「ポスト古田」と呼んだほどの選手。しかし、今握っているのはバットではなくお玉。野球一筋の元アスリートが料理人になった裏にはある大きな支えがあった。

米野が提供しているのはただの料理ではない。小麦粉などに含まれるたんぱく質・グルテンを一切含まないグルテンフリーと呼ばれるものだ。火付け役はテニスの世界王者・ジョコビッチ。自身の体験から疲労回復や快眠の効果を紹介すると瞬く間に世界のセレブたちに広まった。

実際米野もジョコビッチの本に影響された一人。遠征先の本屋でたまたま見つけ、試合前にも関わらず1日で読み切った。現役時代に実践したグルテンフリーに米野は確かな効果を実感した。引退の際に、当時所属していた日本ハムからのコーチ打診を断ってまで店をオープンさせたのだ。

引退してわずか1年、およそ2000万円をかけて開いた念願の自然食レストランは今、連日、客足が絶えない人気店となっている。

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では、素人同然の元野球選手の店がなぜこんにも繁盛しているのか?

その理由の1つが美人妻・貴美さんだ。

出会った頃はプロ野球選手。でも結婚したのは料理人になってから。もともとは化粧品会社に勤めていたが夢追う夫のために力になればと退社した。米野同様、これまで飲食店で働いたことなど1度もなかった。自分たちの商品をお客さんに提供して良いのかと思い悩んだ時もある。

しかし、今では貴美さんが作る米粉マフィンが連日売り切れるほどの人気商品になっている。家でも仕事場でも全ての時間を共に過ごす最高のバッテリーとなっているのだ。では、野球一筋だった男はどのように料理を覚えたのだろうか?

実は米野の北海道にある実家は喫茶店を営んでいる。父は本音を言うともっと野球選手である息子を見ていたかった。しかし17年間も夢を見させてくれたのも紛れもない事実。

父は息子のためになればとコーヒーの入れ方を伝授した。さらに実家で手伝いをしていた米野の兄・アツヒトさんも弟の経営をサポートした一人だ。

料理ができない弟のために家族を置いて上京。約5ヶ月間、給料も貰わず料理のいろはを徹底的に叩き込んだ。家族の助けもあり、今では夫婦2人、充実の毎日を送っている。

昔の同僚たちもシーズン、試合の合間を縫ってこだわりの料理を食べに来てくれる。米野は今までの恩を返すべくまた新たな一歩を踏み出している。

アスリート第二の人生、それは自分だけではなく、周りの人生も変えている。